広瀬正小説全集5(集英社文庫)
『T型フォード殺人事件』


【初版】1982年6月25日
【定価】360円
【解説】石川喬司
【粗筋】
 荒れ狂う台風の夜、隠居した元社長の豪邸に七人の男女が集まり、一九二四年製T型フォードが披露される。そして、四十六年前、この車内で発生した密室殺人事件の真相を探るゲームが始まった。そこで再び殺人事件が…。本格探偵小説の表題作のほかに、中篇二本を収録。 (粗筋紹介より引用)

【収録作品】

作品名 T型フォード殺人事件
初 出 1972年6月20日、講談社より書き下ろし刊行。
粗 筋  隠居した元貿易会社社長・泉の屋敷に、娘を含む7人の男女が集まった。泉の様々なコレクションの中から、今日は1924年製T型フォードが披露された。元々は疋田医師の祖父が往診に使っていたものだった。そして疋田は、1年前に聞いた伯母から聞いたという、昭和2年の殺人事件について話を始めた。それは46年前、伯母・麻里子の婚約者が殺され、鍵のかかったT型フォードの中で発見された密室殺人事件だった。運転手だった疋田家の書生が犯人として捕まり、無期懲役の判決が確定したが、それは麻理子の嘘の証言によるものだった。そこで7人による密室殺人の謎を解き明かすゲームが始まったが、再び殺人事件が発生する。
感 想  著者唯一の長編本格探偵小説。他作品と同様、過去の描写は緻密であり、当時の様子が目に浮かぶようである。この作品の面白さの一つはそこである。肝心の殺人事件の方は、密室トリック自体こそ大したことがないものの、なぜT型フォードの中に死体を押し込めたのかという謎の方は面白い。さらに現実の世界でも殺人事件が発生するという凝った構造を、この短いページ数で収めたのはお見事といってよい。現代ミステリファンの一部が喜びそうな設定をさりげなく入れているところも、巧い造りである。
 著者にしては珍しい探偵小説だが、その方面でも十分な才能を持ち合わせていたことがわかる作品。他にも読んでみたかった。
備 考  新鋭推理作家書下しシリーズの1冊として出版された作品。他に藤村正太『脱サラリーマン殺人事件』、西村京太郎『名探偵が多すぎる』、大谷羊太郎『旋律の証言』が出版されいる。黒木曜之助、夏樹静子、森村誠一、豊田有恒がラインナップに上がっていたものの、シリーズは中絶。

作品名 殺そうとした
初 出 1961年 2月、『宝石』臨時増刊号・新人二十五人集掲載。処女作。
粗 筋  自動車教習所の指導員である黒木は、運転を習いに来ていた若妻・啓子と親しくなる。レストランでの食事中、啓子は黒木へ車を使って事故を起こす方法について訪ねた。そして数週間後、黒木は啓子の夫である佐山から招待を受けた。
感 想  後の作風から考えると、このようなサスペンス作品が処女作だったとはちょっと想像もつかない。このような作品も悪くはないが、当時の読者受けが良かったかどうかは難しい。
備 考  

作品名 立体交差
初 出 未発表遺作。1977年6月15日、『広瀬正・小説全集5』(河出書房新社)収録。
粗 筋  東京オリンピックに向け、完成しなければいけない国道のT型立体交差。工事予定場所へ居座っていた中村氏宅を訪れた建設事務所の谷は、中村氏が作った機械によって未来へ飛ばされてしまう。
感 想  広瀬お得意のタイムマシンもの。ちょっと切ない作品だが、SFとしてはストレートすぎてそれほど面白いものとも思えない。
備 考  

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