野宮有『殺し屋の営業術』(講談社)

 銃は不要。武器は、話術(トーク)、度胸(ブラフ)、論理(ロジック)。
 営業成績第1位、契約成立のためには手段を選ばない、凄腕営業マン・鳥井一樹。珍しい夜間のアポイントを受けて向かった豪邸で刺殺体を発見、自身も背後から殴打され意識を失ってしまう。鳥井を襲ったのは、その家の主を「殺す」ことを「ビジネス」として請け負っていた、「殺し屋」だった。目撃者となってしまった鳥井は、その殺し屋・風見と耳津に、口封じとして刺殺体とともに埋められそうになる。そのとき鳥井は「ここで私を殺したら、あなたは必ず後悔します」と語り出す。そう、これは殺し屋相手の商談なのだ。死体の上に立たされ、いまにも土を被せて埋められそうな状況で、風見と耳津を相手に、鳥井は「営業」を開始する。
「今月のノルマはいくらでしょう? 売上目標は?」
「契約率は25%……、残念ながら、かなり低いと言わざるを得ません」
「どうしてこんな状況になるまでプロの営業を雇わなかったんですか?」
 矢継ぎ早の質問と営業トークを、文字どおり「必死に」展開する鳥井。そして、二人の殺し屋の隙にまんまと潜り込む。
 風間が「社長」である巣ヶ谷一家の傘下にある殺人請負会社「極東コンサルティング」は1か月の売上目標が二千万程度の零細企業。社員も耳津の他に二人だけ。しかし若頭の巣ヶ谷の失敗による借金二億円を、前任の営業者の持ち逃げの処分費用にかこつけて押し付けられ、残り二週間で返済しなければならなかった。
「……あなたたちは幸運です。私を雇いませんか? この命に代えて、あなたたちを救って差し上げます」
 常識を覆す発想から走り出す、ジェットコースター・ミステリー!(粗筋紹介と帯より引用、一部加筆)
 2025年、第71回江戸川乱歩賞受賞。2025年8月、講談社より単行本歓呼。

 作者の野宮有は2018年第25回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞し作家デビュー。著書多数。『少年ジャンプ+』では漫画原作者として『魔法少女と麻薬戦争』連載中。
 今年の乱歩賞は、凄腕営業マンが殺人会社で営業術を駆使してノルマ二億円を達成しようとするクライム・ストーリー。今までの乱歩賞受賞作と比べても、かなりの異色作である。そういえば最近、中年サラリーマンが異世界に転送されて勇者パーティーに入り、営業術を駆使する漫画を読んだのだが、最近はサラリーマンが別世界で営業術を駆使する作品が流行っているのだろうか。
 心が空っぽな凄腕営業マンが殺人事件に遭遇するプロローグからの奇抜ながらもスピーディーな展開に、読者は目をそらすことができない。一般人では理解できない殺人会社のルールを身体で覚えつつ、ノルマ二億円を達成しようと顧客やトップランクの殺人請負会社を相手に立ちまわり、敵だけでなく味方すら手玉に取ろうとするストーリーは、コンゲームとしての面白さも加味されている。殺し屋の世界なので残酷かつグロテスクな展開が多数あるにもかかわらず、どことなくユーモラスな雰囲気が漂って血みどろさを感じさせないのも作者の巧さか。
 何が凄いって、先がどうなるか全く予想できないところ。読者は作者の剛腕に最後まで振り回されるだけなのだが、それが心地よい。そして鳥井が殺人会社の営業マンとして、明後日の方向に成長していくその姿が実に面白い。
 作者はプロとして活躍中であり、流れるような文章や完成度は納得。選評を読むと今年はレベルが高かったそうで、この作品と同じ年に応募した不幸に泣くしかないかも。過去の乱歩賞の中でも上位に入る傑作クライム・ノベル。今年のミステリランキングベスト10には、必ず入ってくるだろう。

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