作品名 | 「羽子板娘」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年1月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
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粗 筋 |
羽子板にもなった江戸三小町の一人、深川境内の水茶屋のお蓮は昨年の暮れに大川端で土左衛門となって発見された。ひいきの家でご馳走になり、酔って足を踏み滑らしたものと思われたが、初七日の晩にお連の羽子板が投げ込まれた。しかも押絵の首のところをちょん切ってあった。もしかしたら殺人なのか。そこへ小石川音羽の小料理屋のお蝶が殺害された。しかも首のところをちょん切られた、お蝶の羽子板が置いてあった。次に狙われるのは、同じ三小町の神田お玉が池の紅屋の娘、お組か。二十二になった佐七は、御用聞きで親代わりのこのしろの吉兵衛のところへ正月の挨拶に行ったが、もしかしたら次はお組が狙われるのかもしれないと、吉兵衛に助けを求める。
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感 想 |
二二歳、人形佐七初手柄の作品。時は文化十二年乙亥の春。父親の伝次もお玉が池の御用聞きで、伝次と吉兵衛は兄弟分の盃も交わした間柄。佐七は男振りが良すぎて身が持てず、娘たちから騒がれる代わり、御用の方はお留守になっていたとある。クリスティーの某作品のトリックを捕物帳に取り込んだ一編。本格ミステリとしての人形佐七にふさわしい一編である。
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備 考 |
原題「羽子板三人娘」。
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作品名 | 「謎坊主」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年2月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
浅草の奥山で人気をさらっていたのは、盲目の「謎坊主」。十六七の小坊主だが、見物より謎をかけさせ、当意即妙、どんな謎でも春の雪のように解けてしまうことから、人呼んで春雪坊。その春雪が、道具屋の佐兵衛を通じ、本所松坂町に住む花房千紫という狩野派の画工で今は鑑定を中心にしている五十過ぎの男に、二枚の絵馬を書いてほしいと頼まれた。一枚目は、曾我の鬼王が節季の債鬼に責め立てられているところ、もう一枚はお小僧と画工が碁を打っていて、そのお小僧が画工に斬り付けているという図である。千紫は嫉妬深く、三十になったばかりの女房のお千代が帰りが遅いと嫉妬していた。一緒にいた女中のお米に聞くと、いつも謎坊主のところに寄っているという。十日ほどのち、佐兵衛が千紫の家に行くと、お千代が血まみれになって倒れているのを見つけて大騒ぎ。しかも井戸の中から首のない千紫の死体が出てきた。
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感 想 |
春雪は実在の人物。もちろん、このような殺人の絡みはなかったが。春雪が画かせた絵馬は判じ物となっており、それが事件を解く手がかりとなっている。
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備 考 |
別題「二枚の絵馬」。
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作品名 | 「歎きの遊女」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年3月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
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粗 筋 |
乾分の巾着の辰五郎と一緒に飛鳥山へ花見に来た佐七。少し離れたところで、茶をたてているいい女に見惚れていた。佐七ばかりでなく、向こうの方から五十がらみの浪人らしい侍も、女の方を眺めている。そこへ風の悪い中間が女へ悪ふざけをしに来た。腰を上げた佐七だったが、そこへ十五、六名ほどの若い集団が、女と女中と中間を取り巻いて大騒ぎ。散々暴れまわって四方に散ったら、中間は喉に銀簪を刺されて死んでいた。お粂や女中のお銀に聞いても、見知らぬ中間だという。そこへ辰が先ほどの若者の集団を捕まえてきたが、花見で騒いでいるところにひょっとこの面に撫子浴衣を着た男が現れて一緒に酒を飲んで騒ぎ、さらにお粂をからかおうと言い出したとのことである。どうやらそのひょっとこ面が下手人らしいが、だれもその正体を知らなかった。そして佐七は、お粂のことばかり考えてぼーっとする毎日。
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感 想 |
巾着の辰五郎と、恋女房お粂初登場。佐七を引き立てる神崎甚五郎も初登場。お粂は佐七の一つ上で、この事件では二三。辰五郎は佐七の二つ下。お粂の生まれにまつわる因縁話が主で、要するに佐七とお粂の馴れ初めを描いた作品である。一応、一人二役のトリックはあるが。なおこの作品では、辰はまだ佐七の家には住んでいない。
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備 考 |
作品名 | 「 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年4月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
櫛、簪など大した金目のものではない女の所持品を盗む紫頭巾が、江戸を騒がせていた。今度は旗本の近江喬四郎の御新造の珊瑚の根掛けをいただくとの予告状が届いた。佐七は山雀使いのお万という二十六、七の女が紫頭巾ではないかとにらんでいるのだが、証拠が見つからない。そんなお万が隠れて会ったのは、喬四郎。七年前に関係があったという。そして予告当日である弥生三月の二の午の日。この日は喬四郎の屋敷を開放し、邸内にあるお初稲荷への一般の参詣を許す日であり、しかも施米をしたり蜜柑をまいたりするお祭りであることから、大賑わい。佐七も神崎甚五郎の添え書きをもって屋敷に訪れたが、やはり紫頭巾が現れた。
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感 想 |
紫頭巾の正体から意外な事件が発生。手がかりが偶然から佐七のもとに入るというのは拍子抜け。最後は意外な人情話で終わる一編。
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備 考 |
作品名 | 「山形屋騒動」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年5月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
永大橋の橋番三平爺は朝早く、杭のところに駕籠が引っ掛かっているのを見つける。そこへ佐七が通りかかり、三平は駕籠を引き上げる。籠の中にいたのは、山形屋のお鶴だった。お鶴は器量良しだが、背中にこぶのある傴だった。首には緋色の |
感 想 |
冒頭のシーンは黒岩涙香『死美人』を参考にしているとのこと。意外な犯人ものだが、さすがにこれは男に都合がよすぎるな。短いわりに人間関係が複雑なので、もう少しページがあれば傑作になったのかもしれない。
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備 考 |
作品名 | 「非人の仇討」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年6月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳全集』第一一巻(春陽堂書店)
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粗 筋 |
辰と豆六が帰ってこないので、朝湯がえりに一杯ひっかけている佐七はご機嫌斜め。そこへ帰ってきた辰と豆六は、逆にお客を連れてきたのに酒を飲んでいるとはと逆手に出てきた。湯島の境内で人気を集めている宮川左近の一座で最近人気の金子雪之丞が話したのは、名前も言わない娘が太夫元を通して雪之丞を呼んだはいいが、籠の中では目隠しをされるし、薄暗い屋敷の中では娘は頭巾を取らず酒を勧めるばかり。気が付くと気が遠くなり、目が覚めたら湯島境内の中に駕籠が置きっぱなし。しかし祝儀は懐中に入っている。しかし時刻は七つ半(五時)を過ぎて、舞台の出番はとっくに終わっている。慌てて雪之丞が太夫元に詫びたが、逆に太夫元はちゃんと舞台に出ていたじゃないかというので、さらにびっくり。辰と豆六は雪之丞を送ったついでに駕籠屋を探しに出かけるも、豆六が戻ってきて、宮川左近が舞台の上で殺されたと佐七に告げた。
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感 想 |
豆六が初めて登場しているが、これは後年に書き足されたもの。辰が佐七の家に同居しているのも、後年に書き足されたものである。解説によると、冒頭の展開は、谷崎潤一郎『秘密』のオマージュだろうということ。人情物の一作。
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備 考 |
別題「水色頭巾」「振袖変化」「宮芝居」。
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作品名 | 「三本の矢」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年7月号~8月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
両国の川開き。妻恋坂に塾を開く神学者、柳川主膳の一行が屋形船に乗っていた。主膳の娘、深雪を賭け、白須賀八郎右衛門、大場弥五郎、久米源之丞という三人の高弟が弓矢で上手にある箱提灯の蛇の目の紋の一番中心に近いところに当てる勝負を行った。三人が的を射抜き、検分しようと船を漕ぎ寄せようとしたとき、別の船の誰かが三本とも矢を抜いて逃げてしまった。呆然とした三人の船に飛び降りてきたのは、かつて主膳の弟子だった兵頭静馬。さらに弥五郎が先ほどの矢で殺された。静馬は深雪と恋仲であったが、幕府に対する陰謀のかどで多数の国学者が処罰されたとき、源之丞たちが訴えたため一味とみなされ八丈島に流された。しかし無罪が判明するものの、静馬はすでに島抜けしていたのだ。
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感 想 |
解説によると、アール・デア・ビガーズ『チャーリー・チャン最後の事件』の設定を換骨奪胎しているとのこと。横溝はのちに金田一シリーズの「死神の矢」で同じ設定を使っている。連続殺人事件の意外な犯人と真相を楽しむ作品。密室も出てくるが、これの真相はつまらない。
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備 考 |
作品名 | 「犬娘」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年9月号~10月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
手代らしき男が、ここに来るはずの佐七に訴えたいことがあると柳橋の万八にやってきた。まだ佐七は来ていなかったが、巾着の辰はいたので座敷を借りて話を聞くと、明日の未の刻(午後二時)に人が殺されるという。そこへ佐七が来たから辰が座敷へ連れて行くが、男は消えていた。しかし屏風に貼ってある六歌仙の小町の口から舌が突き出していて、血が流れている。舌だと思ったものは先ほどの男の指で、男の喉は狼にでも喰いきられたように開いていた。そこへ現れたのは、同じく客だった町方与力の樋口十次郎。裏木戸から狼のような犬を従えた若い娘が忍び出たので後を追ってきたが逃げられたので、犬の足跡を辿ってきたという。そして殺された男が、日本橋の鼈甲問屋、長崎屋の手代清七だと知らせた。実は明日、長崎屋の主の重兵衛がまとわりつく死霊を払うため、生葬礼を行うのだった。
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感 想 |
作品中に出てくる日照は、1803年に女犯の罪で捕縛された日潤がモデルではないかとのこと。事件や人間関係は複雑なのに、結末があまりにも呆気ないのは勿体ない。与力の樋口十次郎は本作限り。後半、犬に匂いを嗅がせて犯人を捜すのは珍しい。
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備 考 |
原題「謎の生葬礼」。
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作品名 | 「幽霊山伏」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和13年11月号~12月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
十七から二十歳ぐらいの娘が乳房と乳房の間を槍の一突きで貫かれて殺される「槍突き」連続殺人事件が起きていた。二つのパターンがあり、一つは夜道でいきなり襲われるもの、もう一つはかどわかされて、後日死体となって現れるものである。下手人は白衣の山伏だったが、一月経っても捕まらず、神崎甚五郎に油を搾られる佐七。神崎は佐七に、本物ではなく、芝居や能の衣装ではないかと助言する。調べを終えた帰り道の夜、佐七は能の面をかぶった幽霊山伏に遭遇するも取り逃がす。翌日、土佐派大家である画家の緒方春浦の召使いであるお美乃が佐七のもとを訪れ、三晩ほど続けて幽霊山伏を見かけたという。もしかしたら春浦の娘、浜路を狙っているのではないかと相談する。早速佐七はお美乃と一緒に春浦の家に行くが、浜路は逆に、お美乃が狙われているのではないかと案ずる。そこへ別室に行ったお美乃の悲鳴が聞こえ、慌てて佐七たちが駆け付けると、お美乃が槍で殺されていた。
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感 想 |
佐七が単独で事件に当たるも、神崎甚五郎にアドバイスはもらうは、犯人を取り逃がすは、失敗続きでいいところがない。最後は女装して囮になるも、これまた失敗である。犯人の動機があまりにも異様で、後味の悪い作品である。
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備 考 |
原題「山伏幽霊」。
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作品名 | 「屠蘇機嫌女夫捕物」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年1月号別冊付録『江戸捕物帳』
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
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粗 筋 |
正月八日の松の内。昨夜は新年の寄り合いがあったが、五つ半(九時)でお開きになったはずなのに、佐七が帰ってきたのは九つ半(一時)。辰と豆六から次第を聞いているお粂は、佐七が浮気をしたに違いないと大荒れ。しかも懐には銀杏茶屋のお亀からの手紙が入っていたから収まらない。お粂はこのしろの吉兵衛に話を付けてもらうと言い残し、家を出て行った。ところが牛の天神で獅子頭をかぶった越後獅子に抱きつかれる。越後獅子はお亀に渡してほしいと真っ赤な折鶴を渡した。よくよく見ると、越後獅子は口から血を吐いてこと切れていた。沢井玄徳という医者の弟子である玄骨が偶然通りかかり、毒を飲まされたと告げた。自身番に運ばれたところへ現れたのは、海坊主こと鳥越の茂平次。家に帰ったお粂は、佐七に事の次第を話す。佐七たちがお亀のもとを訪ねると、殺されたのはお亀の兄の弥七だったと告げる。さらにその夜、玄徳と妾のお夏が殺害された。
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感 想 |
佐七の敵役である鳥越の茂平次が初登場。ただしこれは後日書き改められたもので、初出では山吹町の千太となっていた。辰と豆六、神崎も出てくるが、豆六は後年に書き足されたもの。本作品から、辰は佐七の家の二階に居候している。最後の事件解決のシーンは、どちらかと言えばテレビ向きな派手なもの。事件そのものはそれほど難しいものではなく、佐七とお粂の犬も食わない夫婦げんかが初めて登場したことで覚えておく作品。
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備 考 |
別題「謎の折鶴」「黄色の折鶴」。
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作品名 | 「仮面の若殿」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年2月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
小春日和、佐七が一人で柳原堤を歩いていると、若くていい女に二十五六の男が財布をすったと文句を言う。怯える娘だったが、そこへ野次馬の中から浪人が出てきて、股から紐が付いた財布がぶら下がっていると指摘し、野次馬は大笑い。家に帰ると、朝帰りの辰と豆六がいる。二人は水天宮で財布をすられたという娘の話をしたが、佐七が見たものと全く一緒。三日後、佐七たちは全く同じ茶番劇を見かけたので別々に三人の後をつけると、三人とも梁川甚兵衛という浪人の家にたどり着いた。三人が唖然としながらも見張っていると、腰元風の服装に変わった娘が顔色を変えて逃げ出した。佐七たちが屋敷に入ると、浪人と若者が鍋の河豚を食べて死んでいた。ここらを縄張りにしており、日ごろから昵懇としている黒門町の弥吉を呼んだが、特におかしなところは見当たらない。神崎甚五郎に呼ばれた佐七は、旗本の土岐頼母の跡目となる藤之助が行方不明となっているので探してほしいと頼まれる。
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感 想 |
黒門町の弥吉はよきライバルとしてこの後も登場する。豆六は後年に書き足されたもの。お家騒動の真実を佐七が探り当てるものだが、悲しい作品である。前半の河豚の話が後半につながらないというのは残念。
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備 考 |
原題「仮面の囚人」。
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作品名 | 「座頭の鈴」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年3月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
師走の初め、近頃手に入れた掘り出し物を披露しようと大店の旦那衆が柳橋の料理屋に集まった。最後となった伊丹屋藤兵衛が出したのが普通の鈴。去年の秋、藤兵衛が箱根へ湯治に行った帰り、鈴ヶ森で腹を刺されて苦しんでいる座頭を見つけた。座頭は息絶えたが、藤兵衛に渡したのがこの鈴だという。その帰り、吉蔵の船に乗った藤兵衛のもとに、柳橋の流行りの芸者で集まりにも参加していた駒代が同船させてもらった。するとどこからか鈴の音が聞こえてくる。別の屋形船がすれ違ってきて、障子から顔半分血まみれのめくらの座頭が「鈴をかえしておくんなさい」と手を伸ばしたので、藤兵衛も駒代も吉蔵も叫んで船底にしがみついてしまった。そして藤兵衛は寝込んでしまった。ひとり息子の与吉は佐七のところに相談しに来た。与吉は佐七に鈴を渡して帰ったが、佐七が鈴の割れ目を開けてみると、そこから出てきたのは指だった。辰が慌てて与吉を呼び戻そうとするも、与吉は暗闇の中から斬り付けられて怪我を負った。
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感 想 |
鈴の中から指が出てくるが、これに似たネタは少年ものでよく出てくる。一応意外な犯人ものだが、さして推理があるわけではなく、物足りなさは残る。最後の終わり方は、ちょっとクスリとしてしまった。
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備 考 |
作品名 | 「花見の仮面」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年4月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳全集』第一四巻(春陽堂書店)
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粗 筋 |
飛鳥山の花見で回りはどんちゃん騒ぎ。佐七とお粂が一年前に初めて会った場所であり、二人はイチャイチャ、一緒にいた辰五郎は当てられて不満たらたら。そこへお面をかぶった男が幔幕から出てきて、足元をおぼつかせながら三人の前を駆け抜けていくと、幔幕の中から悲鳴が。佐七が入っていくと、穀物問屋の越後屋の治右衛門が血を吐いて倒れ、亡くなった。一粒種のお藤と、亡くなった女房の姪のお玉の話によると、面をかぶった男が持っていた瓢箪から酒を注ぎ、それを飲んだら血を吐いたという。三日後、佐七の家に現れたのは、越後屋の親類筋である金物屋の山加の手代の弥吉。実はお面をかぶった男は自分だといい、毒を飲ませたのは自分ではないという。瓢箪の酒はあの後も自分で飲んだから、毒は入っていないと話した。弥吉が言うには、お藤とお玉が、芝園梅渓が教祖で近頃はやりのはだら教の信心が過ぎるという。佐七はお粂に囮として、はだら教に入ってもらう。
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感 想 |
「嘆きの遊女」から1年後の話。前半の毒殺事件の謎は面白いのに忘れ去られてしまい、後半の「はだら教」に関する謎の方が中心になったのはもったいない。お粂が佐七の事件解決に協力するという筋を楽しむ作品。
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備 考 |
原題「越後屋騒動」。
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作品名 | 「音羽の猫」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年5月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
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粗 筋 |
辰五郎が最近なじみを重ねているのは、音羽の吉野という店にいるお咲。音羽といえば岡場所でもいちばん下等の方なので佐七とお粂は呆れるも、お咲は深川でも一、二の売れっ妓だったというから不思議。ゆうべも通って部屋で待っていたら、近くの豪勢な寮の飼い猫が屋根伝いに遊びに来た。お咲が猫好きでよく飯を上げているという。辰は退屈だったので猫の爪を切ったら逃げていき、その話を聞いたお咲は泣き狂った。辰が持ち帰ったその爪を見ると、全部金色に光っている。気になった佐七は音羽にいるこのしろ吉兵衛を訪ねると、お咲が殺されたという。現場に行くと、そこにいた鳥越の茂平治は、血に染まった莨入れを突き付け、これはお前のだ、と辰五郎をしょっ引いた。
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感 想 |
敵役は茂平治となっているが、当初は鬼瓦の千太。辰五郎が容疑者として茂平治に引っ張られる展開。佐七にしては珍しい大掛かりな事件ではあるが、『江戸を斬る』などの時代劇を見慣れている人にとっては、金色云々はお約束の展開である。佐七の最後の粋な取り計らいには感動する。 どうでもいいが末國善己の解説、本作と「螢屋敷」をごちゃ混ぜにしていないか。 |
備 考 |
別題「金色の猫」「金色の爪」。
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作品名 | 「二枚短冊」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年6月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳全集』第一三巻(春陽堂書店)
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粗 筋 |
夏の夜、九つ半(一時頃)。二階で寝ていた辰が目を覚ますと、屋根を踏む音が聞こえてくる。表の雨戸がこじ開けられ、腕がのぞいているではないか。辰は腕をつかみ、「泥棒」と大声を上げた。慌てて起きた豆六も加勢。佐七とお粂も上がってきた。すると泥棒は声を上げ、逃げていった。残されたのは、血まみれになった女の左腕。梅の短冊の花札の刺青がある。血は乾いているので、今斬ったものではない。残されていた走り書きから、裏に住む立花靭負という酒好きの浪人の仕業と分かった。翌日聞くと、宴席からの帰り道、御高祖頭巾の女がやにわにつきあたり、いきなり懐中に手を入れてきた。女は橋の欄干の上を歩いて逃げ、しかも匕首を投げつけてきた。怒った靭負が一太刀斬り下ろし、女は川に落ちて船に乗っていた相棒が連れて行ったという。しかもお粂の隙をついて、泥棒は腕を持ち去ってしまった。佐七は女が東両国で評判の女軽業師、花札お梅ではないかと睨んで見に行くも、お梅は両腕がそろっていた。
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感 想 |
豆六は後年に書き足されたもの。佐七の家に泥棒がという展開から意外な話に進むのだが、何も腕を切り落とさなくても話としては成立したんじゃないかと思うと、ちょっと惨い。
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備 考 |
別題「 |
作品名 | 「離魂病」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年7月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
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粗 筋 |
最近、佐七がぼんやり考えこんでいる。お粂は、離魂病って本当にあるのだろうかと佐七が独り言を言っているのを聞いた。お粂と辰と豆六が相談しあっているところへ佐七が現れ、二両出してくれと言い出した。お粂が渡すと、フラフラと佐七は出ていく。ところが庭先に落ちていた手紙に、神田川ひさご屋で待っていると女の筆で書かれていたものだから、お粂は逆上。ひさご屋に乗り込むと、佐七の前にいたのは四十五、六の大年増、お絹。佐七はお絹を返すが、お粂は怒り狂って佐七を小突き回すも、あっと驚いた瞬間に佐七は逃げていった。家に帰った三人を待ち構えていたのは、なんと佐七。佐七の話だと、蕎麦屋や仲間の滝野川の忠太、挙句の果てにこのしろ吉兵衛や神崎甚五郎までもが知らぬ間に佐七と会ったと話す。お粂はひさご屋で、それは佐七の生き写しの偽物だと気づいた。翌日、浅草蔵前の質店、伊豆屋の金蔵が奉行所に、佐七が養母で先の主、与兵衛の妻であったお絹を殺したと訴え出た。お絹は店を甥で養子の金蔵に任せ、近所に住んでいたが、最近佐七が家を訪れているという。そして今日尋ねたらお絹が殺され、女中二人が縛られ、三百両が紛失していたのだ。佐七は神崎に括られてしまう。
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感 想 |
豆六は後年に書き足されたもの。佐七が下手人として捕縛されるという意外な展開。当然佐七の偽物が犯人であるのだが、見知らぬ人ならいざ知らず、このしろ吉兵衛や神崎甚五郎までがいくらそっくりでも見誤るだろうか。捕まえられた佐七の代わりに、お粂、辰、豆六が濡れ衣を晴らすべく、大活躍である。活劇系の作品としては、第一巻のベスト。
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備 考 |
原題「佐七離魂病」。別題「二人佐七」「幻の佐七」「佐七ふたり」「ふたつ面影」。
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作品名 | 「名月一夜狂言」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年8月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
中秋名月の晩、隠居した旗本の結城閑斎の下屋敷に招かれた神崎甚五郎、佐七、辰五郎。この日は贔屓にしている人気役者の尾上新助、人気女形の瀬川あやめ、怪談狂言作者の並木治助、画家の歌川国富、幇間の桜川孝平も招かれていた。野暮用で遅れた佐七と辰に、一緒に渡し船に乗っていた女が手紙を尾上新助に渡してほしいと頼む。屋敷に着いた佐七が手紙を渡すと、新助は動揺。そのまま厠までと席を立ったが、いつまで経っても帰ってこない。佐七が迎えに行くと、新助は首を絞められて殺されて、井戸の中に浮かんでいた。首にかかっていたのは、桜川孝平の手ぬぐいだった。
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感 想 |
招かれた屋敷の宴席で起きた殺人事件の謎を、佐七がその場で解き明かす犯人捜しの一編。残された数々の証拠や登場人物の発言内容から、佐七が犯人を導き出すという、本格風味満載の一編だが、展開がバタバタしているのはもったいない。やはり本格ものが好きな横溝らしく、この後でも似たような舞台の犯人捜しが書かれている。
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備 考 |
原題「一夜狂言」。
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作品名 | 「螢屋敷」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年9月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
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粗 筋 |
佐七のところへ新しく弟子入りしたのが、大坂から来たうらなりの豆六。兄哥となった辰五郎は、江戸の地理に明るくならなくてはいけないと引っ張りまわした帰り道の四つ(十時)すぎ。池の端の暗がりで豆六が辰の真似をしながら「御用!」と大声を上げると、半丁ほど先の暗闇で叫び声とともに池の中へ物が落ちた音が、そして逃げていく人影。辰が慌てて追いかけるも間に合わない。池にあったのは大葛籠。開けてみると螢がうじゃうじゃ。その奥には蚊帳でぐるぐる巻きにされた女の血みどろの死体。下谷の伝吉の縄張りだが、辰に呼び出された佐七も駆け付けた。女は黒門町にある生薬屋の和泉屋の京造の妾、お俊。一年前、亡くなった和泉屋の先代、喜兵衛の後家、お源が隠居所で殺害された。京造は先代の甥で子供がいない和泉屋の跡を継いだが、柳橋で遊ぶようになり、お源と不仲になった。さらに番頭の金兵衛が土蔵の鍵を押さえているので、遊ぶ金欲しさにお源を殺し、ため込んだ金を狙ったのではないかとお上も世間も疑ったが、お源の家に通っていた行商人の彦三郎が下手人と分かり、打ち首になるところを御慶事で罪一等を免じられ、八丈島へ島送りになったというものであった。そして女中だったお俊に京造が手を出し、隠居所に住まわせていたという。ところが豆六は、先に隠居所に行くといったままお玉が池に帰ってこなかった。
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感 想 |
うらなりの豆六が初登場。大坂の藍玉問屋の六男だが、小さいころから御用聞きになりたいと言い続け、昔、家で世話したこのしろ吉兵衛を頼って上京。その吉兵衛の紹介によるものである。辰五郎の二つ下。一年前の事件も含め、意外な真相が待ち構えているものの、佐七が動ていたら解決した類のものであり、世間の声と実情の裏腹を感じさせる作品である。 後の講談社版定本第一巻で書き足され、豆六入門が文化十四年の夏五月となり、作中年代が確定した。人形佐七、悋気深いが貞淑で機転の利く女房お粂、そそっかしいが根気の良い巾着の辰五郎、顔も長いが気も長く、妙に目端の利くうらなりの豆六がそろい、作者も「これでどうやらお玉が池に、役者が四人そろったようである」と書いている。 |
備 考 |
別題「小判屋敷」。
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作品名 | 「黒蝶呪縛」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年10月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
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粗 筋 |
草双紙好きの豆六が借りてきた大人気の『胡蝶御前化粧鏡』を朝っぱらから読み、にやにやしている佐七。そこへ服部十太夫という旗本が訪ねてきた。牛込矢来町に住む白井弁之助という旗本が、山吹屋善吉の娘、お綾と婚礼することになった。お綾は町家の娘なので、服部十太夫が仮親となった。ところが、麻布市兵衛町の十太夫の家から牛込の弁之助の家まで輿入れをする途中、駕籠の中から花嫁のお綾が消えてしまった。お綾はもともと、弁之助の叔母でかつて大奥で羽振りをきかせた貞寿院の隠居先へ奉公に上がっていたが、そこで弁之助と知り合い、美男美女が惹かれあったものだった。しかし十太夫の息子、武平がお綾に懸想していたので、十太夫はもしかしたらこの騒ぎは武平の仕業ではないかと心配していた。しかも鳥越の茂平次が、武平が下手人ではないかと睨んでいるという。佐七は依頼を引き受け、手分けしてお綾を探す。
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感 想 |
敵役は当初は鬼瓦の千太で、後に茂平次に書き換えられたもの。花嫁消失トリックはあるが、解き明かされてみるとがっくりするものではある。当時なら仕方がないか。事件の真相や最後の展開はあまり面白いものではなく、正直言って今一つな作品である。
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備 考 |
別題「胡蝶御前」。
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作品名 | 「稚児地蔵」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年11月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
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粗 筋 |
神田鎌倉河岸の横町にある髪結い床の海老床。半年ぶりに顔を出した重さんが、亭主の清七や常連である金棒引きの源さん、さらに辰五郎や豆六に話したのは、巣鴨のほとりにある、内藤伊賀上のお下屋敷のこと。堀外に子育て地蔵が祭ってあるが、短い間に三回も裏向きになっていたという。一人や二人で動かせるような代物ではなかったので、真夜中に勝手に動いたんじゃないかと大騒ぎ。そこへお粂が現れ、子育て地蔵のそばで人殺しがあったと伝えたからびっくり。ここのところよく来ていた、猿廻しの桐十郎が袈裟懸けに斬られたという。しかも地蔵が稚児輪のかつらをかぶり、唇には紅を指し、稚児眉も書かれていた。どうやらこれは、殺された桐十郎が死ぬ前に自らのかつらや血で行ったものらしい。そして猿はどこにもいなかった。
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感 想 |
裏向き地蔵の謎は佐七があっさりと解いてしまうし面白いものではないが、さらにそこから事件が続くという展開は面白い。ただダイイング・メッセージは暗号でも何でもなく、面白いものではない。物語の筋と比べ、手掛かりが今一つな作品。のちに横山光輝がこの作品だけを漫画化しているのだが、なぜだろう。 髪結い床の海老床と、亭主の清七と金棒引きの源さんが初登場。ただし、親方の名前は後日に追記されたもの。この後、海老床で聞いた不思議な話が発端となるものがちらほら出てくる。 |
備 考 |