鮎川哲也賞



【鮎川哲也賞】
 公募による長編推理小説新人賞。東京創元者主催。1989年、全13巻の書き下ろしシリーズ「鮎川哲也と十三の謎」の最終巻「十三番目の椅子」を一般公募する企画があり、今村彩が受賞。この企画を発展継承して翌年、正式に賞が発足する。一貫して、優れた本格推理小説を受賞作として世に送り出すことで、広義の推理小説を選ぶことの多い他の新人賞とは一線を画している。また受賞こそ逃したものの、作品が佳作、最終候補作として高い評価を得たことにより長編デビューするものもおり、その実績には定評がある。
 2000年度の応募はない。
(『日本ミステリー事典』(新潮社)より一部引用)

鮎川哲也と十三の謎 十三番目の椅子(1989年)
受賞 今邑彩『卍の殺人』  卍の形をした屋敷という時点で、それを利用したトリックが使われるのは容易に想像がつく。というか、描写が素直すぎて、見え見え。犯人像も、某日本古典作品とほぼ同じ造形でわかりやすく、意外性に欠ける。本作品で特によかったのは、女性のエゴとヒステリックさの描写だろうか。
最終候補作 依井貴裕『記念樹(メモリアル・トゥリー)  
第1回(1990年)
受賞 芦辺拓『殺人喜劇の13人』  
佳作 二階堂黎人『吸血の家』  
第2回(1991年)
受賞 石川真介『不連続線』  謎を追っている割には、単に各地で観光して、おいしいものを食べているだけの作品。トリックは陳腐だし、警察が解けないのも首をひねる。行った先々でヒントにぶち当たるというのも都合良すぎる。トラベルミステリとしても出来が悪いし、なぜ受賞できたのか不思議なくらい。
最終候補作 篠田真由美『琥珀の城(ベルンシュタインブルク)の殺人』  読みやすくするために、言葉遣いを現代風に書くのはまだわかる。ただ、舞台こそ18世紀なれど、登場人物が20世紀の人物では話にならない。舞台やトリックに工夫を凝らしているが、シナリオがまずいのか、演技者がまずいのか、話が全く咬み合ってこないのだ。折角の設定が勿体ない話である。ただ、面白い物語を作ろうという意気込みは感じられる。少なくとも、受賞者よりも。
第3回(1992年)
受賞 加納朋子『ななつのこ』  北村薫が種をまいた「日常の謎」というジャンルで、見事に花を咲かした作者の一人。書かれた頃はまだまだ新鮮なジャンルだったせいか、読んでいても楽しかったが、文庫版を再読するとやっぱり謎の部分が弱いかなと思ってしまう。まあ、ハートフルな成長物語を楽しみたい読者にはベストとなるだろうが。むしろ、このような連作短編集が受賞できたことの方が、大きな意義があるのではないだろうか。
第4回(1993年)
受賞 近藤史恵『凍える島』  瀬戸内海の孤島で起きた3連続殺人事件。本格ミステリファンなら心惹かれるテーマだが、集まっている人物が希薄すぎて、孤島物ならではのサスペンス感に欠ける。登場人物と密室トリックがイメージとして一致しないし、結末の流れは人物像の書き込みが足りないから説得力に欠ける。それでもきらりと光るもの感じられたのだから、受賞したのだろう。その後の活躍を見ると、選考に先見の明があったとえいる。
最終候補作 貫井徳郎『慟哭』  今考えても、なぜ同時受賞出なかったのか、疑問に残る。受賞できなかった大きな理由は、これが本格ミステリではなかったことだろう。完成度の非常に高いサスペンス作品。驚愕の結末に、やるせないラスト。デビュー作からして、一級品である。
第5回(1994年)
受賞 愛川晶『化身 アヴァターラ』  
最終候補作 矢口敦子『家族の行方』  自分の子供がいるといないでは、本書の受ける印象がかなり異なってくるだろう。ただ、サスペンスとして読んでも今一つ。リーダビリティはあるものの、ご都合主義の展開、間の抜けた結末など、読んでいて腹が立ってきたのは事実。鮎川賞のカラーとも似合わず、なぜこれを鮎川賞に応募したのかさっぱりわからない。
最終候補作 美唄清斗『由仁葉は或る日』  
第6回(1995年)
受賞 北森鴻『狂乱廿四孝』  
佳作 佐々木俊介『繭の夏』  
佳作 村瀬継弥『藤田先生のミステリアスな一年』  
第7回(1996年)
受賞 満坂太郎『海賊丸漂着異聞』  文章の上手いことは認めるし(会話が現代文なのはおいておくとする)、結構面白く読めた。しかし、その面白さは設定の面白さであって、ミステリの面白さとしてはほとんどない。消失の謎にしろ、殺人の謎にしろ、推理がないまま話が終わっている。
最終候補作 門前典之『屍の命題』 未読
第8回(1997年)
受賞 谺健二『未明の悪夢』  阪神大震災が起きるまで数人の人生を追っており、これが小説の1/3を占める。書く気持ちは分かるが、何もここまで書くことはないんじゃないかな、という気もする。しかも連続殺人の部分の筆に力がない。阪神大震災の部分における筆の力強さと比べると、あまりにも軽すぎる。バランスが悪い作品。
最終候補作 城平京『名探偵に薔薇を』  欠点も多いが読後感は悪くない。ここのところ多いメタミステリに比べれば、作者のやりたいことははっきりしているし、作者の企み自体も完全な成功とは言い難いが、失敗というには可哀想なぐらい、物語としてはできている。
最終候補作 柄刀一『3000年の密室』  3000年前のミイラをめぐる古代史論争の方が、密室の謎より面白いというのは、小説としての構成を間違っていると思う。もっと「3000年の密室」に焦点を当てることはできなかったのだろうか。さらに、現代に起きた事件は不必要。
最終候補作 氷川透『密室は眠れないパズル』  ここまでロジックしかないとは思わなかった。小説というよりは、長い長いパズルだね、これは。論理的に突き詰めていくと、回答はこれ一つしかないのかもしれないし、他の回答がある可能性もあるかもしれないが、そこまで考える気力も根性もまったくなし。パズルが出て、どう解かれるかを見るだけ(読むですらない)。
第9回(1998年)
受賞 飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』  枯れたというか素っ気ないというか、文章は読みやすいのだけれども惹き付けるものはない。けれどそれを補うだけのストーリーである。図像学に最後までこだわったところはお見事。普通は殺人の方に逃げちゃうのだけれどもね。シンプルな密室もよし。ストーリーから浮いていないし。
第10回(1999年)
受賞 受賞作なし
第11回(2001年)
受賞 門前典之『建築屍材』  不可能趣味のオンパレード。個人的には楽しく読めた。ただしその理由は、私に多少なりとも建築現場の知識があるから。専門分野の知識をトリックに使われると、「へえ、そうですか」と頷くことは出来ても、驚くことは難しい。折角の不可能トリックなのに、読者から喝采を受けられないのでは、作者も不満が残るのではないだろうか。物語と登場人物を整理整頓し、核となるものが1本あったら傑作になったと思う。惜しい。
最終候補作 迫光 『シルヴィウス・サークル』  他の作家にはない独特の雰囲気を持っていることは認めるが、巨大パノラマ、シルヴィウス・サークル、没落財閥などのテーマが融合していないため、章ごとに別の作品を読んでいる気がしてきた。これで最後がすっきりと纏まってくれればまだよいのだが、幻想的なムードが事件の解決などどうでもいいという雰囲気にさせてしまう。
第12回(2002年)
受賞 後藤均『写本室(スクリプトリウム)の迷宮』  多重構造という魅力あふれる設定に、中身が全く追いついていない。やはりこの手の作品は、作中作が傑作でないと面白さに欠ける。それ以上に問題なところは、未完成作品であることだ。読み終わった後の脱力感がひどすぎる。典型的な、アイディア倒れの作品であった。
最終候補作 ほしおさなえ『ヘビイチゴ・サナトリウム』  存在感の希薄な登場人物。物語世界に没頭できない“独特の言語感覚”。前半のサスペンスから、後半の本格ミステリへの無意味な転調。自分の偏見だろうとは思うが、読みづらかったし、物語を楽しむこともできなかった。
最終候補作 江東うゆう『楽土を出づ』  登場人物全員がおかしな行動を取っているので、読んでいて腹が立ってくる。失踪は密室殺人事件という結末だったのだが、このトリックにも呆れた。説明不足が一つの原因かもしれないけれど、実行自体不可能でしょう、これ。作者の独りよがりが全開な作品。これがよく最終候補作にまで残ったな、と別の意味で感嘆した。
第13回(2003年)
受賞 森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』  第一部は猫の失踪という「日常の謎」だったが、謎そのものに魅力がない。しかし第二部では平安時代の入内をめぐる政治闘争、人間関係の複雑さなどが巻消失の謎と絡まり合い、見事な物語に組みあがっている。そして「なぜ巻は失われたのか」だけではなく、「式部はなぜ黙ったままなのか」という謎がいつの間にか追加される。第二部を読むことで、初めて第一部が必要だったこともわかる。最後の式部の想いや作家としての成長も合わせ、見事な仕上がりだった。
第14回(2004年)
受賞 神津慶次朗『鬼に捧げる夜想曲』  横溝正史の劣化コピー。トリックがすごければまだ許せるが、これがお笑いとしか思えない内容。特に捨てトリックの方は、誰もこんなこと考えないよというレベルの低さ。動機については、いくら戦後すぐの時代とはいえ有り得ないレベルで、説得力に欠ける。はっきり言って駄作。パロディとして同人誌に載せるならまだしも、これを本気で応募すること自体信じられないし、ましてや受賞させたことはもっと信じられない。
受賞 岸田るり子『密室の鎮魂歌(レクイエム)  タイトルを見る限り密室に何か仕掛けのある本格ミステリかと思っていたのだが、フランスミステリの影響を受けたサスペンス作品である。不満点は推理がないこと。全く推理のないまま犯人が捕まってしまうというのはどうかと思う。これが鮎川賞でなかったら、そこまで言うつもりはないのだが。また、視点がころころ変わるのは読みにくい。最後の手記が小説風になっているのは興醒め。ただ、小説自体は読みやすかった。
第15回(2005年)
受賞 受賞作なし
佳作 日向旦『世紀末大(グラン)バザール 六月の雪』  佳作の理由は「この作品は本格ミステリかどうか」ということ。一応密室は2つ出てくるけれど、過去作品をそのまま引用したもので、しかも話の途中で簡単に暴かれる。「大きな謎」は確かにあるが、論理的に解かれるわけではない。選考で物議を醸したのも当然だろう。私自身、これは本格ミステリではない、と言いたい。ただし、面白いかどうかで判断すれば、面白かった。これを世に出したい、という選考委員の判断は正しかったといって良いだろう。
第16回(2006年)
受賞 麻見和史『ヴェサリウスの柩』  一応探偵役らしき人物はいるが、はっきり言って巻き込まれた人物たちが調べたら事件の真相が出てきました、というサスペンス。推理もトリックも何もない。ここまで賞の特徴と合致しない受賞作も珍しい。どことなく乱歩賞のお勉強ミステリを思い出し、あまり好きになれなかった。リーダビリティは抜群だし、登場人物の造形も悪くない。ただ、ストーリー自体は、乱歩の通俗ミステリかよ、と言いたくなるぐらい古臭い。
佳作 似鳥鶏『理由あって冬に出る』  高校が舞台の本格ミステリ。内容的にはライトノベルと言ってもよく、現実の殺人事件が起きるわけでもないので、それほど深刻な内容とはならないが、犯人当ての方は論理的な謎解きが展開される。応募時は回想という形だったが、この内容だったら回想する理由はほとんどなく、佳作止まりだったとしても仕方がない。最初からこの形だったら、どうなっていたかわからない。
第17回(2007年)
受賞 山口芳宏『雲上都市の大冒険』  粗筋だけを聞くと面白そうな話なのだが、中身はユーモアというよりファースに近いナンセンス本格ミステリ。東北なのに日常会話が標準語なのは読みやすくするためと善意で解釈してもいいのだが、それを除いても時代考証、設定は少々いい加減。本来なら陰惨である連続殺人であるのに、文章や登場人物が悪のりしているから、読みやすいといえば読みやすいが、軽い印象しか伝わってこない。まあ、馬鹿馬鹿しさを楽しむ作品だろう。
第18回(2008年)
受賞 七河迦南『七つの海を照らす星』  それぞれの短編で日常の謎が解けると同時に、最後の話で大きな謎が解けるという構成は、第3回受賞者の加納朋子以来、東京創元社のお家芸とも言える。逆に言えば、鮎川賞でないと受賞しないだろうということもできるのだが。ミステリとしては弱い。推理らしい推理もない。謎自体は他愛のないものも多く、いつの間にか解けている謎も多かった。ややご都合主義じゃないかと思うところもあるのだが、あまり扱われない舞台と瑞々しい文体で救われている。
最終候補作 彩坂美月『ひぐらしふる』  はっきり言って読みにくい。説明不足なのは何らかの仕掛けのせいかなと思っていたら、その通りだったのにはちょっとだけ笑った。曖昧な部分を曖昧なまま露骨に終わらせたら、最後に仕掛けがありますよと言っているのが見え見え。章毎の謎の解明も、推理らしい推理が無いまま繰りひろげられるので興醒め。所々は悪くないのだが、それが続かなかったのは残念。
第19回(2009年)
受賞 相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』  1つ1つの作品で小さな謎を解き明かしつつ、4つの作品を覆っている謎が最後で解き明かされると同時に、ヒロインの影が拭い去られるという構成はそれなりにできた方だと思う。ただ、青春恋愛小説としては感覚が古すぎる。それと山田正紀の評はピントがずれている。
第20回(2010年)
受賞 安萬純一『ボディ・メッセージ』  単にトリックを実行できる舞台としてアメリカが選ばれただけ。だからアメリカの風景はほとんど描かれないし、アメリカ人らしさも全く見られない。そもそも時代設定すらよくわからない。死体を切断する理由を推理するロジックを思いついて、そこから無理矢理人物を配置して設定を考えただけの本格ミステリにしか見えない。とはいえ、小説が面白くないと、ロジックだけ頑張っても何も感動しない。
受賞 月原渉『太陽が死んだ夜』  設定自体はゾクゾクする内容。舞台も人物配置も悪くない。だが読んでいるうちに緊張感がなくなり、話が淡々と進むため、サスペンスの部分が物足りない。登場人物が少女たちなのだから、もう少しパニックに襲われてもいいと思うのだが。そんな登場人物たちの冷めた視線がそのまま物語に反映されてしまったかのようで、かなり残念。それと謎解きは最後にまとめてやってほしかった。とにかく終わりの方はダラダラした内容で、読んでいても苦痛。これは完全に構成ミスである。構想力は悪くないのだが、それに筆が追いつかなかった作品。
第21回(2011年)
受賞 山田彩人『眼鏡屋は消えた』  内容の整理ができていない、会話が多く中だるみ、推論だけで事件が解決、と全然ダメ。誉めるところはリーダビリティしかない。選評を読んでも、積極的に本作を推している人がいない。いわゆる消去法で選ばれたとしか思えない。これだったら受賞作無しでもよかったのではないかと思うのだが、何らかの将来性を感じたのかも知れない。
第22回(2012年)
受賞 青崎有吾『体育館の殺人』  「クイーンを彷彿させる論理展開」とあるが、とある物と現場に残された黒い傘を基に一つずつ検証していって可能性を潰し、ロジックを展開してただひとり残された犯人を導き出すところはなかなかの迫力。ただ選評でも指摘されているとおり、その推理展開が粗く、本来考えるべき所を簡単に切り捨ててしまっているのはちょっと問題。人気のある生徒が殺されたのに、動揺している学生がほとんどいないというのはどうかと思う。悪くはないのだが、どれもこれも今一つ。
第23回(2013年)
受賞 市川哲也『名探偵の証明』  年老いた名探偵とアイドル名探偵が出てくることから、難解な事件における名探偵の推理合戦を期待したのだが、実際は名探偵の矜持と宿命を描いた作品であり、本格ミステリとは異なるものであった。特に完全密室殺人事件は起きるが、よくあるパターンのトリック……というか、あのトリックを検討するのならこのトリックの可否を検討するだろうと言えるぐらい使い古された有名なトリックでしかなく、衰えを示すにも程があるだろうといいたくなった。面白いネタだけに、本格部分が弱すぎたのは残念。
最終候補作 吉野泉『放課後スプリング・トレイン』  福岡を舞台にした青春ミステリ……との謳い文句なのだが、いくら日常の謎ものとはいえ、ここまでミステリ味が薄いと、受賞は難しい。謎があっても推理がないのは、日常の謎を勘違いしている作家に有りがち。もしかして最後のトリックが自信満々だったのかもしれないが、あまりにも軽い。大幅に改稿してこれなのだから、応募時はどうだったのだろうと逆に気になった。
第24回(2014年)
受賞 内山純『B(ビリヤード)ハナブサへようこそ』  オンボロビリヤード店のアルバイト店員が、常連客の持ち込んだ事件を聞いて謎解きをするという連作短編集。作品に品があり、ちょっとだけお洒落な雰囲気も漂い、読後感は非常によい。登場人物のキャラも経っているし、テンポもよい。ただ、肝心の探偵役の存在感が希薄だったのは残念。全て殺人事件を取り扱っているにもかかわらず、ライトな感覚に仕上がっているのは微妙な感もある。
第25回(2015年)
受賞 受賞作なし
第26回(2016年)
受賞 市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』  作者は多分、遠くの彼方へ去りつつある『十角館の殺人』の輝きを自分の手で取り戻したかったのだろう。新本格ミステリファンが、原点に返って読みたい作品を自ら書いた、そうとしか思えない作品である。そしてその目論見は、成功したと言っていい。素直に面白かったと言える作品である。
第27回(2017年)
受賞 今村昌弘『屍人荘の殺人』  大傑作。見事の一言。クローズドサークルにこんなやり方があったのかと思わせた作品だし、なぜこの状況で連続殺人事件を引き起こすかという疑問の回答にもすべて納得。不自然な人工的装飾が見受けられない点は実に素晴らしい。リーダビリティも抜群だし、登場人物の描写も豊か。鮎川賞史上No.1。
優秀賞 一本木透『だから殺せなかった』  新聞社という会社自体の存在も含め、新聞記者や新聞紙の発行の部分にリアリティがある。紙上を使ってやり取りするという展開自体は面白いし、最後まで読ませる力はあったと思う。ただ、リアリティがある作品なだけに、不自然を感じてしまうところがあったのは残念。劇場型犯罪を舞台にした社会派ミステリだが、本格の味はないし、なぜ鮎川賞に応募した?
最終候補作 戸田義長『恋牡丹』  江戸時代を舞台にした連作本格ミステリ短編集ということもあってか、謎自体はやや弱い気もするが、描写も悪くないし、雰囲気も心地いい。ただ、時の流れがあまりにも早すぎ。登場人物に感情移入する前にどんどん成長するものだから、読むほうも戸惑ってしまう。せっかくの落ち着いた雰囲気がこれでは台無し。非常にもったいない作品。
最終候補作 朝永理人『幽霊たちの不在証明』 未読
第28回(2018年)
受賞 川澄浩平『探偵は教室にいない』  主人公も謎解き役も14歳。日常の些細な謎が描かれた連作短編集。正直言って、いまさら何を、と言ってしまいたくなるくらい、古臭い設定になってしまった気がする。読み終わってみるとそれほど悪くはなかった。良くも悪くも14歳の青春ミステリ、というか。
第29回(2019年)
受賞 方丈貴恵『時空旅行者の砂時計』  SF要素はあるものの、時間移動後は普通の「陸の孤島」「見立て殺人」かと思ったら、SF要素ががっちりとトリックや事件の謎に組み込まれていた。うーん、個人的にはあまり好きになれない。しかし、伝統的な本格ミステリにSF要素を交え、作者ならではの世界観を作り出せたことは特筆に値するだろう。そういうチャレンジ精神は受賞に値すると思う。
最終候補作 紺野天龍『神薙虚無最後の事件』  現実感が欠片もない舞台設定と登場人物。そして装飾過多な世界観。目の前には、現実に会ったとはとても思えないような、20年前の未解決事件。ある意味馬鹿馬鹿しい作品ではあるが、そこに挑戦状を叩きつけられたら挑まなければならない。ということで、好きな人だけ読んで、満足すればいい作品。だけど設定と登場人物さえ許容してしまえば、面白く読める。
第30回(2020年)
受賞 千田理緒『五色の殺人者』  主人公と相棒のやり取りがどことなくユーモラス。殺伐した印象は全然なく、しかも気になる男性も出てきてというところは青春ミステリっぽい味もあり。読み心地は悪くないのだが、いかんせん肝心の謎が小粒すぎる。五人の目撃者による犯人の服の色は五通り。伏線がわかりやすくて大した謎になっていないところが大減点。消えた凶器の方もすぐにわかる。だいたいどっちの謎も、警察の捜査ですぐにわかるんじゃないかと言いたい。最後にこれだけはやらないでくれ、というネタが最後に出てきて、もう幻滅。読み心地が悪くない分、がっかり感が強かった。
優秀賞 弥生小夜子『風よ僕らの前髪を』  正直本格ミステリとしては弱いと思う。関係者に当たっていったら、とんとん拍子に証言が出てきて、またその後のケアまでしてくれている。歩き回ったら回答に辿り着きました、みたいな作品だ。逆に動機の描き方が非常にうまい。なぜこの時期に殺したのか、というところまでしっかりと考えられている。こんな綿密に書くことができるのなら、推理する部分をもう少し書くことができたんじゃないだろうか。個人的には受賞作より面白かった。
第31回(2021年)
受賞 受賞作なし
第32回(2022年)
受賞 受賞作なし
優秀賞 真紀涼介『勿忘草をさがして』  植物絡みの謎と高校生の主人公たちの成長物語を主軸にした、日常の謎ものの連作短編集。新味といえるものがなく、謎も小さすぎるし、知識で解決してしまって推理がないので、ミステリとして読むのはかなりきつい。
第33回(2023年)
受賞 岡本好貴『帆船軍艦の殺人』 18世紀末の英国帆船軍艦という舞台、その舞台を生かした連続殺人事件とトリック、推理、人物造形、ストーリーと、よくできている。三年ぶりの鮎川賞にふさわしい佳作であることに間違いはない。足りなかったのは、推理が最後に解かれる快感。それがあれば、もっと高い評価を得られたと思う。
優秀賞 小松立人『そして誰もいなくなるのか』
(優秀賞、佳作、最終候補作は刊行されたもののみ記載)


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