1983年、死刑囚として初の再審無罪となった免田事件の免田栄。1984年、再審無罪となった松山事件の斎藤幸夫。1989年、再審無罪となった島田事件の赤堀政夫。死刑台から奇跡的に生還した四人(もう一人は財田川事件で1984年に再審無罪となった谷口繁義)のうちの三人が一同に会しての特別座談会。かつて宮城刑務所で死刑囚監房掃夫として多くの死刑囚と接し、執行後の遺体を始末してきた元無期懲役囚合田士郎(仮名)を含み、死刑囚時代の思い出、当時の刑務所での状況、別れの言葉を掛けた数多くの死刑囚、そしていかにして冤罪が作られていったかが多く語られた。
斎藤、赤堀、そして合田は宮城刑務所に収監されていたこともあり、その時代の数々の思い出、日常生活が赤裸々に語られており、実世界では残虐な事件を引き起こした死刑確定囚も、やはり人間なんだなということを感じさせる。また、免田は福岡刑務所ということもあり、福岡と宮城における処遇の違いの大きさなどに驚く様子も克明に記されている。このあたり、いかに法務省がいい加減、言い方を変えるとアバウトであったかがよくわかる。それでも昔はまだ死刑確定囚同士の交流があったからまだよかったのであり、赤堀が再審無罪となる頃にはどんどんと法務省の締め付けが厳しくなったこともよくわかる。
免田は解放後、様々な本を出版し、講演活動を行っているが、斎藤、赤堀に関してはそういう本はまだ出版されていない。そういう意味で、彼らが刑務所の中でどれだけの恐怖を味わってきたか、無罪を勝ち取るまでに周囲の援助も含めどれだけ苦労をしてきたかを思い知らされる。死刑確定囚に限らず、いまだ冤罪を叫び、あまりにも狭い再審の門を叩く人は数多い。そしてこのような元死刑囚の証言があっても、過酷な状況下に於いて死刑確定囚を監視している現状を我々はもっと知る必要がある。いかにして冤罪を減らし、そして無くすことができるか。死刑台から帰ってきた三人の元死刑囚の証言は、とても大きな意味を持っていると言える。
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