日本推理作家協会賞受賞作全集 第66巻
『横浜・山手の出来事』徳岡孝夫
- 初版:2005年6月20日
- 定価:905円+税(当時)
- 解説:伊藤久子
- 底本:『横浜・山手の出来事』(文藝春秋)
収録作品
| 作者 |
徳岡孝夫(とくおか・たかお) 1930年大阪府生まれ。毎日新聞で、社会部記者、編集次長、編集委員などを歴任。ベトナム戦争や三島由紀夫事件を取材した。ニューヨーク・タイムズのコラムニストも務め、『ライシャワー自伝』ほか、多数の訳書がある。1986年、菊池寛賞を受賞。 (作者紹介より引用) |
|---|---|
| 作品名 | 『横浜・山手の出来事』 |
| 初出 | 『横浜・山手の出来事』(文藝春秋)1990年1月刊行、書き下ろし。 |
| 粗筋 |
明治29年10月、横浜の英国領事館で、検屍裁判が始まった。外国人居留地で社交場の支配人を務めていた、カリューの死因を決定するためである。解剖の結果、体内から砒素が検出されていた。自殺? 事故死? 他殺? 謎めいた黒衣の女は誰? 人間心理の奥底に迫る、スリリングなミステリー・ノンフィクション。第44回日本推理作家協会賞評論その他の部門賞受賞作。 (粗筋紹介より引用) |
| 感想 |
協会賞受賞作で、ミステリーファンにも高く評価されているノンフィクション作品といえば、
『文政十一年のスパイ合戦』と本作が双璧だろう。
1896年10月22日、横浜ユナイテッド・クラブ支配人ウォルター・カリュー(43歳)が死亡。
3日後、英国領事館法廷(現・横浜開港資料館)で検屍裁判が始まる。
ダイヴァース博士の理化学検査により、死因は砒素と判明。
夫人イーデス(28歳)の証言から、謎の「黒衣の女」アニー・リュークの存在も浮上する。 検屍裁判後、訴追側は夫人を犯人と見なし予備審問を開始。 夫人が香港上海銀行員ディキンソンと不倫していたことも明らかになり、 状況証拠のみながら夫人は収監され、翌年1月に公判が開始される。 しかしその場で弁護側は、家庭教師メアリ・ジェイコブを逆に告発するという異例の展開。 2月1日、陪審は夫人に有罪を言い渡し、裁判官は絞首刑を宣告。 だが3日後、皇太后大喪に伴う大赦により終身重労働へ減刑された。 徳岡は事件の曖昧さ、夫人像の不明瞭さに疑問を抱き、 自ら現地取材を敢行。ロンドンで雇った助手の働きもあり、 カリュー夫妻の結婚の経緯、夫人のその後まで明らかにしていく。 英国名門ポーチ家出身のイーデスは、親の反対を押し切って結婚。 カリュー夫人は香港で服役後1910年に出所し、英国に戻り90歳まで生きた。調査の終わった徳岡は、最後に事件の真相を推理する。 I部は事件の紹介、II部は法廷、III部は徳岡の調査結果という構成。 その克明な記録は、興味のない人から見たら長すぎて退屈に思えるかもしれない。 しかし、明治時代の横浜の描写や裁判風景などは、 作者が何一つ書き落とすことはないようにしようという表れではないだろうか。 その描写、裁判の様子、資料の豊富さは圧巻である。 弁護側が別の犯人を告発するという裁判の異例さからも、 事件のスリリングさと歴史的興味が見事に融合している。 III部の調査が順調すぎると感じる読者もいるかもしれないが、 名門出身の夫人であれば記録が残っていても不思議ではない。 明治の事件でありながら、夫人が長命だったことで急に身近に感じられるという 著者の戸惑いもよく伝わってくる。 ミステリーファンには強く勧めたい一冊である。 |
| 備考 | 第44回(1991年)評論その他の部門。 |