現在、なぜ「汝、殺すなかれ」という掟は機能しないのか?人倫のタガが緩んだ「退屈と空虚と焦燥の時代」に、古くて新しい「永遠の課題」を具体的な状況との接点から考える。(まえがきより)
ここで挙げられている難問は次の十問である。
第一問 人は何のために生きるのか
第二問 自殺は許されない行為か
第三問 「私」とは何か、「自分」とは何か
第四問 人を愛するとはどういうことか
第五問 不倫は許されない行為か
第六問 売春(買春)は悪か
第七問 他人に迷惑をかけなければ何をやってもよいのか
第八問 なぜ人を殺してはいけないのか
第九問 死刑は廃止すべきか
第十問 戦争責任をどう負うべきか
論述を進めるにあたっての原則をまとめてある。
1 なぜ自分がその問いにつかまってしまったのか、その動機を考える
2 簡単な解答はあり得ないと覚悟する
3 問い方そのものにまずい点はないかどうかを見当し、まずければ、もっとよい問い方を編み出す工夫をする。
ここに設定された10の設問は、そのいずれもが論理的に解答が出る設問ではなく、さらに感情的な回答(この当て字はわざと)になりやすい。「売春(買春)」=「悪」とすぐに答を出す人は多いだろう。「人を殺してはいけない」なんて当たり前と思い、それ以上突っ込むことはまずしない。「戦争責任」になると、被害者意識、加害者意識が過剰に出てくる。この本ではそれらを極力排除しようと試みている。もっともそれは、一つ間違えると「問題の回避」と受け取られやすい手法である。根本的な問題を詭弁で回避しているなあと思う設問もあるし、逆になるほどなあと思う設問もある。いずれにしろ、一度読んでもらいたい。それから、私たちが自分で考えることが大事である。
なおこの人、「死刑」には賛成している。死刑賛成・反対論議はすでに議論が出し尽くされていると思うし、事実その範囲からははみ出していない。結局感情問題であり、信条問題である。賛成・反対論者が歩み寄るというのは、かなり難しいと思う。被害者対策が心理的、物質的に充実され、なおかつ仮釈放なし無期懲役が導入されたとしても、死刑はなくならないと思う。
ここで語られている死刑賛成論について、反対論者はどこまで答えることが出来るか。正直に言って厳しいものがあると思う。中山千夏みたいに簡単に、「人を殺すことは悪」=「死刑は悪」と答えられるわけがないのである。もしそれでも死刑反対を訴えるのであれば、ここで挙げられた問いに答える必要がある。ただ感情でしか答えることが出来ないのであれば、それはすでに議論にはならない。感情の押しつけに過ぎない。
死刑論を考える上では第八問、第九問のみを読めばよいが、やはり上に挙げた十問は人生に関わることである。全てを読み通してほしいと思う。
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