日本推理作家協会賞受賞作全集 第43巻
『天山を越えて』胡桃沢耕史
- 初版:1997年11月15日
- 定価:667円+税
- 解説:山前譲
- 底本:不明(初版では『アリスの国の殺人』と誤記)
収録作品
| 作者 |
胡桃沢耕史(くるみざわ・こうし) 1925年、東京生まれ。本名の清水正二郎で人気作家だったが、昭和52年に名を変えて再出発。58年に『黒パン俘虜記』で第89回直木賞。『翔んでる警視』ほかユーモア・ミステリーを中心に多数の作品あり。1994年没。 (作者紹介より引用) |
|---|---|
| 作品名 | 『天山を越えて』 |
| 初出 | 1982年9月、徳間書店より書き下ろし刊行。 |
| 粗筋 |
昭和8年、拡大する中国戦線を有利に展開するべく、日本軍はタクラマカン砂漠の英雄と日本人女性の政略結婚を画策する。髭が自慢の衛藤上等兵が日本人でただひとり、花嫁の警護を命じられる。無限に広がる砂漠に向かい旅立った、美しい花嫁と衛藤の前に待ちうける運命とは? (粗筋紹介より引用) |
| 感想 |
舞台は昭和8年。満州を掌握した日本軍は、中国漢民族との全面戦争に備え、
タクラマカン砂漠に住む東干族との提携を模索する。
将軍は旧友である奉天鉄道ホテル社長に、娘・犬山由利と
東干の青年・馬仲英との縁組みを強引に承諾させる。
由利にはアメリカに結婚を約束した相手がいたが、泣く泣く別れを選ぶ。 由利は礼儀作法を学び、縁組みのため旅立つ。 その護衛として選ばれたのが、立派な鬚を持つ衛藤良丸上等兵。 しかし目的地に仲英はおらず、戦況の変化により天山地方へ転戦していた。 由利は衛藤、東干の護衛とともに天山を越える旅へ向かう。 物語は雄大なスケールの冒険浪漫であり、章立ては以下の通り。 「一章 昭和五十六年、衛藤良丸(七十一歳)突然の失踪について。」 「二章 昭和三十五年、衛藤良丸(五十歳)が昭和八年の経験を基に書いた小説『東干』全文。」 「三章 昭和三十五年秋、衛藤が米国の日本監視機構(GⅡ)に呼び出された事情。」 「四章 GⅡ残存機関に軟禁され、衛藤が読まされた二つの書類。」 「三章─B GⅡに呼び出された時の続き。」 「一章─B 昭和五十六年、衛藤良丸失踪の続き。」 物語は71歳の衛藤の失踪から始まり、昭和8年の『東干』へと遡る。 日本の侵略は侵略以外の何ものでもなかったが、 中国大陸には冒険と浪漫が満ちていた。 馬賊をはじめ魅力的な人物が続々登場し、 名も残らぬ人々がその浪漫を支えていた。 主人公・衛藤良丸は“凡人”である。 新婚早々に兵役で中国へ送られ、早く帰国したいと願う普通の男。 しかし立派な鬚のせいで将軍に目をつけられ、従者に選ばれ、 さらに目的地に仲英はおらず、天山越えを強いられる。 凡人であるがゆえに、天山の雄大さがより際立つ構成となっている。 由利と衛藤の波乱のドラマは続くが、ここでは語らない。 この物語の魅力は、読めば必ず伝わるはずだ。 騙されたと思って読んでほしい。 胡桃沢耕史といえばユーモアミステリの印象が強いが、 もとは純文学出身で波乱の人生を歩んだ人物。 その経験が、骨太でシニカルな視線として作品に宿っている。 『天山を越えて』は改名後2年、1982年に刊行され、 第36回日本推理作家協会賞を受賞した。 中国大陸を舞台にした作品群の中でも代表作といえる。 1982年はまだ“浪漫”という言葉が生きていた時代。 冒険に胸が躍った頃である。 そんな時代に生まれたこの小説は、忘れてはならない一冊である。 |
| 備考 | 第36回(1983年)長編部門受賞。 |