作品名 | 『他人の城』 |
初出 | 『推理界』1969年1月号~5月号 |
底本 | 講談社文庫(1979年8月) |
粗筋 | 作家の高田晨一は、父親の跡を継いで医者をしている三村隆一から、一週間前に失踪した22歳の妹の真理を探してほしいとの依頼を受ける。真理は実際は戦争孤児ではあるが、戸籍上は実の妹となっていた。高田は二年半前、戦争混血児についての署名入りのルポルタージュを雑誌に書いており、結末に真理が仮名で出ていた。真理の部屋にその時の記事が残されていたため、三村は高田に行方を知らないか、依頼してきたのだ。高田は当時の取材源であるライターの黒木重郎と連絡を取り、“毛皮のマリー”こと真理を探し始める。真理の仲間たちであった新宿のヒッピーたちをあたるうちに、三村家の家庭の複雑な事情が少しずつ明らかになり、そして殺人事件が発生。しかし真理はなかなか見つからなかった。 |
感想 |
「失踪」こそが正統派ハードボイルドの定石という河野典正が、その定石に真っ向から挑んだ作品。巻末エッセイの太田忠司や、解説の池上冬樹が触れているように、ロス・マクドナルドの影響が濃い。作者は三一書房版あとがきで、三つの目標を立てていた。地方出身者のるつぼである現代の都会と日本の戦後史を背景として、低級でない娯楽小説を書くこと。チャンドラーや後期のマクドナルドの愛好者として、探偵役の姿勢を、非情=明晰さへの志向として、その姿勢が自然な形で推理性と文学性の接点を生むという作者の考えを具体化してみること。推理小説の鬼の人々に、パズル派のみが本格という考え方を少しで改める足掛かりとしたいこと、である(詳細な内容は本書を読んでもらいたい)。池上が解説で断言している通り、その目論見は成功しているといえる。 本書は戦後から立ち直りつつある日本の状況を色濃く残しているが、執筆時点の風俗を残した作品は、20年ぐらい経つと古臭く感じるが、それを超えると逆に新鮮に感じるし、面白い。特に本書は、その時代に振り回される人々の血を吐くような言葉が突き刺さってくる。 作者の代表作の一つであり、今だからこそ読むべき一冊かもしれない。日本のハードボイルド史を語るうえで忘れてはいけない長編であった。 |
備考 |
作品名 | 「憎悪のかたち」 |
初出 | 『宝石』1962年3月号 |
底本 | 『陽光の下、若者は死ぬ』角川文庫(1973年6月) |
粗筋 | 黒人との混血児である16歳のバーテンの譲治は、養父である靴磨きの大田大七が車で轢き逃げされて殺された復讐を誓い、事件の真相を追い求める。調べていくうちに譲治は、養父の過去と触れる。 |
感想 | 戦争混血児の若者を主人公としたクライムノベル。こちらも当時の世相が色濃く反映している。若者の叫びが心を深く切り刻んでくる。 |
備考 |
作品名 | 「溺死クラブ」 |
初出 | 『宝石』1959年12月増刊号 |
底本 | 『陽光の下、若者は死ぬ』角川文庫(1973年6月) |
粗筋 | 殺し屋の5人が集まったカクテル・パーティ。普段は敵対している雇い主たちが、今後は共存共栄すべきだと気づき、殺し屋たちも兄弟分として紹介し合う会として初めて開かれた。 |
感想 | 作者自身もハードボイルドのパロディとして描いたという、冗談みたいな短編。最後の、予想通りの殺し合いに至るまでの展開の、無駄すぎる熱気は何なのだろう。 |
備考 |
作品名 | 「殺しに行く」 |
初出 | 『オール讀物』1971年7月号 |
底本 | 『陽光の下、若者は死ぬ』角川文庫(1973年6月) |
粗筋 | 古くからのテキヤ組織である増井組に属する19歳の石井良は、チンピラではあるものの時折見せる凶暴な性格に一目置く面々も多かった。そして組の幹部である後藤の女房が経営しているキャバレーの女である朱美と関係を持っていた。ある日、良は後藤に呼ばれ、警察の一斉取り締まりがあるのでやばいものを分散させるためと、敵対する江島組を叩くのに使うために持っていろと二二口径ルーガーを渡された。 |
感想 | チンピラの男の末路を示したようなクライムノベル。良は自分が朝鮮人ではないと叫ぶが、この頃は朝鮮人に対する差別がひどかったと聞いている。時代背景が色濃く残された短編。 |
備考 |
作品名 | 「ガラスの街」 |
初出 | 『推理界』1967年11月号 |
底本 | 『陽光の下、若者は死ぬ』角川文庫(1973年6月) |
粗筋 | テレビ局のディレクターである上条は、新宿フーテン族を扱った「捨て猫一匹」というドキュメント番組で主人公として扱ったフーテン・ミミこと湯浅ミミが死亡した事件で、ミミの姉である令子からあなたが殺したと責められた。ミミは多量の酒と睡眠薬で酔っ払っていたところ、水たまりに突っ伏したまま死んでいた。事故死なのか、それとも何か裏があるのか。 |
感想 | 事件の真相をTVディレクターが追う話だが、ハードボイルドにしてはちょっと甘さが残る作品。 |
備考 |
作品名 | 「腐ったオリーブ」 |
初出 | 『宝石』1960年2月号 |
底本 | 『狂熱のデュエット』角川文庫(1973年11月) |
粗筋 | 黒人のギルは、一人で来たジャズコンサートで三郎という日系二世の男から囲まれていることを知り、三郎の協力で脱出した。三郎は麻薬の売人だった。ギルはNBAL航空の整備員であるが、上司のフランス人の麻薬密輸を手伝わされていたが、警察が嗅ぎまわっていることを知った上司が監禁していたところをアヘンを持ち出して逃げていた。三郎はそのアヘンを売ってほしいと交渉する。 |
感想 |
映画『黒い太陽』の原作。表題にあるオリーブは、「主人公のギルには5分の1ぐらいの白人の血が入っており、肌が底にオリーブに似た色を隠した淡褐色ともいうべき色」というところから来ている。 河野典正の短編の代表作といってもいいクライムノベル。わずかなページの中に、自らの境遇への怒りが滲みだしてきている一品。 |
備考 |