江戸川乱歩推理文庫第28巻(講談社)
『堀越捜査第一課長殿』



【初版】1989年2月8日
【定価】540円
【乱歩と私】「探偵小説王国初代国王」新保博久


【紹介】
 警視庁堀越捜査一課長は、差出人に心当りのない一通の手紙を受け取った。それには、五年前の銀行強盗事件の経緯が仔細に記されてあった。差出人はいったい何者か? そして犯人は? 乱歩得意の一人二役のトリックを駆使した倒叙推理小説。他に『月と手袋』『防空壕』『妻に失恋した男』『ぺてん師と空気男』『指』を併録。
(裏表紙より引用)


【収録作品】

作品名
月と手袋
初 出
『オール読物』昭和30年4月号。
粗 筋
 シナリオ・ライターの北村克彦は、高利貸しの股野重郎に呼ばれて家に来た。重郎との妻・あけみとの不倫を責められ500万円の慰謝料を請求され、さらに平手打ちを食らった。克彦は怒り、逆に重郎を殺してしまう。克彦はあけみを重郎に変装させ、警官のパトロール中に一緒に殺害される瞬間を目撃するというアリバイトリックを考え出す。そしてそれは成功するかに見えたが。
感 想
 トリック自体は本人の『偉大なる夢』からの流用だが、倒叙ものに仕上げることでかえってサスペンス感が増している。乱歩にしては渋い佳作。
備 考
 

作品名
防空壕
初 出
『文芸』昭和30年9月号。
粗 筋
 市川清一は友人に、10年前の戦争末期の話をする。空襲で(空き家とは知らず)実業家の家にあった防空壕に入り、そこに避難していた女性があまりにも美人だったことに衝撃を受けた。女性に一目惚れし、そのまま狂おしい一夜を過ごす。目を覚ますと、既に女性は消えていた。市川はその女性を探し回り、当時防空壕に隠れていたという宮園そのという50過ぎの老婆を探し当てたが、老婆はその若い女性のことは知らなかった。
感 想
 戦争ならではの狂気の時代における美しさと、その残酷な結末を書いたもの。一夜の夢こそ真実なのか、それとも幻なのか。乱歩ならではの幻想譚。
備 考
 

作品名
堀越捜査第一課長殿
初 出
『オール読物』昭和31年4月号。
粗 筋
 【紹介】参照。
感 想
 手紙の形をとった倒叙もの。ただし本作品は、前段で事件の概要を、後段で犯人の告白が書かれており、探偵役が犯人のミスを言い当てるといった要素はかけらもない。乱歩は「相も変らぬ一人二役トリックで新味が無く、失敗作だった」と述べているが、その通りだと思う。
備 考
 

作品名
妻に失恋した男
初 出
『産経時事』昭和32年10月6日~11月3日(計5回)。
粗 筋
 南田収一は、鍵のかかった自分の書斎で口の中にピストルを入れて撃ち、自殺をした。語り手である刑事は自殺の動機を追い、南田が生前、自分の妻に失恋したと喚き散らしていたことを知る。事件のけりはついいたが、刑事は疑念を持ち、その背後を探る。
感 想
 トリックはカーのものを流用したもの。あまりにも短く、これといった面白さはない。
備 考
 

作品名
ぺてん師と空気男
初 出
昭和34年1月、「書下し推理小説全集」第一巻(桃源社)として刊行。
粗 筋
 他人より物忘れが激しい野間五郎は、周囲から空気男と呼ばれていた。第二次世界大戦中期、30歳ごろの野間は小金を持つ母親から小遣いをせびり、仕事もせずブラブラとアパート住まいをしていた。ある日、野間は「殺人芸術論」と書かれた本を読む、黒い紐を口にくわえた紳士に出会う。ところがその本は、中身が真っ白だった。興味をもった野間は紳士の後をつけ、本を見せてもらうがちゃんと文字が書かれていた。興味をもった野間はさらに紳士の後をつけると、紳士は野間を待っていた。紳士の名は伊藤錬太郎と言い、本も紐もすべていたずらだった。野間はプラクティカル・ジョーカーである伊藤に惹かれ、親交を深める。と同時に、伊藤の妻である美耶子にもひかれていった。
感 想
 西洋のプラクティカル・ジョークの実話なども一部入れた、短い長編。一つ一つのプラクティカル・ジョークも楽しいが、野間が伊藤のプラクティカル・ジョークにどんどん惹かれていく過程が実に面白い。今までの作風とは全く違う異色作だが、乱歩の傑作の一つとして語られるべき作品である。
備 考
 

作品名
初 出
『ヒッチコック・マガジン』昭和35年1月号。
粗 筋
 名のあるピアニストが暴漢に襲われ、鋭い刃物で右手首関節の上部から切り落とされた。
感 想
 乱歩にしては珍しいショートショート。旧作、しかも合作の改稿であり、取り立てて見るべきところはない。
備 考
 小酒井不木との合作短編「ラムール」(昭和3年、「騒人」に発表)が原型。名古屋の不木宅で、前半を乱歩が、後半を不木がその場で書き上げたものであり、小説ではなく随筆扱いされている。原型を「半分ぐらいに短くして、最後のスリルをもっと強くしたものにすぎない」と乱歩が述べている。

【江戸川乱歩推理文庫(講談社)】に戻る