完本 人形佐七捕物帳(春陽堂書店)



【人形佐七捕物帳】
 神田お玉が池の岡っ引き、人形のような色男、佐七が江戸で起きた事件を解決してゆく捕物帳。全180編。岡本綺堂『半七捕物帳』、野村胡堂『銭形平次捕物控』、佐々木味津三『右門捕物帖』、城昌幸『若さま侍捕物手帖』と並んで五大捕物帳と称される。
 他の捕物帳と比べてトリックや謎解きの要素が強い作品が多く、また作者の草双紙趣味満載の怪奇さと、エロティシズムにあふれた作品もある。佐七、恋女房お粂、子分の辰五郎と豆六が繰り広げるユーモラスなやり取りも見どころである。
 作中時期は文化十四年(1817年)前後。徳川家斉などの実在人物が登場することもある。
 『講談雑誌』(博文館)昭和13年1月号に掲載された「羽子板娘」(原題「羽子板三人娘」)が初登場。以後戦前、戦中、戦後と書き続けられ、雑誌、単行本書下ろし、新聞など様々な媒体で発表された。最後の作品は昭和43年に発表された「梅若水揚帳」。
 横溝正史が考案したキャラクターでは、金田一耕助に次ぐ人気を誇る。また戦中や社会派推理小説が全盛となった昭和30年代後半以降は探偵小説などを執筆することができず、人形佐七の執筆で糊口をしのいでいたという時代があった。
 横溝正史には佐七の前に不知火甚左、佐七以後に奇傑左一平、鷺坂鷺十郎、紫甚左、緋牡丹銀次、不知火甚内、朝顔金太、黒門町伝七、お役者文七を主人公にした捕物帳があるが、後年それらの作品の多数が人形佐七に書き改められて発表されている。また雑誌等で佐七ものとして発表した作品でも、作者自身が単行本に収める際に改稿、加筆した作品も多い。
 映画、テレビドラマも多く制作されている。
 戦前から多数の作品が単行本にまとめられており、後に1973~1975年にまとめられた「人形佐七捕物文庫全集」全14巻(春陽文庫)には150編が収録された。2003~2004年にまとめられた『横溝正史時代小説コレクション』(出版芸術社)には、未収録30編が収録された。
 2019~2021年、全180編が初めて発表順に並べてまとめられた「完本 人形佐七捕物帳」全10巻(春陽堂書店)が刊行された。長編化を構想していた「番太郎殺し」「狒々と女」の草稿(脱落あり)も収録された。


【完本 人形佐七捕物帳】
 春陽堂書店が初めての「人形佐七捕物帳」全五巻を刊行したのは、昭和十六年のことで、 最初の作品集成である。昭和四十八年には春陽文庫より「人形佐七捕物帳全集」全十四巻を刊行。 一五〇篇の作品を収録し好評裡に版を重ねたが、近年、研究者たちにより、 横溝正史が書き遺した「人形佐七捕物帳」は全一八〇篇と確定した。
 ここに全作品を発表順に初めて集成、綿密な校訂を施し、詳細な解題・解説を附し、面目を一新した 「完本 人形佐七捕物帳」全十巻をお届けする。昭和を代表する国民作家・横溝正史が愛惜を持って描いた 江戸の世と人形佐七の活躍を余すところなくご味読いただきたい。
 「人形佐七捕物帳」全一八〇篇を初めて発表順に、 著者の閲覧した最終稿を基本として完全収録する。
 巻末には横溝正史次女、野本留美氏の回想『人形佐七は横溝家(わがや)の天使』を全巻連載。
 【編集委員】浜田知明、本多正一、山口直孝、【全巻校訂・解題】浜田知明、【全巻解説】末國善己
(『完本 人形佐七捕物帳』HPより引用)

 全十巻購入者にプレゼントされた完結記念冊子には、「影右衛門」「人魚の彫物」に横溝自身が加筆修正した未発表の改作バージョンが収録された。


【登場人物】
佐七
 神田お玉が池に住む岡っ引き。寛政六年(1794年)生まれ。父親も岡っ引きの伝次。母親はお仙。
 若い頃はあまりにも男振りが良くて身が持てず、人形佐七と娘たちから騒がれ、御用の方はお留守になっていたとある。ただし女から騒がれることについては、お粂と一緒になっても変わらず、さらに浮気性のため、お粂をやきもきさせている。
 初手柄「羽子板娘」は文化十二年(1815年)、二十二の歳。この年、「嘆きの遊女」で知り合ったお粂を女房にする。捕物名人として江戸中の評判である。

お粂
 佐七の一つ年上の恋女房。「嘆きの遊女」(第1巻収録)で初登場、事件後に一緒になる。元は吉原の売れっ子花魁。貞淑で機転が利き、佐七のことを想い尽くしているが、悋気深いのが玉に瑕。大体は佐七の浮気が原因で、月に1回は大喧嘩する。「離魂病」(第1巻収録)などいくつかの事件では事件の探索に加わることもある。

巾着の辰五郎
 佐七の子分。「嘆きの遊女」(第1巻収録)で初登場。佐七の幼馴染でもあり、佐七の二つ下。両親は早くに亡くなっていて、本所緑町に住む伯母のお源に育てられる。父親はお玉が池に住む左官職だった。子分になる前は、柳橋の船宿で一二を争う井筒で船頭をやっていた。泳ぎが達者。そそっかしいが、根気がよい。佐七の子分になる話は、後に「開かずの間」(第7巻収録)で語られる。将棋の駒のような盤台面(「蛇を使う女」)、平家蟹を押しつぶしたような男っぷり(「開かずの間」)と書かれるが、愛嬌があって誰にでも可愛がられる。雷が大の苦手。大江戸女細見というぐらい、女にかけては好学博識。「屠蘇機嫌女夫捕物」(第1巻収録)から佐七の家の二階に住むようになる。

うらなりの豆六
 佐七の子分。「螢屋敷」(第1巻収録)で初登場(それ以前に出ているのは、後年書き加えられたもの)。大坂の藍玉問屋の六男と話しているが、実は藍玉問屋の職人の、そのまた下職の六男坊が本当のところ(「緋鹿の子娘」(第6巻収録)でそう書いているが、そうなるとどうやってこのしろ吉兵衛と知り合ったのかがわからなくなる)。小さいころから御用聞きになりたいと言い続け、昔、家で世話したこのしろ吉兵衛を頼って上京。その吉兵衛の紹介によるものである。入門は文化十四年(1817年)の夏五月。辰五郎の二つ下。顔も長いが気も長く、妙に目端が利く。日陰に育った胡瓜みたいな馬面といわれる(「蛇を使う女」)。食い意地が張っている。草双紙が大好きで、その知識が事件の解決の手がかりとなることがある。蛇が大嫌い。辰とは反対にカナヅチである。

神崎甚五郎
 南町奉行所与力。「嘆きの遊女」(第1巻収録)で初登場。佐七を常に信頼して引き立てており、困ったことがあったときは佐七に相談している。事件によっては佐七に助言したり、佐七をかばったりすることもある。
 幕府の上層部に大改革があった時に失脚。この時は佐七も十手捕縄を返上してお粂とともに江戸を離れて旅をしていた。三年後に八丁堀に返り咲く。

茂平次
 佐七を敵視する岡っ引。本捕物帳の敵役。通称海坊主の茂平次、へのへの茂平次。「雪達磨の怪」(第3巻収録)で初登場(「音羽の猫」(第1巻収録)など、それ以前に出ているのは、山吹町の千太だったものを後年書き改められたもの。また本作での登場時の名前は嘉平次だった)。浅草鳥越を縄張りとする。佐七の約20年年長。色が黒くて大あばた。有無も言わさずしょっ引いては吐かせようとするので評判は悪い。佐七にしてやられると、口から泡を吹く。

お仙
 佐七の母親。「羽子板娘」(第1巻収録)で名前だけの登場。「開かずの間」(第7巻収録)で登場。佐七がお粂と一緒になった以降に亡くなっている。

このしろ吉兵衛
 音羽の岡っ引き。「羽子板娘」(第1巻収録)で初登場。佐七の先代(父親)である伝次とは、盃の飲みわけをした兄弟分。音羽から山吹町、水道端へかけて縄張りとする、岡っ引きのうちでも古顔の腕利き。
 佐七の父親代わりとして、岡っ引きの後見人をしている。数人の子分を抱えており、すでに年を重ねていることから自ら乗り出すことはあまりないが、かつて自分がかかわった事件がらみの事件では自ら乗り出している。
 佐七の女遊びには、時々苦言をしている模様。また佐七と喧嘩したお粂は、意見をしてもらおうといつも吉兵衛を訪ねている。

お千代
 吉兵衛の妻。「羽子板娘」(第1巻収録)で初登場。清元の師匠。吉兵衛同様、佐七たちを可愛がっている。

お源
 辰五郎の伯母。「嵐の修験者」(第2巻収録)で名前が出てきて、「血屋敷」(第3巻収録)で初登場。本所の緑町に住み、両国のおででこ芝居の三味線引きをやっている。早くに両親を亡くした辰五郎を育ててきた。情報通で、お源が聞いてきた不思議な話から佐七たちが事件に乗り出すこともしばしば。竹蔵という息子が一人いて、今戸で瓦職人をしているが、体が弱く患いがち。竹蔵にはお信というできた女房がいて、孫もいる(「神隠しばやり」(第十巻収録))。

清七
 髪結い床の海老床の亭主。「稚児地蔵」(第1巻収録)で初登場。ただし、名前は後日追記されたものである。海老床は辰や豆六がごろごろしていることが多く、ここで聞いた話が事件の発端となることがある。

源さん
 海老床の常連。「稚児地蔵」(第1巻収録)で初登場。金棒引きで、どこからか事件の話を聞きつけてくる。

黒門町の弥吉
 佐七と懇意にしている岡っ引き。「仮面の若殿」(第1巻収録)で初登場。「石見銀山」(第6巻収録)にも出てくる。「身代り千之丞」(第3巻収録)「八つ目鰻」(第6巻収録)では茂平次に書き改められた。

からすの平太
 馬道に住む遊び人。「妙法丸」(第4巻収録)で初登場。かつてはお上の手を焼かせたが、心を入れ替え、佐七を手伝っている。江戸の悪人たちの動向に詳しい。

良庵
 下谷長者町の医者。「石見銀山」(第6巻収録)で初登場。本道のほかに蘭方に関しても深い要素がある名医。裏長屋同然のみすぼらしい住居。お内儀も弟子もなく、おたみという老婢が世話をしている。金さえあれば酒を飲んで酔っ払っている。貧乏人の味方で金持ちは嫌い。佐七とは親子ほど年齢が違うが、うまがあって友達付き合いをしている。

瓢庵
 町医者で、もともとは水谷準が人形佐七の外伝として書き始めた『瓢庵先生捕物帖』の主人公。「影右衛門」(第6巻収録)で初登場(ただし、本全集では良庵に直されている)。いくつかの作品で、佐七が解決しそこなった事件を解決するという設定。『定本人形佐七捕物帳全集』(講談社)収録時、全ての作品で良庵に書き換えられた。春陽文庫未収録作品を集めた『横溝正史時代小説コレクション』(出版芸術社)に収録されていた作品には瓢庵のままとなっているが、本全集では他の作品に合わせて良庵に直されている。『水谷準探偵小説選』(論創社)に佐七客演全作品が収録されている。

岡部三十郎
 南町奉行所同心。佐七と顔なじみ。「福笑いの夜」(第10巻収録)で初登場。「神隠しばやり」(岡本九十郎表記)、「雷の宿」(第10巻収録)に登場する。




巻 数 タイトル 初 版 収録作品
完本 人形佐七捕物帳 一 2019年12月20日 「羽子板娘」
「謎坊主」
「歎きの遊女」
「山雀供養」
「山形屋騒動」
「非人の仇討」
「三本の矢」
「犬娘」
「幽霊山伏」
「屠蘇機嫌女夫捕物」
「仮面の若殿」
「座頭の鈴」
「花見の仮面」
「音羽の猫」
「二枚短冊」
「離魂病」
「名月一夜狂言」
「螢屋敷」
「黒蝶呪縛」
「稚児地蔵」
完本 人形佐七捕物帳 二 2020年2月28日 「敵討人形噺」
「恩愛の凧」
「まぼろし役者」
「いなり娘」
「括猿の秘密」
「戯作地獄」
「佐七の青春」
「振袖幻之丞」
「幽霊姉妹」
「二人亀之助」
「風流六歌仙」
「生きている自来也」
「血染め表紙」
「怪談五色猫」
「本所七不思議」
「紅梅屋敷」
「からくり御殿」
「お化小姓」
「嵐の修験者」
完本 人形佐七捕物帳 三 2020年4月30日 「血屋敷」
「敵討走馬燈」
「捕物三つ巴」
「いろは巷談」
「清姫の帯」
「鳥追人形」
「まぼろし小町」
「身代り千之丞」
「出世競べ三人旅」
「怪談閨の鴛鴦」
「人面瘡若衆」
「蝙蝠屋敷」
「笛を吹く浪人」
「狼侍」
「日蝕御殿」
「雪達磨の怪」
「坊主斬り貞宗」
完本 人形佐七捕物帳 四 2020年6月30日 「すっぽん政談」
「唐草権太」
「ほおずき大尽」
「小倉百人一首」
「双葉将棋」
「妙法丸」
「鶴の千番」
「半分鶴之助」
「お俊ざんげ」
「七人比丘尼」
「鼓狂言」
「お玉が池」
「百物語の夜」
「睡り鈴之助」
「団十郎びいき」
「河童の捕物」
完本 人形佐七捕物帳 五 2020年8月30日 「日本左衛門」
「殿様乞食」
「狸御殿」
「凧のゆくえ」
「雪女郎」
「雛の呪い」
「巡礼塚由来」
「武者人形の首」
「蛇を使う女」
「狸の長兵衛」
「銀の簪」
「夢の浮橋」
「藁人形」
「春色眉かくし」
「夜毎来る男」
「化物屋敷」
「吉様まいる」
「女易者」
「どもり和尚」
「狸ばやし」
「お化祝言」
「松竹梅三人娘」
「かんざし籤」
完本 人形佐七捕物帳 六 2020年11月16日 「孟宗竹」
「白羽の矢」
「丑の時参り」
「角兵衛獅子」
「石見銀山」
「緋鹿の子娘」
「比丘尼宿」
「八つ目鰻」
「浄玻璃の鏡」
「妖犬伝」
「猫屋敷」
「きつねの宗丹」
「恋の通し矢」
「お高祖頭巾の女」
「白痴娘」
「緋牡丹狂女」
「女虚無僧」
「水晶の珠数」
「からくり駕籠」
「艶説遠眼鏡」
完本 人形佐七捕物帳 七 2021年1月12日 「万歳かぞえ唄」
「好色いもり酒」
「ふたり後家」
「影右衛門」
「人魚の彫物」
「相撲の仇討」
「山吹薬師」
「春宵とんとんとん」
「からかさ榎」
「鬼の面」
「水芸三姉妹」
「彫物師の娘」
「女難剣難」
「万引き娘」
「蝶合戦」
「開かずの間」
完本 人形佐七捕物帳 八 2021年3月11日 「影法師」
「地獄の花嫁」
「くらげ大尽」
「たぬき汁」
「うかれ坊主」
「くらやみ婿」
「猫姫様」
「女刺青師」
「神隠しにあった女」
「狐の裁判」
「風流女相撲」
「三日月おせん」
「拝領の茶釜」
「当り矢」
「通り魔」
「美男虚無僧」
完本 人形佐七捕物帳 九 2021年5月24日 「夜歩き娘」
「お時計献上」
「ふたり市子」
「蛇性の淫」
「蛇使い浪人」
「色八卦」
「舟幽霊」
「たぬき女郎」
「どくろ祝言」
「猫と女行者」
「かくし念仏」
「春姿七福神」
「初春笑い薬」
「悪魔の富籤」
「呪いの畳針」
「若衆鬘」
「花見の仇討」
「五つめの鍾馗」
「遠眼鏡の殿様」
完本 人形佐七捕物帳 十 2021年7月28日 「三人色若衆」
「福笑いの夜」
「幽霊の見世物」
「女祈祷師」
「神隠しばやり」
「冠婚葬祭」
「三河万歳」
「番太郎殺し」
「熊の見世物」
「ろくろ首の女」
「雷の宿」
「江戸名所図会」
「梅若水揚帳」
「浮世絵師」
長編版「番太郎殺し」(草稿)
長編版「狒々と女」(草稿)


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