東野圭吾『放課後』(講談社文庫)

 校内の更衣室で生徒指導の教師が青酸中毒で死んでいた。先生を二人だけの旅行に誘う問題児、頭脳明晰の美少女・剣道部の主将、先生をナンパするアーチェリー部の主将―犯人候補は続々登場する。そして、運動会の仮装行列で第二の殺人が…。乱歩賞受賞の青春推理。(粗筋紹介より引用)
 1985年、第31回江戸川乱歩賞受賞作。1988年7月、文庫化。

 多分25年ぶりくらいの再読。とはいえ、作品の内容はあまり覚えてなく、密室トリックと最後のシーンばかりを覚えていた。作品の内容よりも、その結末の方がむしろ印象的だった作品。久しぶりに読んでみたら、意外と骨格のしっかりとした本格推理小説になっていることに驚いた。うーん、当時はどういう眼で読んでいたんだ、これを。
 生徒にほとんど干渉しないことから「マシン」というあだ名を持つ数学教師、前島が探偵役となり、事件の謎を解き明かす。一番目の事件は、教師用の男性更衣室で生徒指導の教師が青酸中毒で殺される。更衣室には中から心張り棒が引っ掛けられ、上側に空間がある隣の女姓更衣室は施錠されていて密室だった。二番目の事件は、前島が仮装するはずだったが生徒を脅かそうとこっそり入れ替わった教師が行列中に飲んだ一升瓶(水)に毒が入っていて殺される。
 こうしてみると謎の設定が興味深い本格推理小説であるし、女子校を舞台としている割には登場人物の描写もしっかりとしていて、青春推理というフレーズにも納得できる物ではある。トリックや犯人像も悪くない。やや手堅いかな、という印象こそはあるものの、これだったら受賞してもおかしくはないだろう。
 事件の動機について納得いかないという意見もあったそうだが、個人的にはそれほど疑問と言うほどでもなかった。こういう動機は十分にあると思う。
 ただ、それでもだ。最後のシーンが全てをかっさらって行っているように思えてしまうのは何故だろうか。




山崎洋子『花園の迷宮』(講談社文庫)

 横浜の遊郭に、二人の少女が売られて来た。飢えと不景気の昭和初期、歓楽の町に投げこまれた二人を、死と、恐るべき秘密が待っていた。娼家を次々と襲う殺人事件、人間の欲望の凄まじさ、少女のけなげさが、巧みな展開と伏線、意表をつく結末で余すところなく描かれる、江戸川乱歩賞受賞の傑作推理長編。(粗筋紹介より引用)
 1986年、第32回江戸川乱歩賞受賞作。1986年9月、単行本刊行。1989年7月、文庫化。

 こちらは30年ぶりくらいの再読。作者はコピーライターを経て絵本、童話、シナリオなどを執筆。
 昭和7年7月、公娼街である横浜・真金町の一流遊郭「福寿」に美津とふみが売られてきた。二人は若狭の小さな漁村育ち。美津は既に数え18歳だったので店に出ることとなったが、ふみはまだ17歳だったので女中として働くこととなった。美津は体が弱く気も弱いが、ふみは気が強く友達思い。美津の恋人だった常吉がやってくるも、仕事もせずにたかるばかりで美津は衰弱していく。そんなある日、「福寿」で殺人事件が起こる。殺されたのは満州独立を画策して特高に追われている天満団のリーダーだった。そして同じ日、美津が青酸カリを飲んで死んだ。さらに続く殺人事件。
 文を書くことに慣れているのか、非常に読みやすい。物語の背景もよく描けているし、テンポもよいから、ページをめくる手は進む。ヒロイン・ふみの未来を見つめる強さも読んでいて心地よい。事件の謎もうまく描かれており、結末まで読者の興味を引く展開も面白い。ただテンポが良すぎて、昭和初期の歓楽街という退廃的なムードが薄まっているという欠点もあるようだが。
 ある意味完成度の高さが、逆にフレッシュさを感じさせないというのもなんとなく皮肉だが、社会背景と謎解きと人物描写の魅力のバランスがうまく取れた作品。乱歩賞、文句なしの作品だろう。




石井敏弘『風のターン・ロード』(講談社文庫)

 ……美恵ちゃん……娘たちの咽喉を突き破って金切声がほとばしった。ふくよかな女の胸には一本のナイフが突きささっていた。ZⅡを駆って芹沢顕二は単身、犯人を捜しに走る。そこへ現れた“青い仔猫”という美貌のライダー。そして盲目のピアニスト怜子。失踪する青春群像を生き生きと描く乱歩賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 1987年、第33回江戸川乱歩賞受賞。応募時タイトル「ターン・ロード」。同年9月、単行本刊行。1990年7月、文庫化。

 当時最年少となる24歳での受賞。作者は前年も『ブラック・バード』で最終候補に残っている。
 ロードレースのカメラマンである主人公が地元の神戸に戻り、蒸発した母が生んだ腹違いの妹が1年前に殺害された事件の真相を探しはじめるのだが、さらに殺人事件が発生する。
 選評を見ても今一つだったことでわかるように、過去の乱歩賞受賞作と比べるとレベルが相当低い。バイクの描写はいいのだが、いいところはそこだけ。しかも事件とは何の絡みもない。
 まず主人公に魅力がない。作者はハードボイルドの探偵を想像しながら描いたと思えるのだが、上っ面でしかなく、あまりにも自分勝手で腹が立ってくる。そもそも、なぜ会ったこともない妹の事件の真相を探し始めるのかが、全然説明されていない。妹が殺されて犯人が捕まっていないのなら、調べるのは当然でしょ、という作者の勝手な思い込みがそこにある。
 主人公が事件の起きたカフェでかつての友人と再会すると関係者が偶然集まるなんて、あまりにも都合がよすぎる。主人公が簡単に犯人に到達するのだが、これぐらいなら警察が解けないのが不思議で仕方がない。捜査を指揮する刑事が初対面の主人公にペラペラしゃべりまくるし、事件の重要なヒントではあるが当事者以外にはどうでもいいような1年前の細かい出来事を関係者は覚えているし。だいたい、カメラマンが事件の調査をして何の疑いもなくここまでみんなペラペラ喋るなんて信じられない。そもそもあんな優柔不断なカフェのマスターがなぜモテるのか、さっぱりわからない。他の男と結婚している女が、あそこまであからさまに迫るのか。ちょっと責められただけであそこまでオドオドする実業家っているのだろうか。なんかいろいろ書いてしまったが、ここまでご都合主義なお話も珍しい。
 それと気になるのが、装飾過多な表現。あそこまで修飾語を重ねなければならないのだろうか、というぐらい。逆に冷めてしまうのだが。それでいて、事件現場の説明にイラストを使うというのも、表現力のなさを物語っているとしか言いようがない。
 殺人事件の方も、変に装飾している割には大したトリックがあるわけでもない。殺人事件の動機も理解し難い。
 なんか、文句ばかり出てくるが、やはりこれが乱歩賞を取ったということ自体が納得いかないからだろう。この年は相当低調だったとのこと。それでも二次予選通過には西澤保彦、宇神幸男、法月綸太郎、今邑彩、斎藤肇、折原一といった名前が見受けられる。どんな作品を応募していたのか、当時のままで読んでみたいものだ。




坂本光一『白色の残像』(講談社文庫)

 夏の甲子園大会、千葉代表と茨城代表の両監督はかつて大阪代表の名門信光学園でバッテリーを組んで優勝した実績をもつが、不幸な事故が二人を遺恨対決に変えてしまう。東都スポーツの中山記者が二人を取材したが、そんなときハンデ師殺人事件が起きる。高校野球への熱い思いを込めた乱歩賞受賞の傑作長編。(粗筋紹介より引用)
 1988年、第34回江戸川乱歩賞受賞。1991年7月、文庫化。  坂本光一は東京大学時代、野球部のレギュラーだった。本作品は初応募で受賞。もっとも兼業作家であったこともあり、わずか数作で筆を折っている。
 時期的には、高校野球のセミプロ化が問題となる前の位置になるだろうか。名門・信光学園の優勝時のバッテリー、向井と真田が千葉代表・習志野西と茨城代表・取手学園の監督として甲子園出場。二人は学生時代に事故で野球を辞めていた。さらに二人の母校である信光学園も交えた三つ巴の因縁が甲子園を沸かす。甲子園決勝で向井・真田に敗れた東都スポーツ記者の中山は、二人の確執を調査する。フリーライターの大八木は、信光学園と習志野西が打順の一巡する三回以降に打線が爆発するという傾向を見つけ、そこに何らかの不正があるとにらむ。
 野球部分については面白かった。なぜかはわからないが、やはり高校野球を扱われると盛りあがる。とはいえ、今回の事件については指導者の声しか聞こえてこなかったのは残念。言ってしまえば不正をしているのだが、そのことに対する葛藤とか無かったのかね。それ以前に、この方法で確実に打撃がアップするかと聞かれたらかなり微妙だと思うのだが。
 ハンデ師の殺害は密室殺人事件に加えアリバイが絡んだものなのだが、これはどちらもナンセンス級のもの。特に密室トリックは、実行こそは可能かもしれないけれど、間違いなく検屍段階でわかるだろう。それ以前に、これをどうやったら素人が推理できるんだ?
 はっきり言って、野球の謎だけで迫った方が良かったと思うんだけどね。その方がドラマとしてもスッキリするんじゃないか。乱歩賞だから、ミステリだから殺人事件が無ければいけない、という悪い思い込みがあった時代の産物だと思う。乱歩賞のレベルから言ったら、かなり低い方。リーダビリティは悪くないけれど。




鳥羽亮『剣の道殺人事件』(講談社文庫)

 眼の壁に囲まれた密室──衆人環視の中での殺人事件は、両国N大講堂で開催された全日本学生剣道大会の決勝戦で発生した。殺されたのは武南大の副将石川洋。京都体育大の岸本三段と対戦中のハプニングであった。岸本犯人説が有力となるが、捜査は難航する……第36回江戸川乱歩賞受賞の剣の道ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 1990年、第36回江戸川乱歩賞受賞。同年9月、単行本刊行。1993年7月、文庫本刊行。

 作者は小学校の教員だった。本作は剣道をテーマに取り上げているが、自身も剣道の経験がある。
 剣道大会の試合中、武南大副将の石川洋が刺され、病院に運ばれたが死亡した。凶器は15cm位の鉄筋の先を尖らせた棒。5cmくらいは竹刀の柄革を細く紐状に切ったものが巻き付けられて握りやすくなっていた。刺された場所は右腹。試合中なので、当然胴を着ていた。試合の最初は普通に動いていたので、試合前に刺されたものではない。胴の裏側には機械的な仕掛けはなかった。試合中、石川のそばにいたのは、相手であった京都体育大の岸本しかいない。しかし胴の内側の腹を刺す方法は見つからない。岸本も小手を着けているので、竹刀以外のものを持つことは難しいし、鉄筋棒を隠す場所もない。ましてや審判や互いの大学の選手、それに観衆が見ていたが、おかしな動きはなかった。両国署は岸本が犯人と睨むも、殺人方法がわからない。
 事件の謎に挑むのは、両国署の刑事課長大林宏祐の甥で、城東大学生の京介。京介は1年前、恋人の陽子が理由もわからず自殺して以来、剣道部を辞め、ろくな食事もとらずに荒んだ生活を送っていた。
 衆人環視での殺人という思い切り魅力的な謎であるし、そのトリックもフェアなもの(ただ、誰でも一度は考えそうな気もするが)。その後の連続殺人事件やその動機はわかる。ただ、他の部分が古臭い。警察が一人に絞った捜査に集中してしまうのはまだ仕方がないといってもいいが、被害者の周辺を全然調べようとせず、素人の大学生に先を越されるってどういうこと。そもそも、甥っ子に事件の詳細をペラペラしゃべる刑事課長というのも問題だと思うのだが。挙句の果てに犯人の考え方があまりにも古すぎる。いくら剣道がテーマだからって、周囲の人物もみな考え方が武士みたいに古臭いというのもどうか。特に結末の展開は失笑もの。江戸時代の武士かよ、って言いたい。
 作者はこの後、時代小説にシフトを移してそれなりの量産作家になるのだが、わかる気もする。その方があっていたようだ。




川田弥一郎『白く長い廊下』(講談社文庫)

 十二指腸潰瘍手術後の患者が、長い廊下を病室に運ばれる途中に容体が急変、死亡した。責任を問われた麻酔担当医窪島は、独自に調査を開始し、意外な真相に辿り着く。しかし、その時、彼はすでに大学の医局間の複雑な対立の中に、足を踏み入れてしまっていた。'92年度江戸川乱歩賞受賞作。現役の外科医が挑戦した、乱歩賞初の医学ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 1992年、第38回江戸川乱歩賞受賞。応募時タイトル「長い廊下」。改題のうえ、1992年9月、単行本刊行。1995年7月、文庫化。

 現職外科医による医学ミステリ。この頃の乱歩賞で流行っていた、今まで乱歩賞で扱われていなかった一般的ではない特殊な舞台・設定の作品、お勉強ミステリの一つである。一般人にはなかなか触れられない舞台なので、説明文だけでも十分ページを埋められるし、読者の興味も引きやすい。一般人には馴染みの薄い機械や器具、設定などを使ってのトリックが可能という点が、特に乱歩賞には有効に働いてくる。ということで本作品でも、病院という舞台ならではの殺人トリックが使われているものの、はっきり言ってしまって想像することができないものであり、本当に実行可能かどうかも含め、ハイハイそうなんだね、と流して読んでしまうような内容である。まあ作者も、トリック自体には重きを置いていない。病院ならではの駆け引き、闘争が裏に隠されているのだが、これも定型的に見えてしまい、面白いものでもない。
 もう一つ突き抜けた何かがないと、読者には響いてこない。乱歩賞を受賞する傾向に沿った作品であるが、時間つぶしにしかならない程度の作品。手堅くまとまっているという言い方はできるかもしれないが。



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