日本推理作家協会賞受賞作全集第73巻
『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』秦新二



【初版】2007年6月20日
【定価】695円+税(当時)
【解説】北上次郎
【底本】『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』(文春文庫)

【収録作品】
作 者
秦新二(はた・しんじ)
 広島県生まれ。シーボルト財団の理事を務める。日本とオランダ関係の文化的事業、及び、海外での医師研究の財政支援などを行っている。日蘭学会会員、日本洋学史学会会員、日本推理作家協会会員でもある。
(作者紹介より引用)
作品名
『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件
初 出
『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』(文藝春秋)1992年4月刊行、書き下ろし。
粗 筋
 まだ鎖国をしていた文政十一年、長崎からオランダへ送ろうとしたシーボルトの荷物の中に、国外持出し禁止の日本地図が発見される。シーボルトは国外追放となり、蘭学者たちが処分を受けた。だが、この江戸時代のスパイ騒動の背景には……。海外に多数残されていた新発見の資料を綿密に検討し、歴史的事件の真相を解明する興奮の一冊。
(粗筋紹介より引用)
感 想
 膨大と伝えられていながらも現存が確認されている収集物が少ないことに疑問を抱いた作者は、1975年にオランダへ飛ぶ。ライデン国立民族学博物館、ライデン大学図書館、自然史博物館、さく葉館(さくは月に昔)と足を運び、シーボルトのコレクションの一部が、ほとんど収納された当時そのままで残っていたことに驚く。以後、博物館とともに整理を進め、1987年にようやくシーボルト・コレクションのリストが完成する。
 このコレクションを整理していくうち、様々な新資料が発見される。北斎直筆による「武器・武具の図」、間宮林蔵直筆の地図「黒竜江中之洲ならびに天度」(樺太の計測地図。ならびには漢字)、江戸城本丸の詳細な配置図である「江戸御城内御住居之図」、そして林蔵や将軍家斉に宛てた手紙、事件の顛末を記した文書など。ドイツでは事件で没収されたはずの二枚目の「日本地図」の写しなども見つかる。発見されたものは美術品、工芸品、民芸品、書籍類のみならず、動物標本、植物標本など多岐に渡っていた。
 発見された膨大なコレクションと手紙、文書などから、今まで伝えられていたシーボルト事件には、隠された背景があった。その真実を追う一冊。
 シーボルトの研究については、大正十五年に刊行された呉秀三『シーボルト先生其生涯及功業』というバイブルがあった。秦は「この著書があまりにも充実した内容のものだったため、その後の研究者はそこに掲げられた資料に依存するばかりだったのではないか」と述べており、そこの収録されている「シーボルト訊問調書」(通詞中山作三郎)を見つかった資料と比較対象し、呉氏が重要な部分を割愛したり、翻訳にあたって勘違いしたりしていることを発見する。秦は実物に当たることにより、今まで誰も疑問を持たなかったバイブルに誤りがあったことを発見する。
 資料を発見するくだり、検証する過程、そして今まで伝えられていたシーボルト事件の裏に隠されていた意外な真実。その明かされた結果のみならず、一つ一つの事実へアプローチをしていくくだりのスリルは言うに及ばず、事件の裏側が少しずつ明かされていく衝撃の展開には興奮させられる。シーボルトの生涯、本当にシーボルトはスパイだったのか、そして当時の徳川幕府はこの事件をどう捉えていたのか。真実は、自分で読んで確かめてもらいたい。
 物語として読んでも一級のミステリに仕上がっている傑作。評論「その他」部門の「その他」に相応しいノンフィクションである。
備 考
 第46回(1993年)評論その他の部門。

【日本推理作家協会賞受賞作全集(双葉文庫)】に戻る