門前典之『建築屍材』(東京創元社)

 解体され、ナンバリングされた挙句、跡形も無く消え去ってしまった3人の死体。不審な人影の追跡劇と、密室からの人間消失。配達された小指。生乾きのコンクリート上に残された足跡。矛盾した犯人の行動。姿無き殺人者の仕業としか思われない不可能犯罪。杳として見えない犯行の動機。そして、山積する謎とトリックの解明に挑む名探偵―建設中のビルを舞台に組み立てられる、狂気のジグソーパズルの全体像は?本格ミステリへの情熱に満ちた、第11回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

 ビル建築工事現場を舞台に、バラバラ死体消失、密室状況下での人間消失、殺人事件、足跡のないトリック、謎の墜落死体など、不可能趣味のオンパレード。
 個人的には楽しく読めた。ただしその理由は、私に多少なりとも建築現場の知識があるから。専門分野の知識をトリックに使われると、「へえ、そうですか」と頷くことは出来ても、驚くことは難しい。折角の不可能トリックなのに、読者から喝采を受けられないのでは、作者も不満が残るのではないだろうか。
 トリックを生かし切れない構成に、不満は残る。トリックが第一、舞台が第二、それから登場人物を配置、最後に筋を考えたような構成(と私は想像する)になっているので、核となる物語が存在しない。そのため、事件一つ一つが連携せず、まとまりがない。
 登場人物の配置ももう一つ。主要登場人物かと思われた高校生カップルは、後半ほとんど登場せず。これでは前半1/4のエピソードがほとんど無駄になっている。謎の中心となるはずの、バラバラ死体の周辺の記述はほんの僅か。論理を楽しむための無駄を省いているという考え方もあるが、そうなると前半部分と矛盾する。バラバラ死体の発見者が浮浪者一人だけというのも、謎としての強烈なイメージを植え付けることが出来ない原因だろう。
 森博嗣は専門分野知識トリックを使っている方だと思うが、それでも多くのファンに受け入れられているのは、登場人物が持つ強烈なインパクトと、物語の魅力である。トリックだけでミステリは作れない。
 不可能トリックだけでもこの作品を充分読む価値があると思うが、これで物語と登場人物を整理整頓し、核となるものが1本あったら、傑作になったと思う。惜しい。




迫光『シルヴィウス・サークル』(東京創元社)

 自らが作り上げた巨大な芸術作品の中で、女芸術家は死体となって発見された。高等遊民・神野が挑むのは、死と至福が交錯する「シルヴィウス・サークル」の謎。華麗なゴシックミステリー。(粗筋紹介より引用)

 他の作家にはない独特の雰囲気を持っていることは認めるが、巨大パノラマ、シルヴィウス・サークル、没落財閥などのテーマが融合していないため、章ごとに別の作品を読んでいる気がしてきた。これで最後がすっきりと纏まってくれればまだよいのだが、幻想的なムードが事件の解決などどうでもいいという雰囲気にさせてしまう。事件や登場人物が全て蜃気楼のような感じを受ける。1930年代に設定した理由が見出せなかったのはちょっと問題かも。
 神野伶弐という探偵はシリーズ化されるのだろうか。




後藤均『写本室(スクリプトリウム)の迷宮』(創元推理文庫)

 大学教授にして推理作家の富井がチューリッヒの画廊で出会った絵は、著名な日本人画家・星野の作品だった。画廊の主人から星野の手記を託された富井は、壮大な謎の迷宮へと足を踏み入れる。――終戦直後のドイツ。吹雪の中、星野は各国を代表する推理の達人たちが集う館に迷い込んだ。彼らが犯人当て小説「イギリス靴の謎」に挑む中、現実に殺人事件が起きる! 虚々実々の推理の果て、導き出された驚愕の解答等とは。そして星野の残した謎の言葉に翻弄される富井。年に一度だけ訪れる“迷宮の使者”とは? 富井は全ての謎を解き、使者に出会えるのか? 多重構造の謎が織りなす巧緻なミステリ。第十二回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2002年、第12回鮎川哲也賞受賞。応募時ペンネーム富井多恵夫、応募時タイトル『スクリプトリウムの迷宮』。加筆訂正の上、2002年10月、刊行。2005年2月、文庫化。

 大学教授で推理作家の主人公、富井がヨーロッパへ出張途中、チューリッヒで星野泰夫の作品に出会う。1年に1回、モンセギュールが陥落し、棄教を拒否した二百人の信者が山のふもとで火刑に処せられた3月16日だけ飾られるというその絵には、日本人が来たら渡してほしいという書簡があった。その書簡の中には、星野が戦後に遭遇した殺人事件について書かれていた「手記・弌」「手記・弐」があり、そして当時犯人当てが行われた小説「イギリス靴の謎」が挟まっていた。
 これだけの多重構造、書き方がまずいと独りよがりの自己満足に終わってしまうことが多いのだが、鮎川賞を受賞したということだけあって、さすがにそのような愚は犯していない……と言いたいところだが。構造自体は非情に魅力あふれる設定だ。中世ヨーロッパの歴史が絡み合う内容は知識を要するところであり、日本人が推理するには不向きな気もするが、それは教養と思いながら読めばいい。さて、問題は、肝心の中身が伴っていないところだ。作中作中作になる「イギリス靴の謎」が非常につまらない。これは島田荘司がいう通り、ここが傑作になると、枠の外が生きる展開になるだろう。さらに星野の世界で起きた殺人事件の方も今一つで、解決があまりにも安易。そして最大の問題点は、最後に大きな謎が何も解かれず、そのまま「続く」になっていること。読了後、こんな肩透かしを食らわされたのではたまらない。
 魅力的なアイディアに、中身が伴っていない典型的な作品。そもそも最初から最後まで僥倖に頼りすぎ。まあ、アイディアのみを評価して鮎川賞受賞となったのかもしれないけれど、個人的に見たら未完成作に等しい出来である。
 この作品の続編が、『グーテンベルクの黄昏』ということらしい。さすがに読む気が起きないぞ、これじゃ。




ほしおさなえ『ヘビイチゴ・サナトリウム』(東京創元社 ミステリ・フロンティア2)

 西山海生と新木双葉は中高一貫教育の女子高、私立白鳩学園の中学三年生。ともに美術部に入っている。白鳩学園では最近、墜落死した女性との幽霊が出るとの噂が流れていた。しかも白鳩学園では、去年の夏に飛び降り自殺で生徒が死んでいた。どちらも美術部の高校三年生だった。色々な噂が飛び交う中、こんどは墜落死した女生徒と付き合っているとの噂が流れていた国語教師が墜落死する。その国語教師は、ある雑誌の小説新人賞を受賞していたが、雑誌掲載寸前で辞退していたのだった。さらに、国語教師の妻は二年前に自殺していた。事件の謎を追う海生と双葉。そして目の前に現れる、いくつものバージョンの応募原稿。そして自殺した妻が残していたインターネットサイト「ヘビイチゴ・サナトリウム」。さらに密室殺人。

 きっぱり言いますが、苦手ですね。自分の好みには合いませんでした。存在感の希薄な登場人物。物語世界に没頭できない“独特の言語感覚”。前半のサスペンスから、後半の本格ミステリへの無意味な転調。
 けなしているようだけど、間違いなく自分の偏見です。読みづらかったし、物語を楽しむこともできなかった。事件の謎を追う人たちが、ただのお節介にしか見えなかった時点で、もう駄目です。




江東うゆう『楽土を出づ』(新風舎)

 江東烏有が尊敬する院生の白井未央の双子の姉、崎川真央が現われ、夫・崎川建を殺したと告白する。しかし烏有は、彼女が真央ではなく未央であることを見破った。未央は建がかつて恋人だったが真央に奪われたこと、真央と建を殺したことを告白するとともに、烏有が曹操に仕えていた詩人・王粲について書いた卒業論文を読み、殺人の時意識したと話す。そのまま未央は失踪し、2年が過ぎた。烏有が勤める法律事務所に双子の伯母が現れ、失踪した真央夫婦が住んでいた屋敷を手に入れたいと相談に来た。固定資産税などは払っているが、肝心の捜査願は出していないという。烏有は二人の行方を探すため、探偵の波多野とともに捜査を始める。
 2002年、第12回鮎川哲也賞最終候補作。2003年4月、一部改めたうえ、新風舎より刊行。

 作者は愛知県出身で三重大学大学院修士課程修了。作品はこれだけのようだ。漫画家としての名義は江東星だそうだが、刊行されたものが無いところを見ると、同人活動のみの様子。本作品も新風舎という自費出版系の会社から出ているところから、自費出版なのかもしれない。「楽土」は、王粲の詩に出て来るとのこと。
 最終候補作に残ったのだから多少は読みごたえがあるかと思っていたのだが、これが失敗。主人公の目の前に犯人が登場し、犯行の告白を聞きながら、何のリアクションも無し。仮にも大学講師が無断欠勤を続け、妻も失踪、妻の妹も失踪していたのなら、警察なり自治体なりが何らかの行動を起こしてもおかしくない。それ以上に、失踪したから家の権利証が欲しいなんて依頼、普通に考えたら犯罪だろう。登場人物全員がおかしな行動を取っているので、読んでいて腹が立ってくる。いくら刺されたとはいえ、気に入らない依頼者に接触したというだけで職員を解雇する弁護士などいるわけないだろう。法律、権利とうるさい弁護士が法を破ってどうする。主人公も犯人も、ピントがずれているとしか思えない行動ばかりとっている。
 失踪は密室殺人事件という結末だったのだが、このトリックにも呆れた。説明不足が一つの原因かもしれないけれど、実行自体不可能でしょう、これ。ええと、ここはどこ?と聞きたくなるようなトリックだった。
 作者の独りよがりが全開な作品。これがよく最終候補作にまで残ったな、と別の意味で感嘆した。作者には悪いけれど、読む価値ありません。




森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』(東京創元社)

 帝ご寵愛の猫、『源氏物語』幻の巻「かかやく日の宮」――ふたつの消失事件に紫式部が挑む。平安の世に生きる女性たち、そして彼女たちを取り巻く謎とその解決を鮮やかに描き上げた、大型新人による傑作王朝推理絵巻!(粗筋紹介より引用)
 2003年、第13回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本化。

 作品は二部構成となっており、第一部「上にさぶらう御猫」は失踪した中宮定子の猫の謎を追う話。第二部「かかやく日の宮」はそれから数年後で、式部が書いたはずの「かがやく日の宮」の巻が世に出ていなかった話。第三部「雲隠」は後日談とエピローグになっている。
 『源氏物語』を扱った作品で紫式部を探偵役にした有名な作品と言えば岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』、長尾誠夫『源氏物語人殺し絵巻』がある。前者は宇治十帖以降に起きた連続不審死事件の謎を紫式部が解く話、後者は光源氏の周辺で起きた連続殺人事件の謎を紫式部が解く話である。
 本作も探偵役は紫式部なのだが、本作は「桐壺」と「帚木」の間にあると思われる「輝く日の宮」が失われた理由という、『源氏物語』そのものの謎に迫った話である。そういった点で、過去2作とは狙いが異なる。
 『源氏物語』には、「光源氏と藤壺が最初に結ばれる」「光源氏と六条御息所との馴れ初め」「朝顔の斎院の初登場」といった重要なシーンが書かれていない。そのため、「桐壺」と「帚木」の間には失われた巻があるのではないかという話は当時からあった(元々無かったという説もある)。ミステリでその謎に挑んだのは初めてであろう。その心意気は買いたい。
 もっとも第一部は猫の失踪という「日常の謎」である。なお、猫が宮中に参内していたというのは実話である。式部に仕える女童・あてきの元気さと、童子・岩丸へのほのかな想いが物語に彩りを与えているのだが、謎そのものに魅力がなく、この調子で続かれたら困るなあと思っていたところに出てきたのだ、第二部だった。これは面白かった。
 平安時代の入内をめぐる政治闘争、人間関係の複雑さなどが巻消失の謎と絡まり合い、見事な物語に組みあがっている。特に式部とあてきがしばらく巻消失に気付かなかった件はお見事だった。そして「なぜ巻は失われたのか」だけではなく、「式部はなぜ黙ったままなのか」という謎がいつの間にか追加される。うん、よくできている。第二部を読むことで、初めて第一部が必要だったこともわかる。最後の式部の想いや作家としての成長も合わせ、見事な仕上がりだった。藤原道長などの実在人物もよく描けていると思う。清少納言を使ったスパイスの入れ方もよかった。第三部の、これでもかというどんでん返しは少々しつこかったが。『源氏物語』に興味が無い人には、説明不足なところがあるかもしれない。
 話しかたが現代風なのはまだしも、行動についても現代風なところが見られるのは少し残念だし、岡田鯱彦作ほどの気品はないが、それを新人作家に求めるのは酷だろう。今までの鮎川賞受賞作の中でもトップクラスにランキングされる作品であった。




神津慶次朗『鬼に捧げる夜想曲』(東京創元社)

 ――昭和二十一年三月十七日。乙文明は九州大分の沖合に浮かぶ満月島を目指して船中にあった。鬼角島の異名を持つこの孤島には、戦友神坂将吾がいる。明日は若き網元の当主たる将吾の祝言なのだ。輿入れするのは寺の住職三科光善の養女優子。祝言は午後七時に始まり、午前一時から山頂に建つ寺で浄めの儀式があるという。翌朝早く、神坂家に急を告げる和尚。駆けつけた乙文が境内の祈祷所で見たものは、惨たらしく朱に染まった花嫁花婿の姿であった……。
 ――この事件に挑むのは、大分県警察部の兵堂善次郎警部補、そして名探偵藤枝孝之助。藤枝が指摘する驚愕のからくりとは? 続発する怪死、更には十九年前の失踪事件をも包含する真相が暴かれるとき、満月島は震撼する。(粗筋紹介より引用)  2004年、第14回鮎川哲也賞受賞。応募時タイトル「月夜が丘」。加筆修正のうえ、同年10月刊行。

 若き網元の友人が戦争から帰って友人を訪ねる……冒頭から『獄門島』の真似かと思って読んでいたら、横溝正史作品と同じような構造で進むから驚いた。名探偵の藤枝孝之助と、事件を追いかける乙文明という取り合わせは京極夏彦を真似たと思われるが、それ以外は横溝正史の劣化コピー。個人の趣味で書くのならいいけれど、これで応募したら普通は一次予選で撥ねられるだろう。なぜこれが受賞できたのか、選評を読んでもさっぱりわからない。
 トリックがすごければまだ許せるが、これがお笑いとしか思えない内容。特に捨てトリックの方は、誰もこんなこと考えないよというレベルの低さ。棺とコントラバスを見間違う人なんていねえよ。動機については、いくら戦後すぐの時代とはいえ、有り得ないレベルで説得力に欠ける。
 はっきり言って駄作。パロディとして同人誌に載せるならまだしも、これを本気で応募すること自体信じられないし、ましてや受賞させたことはもっと信じられない。いくら作者が19歳だからといったって、読者にお金を出して買わせるということをもっと真剣に考えてほしい。オリジナリティが全くない作品を書く作者に、将来性などないだろう。
 受賞から10年以上経つが、作者のその後の作品は無し。選考委員に見る目が無かったとしか言いようがない。




岸田るり子『密室の鎮魂歌(レクイエム)』(東京創元社)

 ある女流画家の個展会場で、一枚の絵を見た女が、悲鳴をあげた。五年前に失踪した自分の夫の居場所をこの画家が知っているにちがいない、というのが彼女の不可解な主張だった。しかし、画家と失踪した男に接点はなかった。五年前の謎に満ちた失踪事件……。五年後の今、再びその失踪現場だった家で事件が起きる。今度は密室殺人事件。そして密室殺人はつづく。『汝、レクイエムを聴け』という問題の絵に隠された驚くべき真実! 魅力的な謎といくつもの密室に彩られた第14回鮎川哲也賞受賞の傑作本格ミステリ。(「BOOK」データベースより引用)
 2004年、第14回鮎川哲也賞受賞。応募時タイトル『屍の足りない密室』。同年10月、単行本刊行。

 鮎川賞だし、タイトルを見る限り密室に何か仕掛けのある本格ミステリかと思っていたのだが、その期待は外れた。作者はフランス在住が長かったということだが、フランスミステリの影響を受けたサスペンス作品である。
 嫌みな女流画家、自分勝手な社長夫人に囲まれたリストラされたフリーの女性デザイナーが主人公。それにしても先の2人がバカすぎる。ここまでバカな登場人物も珍しい。そんな女性2人に振り回されるのだから、主人公にもう少し感情移入できるようにすればいいのにとは思った。登場人物がどれもこれも嫌みなところが表に出ており、好きになれない。女流画家の双子の姉弟はもう少しよく描けなかったかだろうか。人物描写は悪くなかったが、共犯者の立ち位置についてはもう少し書きようがあったと思う。
 5年前の失踪事件と、2つの連続殺人事件はいずれも密室の中の出来事。この3つの密室トリックについては久しぶりにこの手を見た、と言っていいだろう。警察がわからない方が不思議なくらいだ。ただ、失踪事件の密室についての必然性については、それなりによくできているとは思った。後半2つが密室である必然性は薄いと思ったが。
 不満点は推理がないこと。全く推理のないまま犯人が捕まってしまうというのはどうかと思う。これが鮎川賞でなかったら、そこまで言うつもりはないのだが。また、視点がころころ変わるのは読みにくい。最後の手記が小説風になっているのは興醒め。ただ、小説自体は読みやすかった。「一枚の絵を見た女が、悲鳴をあげた」謎はなかなか魅力的だったので、この線でもっと進めるべきだった。
 いわゆる量産型のミステリは書ける人だと思ったが、本格ミステリを書ける人とは思わなかった。応募先がミスマッチだったと思う。




日向旦『世紀末大バザール 六月の雪』(東京創元社)

 1999年5月、ノストラダムスの予言によると、地球滅亡まであと4週間(から最長で2ヶ月)。本多巧はわずかなお金を財布に、大阪へ向かった。たまたま居合わせた二人組に仕事を紹介してもらうが、何ができるか、と問われとっさに「探偵だ」と答えたことから家出した中学生を探すハメに。お目付け役に白のワンピースがまぶしい美少女(でもオカマ)がついたことで、俄然やる気を出す本多だが、捜査開始早々奇妙な事件が二つも勃発! しかもおかしなモールの成立からその摩訶不思議な仕組みまで絡んできて、事態は単なる家出人操作からどんどん発展し……。軽妙な語り口とユーモラスなキャラクターで贈る快作長編。第15回鮎川哲也賞佳作。(粗筋紹介より引用)
 2006年、第15回鮎川哲也賞佳作。応募時名義篠宮裕介。応募時タイトル「六月の雪」。改名、改題のうえ、同年6月、単行本刊行。

 鮎川賞佳作作品だが、その理由は「この作品は本格ミステリかどうか」ということ。一応密室は2つ出てくるけれど、過去作品をそのまま引用したもので、しかも話の途中で簡単に暴かれる。「大きな謎」は確かにあるが、論理的に解かれるわけではない。選考で物議を醸したのも当然だろう。私自身、これは本格ミステリではない、と言いたい。ただし、面白いかどうかで判断すれば、面白かった。これを世に出したい、という選考委員の判断は正しかったといって良いだろう。
 内容としてはユーモアミステリ。関西でも場所によって色々違うんだなあ、と今更ながら思ったがそれはともかく、ベタすぎる会話が続く。読み続けているうちに癖になるから、奇妙なものだ。それに加え、テナントが何も入っていないモールに、ベトナムからの難民を中心とした人たちが「共和国」を作り上げるという設定が絶妙。読んでいるうちにいつしか人情ものになっているところは、松竹新喜劇を見るかのようだ。この設定と、彼らが生活する上でのルールを読むだけでも読む価値がある。「恐縮屋」という職業も目からウロコだった。
 ちょっと残念なのは、本多巧という主人公のキャラクターか。バックグラウンドがほとんど語られないので、活躍ぶりに今一つ説得力が見られなかった。




麻見和史『ヴェサリウスの柩』(東京創元社)

 解剖実習中"ご遺体"の腹から摘出された一本のチューブ。その中には、研究室の教授を脅迫する不気味な詩が封じられていた。
  園部よ私は戻ってきた。
  今ここに物語は幕を開ける……
動揺する園部。彼を慕う助手の千紗都は調査を申し出るが、園部はそれを許さない。しかし、今度は千紗都自身が、標本室で第二の詩を発見してしまう。
  黒い絨毯の上で死者は踊り
  生者は片腕を失うだろう……
 事務員の梶井に巻き込まれる形で調査を始めた千紗都は、チューブを埋め込んだ医師を突き止める。だが、予想外の事実に千紗都は困惑した――その医師は十九年前に自殺していたのだ。
 抜群のリーダビリティ、骨太のストーリー、意表を衝く結末――
 第16回鮎川哲也賞受賞の傑作ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2006年、第16回鮎川哲也書受賞。同年9月、単行本発売。

 舞台は大学の解剖学研究室。帯にある通り、「解剖学研究室を覆う、19年目の壮大な復讐計画」である。ヒロインは研究室所属の助手、深澤千紗都。復讐のプログラムが動き出すかのように、殺人事件が発生する。園部の恩師である北玄一郎が、研究室の技官である近石が。タイトルにある「ヴェサリウス」は、近代解剖学の父と言われたアンドレアス・ヴェサリウスのこと。
 一応探偵役らしき人物はいるが、はっきり言って巻き込まれた人物たちが調べたら事件の真相が出てきました、というサスペンス。推理もトリックも何もない。これがサスペンスならそれでいいけれど、やはり鮎川賞に求めるのは本格ミステリ。ここまで賞の特徴と合致しない受賞作も珍しい。鮎川哲也が選考をしていたら、間違いなく選ばれなかっただろう。
 大学の解剖学研究室が舞台ということもあり、解剖についての舞台裏がいろいろ出てくる。ただ、どことなく乱歩賞のお勉強ミステリを思い出し、あまり好きになれなかった。珍しかったのは事実だが。リーダビリティは抜群。いったいどうなるのだろう、という興味をうまく持たせている。登場人物の造形も悪くない。なんとなくピンと来ないのは、梶原ぐらいだろう。ヒロインだけでなく、犯人もよく描けている。
 ただ、ストーリー自体は、乱歩の通俗ミステリかよ、と言いたくなるぐらい古臭い。当時ならまだしも、今時このような動機で犯罪に手を染めるだろうか……と言いたいところだが、人って簡単に洗脳されるからなあ。とはいえ、古い。古すぎる。それに、あまりにも偶然に頼り切った犯罪計画。久世という男のどこに魅力があるのかさっぱりわからないというのも問題である。
 結局、通俗サスペンスとして面白く読みました、としか言いようがない作品。作者がなぜ鮎川賞に応募したのかを聞きたいぐらい。その後の作品を見ても、本格ミステリとは縁がなさそうだし、本当にわからない。




似鳥鶏『理由(わけ)あって冬に出る』(創元推理文庫)

 某市立高校の芸術棟にはフルートを吹く幽霊が出るらしい――。吹奏楽部は来る送別演奏会のための練習を行わなくてはならないのだが、幽霊の噂に怯えた部員が練習に来なくなってしまった。かくなる上は幽霊など出ないことを立証するため、部長は部員の秋野麻衣とともに夜の芸術棟を見張ることを決意。しかし自分たちだけでは信憑性に欠ける、正しいことを証明するには第三者の立会いが必要だ。……かくして第三者として白羽の矢を立てられた葉山君は夜の芸術棟へと足を運ぶが、予想に反して幽霊は本当に現れた! にわか高校生探偵団が解明した幽霊騒ぎの真相とは? 第16回鮎川哲也賞に佳作入選したコミカルなミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2006年、本作で第16回鮎川哲也賞佳作受賞。加筆修正のうえ、2007年10月、文庫オリジナルでデビュー。

 高校を舞台に高校生たちが幽霊騒動の謎を解く本格ミステリ。内容的にはライトノベルと言ってもよく、現実の殺人事件が起きるわけでもないので、それほど深刻な内容とはならないが、犯人当ての方は論理的な謎解きが展開される。どうやって幽霊が現れたか自体は機械的なトリックが使われていることが見え見えなので、正直言ってそれほど興味がない。やはりなぜの部分の方に興味の重点を置いてしまうが、こちらは結構うまくやっていたと思う。言われてみればあっと思う内容だし、特に最初の幽霊の謎の理由なんて、なぜ思いつかなかったんだろうというぐらいの内容だった。高校生らしさが出ていて、よく描けている。
 応募時は30歳に手が届きそうな主人公が、学校が解体されるという話を聞き、当時を回想するというストーリーだったというが、確かにこの内容だったら回想する理由はほとんどない。残念ながら佳作止まりだったとしても仕方がない。それを抜きにしても、どうしても軽めの内容だから、受賞は難しかっただろうが、最初からこの形だったらどうなっていたかわからない。
 創元らしからぬカラーの作品だが、イラストもそれっぽくしており、売れてシリーズ化されたのもわかる気がする。もうちょっと恋愛がらみの話を混ぜてほしかった気はするけれど。




山口芳宏『雲上都市の大冒険』(東京創元社)

 東北の標高1150メートルの高地に位置する四場浦鉱山は、日本で二番目の硫黄産出量を誇る。街には鉱山労働従事者とその家族13000人以上が住み、光熱費は無料。そこは小・中学校、高校はもちろん、病院、劇場、鉄筋アパートなどが立ち並ぶ「雲上の楽園」であった。23年前に鉱山の地下牢に閉じこめられ、20年前に脱獄と殺人を予告した岸本座吾朗。昭和27年11月、座吾朗は地下牢から消え、鉱山の社長が殺害された。横浜から来た弁護士、殿島直樹は事件の謎に挑むべく、名探偵の助手として働くが、彼らをあざ笑うかのように連続殺人が起きる。そして殺人現場に残された血文字の謎。左手が義手のお調子者、真野原玄志郎。気障で二枚目、既に名探偵として活躍している荒城咲之助。二人の名探偵は、いかにして事件の謎を解くか。
 2007年、第17回鮎川哲也賞受賞作。

 粗筋だけを聞くと面白そうな話なのだが、中身はユーモアというよりファースに近いナンセンス本格ミステリ。東北なのに日常会話が標準語なのは読みやすくするためと善意で解釈してもいいのだが、それを除いても時代考証、設定は少々いい加減。まさに、「ユートピア」の舞台である。本来なら陰惨である連続殺人であるのに、文章や登場人物が悪のりしているから、読みやすいといえば読みやすいが、軽い印象しか伝わってこない。核となる脱獄トリックに至っては、笑うしかないトリックである(ところで匂いや煙はどうしたんだよ)。
 二人の名探偵のキャラクターは悪くない。特に左手が義手の真野原は、もう1度見てみたい魅力的なキャラクターだ。この作品の一番のセールスポイントは、この探偵にあるかも知れない。
 脱獄トリックの核の部分は実現不可能と思うが、その点を除いた、真相を巡るやり取りは結構面白い。連続殺人の真相そのものも、実現性はともかく、一応はなるほどと思わせるものだ。本格ミステリの謎解きとしては、どうかと思うものばかりだが。
 結局、本人が書いているように「荒唐無稽で取るに足らない小説」というのが本当のところかも。本格ミステリの将来性云々とは全く無縁の作品だ。エピローグでシリーズ化を宣言するほどの悪のり小説だが、鮎川賞にふさわしいかどうかはともかく、その馬鹿馬鹿しさを楽しむ作品だろう。そう割り切って読んでしまえば、それなりに楽しい部分を見つけることもできるはず。その馬鹿馬鹿しい部分を強調するためにも、タイトルを“怪事件”から“大冒険”に変えたのは正しい判断である。




七河迦南『七つの海を照らす星』(東京創元社)

 様々な事情から、家庭では暮らせない子どもたちが生活する児童養護施設「七海学園」。ここでは「学園七不思議」と称される怪異が生徒たちの間で言い伝えられ、今でも学園で起きる新たな事件に不可思議な謎を投げかけていた。孤独な少女の心を支える"死から蘇った先輩"。非常階段の行き止まりから、夏の幻のように消えた新入生。女の子が六人揃うと、いるはずのない"七人目"が囁く暗闇のトンネル…七人の少女をめぐるそれぞれの謎は、"真実"の糸によってつながり、美しい円環を描いて、希望の物語となる。繊細な技巧が紡ぐ短編群が「大きな物語」を創り上げる、第十八回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋照会より引用)
「今は亡き星の光も」「滅びの指輪」「血文字の短冊」「夏期転住」「裏庭」「暗闇の天使」「七つの海を照らす星」による連作短編集。2008年、第18回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本で刊行。

 児童養護施設「七海学園」を舞台にした連絡短編集。それぞれの短編で日常の謎が解けると同時に、最後の話で大きな謎が解けるという構成は、第3回受賞者の加納朋子以来、東京創元社のお家芸とも言える。逆に言えば、鮎川賞でないと受賞しないだろうということもできるのだが。
 主人公である施設保育士の北沢春菜が不思議な事件に遭遇し、児童福祉司の海王に相談して謎が解かれるという設定。これで春菜と海王が恋愛に陥ればあまりにもワンパターン……となるところだが、海王は既婚ということでさすがにその設定は無かった。主人公の友人、野中佳音も描かれ方が悪くない。一応社会的な問題も出てくるが声高に主張しないところは助かった。あまり強く訴えられると、作品の良さが失われてしまう。そういう意味で、島田荘司の選評はくどすぎるのだが。
 ミステリとしては弱い。弱すぎ。推理らしい推理もない。謎自体は他愛のないものも多く、いつの間にか解けている謎も多かった。ややご都合主義じゃないかと思うところもあるのだが、あまり扱われない舞台と瑞々しい文体で救われているんじゃないかな。施設に出てくる子供だからといっても明るく過ごす姿には好感が持てるし。
 回文のこだわりはどうかと思った。大して面白くもなかったし、小説に寄与しているとも思えない。作者名も回文になっているけれど。
 この作品を読んで思ったけれど、日常の謎系は、殺人事件などを扱う本格ミステリと比べ、通常では使えないよと思うようなトリックでも使うことができる分、謎や推理としての面白さが残されている気がする。今更密室やアリバイをストレートに持ち出されも、手垢が付いたと言われると返す言葉がなくなってしまう。
 続編『アルバトロスは羽ばたかない』はこのミスや本格ミステリ・ベスト10でランクインしているが、どうなんだろう。少しは化けたのだろうか。



彩坂美月『ひぐらしふる』(幻冬舎)

 祖母が亡くなり、地元のY県天堂市に帰省した24歳の有馬千夏。幼馴染の相葉成瀬、芥川利緒と再会して話すうちに、高校時代に女子生徒のスカートが立て続けに切られた事件を思い出す。「第一章 ミツメル」。
 お祭りの夜、久しぶりに会った一つ上の先輩、遠藤ハルと塔野みかげ。ハルが結婚するという話で盛り上がるが、みかげは婚約指輪を見つめ、いきなり賭けをしようと言いだす。ハルの婚約者が好きだったというみかげの条件は、私が勝ったら別れてほしいということだった。「第二章 素敵な休日」。
 携帯電話で恋人の高村午後と話をする千夏。そのうちに、高村の友人草下が天堂高原でアルバイト中、観光ツアーで来ていた親子連れがミステリースポットとして有名な霊験で消えてしまった。「第三章 さかさま世界」。
 利緒が千夏のところへ連れてきたのは、高校時代の友人、式部恵瑠。ともに本好きで、高校時代は貸し借りをしていた。そんな恵瑠が話し出したのは、小学校時代に一番仲が良かった友人と、当時流行っていた探偵団の真似をしてUFOが来る山へ調査に来たが、その友人が突然消えたという話であった。恵瑠は、その友人がUFOに攫われたと信じていた。「第四章 ボーイズ・ライフ」。
 天堂市最後の花火の夜、成瀬や利緒と一緒に花火を見に来た千夏。ところが利緒が、駐車場で男の人と口論の上、攫われた。千夏の携帯電話にかかってきたのは、警察に知らせたら殺すという男の声。男は千夏に居場所にヒントを出した。「最終章 八月に赤」。
 それに「プロローグ」「エピローグ」が付く。
 2008年、第18回鮎川哲也賞最終候補作。応募時名義結城未里。2011年6月、幻冬舎より単行本刊行。

 2009年、第7回富士見ヤングミステリー大賞準入選作『未成年儀式』でデビューした作者の二作目。最も実際に書かれたのはデビュー作より前、という話になる。単行本には、鮎川賞最終候補作だったことは一切書かれていない。そのため、どれだけ手を加えたかは不明である。
 将来に不安を持ちながらも帰省した有馬千夏を主人公とした連作短編集。舞台はY県天堂市とあるが、いうまでもなく作者の出身地である山形県天童市がモデル。いわゆる「日常の謎」もので、表紙のイラストからもほのぼのとした作風を予感させるのだが、内容はちょっとばかり重い。
 小説の方は、はっきり言って読みにくい。説明不足なのは何らかの仕掛けのせいかなと思っていたら、その通りだったのにはちょっとだけ笑った。ただ、それでももっと書きようがあったとは思う。曖昧な部分を曖昧なまま露骨に終わらせたら、最後に仕掛けがありますよと言っているのが見え見え。章毎の謎の解明も、推理らしい推理が無いまま繰りひろげられるので興醒め。
 読み終わってみたら、つまらなかったの一言で終わってしまうような作品だった。どうせならもっとライト系に寄ればよかったのにと思う文体は、読んでいてもギャップ感があってきつい。所々は悪くないのだが、それが続かなかったのは残念。一度じっくり、登場人物と向き合った作品を書くべきだと思う。




相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』(東京創元社)

 ポチこと須川くんは、高校1年のクラスメイトになった酉乃初に一目惚れしてしまった。普段は臆病で人と接しようとしない彼女であったが、放課後はレストラン・バー「サンドリヨン」でマジックを披露する凄腕マジシャンだった。そんな彼女が、須川くんが巻き込まれた学校内の事件を解決してしまう4つの物語。
 図書館の本棚一列が全て逆向きに押し込められていた謎を解く「空回りトライアンフ」。
 初が忘れたはずのナイフが音楽室の机に刺さっていた。しかも机の表面にはfの文字が三つ掘られていた。しかし音楽室は密室状態だった。「胸中カード・スタッフ」。
 間違えて別人の手帳を開いてしまったポチ。そこには、まだ発表されていない英語の成績上位者の点数が。その手帳の落とし主は、よく当たる占いをすることで有名な同級生。さらに自殺した女子高生の幽霊話まで。「あてにならないプレディクタ」。
 自殺した女子高生の幽霊が、学校の掲示板に書き込んだ。しかし掲示板に書き込むには、本人のアカウントとパスワードが必要なはず。さらに苦悩する初の物語が語られる「あなたのためのワイルド・カード」。
 全4編を収録した連作短編集。2009年、第19回鮎川哲也賞受賞作。

 連作短編集というだけであまり読む気はしなかったのだが、帯で山田正紀が「『うる星やつら』のあたるとラムを連想させられた」なんて書いている(選評の言葉だった)ものだから、ちょっとは期待して購入。まあ、読んだ結果は山田正紀に騙された、というところか。SFプロパーの山田だから、『うる星やつら』というタイトルを出しても当然と思ったのだが、全然別物。ええと、この作品のどこであたるとラムが連想できるの? 単に“ボーイ・ミーツ・ガール”な部分を指していうのだったら、大間違いだな。編集者も、もう少し考えて出してほしいものだ。ついでに書けば、これのどこが“ラブコメ”なんだ? コメディ色なんかゼロじゃないか。
 まあ、そういう作品自体の評価とは関係のない部分ばかりで不満を書いてみたが、作品そのものはそれほど悪くない、と言ったところ。1つ1つの作品で小さな謎を解き明かしつつ、4つの作品を覆っている謎が最後で解き明かされると同時に、ヒロインの影が拭い去られるという構成はそれなりにできた方だと思う。謎が小粒すぎるのは、作品のテーマから考えれば仕方がないところだろう。
 とはいえ、いったいいつの青春恋愛小説なんだよ。今時の小学校高学年の方がもっとませているだろう、とまで言いたくなるぐらい、感覚が古すぎる。主人公の語り方も、一昔前のうじうじする(しかしなぜかヒロインに惚れられる)男の子そのもの。とても自分より年下の人が書いた小説とは思えない。無駄に空回りするところや鬱陶しいところも含めて、『きまぐれオレンジ・ロード』を思い出しちゃったよ。そのくせ、この作品にはいじめの問題など今時の問題を書きながらも現代的なポップさが全く感じられないし。まだこの主人公を使う気があるのなら、性格設定なども含めて考え直した方がいい。
 まあ技術があることは認めるので、次はもう少し若さを押し出した無茶な作品を読んでみたいところ。




安萬純一『ボディ・メッセージ』(東京創元社)

 アメリカはメイン州・ベックフォード、ディー・デクスター探偵社に一本の電話が入る。探偵二名をある家によこしてほしい、そこで一晩泊まってくれればいいという、簡単だが奇妙な依頼。訝しみながらもその家に向かったスタンリーとケンウッドに、家人は何も説明せず、二人は酒を飲んで寝てしまう。しかし、未明に大きな物音で目覚めた二人は、一面の血の海に切断死体が転がっているのを発見。罠なのか? 急ぎディーの家に行って指示を仰ぎ、警察とともに現場に戻ると、何と血の海も死体も跡形もなく消え去っていた――。事件を追う探偵社の面々の前に、日本人探偵・被砥功児が颯爽と登場する。(粗筋紹介より引用)
 2010年、第20回鮎川哲也賞受賞。応募時タイトル『ボディ・メタ』。同年10月、刊行。

 アメリカが舞台、しかも私立探偵が出てくる、となると鮎川賞にしては珍しいハードボイルドか、とちょっとだけ期待したのだが、単にトリックを実行できる舞台としてアメリカが選ばれたに過ぎなかった。アメリカの風景はほとんど描かれないし、アメリカ人らしさも全く見られない。そもそも時代設定すらよくわからない。本格ミステリにトリック成立のための最低限以上の舞台説明は不要だという人からしたらいいかもしれないが、これでは小説を読んだ気が全くしない。だいたい、デクスター探偵社が総力上げて金にもならない事件に取り組むのかという点について全く説明がない。トリックのために舞台、人物を配置しているだけに過ぎない。事件解決役である正体不明の日本人、被砥功児(ピートコージ)というのもただ事件解決のために配置されているに過ぎないし。
 死体を切断する理由については説明が付いているけれど、そこから犯人に辿り着くまでの過程がさっぱりわからない。犯人の正体を知っても、全然驚かない。ただ唖然とするだけだ。切断する理由を推理するロジックを思いついて、そこから無理矢理人物を配置して設定を考えただけの本格ミステリにしか見えない。とはいえ、小説が面白くないと、ロジックだけ頑張っても何も感動しないのだけれども。
 よくこれで鮎川賞を取ることができたな、というのが読了後の感想である。はっきり言ってつまらない。もっと読者を喜ばせることを考えないと、小説家としては非常に厳しい。次作にも被砥功児が出て来るらしいが。




月原渉『太陽が死んだ夜』(東京創元社)

 ニュージーランドの全寮制女子校に編入してきたジュリアン。彼女は同校の卒業生である祖母が遺した手記と、古い手紙を携えていた。手記には学院の教会堂で起こった残虐な殺人事件が、手紙には復讐をにおわせる不吉な一文が書かれていた。そして、ジュリアンと6人の同級生に、ふたたび酷似した状況で、悲劇がふりかかる……。これは41年前の事件の再現なのか? 少女たちを脅かす、封印された謎とは? 第20回鮎川哲也賞受賞作。(東京創元社HPより引用)
 2010年、第20回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本化。

 第二次世界大戦中にニュージーランドで起きたフェザーストン事件が事件の遠因となっており、冒頭で捕虜兵のアケチ・コゴロウと矢神のやり取りが繰り広げられ、その後コゴロウが脱走し、クライストチャーチ郊外にある全寮制のラザフォード女子学院の教会堂に逃げ込んだところを生徒のケイト・グレイが匿う。ところが密室で女子生徒が殺害され、しかも男性の精液がかかっている。女子寮でいる男性は、コゴロウのみ。しかもコゴロウは失踪している。ケイトは自分が事件を招いてしまったのかと悩む。
 その41年後、15歳のジュリアンは祖母ケイトと同じ女子学院に入った。親友のバーニィ、日本からの留学生ベル、ルームメイトのキャサリン、美少女のジェニファ、良家の子女である友人のロティ、神秘的な雰囲気を持つイライザの7人が伝統行事である教会堂のお籠もりに立候補した。7人と寮母のシスター・ナシュが橋の向こう側にある教会堂に寝泊まりすることとなったが、初日の夜中、イライザが密室の部屋の中で腹を引き裂かれて殺されていた。男性の精液こそ無かったが、41年前と同じ状況で……。しかも堀の水の細工により橋は壊されており、皆は教会堂のある離れ小島に取り残された格好となった。さらにキャサリン、ロティ、シスター・ナシュが殺された。
 設定自体はゾクゾクする内容。舞台も人物配置も悪くない。だが読んでいるうちに緊張感がなくなり、話が淡々と進むため、サスペンスの部分が物足りない。登場人物が少女たちなのだから、もう少しパニックに襲われてもいいと思うのだが。そんな登場人物たちの冷めた視線がそのまま物語に反映されてしまったかのようで、かなり残念。外国の女子寮の寄宿舎における嵐の山荘ものという設定が勿体ない。それと謎解きは最後にまとめてやってほしかった。とにかく終わりの方はダラダラした内容で、読んでいても苦痛。これは完全に構成ミスである。
 密室の謎自体はたいしたことないが、それはおまけみたいなものだから別に構わない。ただ、もう少しフーダニットの部分を考えてほしかったところ。あとこの作品の問題点は動機が弱いところか。殺人に手を出すとまでは考えにくい動機だ。それと首をひねるのは、ケイトが残した手記かな。41年前のお嬢様があれを簡単にわかっちゃ駄目だろう。もしかしたら作者による手掛かりなのかも知れないが、あまりにも安易すぎて、これで事件の構造がある程度読めてしまった。
 逆に感心したのは、「コゴロウ」の使い方。アケチ・コゴロウなんて書かれたら日本の読者はすぐにあの人を思い浮かべるわけで、ファンの暴走かと思っていたら、これはいい方向に裏切られた。それとエピローグの部分も悪くない。
 ニュージーランドにおけるメソジストの寄宿舎というライトノベルの雰囲気を持ちつつも、あまり知られていない戦争当時のエピソードを絡めた構想力は悪くないのだが、それに筆が追いつかなかった作品。ただ、同時受賞の『ボディ・メッセージ』に比べると、こちらの方が断然いい。島田荘司がゴリ押ししなければ、単独受賞だったと思う。



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