日本ハードボイルド全集第2巻(創元推理文庫)
大藪春彦『野獣死すべし/無法街の死』



【初版】2021年10月22日
【定価】1,500円+税
【編者】北上次郎、日下三蔵、杉江松恋
【エッセイ】「三度の邂逅」馳星周
【解説】杉江松恋
【粗筋】
 1958年、無名の青年が大学在学中に書いた作品が雑誌<宝石>に一挙掲載され、大反響を巻き起こす――大藪春彦の鮮烈なデビューは、まぐれもなく日本ミステリ史上の事件であった。本書はその記念すべきデビュー中編「野獣死すべし」を巻頭に据え、大藪版『血の収穫』ともいえる初期長編『無法街の死』を収録。さらに50年代から60年代にかけて発表された八つの傑作短編を加え、伊達邦彦や田島英雄、そして彼らにはなれなかった男たちが織りなす、狂熱と冷酷さが渦巻く大藪ハードボイルドの世界を俯瞰する。巻末エッセイ=馳星周/解説=杉江松恋

【全体的な感想】
 大藪の前に大藪はなく、大藪の後に大藪はなし。孤高のヒーローを産み出していった大藪春彦こそ、まさに孤高の存在である。しかし、大藪はハードボイルド作家である。大藪の分身ともいえる伊達邦彦の大学の卒論は、「ハメット=チャンドラー=マクドナルド派に於けるストイシズムの研究」である(大藪本人は、早稲田中退)。大藪の考えるハードボイルドは、1960年4月に出版された短編集『歯には歯を』のあとがきに書かれている。「ハードボイルドは幻滅の上に立っている。僕が好んで書くのは非情の死と略奪である。したがって、ハードボイルドには論理というものはない。あるとすれば、信じられるのは凶暴な自我と、行動をささえるストイシズムであろう」である。まずはここを押さえないと、大藪とハードボイルドの関わりは語れない。「野獣死すべし」は大藪にとってのハードボイルドを小説化した作品であり、処女作にしてその最高峰なのである。
 解説の杉江松恋は、大藪の膨大な世界をコンパクトにまとめて解説しているのだが、なぜ車のことについて触れないのだろう。「大藪作品は銃器の説明を取ったら何も残らないという物言いがある」と書いているが、これは「大藪から銃と車を取ったら何も残らない」ではなかっただろうか。大藪の最高傑作『汚れた英雄』について、「大藪版教養小説の最高峰」の一言で終わらせるのは誤りだ。杉江はハードボイルドという言葉に捉われすぎたのではないだろうか。
 今回収められた作品群であるが、長編『無法街の死』は手に入りにくいのかもしれないが、何もこれを選ばなくてもと思ってしまう。まだ『血の罠』の方がよかったんじゃないか。ほかの短編集だが、半分は連作短編集の中の一編。大藪と短編は相性があまりよくないのか、前半で書きすぎて後半が駆け足になったり、素っ気無く突き放して終わったりという作品が多い。やはり徹底的に書き込める長編の方が、大藪と相性が良かったのだろう。中編なら「若き獅子の最後」あたりじゃダメだったのだろうか。
 大藪春彦の一端は見える作品集ではあるが、やはり大藪春彦を知るのであれば、傑作の一つ『蘇える金狼』あたりを読んでほしいと思う。


【収録作品】

作品名
「野獣死すべし」
初 出
 『宝石』1958年7月号
底 本
 新潮文庫(1972年8月)
粗 筋
 仕事帰りの刑事を殺して拳銃と警察手帳を奪うところから、伊達邦彦の殺戮の人生は始まる。そして国際賭博の胴元を襲って売上金を強奪し、現金輸送車を襲い大金を手に入れる。最後は私立大学の入学金1600万円を奪い、無事逃げおおせたままハーバードの大学院へ留学する。
感 想
 伊達邦彦の生い立ちは、そのまま大藪春彦の経歴と重なる。国からは何も助けてもらえなかった大藪が国と権力、政治を何も信用しなくなったように、邦彦も何も信じない人になっていた。このあたりは社会の教科書にはどこにも載っていないし、当然『教科書には載らなかった歴史』にも載っていない。当時の植民地朝鮮から一般民衆がどのように日本に帰ってくることができたのか、誰も何も語ろうとはしないし、国も口を閉ざしたままだ。「野獣死すべし」が「引き揚げ者の文学」といわれるのはそこにある。
 他に語ることはないであろう。それほどの衝撃作である。この作品に何の感銘を受けないのであれば、あなたに小説を読む資格はない。この小説をただの殺人小説だという輩には、最後の真田への射殺シーンをもう一度読めと言いたい。
備 考
 

作品名
『無法街の死』
初 出
 『週刊喫煙室』1960年1月6日号~5月25日号連載 初出題「無法地帯」
底 本
 角川文庫(1978年11月)
粗 筋
 海辺に近い、人口三十万の杉浜市。この市の夜を二分しているのは、右翼上がりの協和会と、戦前からの博徒集団であった和田組。売春防止法以来、和田組が協和会の領域を荒らすようになり、いたるところで血の雨を降らせるようになった。そして協和会に呼ばれたのが、殺し屋の高城。ワルサーP38を収め、ヴァイオリンのケースの中には分解された短機関銃トムソンM一A一(トミーガン)。和田組も殺し屋を雇い、街はまさに殺し合いの場と化した。
感 想
 嫌な言い方をすれば、ただの殺し合い。警察は買収されて全く役に立たず、暴力団同士が殺し屋を雇い、法を無視して殺し合う物語である。主人公は、自分の掟にのみ従う殺し屋、高城。名前すら出てこない。大藪版『血の収穫』といえなくもないが、コンチネンタル・オプに該当するような人物がいるわけでもなく、物語は三人称の視点で進められ、暴力と裏切りと殺し合いがあるだけ。初期長編だし、近年は手に入りにくい作品かもしれないが、何もこれを収録しなくてもいいのにな、とは思う。
備 考
 

作品名
「狙われた女」
初 出
 『週刊新潮』1962年8月20日号~9月3日号
底 本
 『探偵事務所23』新潮文庫(1980年8月)
粗 筋
 オリンピックの拳銃射撃強化練習から、久しぶりに探偵事務所に帰ってきた田島。依頼主の藤倉秋子は狙われているから助けてほしいと訴えるが、誰に狙われているかを話さない。美しい女の依頼を引き受ける田島。その日は食事をしてナイトクラブ回り、そして田島のポルシェでドライブ中、尾行してきたフィアットから撃たれた。
感 想
 田島英雄を主人公とした連作短編集『探偵事務所23』の第4話。警察に依頼されての潜入捜査などが多いのだが、本作は私立探偵を主人公とした、ハードボイルドの作風を漂わせた作品。田島がサム・スペードに見えてくる。
備 考
 

作品名
「国道一号線」
初 出
 『推理ストーリー』1964年2月号
底 本
 『雇われ探偵』角川文庫(1982年11月)
粗 筋
 美貌の秘書の千鶴子から誘われて部屋に来た、東邦秘密興信所の津島。部屋にいたのは千鶴子と、友人の宮田由紀子。食事と酒に惑わされ、三年前の夏に失踪した、当時高二の妹、幸子を探してほしいという由紀子の依頼を引き受ける。手掛かりは、当時国道一号線でトラックの荷台に乗っていたという証言だけ。
感 想
 津島を主人公とした連作短編集『雇われ探偵』のうちの一話。女好きの津島が主人公で、しかもユーモア味もある、軽ハードボイルドの連作である。大藪にしては珍しい作風のシリーズだが、一話当たりのページ数も少なく、気分転換で書いたとしか思えないような軽さである。
備 考
 

作品名
「廃銃」
初 出
 『宝石』1963年11月号
底 本
 『最後の銃声』徳間文庫(1984年4月)
粗 筋
 暴力団から押収したものや、老朽や摩滅で廃銃となった警察用拳銃など約一万丁。屑鉄として警察OBが経営する鉄工所に払い下げられた。鉄工所まで運ぶ大型トラックが襲われ、廃銃が奪われた。組み立て直せば半分は使える銃がギャングの手に渡ったとなればパニックになる。公表は伏せられ、警察の必死の捜査でも見つからない。警視庁捜査四課に所属する秘密捜査官である私は、網走刑務所から出所したばかりの青木という名前で捜査に乗り出す。
感 想
 解説には明言されていないが、連作短編集『名のない男』に出てくる、警視庁捜査四課の秘密捜査官である「私」と同じ人物と思われる。悪徳警官ものでありながら、本作はどことなくとぼけた味わいがある一編。
備 考
 

作品名
「黒革の手帖」
初 出
 『週刊スリラー』1959年5月8日号 初出題「黒革の手帖」
底 本
 『復讐は俺の血で』角川文庫(1982年11月)
粗 筋
 午前零時半、新宿歌舞伎町の小さなバーに残っていたのはバーテンと、警視庁淀橋署捜査一課の警部補、三村。大塚弘という新しい客が来てウィスキーを飲み、バーテンにピースの箱を渡し、帰って行った。三村は店を出て大塚を追って捕まえ、ピース4箱のうち3箱と五百万円が入った紙包みを奪った。そして大塚を射殺し、拳銃を持たせ、正当防衛に見せかけた。ピースの箱の中には、ヘロインが入っていた。
感 想
 こちらも悪徳警察もの。選集にはよく選ばれるらしいということで調べてみたら、確かに色々と選ばれている。表の顔は繕いながら、裏では冷酷に一つ一つ仕事を片付けていくという点では、大藪の主人公の造形によくある形と言える。素っ気無い様に見えるぶつ切りのような終わり方も含め、大藪らしい作品と言える一品。ただし、『野獣死すべし』などにあるような、のし上がっていこうとするパワーは見られない。
備 考
 

作品名
「乳房に拳銃」
初 出
 『週刊プレイボーイ』1967年1月3日・10日合併号
底 本
 『殺し屋たちの烙印』角川文庫(1986年11月)
粗 筋
 海軍特攻隊の生き残りとして復員した園井は、プロのばくち打ちとして千五百万円を貯め、七年前に六本木に銃砲店を開いた。射撃と狩猟にのめり込んだため、店は当然赤字続き。そんなとき、保守党の実力者河島の末娘で、財閥の息子から多額の慰謝料をせしめて離婚した麻矢子が客に現れた。麻矢子と園井は五年前に結婚した。しかし園井の店は赤字続き、支配人の横領などで借金を重ね、麻矢子からの借金は二千万円を超えた。園井は博打と女に逃げ、麻矢子は浮気をするようになった。園井はコルシカ協会からの借金を返済するために金を作るか、死を選ぶか迫られた。
感 想
 虐げられた男の復讐譚で、大藪の短編にはよく見られるタイプ。極限化で男としての矜持を取り戻すのだが、最初から冷酷であればと思わないでもない。
備 考
 

作品名
「白い夏」
初 出
 『別冊小説新潮』1960年10月号
底 本
 『復讐は俺の血で』角川文庫(1982年11月)
粗 筋
 野々宮登志夫は渋谷のデモを冷ややかに眺めていたが、帰る途中の通りがかりで因縁をつけてきた右翼の若者二人を返り討ちにした。渋谷の夜を歩いていると、昨年の夏に犯した上流階級の娘、美子がジャガーの運転席から声をかけてきた。
感 想
 無軌道な若者の夏の一夜を切り取ったような作品。デモの様子も含め、当時の若者たちの時代風景が浮かび上がってくる小品。
備 考
 

作品名
「殺してやる」
初 出
 『講談倶楽部』1962年7月号
底 本
 『ザ・殺し屋』徳間文庫(1986年7月)
粗 筋
 二十歳の石井は、暴力団豊島組の準幹部。三年前に身内となり、喧嘩上手を買われて半年前に昇格した。親分の妻、悦子に呼び出され、今日も寝た。家の部屋に帰り、同棲相手でレジスターとして働く恭子が作ってくれていた昼飯を食べ、一眠りした。夜中に目を覚ますが、遅番の恭子はまだ帰ってきていない。組の事務所に顔を出した石井は、組長に花島組の組長を殺れと命じられる。
感 想
 両親が死んだ後、下男のようにこき使う叔父を殴り倒して家を出て、悪いことを繰り返すうちに暴力団に入った若者の物語。当時からこういう若者は結構いたのだろうと思ってしまう。
備 考
 

作品名
「暗い星の下に」
初 出
 『週刊アサヒ芸能』1961年1月1日号~1月29日号
底 本
 『凶銃ルーガーP08』徳間文庫(1984年11月)
粗 筋
 土井士郎は、不動産詐欺にあった恋人の順子の父親の家を抵当に取っていた市会議員の中田が順子を犯したことを訴えようとしたが、中田に雇われた男たちに壮絶なリンチに合う。土手にぼろ布のように放り棄てられた土井であったが、男同士が殺し合いをして相打ちになったところに遭遇する。そして土井はルーガーP08を手にする。土井の復習が始まった。
感 想
 手に取った男を破滅に誘い込む凶銃ルーガーP08を主人公にした連作短編集の第一話。大藪にとって銃は欠かせない愛人のようなアイテムであるが、この連作集ではついに銃そのものを主人公してしまった。凶銃に引き込まれ、復讐と破滅にひた走る男を書いた本作は、大藪を語るにふさわしい一編かもしれない。
備 考
 

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