名探偵・星影龍三全集―I 赤い密室(出版芸術社)



初版:1996年8月20日
定価:1,600円(当時)
解説:北村薫


【収録作品】

作品名
呪縛再現
初 出
『密室』昭和28年10月、12月
粗 筋
 10月27日、人吉市の市街から離れたところにある緑風荘に、七人の大学生が息抜きを利用して泊まりに来た。翌日の夕食前、橘和夫と松浦比呂女の婚約が成立したとサプライズ発表し、祝いの乾杯が行われた。しかし、橘や松浦に好意を持っていた一部のメンバーはショックを受けていた。そして30日、松浦と橘が殺された。人吉生まれの名探偵、星影龍三が事件の謎を解き明かしに現れた。
感 想
 長編『りら荘事件』の原型。ミステリファンクラブ「SRの会」の機関誌『密室』に掲載された中編。星影龍三と鬼貫警部の競演、『りら荘事件』だけでなく『憎悪の化石』のトリックも使われているし、『朱の絶筆』の一要素も含んでいる。前半が犯人当て、後半はアリバイ崩しという贅沢な中編。名前だけ有名な作品で、鮎川ファンにとっては幻の一作。今回、初めて収録された。
 長編の方を読んでいるので、今読むと物足りなさを感じるのは仕方がない。読めたことで満足する作品だが、鮎川研究家にとっては、長編との違いを比べるという楽しみもあるだろう。
備 考
 

作品名
赤い密室
初 出
『探偵実話』昭和29年9月
粗 筋
 予定されていた解剖の準備のために、天野教授の法医学教室に所属する医学士の浦上と榎が解剖室に入ってくると、解剖台の上に女の首とバラバラに切断された手足とが、外科鋸1本やメス五本と一緒に血にまみれて転がっていた。台のかげの床には、小包のように油紙に包まれた荷物が五つ転がっていた。机の下の開きにも包みがあった。被害者は、同じ教室の香月エミ子だった。田所警部や水原刑事らが調べると、包みの中にもバラバラの手足や胴体が包まれていた。入口の扉には文字合わせ錠と閂がかかっていた。また、解剖室に入る鍵は浦上が持っていた。五つの窓にはすべて鉄格子がはまっていた。天井には換気窓があったが、大きさは20cm四方だった。浦上と榎はライバルだったが、浦上は西独留学が決まっていた。そして浦上は同じ教室の大学院生である伊藤ルイを捨て、学生で美人のエミ子に乗り換えていた。エミ子は妊娠していた。
感 想
 星影龍三の初登場作品。『13の密室』にも選ばれている、密室殺人トリックの傑作。田所警部から事件概要を聞いただけで、星影が推理して謎を解き明かす、本格推理小説のお手本というような作品である。密室殺人トリックが解き明かされたら、そのまま犯人がわかるという、精密な組み立てに酔いしれた。
備 考


作品名
黄色い悪魔
初 出
『探偵実話』昭和30年9月
粗 筋
 ストリップ劇場「バラ座」の作家である今井嘉六は、真打のストリッパーである貝沼リルと付き合っていたが、パトロンがいることを知り、別れた。そしてバーの女である淑子と婚約したのだが、リルはそれが面白くなく喧嘩ばかりだった。口論から二日後、アイスクリームが入った函の中に、雑誌に載ったリルのグラビア写真が入っていたが、鉛筆書きで刃物が胸に刺さり、赤インクで血が流れており、新聞かなにかから切り抜いた文字で「黄色い悪魔」と貼り付けられていた。そして曲芸師兼奇術師の尾上幻斎がリルとの舞台で使う短剣が一本減っていた。パトロンの赤倉伝造が数日後、仕事が予定より三日早く終わったのでリルの家に寄ってみたが、居間の畳が赤く濡れており、浴室に差込錠がかかって開かない。電話で駆け付けた警官が真鍮の鏡板がはめ込まれた唐戸をぶち抜いては言ってみると、浴室でリルが殺されていた。短剣は庭に捨てられていた。門から玄関までの雪に残っていた足跡は、赤倉のほかに二筋残っていた。淑子は逮捕された今井を救うべく、星影に捜査を依頼した。
感 想
 浴室の密室、そして黄色い悪魔の正体を探す本格推理小説。星影が化粧品等にも詳しいところを見せるシーンはちょっと笑える。現場をちょっと見ただけで、事件のすべてを解き明かすところはさすがなのだが、あまり面白い解決ではなかった。ありふれたあるものから犯人の正体を予想するところは巧いと思ったが、動機にかかわる部分については警察がわかっていないのはおかしいと思う。
備 考


作品名
消えた奇術師
初 出
『講談倶楽部』昭和31年11月
粗 筋
 奇術好きである捜査一課の猿渡刑事は帰宅途中、旭日斎天馬一座のポスターを見て銀座のオリオン座に入った。すでに奇術は始まっており、天馬が手品を披露していた。しかし、背後にあるトランクのそばで中国風の助手・山鳩グミが焦燥の色を浮かべ、ついには鋭い悲鳴を上げた。トランク抜けで入ったはずのローザ伊吹が青酸ガスを吸って死んでいた。十二日後、今度は同じ座員の曙テル子が二階の楽屋でピストルで殺された。しかし銃声と悲鳴が聞こえてからマネージャーや雑役が駆け付けたにもかかわらず、天馬の姿はなかった。通りかかったウェイトレスや靴磨きも、誰も階段を下りなかったと証言。窓には掛け金がかかっていた。では天馬はどこに消えたのか。
感 想
 密室状態の部屋からの消失トリック。星影があっさりと謎を解くのだが、犯人も見え見えで、正直言って大したものではない。
備 考


作品名
妖塔記
初 出
『講談倶楽部』昭和33年5月
粗 筋
 戦時中、友人で軍の秘密機関に勤める鳴神に誘われて寄席に行ったわたしは、バラモンの修行者カリ・シンのヨガの秘術に惹かれた。カリ・シンのターバンには、黄色い宝石が飾られていた。鳴神はそれを、呪いが込められた「シバの眼」ではないかという。半年前に行方知れずとなり、軍が探しているものだった。三日後、鳴神とわたしはカリ・シンを捕まえ、廃屋となった五階建ての塔に連れていき、尋問。確かに宝石は「シバの眼」であった。交番に行こうとしたが、互いにカリ・シンと二人で居残るのは怖かったので、縄で縛り、料理用の小さなエレベータの中に入れ、入り口を釘で閉じ込め、しかも宙に浮かせておいた。交番に行って警官を連れてきたが、カリ・シンは結ばれたままの縄だけを残し、姿を消していた。
感 想
 消失トリックを十年後、たまたま話を聞いた星影が解く短編。トリックとしては見え見えでつまらない。
備 考


作品名
道化師の檻
初 出
『宝石』昭和33年5月
粗 筋
 楽団ハネ・ワゴンのパトロンである三木氏から貸与された練習所兼合宿所である不二見荘で、シンガーの瓜原まゆみが殺害された。しかも女中のちずが台所で猿ぐつわを嵌められ、椅子にくくりつけられていた。ちずはピエロの格好をした人物に襲われたと証言。しかもピエロは逃げる途中のトンネルで消えてしまった。星影龍三が事件の謎を解く。
感 想
 カーを彷彿させる消失トリック。トリックのための作品にしか見えない。
備 考


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