日本推理作家協会賞受賞作全集第34巻
『事件』大岡昇平



【初版】1996年11月15日
【定価】895円+税
【解説】山前譲
【底本】『事件』(新潮文庫)

【収録作品】
作 者
大岡昇平(おおおか・しょうへい)
 1909年、東京生まれ。京都大学仏文科卒業。小学生の頃より探偵小説を愛読。太平洋戦争末期、捕虜になると、収容所でクリスティなどを読んでいた。戦後、「浮慮記」「武蔵野夫人」「野火」などを相次いで発表。
(作者紹介より引用)
作品名
『事件』
初 出
『若草物語』のタイトルで、『朝日新聞』夕刊1961年6月29日〜62年3月31日まで連載(全270回)。加筆改題後の1977年9月、新潮社より刊行。
粗 筋
 昭和36年7月、神奈川県の小さな町で、飲み屋を営む坂井ハツ子の死体が見つかった。妹ヨシ子との結婚に強硬に反対されていた19歳の少年が、殺人・死体遺棄の容疑で逮捕される。はじめは単純な事件だと思われたが、菊池弁護士は公判で次々と意外な事実を浮かび上がらせていく。
(粗筋紹介より引用)
感 想
 ミステリの著作もある作者だが、本書はミステリとは意識しないで執筆していたと述べている。確かによくよく読むと、そこにあるのは法廷でのやり取りであって、ミステリとしての趣向があるわけではない。裁判官、検事、弁護士の内面を緻密に描写し、単純に見えた事件そのものの意外な事実を法廷で徐々に明らかにしていくのだが、そこに推理や謎、サスペンスがあるわけでもない。作者が当時興味を持っていた裁判、特に当時取り上げられていた集中審理方式を中心とする裁判や捜査に対する問題点こそ浮かび上がらせてはいるが、強烈な社会メッセージがあるわけでもない。この作品が訴えたかったのは、「真実」とは一体なんだということだろう。警察の捜査では明らかにされなかった「真実」が、弁護士たちの活動によって少しずつ明らかにされていくその姿。そして本当の「真実」が一体どこにあるのか。作者は裁判という場所を細かく描写することにより、「事件」の「真実」とは一体誰のためのもので、そしてどこまで明らかにすべきものであるかを問いかけたかったのではないだろうか。
 地味な裁判の描写が続くが、テンポのよい文章のためか、読んでいても飽きが来ない。読了後のこの不思議な余韻はいったい何なのだろうか。この作品のどこがミステリなのかわからないが、それでいて読み終わると、やっぱり協会賞の名に相応しい作品だったのだと気付かされる。法廷ミステリの傑作だろう。
備 考
 第31回(1978年)長編部門。

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