日本ミステリー文学大賞新人賞


【日本ミステリー文学大賞新人賞】

 公募による長編推理小説新人賞。財団法人光文シエラザード文化財団主催。新しい才能と野心に溢れた新人作家の発掘、育成を目的に、1996年に設立された。受賞者には正賞としてシエラザード像、副賞として賞金500万円が与えられる。

第1回(1997年)
受賞 井谷昌喜『クライシスF』  新聞記者だけあって、文章自体は読みやすい。ところが構成的にはあまり芳しくない。いきなりゲリラ事件という大きい「動」の事件を書きながら、その後は取材を繰り返すだけ。その取材も、インターネットと電話、過去の記事が中心。結末前に動くのは、青森の事故現場の一件と、国立疾病予防研究所ぐらい。派手な事件の後に「静」の、それも地味な取材が続く。そのギャップがひどい。盛り上がりが一瞬にして醒めてしまう。
第2回(1998年)
受賞 大石直紀『パレスチナから来た少女』  主人公である沙也とマリカ。そして沙也の養父であるジャーナリスト立花俊也。イスラエルとパレスチナが争う中東問題。絶好の舞台だし、登場人物の配置そのものは悪くないのに、どうしてこう安っぽい国際サスペンスで終わってしまうんだろう? 新人賞受賞作だから仕方がないといえば仕方がないのかもしれないが、文章などは悪い意味で手慣れていて初々しさがないので、余計にそう思ってしまう。
第3回(1999年)
受賞 高野裕美子『サイレント・ナイト』  作者は翻訳家ということもあってか、物語のテンポは悪くないし、登場人物も過不足なく描かれている。3つの事件をうまく取りまとめているし、舞台転換も切りが良い。現実社会の問題点も上手く絡めている。犯人は途中で予想できるだろうが、結末の着地点が最後までわからず、読者を楽しませてくれる。とはいえ、首をひねる箇所も多い。そもそも、ウツボがどうやって現在の彼らを知ることができたのかが大きな疑問。
第4回(2000年)
受賞 受賞作なし
佳作 成定春彦『HEAT』  ノンストップ・エンターテイメントらしいが、出版当時28歳であった若い作者の勢いだけで書かれたような作品である。劇画のような面白さはあるけれど、突っ込みどころは満載。設定が破綻しまくっているので、佳作止まりも仕方がない。構図も単純すぎる。一作だけならこれでもいいだろうが、成長がないと作家としてやっていくのは難しいと感じた。
佳作 菅野奈津『涙の川』  題材としてはありきたりなもの。ただし文章力はなかなかなので、読んでいてそれほど退屈はしない。作者は読ませる力はあると思った。ただし、構成の点で不要な部分、無理のある部分が見られ、もっと整理整頓が必要に感じる。佳作止まりなのも仕方が無いことか。
第5回(2001年)
受賞 岡田秀文『太閤暗殺』  羽柴秀次切腹に隠された攻防を描いた作品。我々は秀吉の暗殺がなされなかったことを史実として知っていることから結末はわかりきっているはずなのに、結末を読んだ時にはアッと言わされた。物語の作りとしては『ジャッカルの日』を思わせるが、さらにもう一つの展開を用意した点が見事である。
第6回(2002年)
受賞 三上洸『アリスの夜』  逃亡サスペンスであるものの、主人公が軟弱でへたれで情けないだけなためか、追手から逃げ切れるかどうかという行為にあまり説得力がない。しかも追いかける方の人数も少ないことから、迫力に欠ける。スピーディーというほどでもないし、息詰まるサスペンスがあるわけでもない。そんな物足りなさを補うのはアリスという少女であるべきなのだが、残念ながらこの少女の持つ妖しい魅力が全く伝わってこない。受賞に相応しい作品かといわれると疑問なのが正直なところであった。
第7回(2003年)
受賞 受賞作なし
第8回(2004年)
受賞 新井政彦『ユグノーの呪い』  SF要素と冒険活劇の要素、そして謎解きがミックスされた佳作に仕上がった一冊。まあ、設定そのものの細かい矛盾は指摘しようと思えばいくらでも出てきそうだが、その辺はあえて無視。登場人物の過去などの説明も不足気味だが、物語を楽しむ上では、それほど気にならない。
第9回(2005年)
受賞 受賞作なし
第10回(2006年)
受賞 海野碧『水上のパッサカリア』  前半と後半の流れとムードが違ってしまったのは残念だし、後半のハードボイルドな部分はほとんど付け足しじゃないかと思えるぐらい適当というか、簡単にまとめられてしまっているのは残念。多分この作者が書きたかったのは大道寺と菜津の恋愛模様であり、ゆっくりと心を通わせていく姿を書きたかっただけだと思われる。少なくとも前半はくどいところがあったけれど面白かった。
第11回(2007年)
受賞 緒川怜『霧のソレア』  結末が類型的になったところはこの手の冒険小説では仕方がないところなのかもしれないし、新人としての限界なのかもしれないが、つまらなく思ってしまったのは事実。ここでもう一つ違った展開を見せるか、もしくは事件の真実を上回るような感動的な描写があったら今年度の収穫といえたかと思うと、ちょっと惜しい。とはいえ、読んでみても損はない。
第12回(2008年)
受賞 結城充考『プラ・バロック』  主人公や登場人物の多くがカタカナだから近未来の作品かと思ったら、内容は普通に現代の話だったので、何の意味があったかは疑問。孤高の女刑事という設定も今更という気がするし、そのくせ主人公のキャラ付けが今一つだから感情移入がしにくい。序盤は退屈で、曰くありげな人物が中盤に出てきてから物語が軌道に乗るのだが、そこからの展開は主人公の暴走が目立つ。結末もあいまいなところを残したままだし、結局何をやりたかったかよくわからないまま終わってしまった。
第13回(2009年)
受賞 両角長彦『ラガド 煉獄の教室』  頁の下部に教室の見取り図を用意し、番号が振られた生徒や犯人の動きを矢印で記すことにより、事件の状況が視覚的にわかるようになっているのは斬新と言えば斬新だが、効果的かどうかは疑問。真の黒幕も含め明かされない部分も多いし、はっきり言って結末はがっくり来るものだったけれど、何とも形容しがたい作品。綾辻が絶賛するのもわかる気がした。
第14回(2010年)
受賞 石川渓月『煙が目にしみる』  内容はちょっと古いハードボイルド風味。どちらかというと、ジャズより演歌が似合いそうな作品なんだが。舞台が中州であり、会話も博多弁というのが本作品の特徴の一つ。展開がご都合主義の塊なのは残念。ただ、キャラクターの造形は非常によい。内容的にはやや甘めに仕上がった作品だが、完成度自体も甘かった。
望月諒子『大絵画展』  曰く付きの絵画を盗み出すというプロット自体は悪くない。ただ、序盤はそれぞれの登場人物の事情にページを費やしていて、はっきり言って退屈。中盤で絵画強奪が行われるが、こんな簡単に盗めていいの、という不可解さが残る。首をひねりながらの中盤を過ぎると、思いもよらぬ展開が待ち受けていて悪くない。ここだけはよく考えたな、と言えるところ。特に「大絵画展」の意味がわかるところは秀逸だ。
第15回(2011年)
受賞 前川裕『クリーピー』  大学教授が書いた作品で、しかも主人公も犯罪心理学の大学教授。どんな堅苦しい作品だろうと思って読んでみたが、帯にあるとおり「展開を予測できない実に気味の悪い物語」だった。最後の解決部分も含め、構成はよく考えられているといってよい。新人ならではの問題点もあったが、もうちょっと評価が高くてもよかったと思う。
川中大樹『茉莉花(サンパギータ)  主人公が暴力団組長なのに、中身はホームドラマというちぐはぐな作品。主人公や周りの人物がヤクザなくせに善人ばかり。今野敏がこれはファンタジーだと言って受賞を強く主張したようだが、これはただのご都合主義。誉めるところはリーダビリティだけ。同時受賞させるほどの価値はない。
第16回(2012年)
受賞 葉真中顕『ロスト・ケア』  ミステリそのものの仕掛けとしては非常に単純である。面白いなと思ったのは統計から事件をあぶり出すところであるが、それを除くと手法としてはありきたりとしか言い様がない。それを上回るのは、やはりプロットの良さ。一時期の乱歩賞が「お勉強ミステリ」と揶揄されたことがあったが、本作品が「お勉強ミステリ」に終わらなかったのは、物語としての面白さが高いこと。評判が良かったのも頷ける作品である。
第17回(2013年)
受賞 嶋中潤『代理処罰』  誘拐ものとタイムリミットサスペンス。誘拐された娘を助けるために母親を探しにブラジルまで飛ぶというのは、よくよく考えると首をひねるところが多いのだが、展開の速さとテンポの良さを武器に話を進めることで、少なくとも読んでいる間はそれなりに手に汗握る展開に仕上がっている。8回目の最終候補エントリーに対するご褒美という気がしなくもないが、この仕上がりだったら賞にふさわしいといってよいだろう。
第18回(2014年)
受賞 直原冬明『十二月八日の幻影』(光文社)  人物造形がなかなかいい。敵側の人間も、信念を持って行動している。信念の戦いが緊迫したものとなっている。どのように情報を受渡ししているのかという謎解きの要素も、単純ながら悪くない。さらにソビエトのスパイがさり気なく絡んでくるのだから、なかなかよくできている構成である。ただ、歴史的事実がわかっていながらもドキドキハラハラさせるストーリーであったかと言われると、残念ながらそこまで達していない。
第19回(2015年)
受賞 嶺里俊介『星宿る虫』 未読
第20回(2016年)
受賞 戸南浩平『木足の猿』 未読
第21回(2017年)
受賞 北原真理『沸点桜(ボイルドフラワー)』 未読
第22回(2018年)
受賞 辻寛之『インソムニア』 未読
第23回(2019年)
受賞 城戸喜由『暗黒残酷監獄』 未読
第24回(2020年)
受賞 茜灯里『馬疫』 未読
第25回(2021年)
受賞 麻加朋『青い雪』 未読
大谷睦『クラウドの城』  データセンター内の密室殺人が2件起きるのだが、コンピュータが管理している割にはあまりにも馬鹿馬鹿しいもの。登場人物の描き方も行動もお粗末だし、ストーリーもご都合主義だし、最後は古臭いだけの対決話と人情劇。よく受賞できたなと思ってしまう作品。
第26回(2022年)
受賞 柴田祐紀『60%』 未読
第27回(2023年)
受賞 斎堂琴湖『燃える氷華』 未読


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