丸山泰弘『死刑について私たちが知っておくべきこと』(筑摩書房 ちくまプリマー新書 491)

発行:2022.6.16



 みなさんは死刑に賛成ですか? 反対ですか?
 そして、それはどういう理由からですか?
 すでに死刑制度に対する思いに結論を持って本書を手に取った方々も、これから読んで考えたいと思っている方々もおられるでしょう。いま1行前に「様々な意見がある」と書いたのですが、内閣府の調査によれば約8割の方々が死刑制度に賛成であると答えていると言われています。そこから推察すると実際には本書を手に取っている人、そしてこれから読まれる人の多くは「死刑存置(死刑賛成)」と考えている人が多いのかもしれません。
 内閣府の世論調査(5年ごとに調査されるもので、ここでは2019年に実施されたものを紹介)によれば「死刑は廃止すべきである」とした人が9.0%で、「わからない・一概に言えない」とした人が10.2%、そして「死刑もやむを得ない」とした人が80.8%となっています。このデータを基にして、法務大臣の所信表明などでは頻繁に「国民の8割以上が死刑制度について賛成であるとしており、廃止かどうかの議論は時期尚早である」といったことが語られます。
 そこで、立ち止まって改めて考えてみてほしいのが、「果たして、死刑とはどのようなもので、どのように運用されているのか」をよく理解して「死刑存置(賛成)」と答えているか? ということです。あるいは、よく分からないけど、何か残虐なイメージだから「死刑廃止(反対)」と答えていないだろうか? ということです。
 本書の目的は、読み終わった後に死刑存置派を死刑反対派にすることでもなければ、死刑反対派を死刑存置派にすることでもありません。読者の皆さんが自分自身の答えとして賛成か反対かを考えるときに、死刑のことをどれだけ理解していて、そして死刑制度そのものを維持するために日本の刑事司法制度はその議論に耐えうるものを持っているのかどうかを知ってもらうというところにあります。
(中略)
 一方で、日本における死刑制度の議論はどのように展開されているでしょうか。政治家をはじめ、多くの専門家も「時期尚早」という言葉で議論することを諦めていないでしょうか。死刑判決が裁判の焦点となる事件は被害が甚大で凄惨な事件が多いことから、どうしても被害者の無念の思いを考えると、「死刑はやむを得ない」と考える人がいることも理解できます。そして、必要な被害者支援としてやるべきことは120%で対応する(それでも被害者の願いは失った人を返してもらいたいというものがあるので、必ずしも希望の全てを叶えられるものではないのですが、それでもできることを精一杯返していく)ということもとても重要です。
 ただ、その時に考えてほしいのは、あなたが考える「被害者」は、本当にそのような被害者だろうか? ということです。日本の殺人事件は約半分の44.7%が親族関係で起きています。これは他の刑法犯の被害者と加害者の関係よりも多い犯罪類型に当たります(2位の暴行で約30%、続く傷害と放火で約25%です)。さらに、殺人の加害者と被害者との関連では、先の親族以外で友人・知人などの面識ありの関係が39.7%と面識のある関係性で起きています。つまり先の親族も合わせると家族・面識ありの加害者と被害者の関係が85%近くになっていることから、日本の殺人事件は親族ないし知っている人が加害者であり被害者でもあるということです。  被害者が極刑を望んでおり、自分が被害者遺族であれば殺人犯を許せないし、被害者遺族は死刑を望んでいるという言説をよく見聞きします。もちろん、そのように考えておられる被害者の方々もいらっしゃるのは現実でしょう。しかし、すべての被害者がそのように考えていらっしゃるでしょうか。それは通り魔のようにいきなり事件に巻き込まれた被害者を想像した言動だと思いますが、先に紹介したように、多くの事件はそのような被害者と加害者の関係ではありません。「被害者とはこういうものだ」というステレオタイプな被害者像をすべての被害者に押し付けることも、被害者が望んでいない「支援」という名の被害者差別を生み出してしまうことにもなりかねません。多くの刑事事件において、事態はより複雑な社会的背景と人間関係を持っています。
(中略)
 繰り返しとなりますが、被害者支援は全力で取り組むということは当然であるのですが、それがイコール「被害者のために死刑を執行する」ということにはならないのではないか、ということです。もちろん、加害者に対して死刑を望む被害者も実際におられますが、決して死刑を望む被害者だけではない(さらに同時に加害者華族でもあることが多い)という現実も考える必要があります。
(中略)
 誤解を恐れずに言えば、先の内閣府の世論調査の解答の一つである「死刑もやむを得ない」と考えている人の中に「どんなことがあっても、どんな間違いが怒ろうとも死刑を絶対に行うべし!」という極端な絶対的死刑存置論者であり、極論で考えている人は本書の対象ではありませんので、この時点で本書を閉じて本棚に返してくださってかまいません。
 そうではなく、「今のところ死刑には賛成だけど、テキトーな方法で死刑を決めて、テキトーな方法で死刑を執行して、何十年と続く問題を無視しながら死刑を維持するのではなく、死刑を維持するとしても、維持するに足りる法制度なり、刑事司法制度の運用があり、あらゆる議論を乗り越えた上で、法治国家として説明ができて、初めて死刑制度を維持すべきではないか?」と考えている死刑存置論の人たち、そして死刑には反対なのだけど「なんとなる廃止と思っているが、存置派と話すときに感情で話してしまう」人たち、そして「まずは死刑とそれを取り巻く問題はどのようなものがあるのか考えたい」という人たちと一緒に、「死刑ってなんだろう」と考える構成となっています。 「はじめに」より一部引用)
【目次】
はじめに
第1章 死刑はどのように運用されている?
 1 どんな犯罪が死刑になるのか
 2 死刑はどのぐらい言い渡され、どのぐらい執行されているのか
 3 死刑はどうやって執行されているのか
 4 死刑は歴史的にどのように変わってきたのか
 5 死刑を取り巻く世界の動向
第2章 刑事政策の暗黒時代とその後
 1 厳罰化志向の高まり
 2 犯罪学部が存在しない日本
 3 支援の必要性が明らかになっていった
第3章 被害者を支援するとはどういうことか
 1 「犯罪被害者」とはどのような人たちなのか
 2 被害者のニーズはどのようなものか
 3 刑事司法で行われている被害者支援
 4 刑罰は被害者感情に応えるためのものか
第4章 死刑存置派と死刑廃止派の水掛け論
 1 抑止力と終身刑を巡る議論
 2 伝統的な死刑存置論者の主張
 3 伝統的な死刑廃止論者の主張
 4 日本の無期拘禁刑について知る
 5 抑止力についてどう考えるか
第5章 日本の市民は本当に死刑を望んでいるのか
 1 世論調査の質問事項は適切なのか
 2 死刑の廃止を議論することは時期尚早なのだろうか
第6章 「死刑は残虐な刑罰か」の過去・現在・未来
 1 死刑は憲法がいう「残虐な刑罰」にあたるのか
 2 司法は何をもって「死刑が残虐ではない」と言っているのか
 3 「首吊り自殺」研究の世界的権威が語ったこと
 4 誰から見た「残虐性」なのか
 5 時代と共に変化する「残虐性」
第7章 アメリカが死刑を維持するためにとった7つの観点
 1 超適正手続(スーパー・デュ―・プロセス)
 2 人権保障のための自動上訴
 3 3つの「冤罪」のカタチ
 4 死刑を支持するはずだった最高裁判事の反対意見
 5 死刑囚167人一括減軽の理由「I Must Act」
 6 量刑冤罪を防ぐためのプロフェッショナル集団
 7 適切な刑罰を示す減軽専門家
第8章 死刑存廃論のミニマリズム
 1 本書の目的を確認する
 2 本書の構成を振り返る
 3 死刑存廃論の共通認識のためにミニマリズム
あとがき
註


 第1章は死刑の現状について。特に記すことはない。
 第2章は「刑事政策暗黒時代」について。この「刑事政策暗黒時代」とは、1990年代からの、加害者の社会復帰は念頭に置かれず厳罰化志向が醸成されていく時期のことを差している。確かに日本の犯罪認知件数は2002年をピークとし、減少し続けている(2022年、2023年は若干増えたが、中長期にわたって減っていることは間違いない)。体感治安の悪化や犯罪が凶悪化しているという「思い込みの世論」(※かぎかっこは漂泊が記載)によって厳罰化が進んできたとある。さて、ここで問題が一つ。本当に「思い込みの世論」なのだろうか、ということだ。
 実際に犯罪に遭っている人は減少していても、日本のどこかでは治安が悪くなっていると考える人が多い。ではなぜそう考えるか。なぜ治安が悪くなったと感じるのかを突き止めない限り、簡単に「思い込み」と言い切っていいのか。犯罪認知件数が減っているだけで単純に言い切れるわけではないのではないか。例えば、とある街の外れで夜中に女性が暴行された。するとほとんどの女性は、夜中に街の外れを歩くのが怖くなるだろう。そうすると、体感治安の悪化を感じるわけだ。たった1件の犯罪かも知れないが、治安が悪くなったと考える人は増えていく。もしこれが暴行ではなく殺人だったら、もっと体感治安の悪化を感じるだろう。体感治安の悪化は、単純な犯罪件数だけではわからないということだ。こんな当たり前のことを取り上げず、やれ厳罰化だ、刑務所は過剰収容時代だ、などといっても説得力はない。
 第3章は被害者の支援について。まあワンパターンだが、半田保険金殺人事件の被害者遺族である原田正治さんの例が挙げられている。「被害者はこうあるべきだ」とレッテルを張ることを問題点として挙げているが、逆のケースを何も考えていない。そこまでいうのなら、被害者遺族が実際の裁判でどのように意見陳述をしているか、望んでいる量刑はどうであったかを調べてみたらどうなんだと言いたい。被害者遺族が望む量刑と、判決の量定の差を比較してみてほしいものだ。学者さんで調べた人はいるのだろうか。
 また被害者が裁判に関与することを否定しようとしている。せっかくの権利を無にしようとする試みは、止めるべきだ。
 そして最後に言いたいのは、「加害者に厳罰を与えることで、実際の被害者ニーズには応えずにおく社会の方が問題である」とあるが、被害者ニーズの一つが「加害者に厳罰を与える」ことであったらどうなのか。公平になどといいながら、結局は被害者の意見を取り上げようとしていない。
 第4省は死刑存置派と廃止派の水掛け論について。確かに水掛け論のようになっているが、結局は廃止派の方に天秤を傾けた内容になっている。
 最後に死刑に関する抑止論について語られている。フィリピンの例を取り上げ、「その時のペナル・ポピュリズムの変化や政治体制によって大きく影響が出る」と結論付けている。確かにそうだろう。だからといって想像で抑止力があるないと言っている、と簡単に結論付けられるものでもない。他の国では知らないが、日本では死刑があるからと2件目の殺人に手を染めることなく自首したり、無期懲役になりたいから殺害する人数を2人でとどめようとしたりしている例もある。100人の被害者が99人で留まるというのなら、そこに死刑の抑止力を見出してもよいはずだ。
 第5章は、例によって日本の世論調査の問題について。文句があるなら、自分でアンケートを取ってみろ、と言いたくなる。
 第6章は、死刑は残虐な刑罰かどうかについて。筆者が自分で書いている通り、死刑反対派の意見に偏った記述や論点を多く紹介している。被害者がどんなに残虐に殺害されたかについては、なにも取り上げられていない。
 第7章はアメリカの死刑維持について。ここまでまとめて取り上げられることはなかなかないだろうから、勉強にはなる。
 第8章は、死刑存廃論のミニマリズムについて。今まで語ったことを振り返り、筆者が伝えたいことを纏めている。それは(1)死刑制度に賛成の人も反対の人も「死刑」のことをよく知ったうえで考える時間を持ってほしい (2)長年続いてきた死刑存廃の水掛け論から一歩前に進みましょう (3)時期尚早と逃げるのではなく、しっかりと考えられる市民を信じて死刑の存廃論を正面から考えましょう である。

 最初から振り返ってみても、やはりこの筆者は死刑廃止論に傾いている人なのだろうと思えて仕方がないのだが、一応今までの議論をまとめた形とはなっている。手っ取り早い「入門書」にはなっているだろう。
 もっとも、わざとあろうが記載漏れは多い。特に無期懲役の仮釈放後の再犯について一切記載されていないことについては、大きな疑問がある。犯罪者の再犯率についてももっと述べておくべきだろう。犯罪者側が被害者側に謝罪をしていない、損害賠償を払っていない、など、犯罪者側についての問題点ももっと述べるべきであった。

 筆者の丸山泰弘は立正大学法学部教授。博士(法学)。専門は刑事政策・犯罪学。日本犯罪社会学会理事、日本司法福祉学会理事。2017年にロンドン大学バークベック校・犯罪政策研究所客員研究員、2018年から2020年にカリフォルニア大学バークレー校・法と社会研究センター客員研究員。著書に『刑事司法における薬物依存治療プログラムの意義――「回復」をめぐる権利と義務』(日本評論社)などがある。(著者紹介より引用)

【リストに戻る】