作 者 |
松村喜雄(まつむら・よしお) 1918年、東京生まれ。東京外語仏語科卒業。江戸川乱歩が親戚で、年少時より探偵小説に親しむ。『紙の爪痕』(花屋治名義)『謀殺のメッセージ』などの長編推理のほか、フランス・ミステリーの翻訳も多い。1992年没。 (作者紹介より引用)
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作品名 | 『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史』 |
初 出 | 1985年6月、晶文社より書き下ろし刊行。 |
粗 筋 |
ポーに端を発しながらも、英米とは異なる経過を辿って発展してきたフランス・ミステリーの歴史を、トリック小説の変遷という独自の観点からまとめ、さらに日本のミステリーへの影響をさぐっていく。探偵小説の鬼と言われた著者にして初めてなしえた力作評論。ファン必携の書。
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目 次 |
第一部 ロマン・フィユトンの時代 1828-1918 第二部 本格探偵小説の時代 1918-1945 第三部 暗黒小説・スパイ小説・警察小説の時代 1945- ここで紹介されている作家と取り上げられている作品の一部を紹介。 第一部に登場するのは、見出しだけでもヴィドック(『回想録』)、ポー(『モルグ街の殺人』)、ユージェヌ・シュー(『パリの秘密』)、ユーゴー(『レ・ミゼラブル』)、アレクサンドル・デュマ(『モンテクリスト伯爵』『パリのモヒカン族』)、ポンソン・デュ・テライユ(『怪盗ロカンボール』)、ポール・フェヴァル(『ロンドンの秘密』)、エミイル・ガボリオ(『ルコック探偵』)、フォルチュネ・デュ・ボアコベ(『晩年のルコック』『鉄仮面』)、ジュール・ヴェルヌ(『八十日間世界一周』)、ポール・ディヴォア(『ラジウム走行』)、ガストン・ルルー(『黄色い部屋の秘密』)、ピエール・スーヴェストン&マルセル・アラン(『ファントマ』)、モーリス・ルブラン(「ルパン」シリーズ)、マルセル・シュウォップ(『黄金仮面の王』)、カミ(『エッフェル塔の潜水夫』)、モーリス・ルヴェル(『夜鳥』)、アルフレッド・マーシャル(『空の女スパイ』) 第二部に登場するのは見出しだけでもジョルジュ・シムノン(『男の首』)、アンドレ・ステーマン(『六死人』)、ピエール・ヴェリイ(『バジル・クロックスの遺言』第1回冒険小説大賞受賞作)、ボアロー&ナルスジャック(『悪魔のような女』)。 第三部は戦後の作家について簡単に触れられている。 |
感 想 |
あまり知られていないフランス・ミステリーの歴史をまとめた大作評論。ヴィドックの回想録から始まるかと思ったら、まずはロマン・フィユトン(新聞連載小説)の歴史から始まった。この歴史がとても面白い。デュマやユーゴーといった大作家から、今では忘れ去られてしまった作家まで数多く取り上げられている。「百年の間にフィユトン作家は何百人と輩出したのではないかと思われるが、そのなかで今でも読みつがれている作家は十志を数えるくらいだろう」とあるが、その多くに視線を向けようとしたその姿勢は高く評価されなければならない。 ただ、これだけの評論をまとめる視点が「トリック小説の変換」、というのが人によって評価が異なるところであると思うし、文中で出てくる本格探偵小説至上主義には少々辟易させられるところがあるものの、系統的にこれだけまとめられた歴史の前には些細なキズといっていいだろう。ミステリファンにとってはその方が面白いのかも知れないが。「フィユトン百年の間に、ポーの正当な手法を意識して使ったと認められる探偵小説作家は、ガボリオ、ルブラン、ルルーの三人だけである」とまで断じ(実際そうなんだろうけれど)、第一部でわざわざ「密室について」という節を作ってフランス・ミステリーにおける密室を取り上げているのも、フランス・ミステリーならではの歴史があるとはいえ、作者らしいといえる。 日本のミステリとの関連も語られており、例えばガボリオの節については「涙香によって、はじめて日本に紹介された探偵小説が、明治二十一年(1888年)に今日新聞に掲載された自由翻案の「裁判小説人耶鬼耶」(最もその前に『法廷の美人』(ヒュー・コンウェイ原作)、『銀行奇談大盗賊』(ガボリオ『書類百十三』)が紹介されている)で、原作は世界最初の長編探偵小説である『ルルージュ事件』であった。日本の探偵小説はガボリオから始まった」(本文を要約)と書かれているとおり、その後のルブランの翻訳も含め、江戸川乱歩らへの影響は非常に大きい。 第一部に比べると、第二部はシムノン、ステーマンら一部の作家しか取り上げられていない。特にシムノンには文庫版で99ページと、全583ページ(後書き含む)の約1/6を占めている。フランス・ミステリーを語る上でシムノンは外せないだろうが、歴史としてのバランスが崩れているのは否めない。 第三部ともなると暗黒小説、警察小説、スパイ小説が中心となったせいか、作者の筆も今一つノリが悪い。 このように、歴史といいつつ作者の思い入れがページ数に差として出ている感があるものの、フランス・ミステリーの歴史をまとめたという労作であったことには間違いが無い。フランス・ミステリーのガイドブックとしても読むことができるだろう。できればここに出てくる作品については新訳で読んでみたい。 作者はその後『EQ』(光文社)で平成2年から研究の新成果を発表していたが、一冊にまとめられることは無かったのが残念である。また本書でもミスがいくつかあることから、増補改訂版を出してほしかった。 |
備 考 |
第39回(1986年)評論その他の部門。
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