黒沼克史『少年にわが子を殺された親たち』(草思社)

発行:1999.10.25



 ある日、最愛の子どもの命を奪われる。それは例えようのない苦痛であろう。だがその加害者が未成年であった場合、家族は苦痛ばかりか信じがたい不条理を強いられることになる。
 事件の全貌も加害少年の処遇も知らされず、わが子の最期の様子さえ親は知ることができない。真相を渇望する親たちを置き去りにしたまま、少年法に守られた加害少年たちはまもなく日常生活に復帰する。何事もなかったかのように。
 本書は、こうした理不尽を今まさに体験しつつある六つの家族の物語である。その過酷な日々を静かに見つめつつ、彼らの意識の奥底にまで降りていく。報じられることのなかった少年犯罪被害者の現実がここにある。(折り返しより引用)

 ここに載せられている六つの事件は、いずれも加害者が少年である。本書では、事件の詳細を伝えることを目的としているのではない。加害者が少年であるばかりに、いわれのない苦痛を受け続けている家族の姿を紹介している。
 一番目の家族は、1992年、石垣島で中学二年の次男が中学生9人に集団暴行を受け殺害された事件である。学校の調査結果は驚くべきものだった。中学一・二年生の不良グループが巻き上げた金を三年生のグループに上納するシステムである。三年生のたまり場は、暴力団関係者の事務所であった。アンケートの結果、約2割の生徒が被害にあっており、総額700万円にのぼった。4人は少年院に送られたが、2人は自宅謹慎、そして1年生の3人はすぐに登校していた。
 少年の父親は刑事責任を問えない加害少年とその父親、さらに市を相手に損害賠償を求めた。しかし長期化する裁判の結果、二年後に加害少年たちと1件600万円で和解する。しかし実際に600万円を支払ったのは1件だけ。2件は自己破産を申請、1件は支払えないと通告。分割払いの途中で無視する家族もいた。民事訴訟の和解案に効力は何もない。さらに市側は徹底抗戦。校内暴力には気づかなかったなどと学校は証言した。さらに少年の父親の会社は市からの仕事を発注することができなくなった。裁判費用が1000万円以上を越え、結局和解する。石垣市が最初に提示した金額は500万円。しかも見舞金としてである。結局1200万円で和解はしたが、見舞金というなまえは変わらなかった。
 1996年7月、石垣市内の高校二年生が友人ら5人の集団暴行で殺害された。それが二番目の家族である。4年前の教訓など、何も生かされていなかった。石垣市は一切生かそうともしなかった。しかも新聞には被害者が加害者とともに飲酒したと誤って沖縄タイムスで報道され、それは訂正されることがなかった。五人の加害少年とその家族は謝罪しようとしない(後に一人だけ謝罪した)。民事訴訟の結果、五人の加害少年とその家族は被害者遺族に8400万円とほぼ満額の支払いを命じた。さらに裁判所は親の責任にも追及した。
 他にも載せられている家族たちの状況は似たり寄ったりだ。加害少年とその家族は表面的な謝罪をすればいい方、下手すれば謝罪すら一切ない。事件によっては、警察や報道に被害者少年の人権が阻害されたケースもある。少年法の壁の元に、事件の真相は一切知らされない。家庭が崩壊するケースもある。“加害少年の更生”という名目で、多くの人たちが加害少年たちばかりを手助けしようとし、被害者遺族には一切見向きもしない。被害者遺族が裁判を起こせば、弁護士たちがよってたかって被害者のことをけなし、貶める。
 彼ら家族たちは、少年犯罪被害者当事者の会を結成し、ホームページを立ち上げ、現状を広く訴えている。
 少し前までは、被害者遺族が声を挙げることなど、世間が許さない風潮があった。民事訴訟を起こせば、子どもの命を金に変えるのかと冷たい視線を浴びせるばかりであった。さらに少年法という法律が追い打ちをかけた。人の命を奪った少年は、わずか2~3年で世の中に舞い戻り、何事もなかったかのように幸せをつかんでいる(もちろん、罪の重さに苦悩している人もいるだろうが)。
 彼ら遺族たちの声が通り、少年法は改正された。しかし、まだ遺族たちが望む状況にはほど遠い。12歳の子どもが、ちょっとしたことで人を殺害する時代である。社会が変容しているのに、未だに戦後の少年法の理念をかかげるのは間違っている。加害者少年の更生も大事ではあるが、まず大事なのは被害者遺族の声に応えることである。


【目 次】
第1部 怒りの深淵
 第1章 事件現場
 第2章 長い裁判
 第3章 繰り返された悲劇
 第4章 殺意
第2部 崩れ落ちる家族
 第5章 親たちの絆
 第6章 嵐の家
 第7章 引き裂かれる夫婦
 第8章 残された家族
 第9章 変化のきざし
第3部 凍りついた時間
 第10章 二つの時間
 第11章 凍りついた十三年間
 第12章 被害者側への石つぶて
 第13章 早すぎる判決
 第14章 生々しい記憶
終章


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