大谷睦『クラウドの城』(光文社)
イラク帰りの元傭兵・鹿島丈は妻の故郷・北海道で、米ソラリス社のデータセンター警備に就く。だが勤務初日、厳重なセキュリティーシステムを突いて、密室殺人が発生。道警やマスコミ、米軍属も駆け付け、現場は混乱を極める。さらに第二の密室殺人が起こってしまい……。封鎖された`クラウドの城"で、鹿島は殺人者と対峙する。IT文明の終着地で、世界を`実効支配"する"バベルの塔。データセンターの内実を描き切った大注目作!(帯より引用)
2021年、第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。2022年2月、単行本刊行。
作者は1962年生まれの会社員。著者のことばを読むと、二十年くらい小説を描いていたらしい。活字になるのは本作が初めて。初めての最終候補で受賞。
主人公の鹿島丈は元警察官だったが、実情に幻滅して辞め、サンフランシスコに留学。一年後、民間軍事会社に就職。仕事は中東やアフリカの紛争地帯の警備。六年後、イラクで過激派の自爆テロで守るべき子供たちと、同期入社の恋人を失い、失意で帰国。北海道で今の妻と知り合い、米ソラリス社のデータセンター警備に就く。
設定を読むと『原子炉の蟹』が思い浮かんだのだが、作者は当然知っていただろう。あれよりは面白い作品を、と祈っていたのだが、残念ながら裏切られた。
アメリカでもGoogleクラスの会社のデータセンターなのだが、それがなぜ北海道にデータセンターを作るのかが今一つ不明だし、国家を動かす力があると言いながら警察庁が絡む様子はないし。捜査はモタモタしていてなんかちぐはぐ。アメリカのソラリス社から依頼され、鹿島のかつて働いていた民間軍事会社フロントライン社のボスたちが来たのに、彼らがしたことは鹿島にソラリス社のエージェント権利を与えたことと銃を渡しただけ。何だそりゃ。少しは捜査に参加しろよ。
鹿島と同期だった大額が警備部の警部で、しかも最大派閥のトップと言うのも、ご都合主義。どうでもいいが、鹿島は入社したばかりなのに半休など取りすぎ。事件の起きている状況で、こんな余裕があるとはとても思えない。
二件の密室殺人も、コンピュータが管理している割にはあまりにも馬鹿馬鹿しいもの。ここまでなさけない謎解きも久しぶり。出だしではがちがちのセキュリティに見せかけ、実は雑なシステムだったというのはあまりにもひどい。それに、会社の主要人物なのに行動が雑だというのが終盤になってわかるというのも、描き方としてお粗末。犯人の動機にも説得力が欠けるし、鹿島もわかっていながらぎりぎりまで見逃すというのもどうかしている。おまけに最後は、犯人が人質を連れ込んでの鹿島との対決。今時、こんな古臭い対決シーンを真面目に描くのかとあきれるだけの安っぽさ。しかも最後は人情話に持っていくというのは、お涙頂戴でごまかそうとしているだけ。
単行本に選評は載っていないが、光文社のサイトには載っていた。いや、みんな白々しいぞ。帯にあるが、有栖川有栖「ハードボイルドに本格ミステリの要素が絡み、エンターテインメントに徹しようとする作者の心意気が伝わってきた」って、本当にそう思っているのか。全部の要素が中途半端だぞ。
よく受賞できたなと思ってしまう作品。この回は同時受賞作があるのだが、この作品と争っているようじゃ、あまり読む気にならない。
この作品は文庫化されているが、この作者の次作は今のところ出ていない。
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