作 者 |
松本清張(まつもと・せいちょう) 1909年、北九州市生まれ。昭和27年「或る『小倉日記』伝」でデビューした。昭和30年代初めから推理小説も手掛ける。日常性を重視した社会派推理で多くの読者を獲得し、エネルギッシュな創作活動をつづけた。1992年、没。 |
作品名 | 「顔」 |
初 出 |
『小説新潮』1956年8月号掲載。
|
粗 筋 |
小劇団にくすぶる井野に、端役だが映画出演の依頼がきた。そこで彼は性格俳優として認められ、徐々に大役を得ていく。だが、肝心の本人の気持ちは冴えない。なぜなら、彼には自分の顔が全国的に知られては困る過去があったからだ……。(粗筋紹介より引用)
|
感 想 |
9年前の殺人の犯人である井野良吉による日記形式の語りと、事件当時に被害者と井野が電車で一緒にいるのを目撃していた石岡貞三郎のモノローグにより物語が進行。殺人者による罪の意識の相克と、それがもたらす殺害計画、さらに意外な結末と、動機と人間性を追求した松本清張ならではの傑作。
|
作品名 | 「殺意」 |
初 出 |
『小説新潮』1956年4月号掲載。
|
粗 筋 |
M株式会社東京支店営業部長の磯野孝治郎が、青酸カリを飲み、部長室の机の上でうつぶせになって死んでいた。秘書が外出したわずかな時間で、狭心症の磯野が飲んだのは、製薬会社の見本薬だった。硬い錠剤に青酸カリを混ぜることは不可能。しかしその見本薬は、磯野に送られたものではなかった。そして薬を送られてきた同じ会社の稲井健雄厚生課長が容疑者として浮かび上がる。しかし稲井と磯野は小学生時代の同級生であり、今でも仲がよく動機はなかった。
|
感 想 |
判事が検事調書を読みながら事件を振り返る形式の作品。一見動機がないように見える事件における、人間の心理を読み取った作品。読み終わった時、思わずあるよな、都読者に頷かすことができれば成功だろう。そして実際に、納得してしまう「殺意」である。
|
作品名 | 「なぜ「星図」が開いていたか」 |
初 出 |
『週刊新潮』1956年8月20日号掲載。
|
粗 筋 |
東都中央学園高等部の教諭である藤井都久雄は、学校騒動における仲間達との3日間のハン・ストが功を奏し、騒動が解決した。その晩、家に帰った都久雄は、心臓麻痺で倒れて死亡した。呼ばれた倉田医師は、念のため警察に通報した。警察も自然死と判断し、葬式が無事に営まれた。
|
感 想 |
机の上にあった百科事典に、「星図」の頁が開いていたことのはなぜかという、倉田医師の疑問から導き出されたプロバビリティーの犯罪計画。ハン・ストという当時ならではの活動に、意外な犯罪計画を絡めた作品。
|
作品名 | 「反射」 |
初 出 |
『小説新潮』1956年9月号掲載。
|
粗 筋 |
霜井正雄は、会社重役の愛人である雨宮スミ子と古くからの付き合いであり、すでに愛情は冷め切っていたが惰性で続いていた。恋人ができた霜井は結婚費用に窮し、スミ子が愛人からもらう二十万円に目をつけ、殺人計画を立てた。
|
感 想 |
倒叙ものであるが、主眼はむしろ警察側の尋問にある。特に香春刑部による尋問は、ミュンスターベルクの方法を用いたもので、興味深い。清張版「心理試験」ともいえる作品だが、もちろん内容は別物である。それにしても印象深いタイトルである。
|
作品名 | 「市長死す」 |
初 出 |
『別冊小説新潮』1956年10月号掲載。
|
粗 筋 |
九州のある小さな市の市長である田山与太郎は、市会議員3名と秘書1名を連れ、港湾問題の陳情で上京した。最終日、田山は皆を連れて歌舞伎座に招待したが、二幕目が開いた時から思案に耽るようになり、とうとう席から立ち上がって秘書とともにホテルへ戻った。そして明日は私用で志摩川温泉に行くと言い、皆は予定どおり地元に帰らせた。しかし予定期日を過ぎても帰ってこず、6日後、田山が志摩川の崖から転落して死亡したという届けが入った。
|
感 想 |
若き市会議員、笠井が市長の謎の行動を探る。テレビニュースでかつての知り合いを見つけるという下りは、「顔」の逆バージョンとも言えなくもない。ただ、話としては退屈な作品。
|
作品名 | 「張込み」 |
初 出 |
『小説新潮』1955年12月号掲載。
|
粗 筋 |
柚木刑事は、一カ月前に目黒で発生した強盗殺人事件の共犯、石井久一を追い、九州のS市にやって来た。石井が3年前に別れたかつての恋人、横川さだ子へ会いに来るに違いないと踏んだのだ。柚木は、後妻としてさだ子が嫁いだ銀行員の家の近くにある旅館で張り込みを続ける。しかしさだ子の毎日は、単調な日常生活を繰り返すばかりであり、柚木は焦慮する。
|
感 想 |
刑事だって人間であり、張り込みを続けているうちに相手に人情が湧くのではないかと清張が考えたことからできあがった作品。確かに推理小説に出てくる刑事は決まり切ったタイプが多いが、人間を書こうとした清張は、そんな刑事たちにもスポットを当てている。
|
備 考 |
短編集『顔』は1956年10月、「講談社ロマンブックスより刊行。これらの作品はいずれも、ミステリーの作品を依頼されたものではなかった。松本清張は木々高太郎の文学主張に共鳴し、アンチ探偵小説の試みで「火の記憶」の延長路線として書いたものである。
第10回(1957年)受賞。
|