玉川しんめい『戦後女性犯罪史』(東京法経学院出版)


発行:1985.6.8



(前略 GHQとマダム豊田の話の後)
 このように女は自らの非力を知ればこそ、女を生かし、他者を介して目的を遂げようとするところがある。その場合相手の力が強ければ強いほど、その見返りが大きいのは当然のことである。そこにまた犯罪という名の毒花が咲く余地があった。
 こうした大小権力媒介犯罪の型は、今日においても無数に行われているに違いない。中でも近年際立ってマスコミに取りあげられたのが、三越事件の竹久みちである。
(中略)
 しかしこれほどに女性犯罪は大々的にマスコミの話題になっていても、そのほとんどは通俗的関心の下になされていて、まともな客観的扱われ方はしていない。まして学問的対象としても、あまり問題にならないのである。いわゆる「女性犯罪」と名のつく論文や著書はないわけではないが、量的に少ないばかりでなく、質的にもまだまだ現象的整理の域を脱していない段階といえよう。それではなぜ女性犯罪はそれほどまともな扱われ方をしないのかといえば、その原因にはおよそ戦前・戦後とわけて、まったく相反する二つの理由があるようである。
 その一つである戦前的理由には、女性犯罪は少なくとも犯罪統計の面からみる限り、犯行件数は非常に少ないということがある。それは現在においても同じであるが、戦前ならばなおさらのことであった。女性は男性と違ってよほど困窮した場合といえども、その環境にあがいているだけか、さもなければ売春のような退行的な反応を表すのみで、容易に目立った犯罪にはつながらない。そのため女の犯罪は昭和の戦前では、全犯罪のようやく2.3~8.9%を占めているに過ぎないのである。
 仮に女性が犯行を犯したとしても犯罪内容は、万引のように軽微なものが多く、しかも犯罪者の大部分は初犯で累犯率は低い。
 このように犯罪(この定義も難しい)という行為は恰も賭博のごとく、本来的に男のものであって、女の生理とはあわないものとされてきた。その結果刑事司法機関でも、政策担当者の間でも、また犯罪研究の分野でも一向に重要視されることがなく、放置されるままに過ごされてきたのである。
 しかし戦後は従来のそうした女性犯罪の軽視に対するに、逆の意味で軽視されている。というのは、以上のような女性の一般的傾向は確かに今日でもあるといえよう。しかし戦後にあっては女性は一変し、女に筋力がないが故に強盗をしないとか、意志が弱いが故に傷害を起こさないなどといういい方は、次第に当てはまらなくなってきたからである。女性といえども銀行強盗もすれば、殺しもやる。詐欺、横領などいくらでもあるし、放火もやる。
(中略)
 かくして女性の犯罪内容は豊富で、およそ男にあって女にはないという犯罪はないといわれるくらいまでになってきた。こうなってみると、一方では女性犯罪は問題だ、問題だといわれながらも、他方では改めて女性犯罪を男性犯罪に対する意味がなくなってきた。結局は男も女も同じで、女性のみに属するような犯罪の特色はない、という言い方で女性犯罪が軽視されている感じなのである。
 しかしそれでは本当に件数が少ないからといって軽視されていいのか、男に対する女の特色はなにかとなれば、そうもいえないということになる。やっぱり数は少なりといえども、女性犯罪は重要視される必要があるし、前述したように女性犯罪には女性犯罪なりの、それなりの特色があることがわかる。
 われわれはそうした女性が犯す犯罪の意味と特色を、よく掴んでおくことが必要であろう。
(中略)
 しかし犯罪は基本的には農村のものではなく、都会の産物である。伝統的な共同体の崩壊に伴う孤独な世界、個人主義的なよるべなさから犯罪は醸成されてくる。その意味では、今日求められねばならないのは、これまでのようなタテ中心の共同体ではなく、ヨコ中心の新しい共同体である。個人を主体とした新しい連帯性の創造、自由共同体の回復こそが犯罪防止のために今、必要とされているのである。
 以下、戦後女性犯罪の具体をお読みいただくことで、そのことの重要性がわかっていただけると思う。

(「プロローグ」より抜粋)



【目 次】
プロローグ 女性犯罪に焦点を当てる
一 ベビーブームの陰に大量のえい児殺し 寿産院事件
二 「困窮型犯罪」から「遊び型犯罪」へ オー・ミステイク事件
三 女教師が夫の警察官を殺害 荒川バラバラ死体事件
四 もうひとりの“阿部定”たち 男性自身セツ断事件
五 中高年女性犯罪の典型 日本閣事件
六 被差別が引き起こした犯罪 在日混血児の幼児殺害事件
七 子捨て、子殺しの陰に男あり 多発する子殺し事件
八 女性事件は大事を招く 外務省機密漏洩事件
九 社会主義犯罪がある 連合赤軍事件
十 奥村彰子、大竹章子、伊藤素子 公金横領事件
十一 性の低年齢化と売春 少女売春事件
十二 女性犯罪の特色を解説する
エピローグ 窃盗(万引)は犯罪たりうるか?
戦後女性犯罪略年表


 玉川しんめいは『ダダイスト辻潤』など著書多数。日本ジャーナリスト専門学校講師、思想の科学研究会会員。(著書刊行当時)
 戦後女性犯罪ということで、戦後の有名な女性犯罪が紹介されている。こうしてみると、男の影響が強いものが多い。男の共犯者であるか、男からの影響で犯罪に手を染めるか、男に虐げられて逆襲するか。女性主導型といったらこの中では日本閣事件ぐらいだろうか。連合赤軍事件の永田洋子も、強い男のそばにいることでグループ内の権力を行使している面が強い。言い方は悪いが、まだまだ男性上位の世界だったのかもしれない。
 もちろん、ここに含まれていない事件で、男性の影響を受けずに犯行に手を染めたものもいる(杉村サダメとか)。とはいえ、少ないことは事実。男性の影響を受けて女性が犯罪に手を染める事件は今でも多い。しかし、女性が主導権を握る犯罪も増えてきている。そういう意味では、戦後から昭和の女性犯罪史の一冊といえよう。
 ただ、戦後女性犯罪略年表は、女性が被害者というだけのものも多く、残念である。
 目次に書かれている事件の年表は以下。日付は「ノンフィクションで見る戦後犯罪史」の方に記載の項で、実際は短期間から長期間にわたるものもある。多くはそちらで記載してあるので、概要を知りたい方はそちらを見てほしい。また詳細を知りたい方は、検索するなり、著書を調べるなりしてほしい。

 寿産院事件:1948年1月15日
 オー・ミステイク事件:1950年9月22日
 荒川バラバラ死体事件:1952年5月10日
 男性自身セツ断事件:1953年7月9日
 日本閣事件:1960年2月6日
 在日混血児の幼児殺害事件:1968年9月5日
 多発する子殺し事件:昭和40年代後半
 外務省機密漏洩事件:1971年5~6月(毎日新聞記者の男性Nが、外務省事務官の女性Hをだまして機密情報を取得した事件。Hは懲役6月執行猶予1年、Nは無罪)
 連合赤軍事件:1972年2月19日  公金横領事件:1973年2月1日、1975年7月8日、1981年3月25日
 少女売春事件:「愛人バンク」事件他



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