伊佐千尋『司法の犯罪』(新風舎文庫)


発行:2006.4.5



 「弘前事件」「高輪グリーン・マンション殺人事件」を例に、日本の刑事裁判でいまだ絶えない冤罪の構図を解き明かす。
 事件当事者や弁護人への丹念な取材、訴訟記録の精査によって、誤判に携わった裁判官、検察官、警察官の過失、責任を追及。冤罪事件に共通する捜査や裁判の杜撰さが浮き彫りになる……。日本の司法がどのような罪悪を犯しているのかを検証していく。
 地震の陪審員経験を綴った『逆転』で大宅賞を受賞、日本における「陪審裁判」運動の先駆けとなった著者が、司法改革を呼び起こした発端の書。解説は元日弁連会長の土屋公献。(粗筋紹介より引用)
 『諸君!』1981年9月号〜1982年10月号連載のエッセイをまとめたもの。1983年5月、文藝春秋より単行本刊行。1991年1月、文春文庫として刊行。2006年4月、新風舎文庫より復刊。


【目次】
 弘前事件
 司法に隠された犯罪者
 高輪グリーン・マンション事件
 東京拘置所での面会
 自白――敗走千里の自己崩壊
 自白に信憑性はあるか?
 検察側の主張
 物証なき殺人
 密室の取り調べ
 司法は誰のものか?
 陪審制への道
 眠れる陪審法
 権力は陪審制度を忌む
 あとがき
 新風舎文庫版発刊にあたって


 ノンフィクション作家であり、「陪審裁判を考える会」発足人でもある伊佐千尋が連載したエッセイをまとめたもの。当初は日弁連の特別研修における伊佐のスピーチ「市民から見た裁判と法律家」に筆を加えて、短期連載集中の形でまとめる予定だったものが、「弘前事件」で無実の罪を着せられた那須隆氏に会ったこと、「高輪グリーン・マンション事件」の被告人から獄中で書かれた手紙をもらったことから内容が変わり、日本の刑事裁判が抱える問題点についての素人からの批判論に変わってしまった、と作者はあとがきで述べている。
 そのためか、「高輪グリーン・マンション事件」から「密室の取り調べ」については「高輪グリーン・マンション事件」の話が中心となっており、事件の裁判を通して自白偏重を中心とした日本の司法の問題点を挙げている。その結果、やや焦点の合わない仕上がりになったことは否めない。問題点を問うというのならもっと複数の事件を上げてほしかったところだし、「高輪グリーン・マンション事件」について書くのなら単独で一冊に仕上げるべきだった。
 途中からの陪審制については他の著書でも書いている内容であり、新味はない。新風舎文庫版として生まれ変わるなら、もっと「裁判員制度」について筆を費やしてほしかった。
 何ともまあ、中途半端な一冊。「高輪グリーン・マンション事件」について知りたければ、とりあえず良いかもしれないが。

 伊佐千尋は1929年、東京生まれ。1978年、「逆転」で第9回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1982年、「陪審裁判を考える会」を発足。著書、訳書多数。


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