日本推理作家協会賞受賞作全集第57巻
『絆』小杉健治



【初版】2003年6月20日
【定価】648円+税
【解説】山前譲
【底本】『絆』(集英社)

【収録作品】
作 者
小杉健治(こすぎ・けんじ)
 1947年東京生まれ。プログラマーのかたわらカルチャーセンターで小説作法を学ぶ。1983年、『原島弁護士の愛と悲しみ』でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。さらに『絆』で日本推理作家協会賞を、『土俵を走る殺意』で吉川英治文学新人賞を受賞。法廷ものを中心とした正義感溢れるミステリーの他、人情味たっぷりの『向島物語』、『曳かれた者』以下の警察小説、あるいは時代小説と作品多数。
(作者紹介より引用)
作品名
『絆』
初 出
1987年6月、集英社より書き下ろし刊行。
粗 筋
 夫殺しの罪で起訴された弓丘奈緒子は、事実関係を全面的に認めた。だが、弁護人の原島は無実を頑強に主張する。若い頃の奈緒子を知る法廷記者にも、それは無謀な主張に思えた。証言と証拠から着実に犯行を裏付けていく検察官。孤立無援の原島弁護士は、封印された過去に迫る。スリリングな公判の結末は? 第41回日本推理作家協会賞長篇賞受賞。
(粗筋紹介より引用)
感 想
 弓丘産業の社長であった弓丘勇一が自宅で殺害された。帰宅した妻奈緒子が死体を発見し、警察に届け出た。部屋が物色されたあとがあったため、最初は外部から侵入した強盗が殺害したものと思われたが、1週間後には奈緒子が逮捕され、犯行を自白した。そして裁判。奈緒子は初公判で起訴事実を全面的に認めたが、奈緒子の弁護士である原島保は無罪を主張した。証拠も証言も揃っている事件で、原島はいかにして無罪を立証していくのか。

 第41回日本推理作家協会賞長編賞受賞作。再々読になるだろうか。いつ読んでも素晴らしい作品だと思う。弁護人がどのようにしてひっくり返すのかという法廷小説特有の謎解きの面白さもさることながら、被告人の秘められた過去が原島によって暴かれたとき、あえてこういう書き方をするが暴かれたときの悲しみと感動が読者の心を揺り動かすだろう。そこには弱者に対する作者の温かい視線と、社会への問題提起が隠されている。
 法廷小説は裁判所でのやりとりが中心となるため、動きがなく、どうしても単調になりやすい。検事や弁護士、裁判官、被告や証人とのやり取りで、どのように物語を作っていくか。ただ事件の流れを追い、立証と反証ばかりを繰り返していたのでは退屈するばかりである。逆に事件の流れを追い、一つ一つの証拠や証言などを吟味して真相を求めるのは、事件の推理としてもっとも求められている形であるかもしれない。相反する二つの要素をうかにして両立させていくか。この難題に立ち向かった作者はほとんどいない。日本法廷小説の先駆ともいえる高木彬光『破戒裁判』ぐらいしか成功例がないだろう。小杉健治は法廷小説を書き続け、その難題に立ち向かってきた。一つの輝かしい頂点が、本作『絆』である。
 何度でも言おう。本作は傑作である。読まない人は損をする。
備 考
 第41回(1988年)長編部門。

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