江戸川乱歩推理文庫第6巻(講談社)
『虫』



【初版】1988年6月8日
【定価】480円
【乱歩と私】「乱歩――二つの像」海渡英佑


【紹介】
 厭人癖が嵩じて土蔵の中に籠って生活している男の前に、友人が女優になった幼馴染を伴って現れた。たちまち初恋が再熱した男に女優は冷たい。執拗に追い求めた挙句、殺害して自分の土蔵に運び入れ、狂気の愛に酔い痴れるも束の間、恐しいことに……(「虫」)。「押し絵と旅する男」「芋虫」等傑作短編四篇収録。
(裏表紙より引用)


【収録作品】

作品名
芋虫
初 出
『新青年』1929年1月号。
粗 筋
 須永中尉は戦争で砲弾を受けたため、両手両足は根元から切断され、顔全体も見る影が無くなり、耳も聞こえず、話すこともできず、両眼のみが残る芋虫のような状態だった。奇跡的に生き残った須永と妻の時子は田舎に引きこもり、肉欲のみの生活を続けた。
感 想
 乱歩自身は「極端な苦痛と快楽と惨劇を描こうした小説」と語っており、反戦小説であることを否定している。あまりにもグロテスクで、そして妖しい美に包まれた怪奇小説。
備 考
 『改造』のために書いたものだったが、反軍国主義に加えて金鵄勲章を軽蔑するような文章があったことから、掲載を拒否。『新青年』掲載時のタイトルは「悪夢」。伏字だらけの掲載だった。戦時中、乱歩作品で唯一発禁となった。

作品名
押絵と旅する男
初 出
『新青年』1929年6月号。
粗 筋
 電車で旅をする主人公の目の前に、押絵を持った男が座る。男は主人公に押絵を見せ、続いて双眼鏡を覗かせようとするが、間違って逆さまに覗こうとした主人公を男は慌てて止めた。
感 想
 押絵の中に溶け込むという一種のファンタジー要素も加味された幻想怪奇小説。乱歩のレンズ趣味も効果的に生かされ、不思議な余韻を残す仕上がりとなっている。乱歩が「ある意味では、私の短篇の中ではこれが一ばん無難だと云ってよいかも知れない」「私の短篇のうちでも最も気に入っているものの一つである」と書くのも納得できる傑作である。
備 考
 横溝正史が『新青年』の編集長時代、放浪中の乱歩を追いかけて名古屋のホテルで寝物語をしたとき、一つ書いたが発表する気になれなくて破り捨てたと言って横溝を悔しがらせた作品。1年半後、改めて書いて発表した。

作品名
初 出
『改造』1929年6月号-7月号。
粗 筋
 【紹介】参照。
感 想
 前半部分が冗長なのは残念だが、死体が虫に覆い尽くされているさまと、それに抵抗する主人公の姿が妙に恐ろしい怪奇小説。
備 考
 発表当時のタイトルは、旧字の「蟲」。

作品名
何者
初 出
『時事新報』夕刊1929年11月27日号-12月29日号。
粗 筋
 年末から入営が決まっている松村は、友人である甲田伸太郎に誘われ、結城少将の息子である弘一の家で夏を過ごすこととなった。弘一の従妹である志摩子も含め、学生生活最後の夏を楽しむ4人だったが、ある日、少将邸に銃声が響き、駆けつけると弘一が重傷を負っていた。そして財布などはそのままだったが、安い金製品ばかりが盗まれていた。警察の捜査、客人である赤井の不審な動き、黄金狂の狂人などが入りまどう中、足が一生びっこになるという入院中の弘一は、意外な推理を繰り広げた。
感 想
 理知的な本格探偵小説は少ない乱歩であるが、本作はその数少ない作品の一つ。足跡のトリック、意外な証拠、論理的推理、そして突飛な動機など、推理というものの楽しさを存分に味わえる作品。乱歩が書いた本格探偵小説では最高傑作といっていい。乱歩らしい妖しい部分が全くないせいか人気は今ひとつだが、これこそが乱歩の目指したかった方向であると言ってもいいだろう。
備 考
 11月19日号の予告では、乱歩から読者への挑戦が書かれてあった。

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