完本 人形佐七捕物帳十(春陽堂書店)



【初版】2021年7月28日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「三人色若衆」
初 出
 『別冊講談倶楽部』(講談社)昭和30年11月号 原題「彼岸の毒」
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 植木屋の職人である巳之介は、佐七の幼馴染。男がよくて腕がよくて気風がいいが、男色家。前までは姫鶴という色若衆と付き合っていたが、今は万菊という色若衆と付き合っている。その巳之介が言うには、兄である友造の合い長屋に住む織田孫之進という盲目の尺八吹きがもらったおはぎを食べたら血反吐を吐いて死んだという。しかし一緒に食べた娘のお君は無事であり、そのおはぎは佐々木茂右衛門という染井の大名主が彼岸に施行したもので、他にも大勢食べていたが無事だった。その友造は染井にある糸屋の加賀屋の寮の庭で、彼岸の五日ほど前に高い木で鋏を使っていたら梯子が倒れて大怪我をしたという。その加賀屋の寮の隣には、怪しい加持祈祷を行っていて奉行所からも目をつけられている大日坊の祈祷所があった。
感 想
 今までの作品と比べるとページ数が多く、怪しげな祈祷所の謎と毒殺事件、さらに失踪事件や首無し死体の謎と、趣向が盛りだくさんである。それに男色家と色若衆の関係が混じり合い、妖しい作品に仕上がっているが、最後は佐七の快刀乱麻な謎解きが楽しめる。単行本時に大きく手が加えられたとのことで、横溝もかなり力を入れたものと思われる。
備 考
 

作品名
「福笑いの夜」
初 出
 『別冊講談倶楽部』(講談社)昭和31年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 本所、松坂町の如来堂に、三十二、三の器量の良い有髪の比丘尼、妙椿が住んでいる。怪しげな加持祈祷を行っているが、不思議な離魂病など色々な奇瑞を見せるところから信者がどんどん増え、信者の寄進で建てられた。正月八日の昼過ぎ、その妙椿が殺されているのが発見された。福笑いの上に生首だけが載っており、背中に抉られたような穴のある血に染まった行依などの衣類はあったが、胴体はどこにもなかった。台所には血がたっぷりたまっている大きな盥があり、側に血に染まった鋸や金槌があった。そして金が入っている金唐革の手文庫が無くなっていた。男の噂はなく、懇意にしていたのは評判の良い善祥寺の住職、善信であった。しかし去年の暮れ、従兄弟と称する凄味な男が数回訪ねていたという。福笑いの相手が下手人かと思われたが、そこへ現場にどちらも信者の質店の伊勢屋の隠居と、地紙問屋の駿河屋のお主婦が現れ、五つ(八時)ごろに帰った時は妙椿は生きていたという。下手人はだれか。なぜ胴体を持ち去ったのか。
感 想
 身許を隠すために首を持ち去るのではなく、なぜ大きくて重い胴体を持ち去ったのかという謎に佐七が迫る。さすがの佐七もこの謎には苦戦したようだが、このトリック、半七ものでも読んだことがあるような気がするのだが、記憶違いだろうか。横溝は胴体持ち去りの謎に、さらにもう一つのトリックを仕掛けていているところはさすが。
備 考
 

作品名
「幽霊の見世物」
原 型
 『黒門町伝七捕物帳』「幽霊の見世物」
初 出
 『別冊キング』(講談社)昭和31年8月号 原題「幽霊の死」
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 去年の春、贋金作りで死罪となった両替屋、銭屋五郎兵衛の寮で、若い娘の幽霊が出るという。どうやらそれは、寮で養生し、父の死罪とともに行方をくらました娘のお露らしい。それを聞いたテキ屋の親分、上総屋竹五郎がひと月その寮を借りて、見世物にしているという。お露は身を投げたという噂だが、なんでも許嫁だった手代の利助が妹のお蝶とどこかへ行ってしまったとか、寮の近くに住んでいた四十男の俳諧の宗匠、五風庵十雨に俳諧を習っているうちに手籠めにされたとか、胤を身籠っていたなど色々な噂がある。佐七たちは見世物を見に行ったが、そこに出てきた幽霊が殺された。いや、幽霊ではなく実体のあるお露だった。
感 想
 人物関係が複雑で、どう着地するかと思ったら、独白であっさりけりが付くというのはちょっと残念。哀しい物語ではある。
備 考
 

作品名
「女祈祷師」
初 出
 『小説新潮』(新潮社)昭和31年11月号
粗 筋
 京都出で、築地明石町の人気女祈祷師、立花采女が御神殿と称する祈祷所の中で殺害された。祈祷中に殺されたらしいが、上半身裸に長袴で、六匹の飼い猫が血をすすり、血だまりの中を歩き回った跡があった。ところが采女は絞め殺されており、祭壇には喉を抉られた黒猫が供えられていた。死体を見つけたのは、五十過ぎで江戸で采女の下に入った女祈祷師、乙奈。そして京からの女弟子の右京が姿を消していた。同じく京からの用心棒である山蔭左膳は別の家に住んでおり、その日は深川の馴染の店にいたという。采女は器量良しで、複数の男がご執心だった。
感 想
 女祈祷師が殺され、猫が血を嘗めているというのは、人形佐七ではよくある発端。なぜ黒猫が殺されていたのか、そして上半身が裸だったのかという謎を、佐七が論理的に解き明かす。これは江戸の地形をわかっていないとピンと来ないところが出てくるので、ちょっと勿体ない。
備 考
 

作品名
「神隠しばやり」
初 出
 『別冊講談倶楽部』(講談社)昭和32年1月号 原題「消える花嫁」
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 辰の伯母であるお源が新年の挨拶で佐七の家に来て、松坂町の伊豆綿屋の勘六の花嫁であるお藤がお床入り間際に消えたと話した。これで花嫁が神隠しにあったのは三件目である。調べてきた辰に聞くと、伊豆綿屋の評判は悪すぎた。そこへ豆六が、去年の暮に神隠しにあったきさらぎ屋のお蝶が、男にさんざんおもちゃにされた挙句、殺されたと知らせに来た。きさらぎ屋に聞くと、お蝶の嫁ぎ先である越前屋や花婿の甚三郎の人柄を聞くとあまりにもひどかったので、破断しようかと悩んでいたところで、大和屋のお町が祝言直前に神隠しにあったという話を聞いて、真似をしたものだった。しかも越前屋の後ろには伊豆綿屋が付いており、破談料として百両を払わされたという。
感 想
 佐七のデビュー作「羽子板娘」を思い起こさせるような連続花嫁神隠し事件であるが、事件の内容と真相は別物。ひどい内容ではあったが、最後に救いがあるのでほっとする。
備 考
 

作品名
「冠婚葬祭」
初 出
 『平凡別冊』(平凡出版)昭和32年7月号 原題「婚礼と葬式」
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 昨晩、浅草馬道の地紙問屋、扇屋でひとり息子で十七の与之助の婚礼があった。一方隣にある綿問屋の五月屋では、因業婆で通っていた四十近い後家のお鉄の弔いがあった。お鉄の入った早桶が七つ(午後四時頃)に出た。一刻半(約3時間)後に花嫁のお咲の籠が入った。床入りの時に近所からボヤが出て、与之助は見に飛び出してしまった。火が消えて帰ってきた与之助は改めて床に入り、花嫁に手を出したがどうも様子がおかしい。与之助が行燈に灯を入れて花嫁の顔を見ると、それはお咲ではなく、お鉄だった。しかもお鉄の喉には親指の後がくっきりと。縄張り内である鳥越の茂平次は、すぐに与之助をお縄にした。なんでも与之助とお鉄は、おととしの秋から深い仲だったという。そしてお咲は姿が見えなくなった。
感 想
 冠婚葬祭とあるが、婚礼と葬式しか出てこないから、原題の方がよかったような気がする。ちょっと意外な犯人ではあったが、独白で終わってしまうのはちょっと寂しい。
備 考
 

作品名
「三河万歳」
初 出
 『講談倶楽部』(講談社)昭和32年8月号
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 ここ数年、才蔵運が悪かった三河万歳の春太夫だが、今年の亀丸は初めてということだが、芸が確かで愛嬌もあって穏やかと大当たり。ただ自分のことは何も話さないし、人の家に入ると誰かを探しているようだった。七草も過ぎて一段落したその日、亀丸は出かけて帰ってこなかった。次の日、唄と鼓の師匠をしている宮部源之丞が情事の後らしき浴衣一枚のところを褌で後ろ手に縛りあげられ、脇差で殺されていた。脇差には、小町娘で評判である生薬屋の茗荷屋の娘、お美乃の似顔絵の浮世絵が一緒に刺されていた。宮部の妹のお国は、茗荷屋の商売敵である鍵屋の旦那の世話になり、池之端に囲われていた。
感 想
 三河万歳という当時の江戸の風習が事件に深くかかわっているが、いくつかのエピソードが佐七の推理によって一つにまとまる展開はさすが。
備 考
 

作品名
「番太郎殺し」
初 出
 『別冊週刊サンケイ』(サンケイ新聞社出版局)昭和32年10月号
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 緑町の番太郎である杢兵衛はお定まりの荒物店を出していたが、六つ半(午後七時)ごろ、店をしまおうとしたときに御高祖頭巾の女が入ってきて、下駄の鼻緒が切れたので草履が欲しいといってきた。十三の娘であるお照が草履を渡したが、そのまま腰を下ろした女は、紅葉狩りの帰りに連れにはぐれたからと、瓢箪に余っていた酒を杢兵衛に勧めた。いい気分で飲んだ杢兵衛だったが、女が帰って小半刻(一時間)ほど経って杢兵衛は苦しみだし、食べたものを吐いて亡くなった。食あたりかと思われたが、同じものを食べたお照はピンピンしている。医者の玄木も食あたりだろうと言った。しかしお照が言うのは、女が持っていた紅葉の枝は作り物だったという。
感 想
 しがない番太郎は本当に殺されたのか、というところから真の事件が浮かび上がる展開。番太郎の話の長さからすると、その後が急展開なのは残念。これもまたお源の話から佐七が事件に乗り出す話であり、お源というキャラクターが重宝されていることがわかる。
備 考
 番太郎とは、江戸の各所に設置されていた木戸の管理人。

作品名
「熊の見世物」
初 出
 『週刊朝日別冊』(朝日新聞出版)昭和34年3号、昭和34年5月
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 深川での岡っ引き仲間の寄り合いの帰り、松吉が漕ぐ船に乗っていた佐七と辰と豆六だったが、鈴のような音が聞こえてくる。それは筏の上に載った大きな檻につけられた鈴であった。檻の中には鉄の鎖で縛られた女がいて、檻につけられていた木札には、「丹波の太郎坊」と書かれてあった。それは娘と熊の相撲取りで人気の熊であり、女は熊使いの月の輪お小夜だった。お小夜の長襦袢には血が付いていたが、お小夜は薬を盛られて眠っているだけだった。お小夜を橋番所に預け、佐七たちは両国のお小夜の見世物小屋へ行ったが、そこでは博打打ちの親分である上総屋の常五郎が薬を盛られたらしく、血反吐を吐いて倒れていた。
感 想
 檻の中の女という猟奇的な出だしであったが、下手人候補が二転三転。佐七も途方に暮れてしまうが、しかし松吉の証言であっさりと事件が解決するのは拍子抜け。
備 考
 発端は、由利ものの「猿と死美人」、金田一ものの「檻の中の女」と同じ趣向の作品である。

作品名
「ろくろ首の女」
初 出
 『週刊大衆』(双葉社)昭和35年1月18日号 原題「ろくろ首の娘」
底 本
 『人形佐七捕物全集』第一四巻(春陽文庫)
粗 筋
 門前仲町の刀屋の伊丹屋の番頭である利助と、主の重兵衛が世話をしているお亀が佐七の家に来た。四年前に伊丹屋に押し入った仲次郎と権之助は伊丹屋へ押し入ったが、ちょうど回ってきた町廻りがその場で捕まえた。本当は二人が刀を持ってきたのだが、重兵衛は店の刀を二人が持ち出したと言い張り、二人は死一等を免じられ、島送りとなった。仲次郎は三宅島で亡くなったが、島から帰って来た権之助は、あのときの刀は貞宗だから返せ、なければ三百両を寄こせと重兵衛を脅しているという。利助はそんな話をした後、駕籠を呼んでもらい、帰っていった。豆六はお亀をどこかで見たことがあるらしいが、どうも思い出せない。その翌朝、伊丹屋の小僧である長松が佐七の家に駆け込んできて、重兵衛とお亀が妾宅で殺されたという。疑わしい権之助は、どこを探しても見つからない。
感 想
 豆六が女の正体を思い出したことにより佐七の推理で事件が解決するのだが、タイトルで分かってしまうのは残念。所々に真相につながる手がかりが散りばめられており、最後に意外で残酷な真相が待ち受けているので、非常にもったいない。
備 考
 

作品名
「雷の宿」
原 型
 『黒門町伝七捕物帳』の同題作品
初 出
 『新編人形佐七捕物文庫』第六巻(金鈴社) 昭和43年4月刊行
底 本
 『定本人形佐七捕物全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 深川からの帰り道、辰は苦手な雷が来たので、思わず開いていた雨戸から寮に入ってしまい、耳をおさえて震えていた。座敷の中にいた女は驚いたが、事情を察しそのままにしておいた。そして雨合羽を着た御高祖頭巾の女が辰に、妹が急に病気になり奥の蚊帳で寝ているので、医者を呼びに行くから留守番をしてほしいと頼まれた。雷に震えながら辰は了解したが、半刻経っても女は帰ってこない。ようやく雷が収まって落ち着いた辰は蚊帳の中に声をかけたが返事がない。中を見ると、十七、八ぐらいの女が絞め殺されていた。長襦袢一枚で、男に弄ばれたのは明らかだった。辰は慌てて佐七の家に戻ろうと寮を出たが、また雷が鳴ったのでしばらく立ち往生。一刻(二時間)してようやく佐七の家に辿り着き、三人が六間堀の寮に着いたが、そこでは小松屋の倅でここで養生していた宗七と、見まいに来たという銭屋の息子である米三郎と、芸者のお夏がいた。宗七は京は一歩も家を出ていなかったという。辰は夢でも見ていたのか。
感 想
 意外な展開と複雑な人間模様が事件を深い霧で覆い隠すが、最後はちょっと呆気ない。辰の雷嫌いは他でも出てくるが、事件の発端とかかわりあうのだから面白い。
備 考
 

作品名
「江戸名所図会」
原 型
 『智慧若捕物帳』「とんびの行方」、『黒門伝七捕物帳』「江戸名所図絵」
初 出
 『新編人形佐七捕物文庫』第九巻(金鈴社) 昭和43年10月刊行
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 佐七の用事を済ました帰り道の四つ(午後十時)過ぎ、東両国の橋で辰と豆六は飛び降りようとした色小姓を助ける。上野の権勢家である浄明院の了覚のところの稚児である鶴丸といった。京から将軍家へ献上された経文を上野に収めることになり、使者に選ばれたのが了覚だった。ところが了覚が風邪で出向くことができず、代理として小姓の鶴丸が受け取りに行った。錦の袋に入った尊い経文を左手で捧げるように歩いていたが、池之端中町で一匹の鳶が袋を取って空へ舞い上がったという。了覚にその話を伝え、三日の暇をもらって鳶を探したが見つからず、思い余っての行動だったという。辰と豆六は鶴丸を寺に返し、翌日佐七にその話をしたが、お粂はそんな大事なお使いなのに駕籠を使わないのはおかしいと言い、それはそうだと辰と豆六は改めて調べなおすことにした。
感 想
 手がかりが後出しじゃんけんなのはがっかりだが、殺人の出ない珍しい話で貴重といえば貴重か。
備 考
 

作品名
「梅若水揚帳」
原 型
 『お役者分七捕物暦』「恐怖の雪だるま」
初 出
 『新編人形佐七捕物文庫』第一○巻(金鈴社) 昭和43年10月刊行
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 一年前、春の陽気で溶けかかった雪達磨の中から、美貌の独楽まわしである梅若の裸の絞殺死体が出てきた。梅若は若い娘たちの人気者であったが、裏では悪魔のような申し子で、十五の春で女を知ってから夜毎のようにひいきの客を相手にしていたが、女の名前から器量、特徴、閨の姿態などを克明に記した「梅若水揚帳」を残していたからたまらない。しかもそれを手にしたのは、鳥越の茂平次であった。茂平次は水揚帳に出ていた女を次々と取り調べたので江戸では大騒ぎ。奉行所ではとうとう茂平次を叱りつけて水揚帳を取り上げ、捜査を打ち切りにした。辰と豆六は四つ(午後十時)、使いの帰り道で一杯ひっかけようとしていたが、流しの按摩が雪達磨にかけた小便の跡を見て辰もそこに小便をすると、溶けた根元から女の足が。連れてきた町役人と番太郎と一緒に雪達磨を崩すと、中から出てきたのは玉虫屋のお蝶。お蝶は梅若と関係のあったひとりであった。
感 想
 発表順でいうと佐七最後の事件。あまりにもおぞましい事件だが、佐七の活躍が表立って見られなかったのは残念。読んでいて面白いところは特になく、これが佐七の最後というのはちょっと、と思ってしまう。
備 考
 

作品名
「浮世絵師」
原 型
 『お役者分七捕物暦』「江戸の淫獣」
初 出
 『新編人形佐七捕物文庫』第七巻(金鈴社) 昭和43年7月刊行
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 片目で反っ歯で猫背で白髭の爺が、市川鶴寿の小屋を訪れた。鶴寿の燕で頭取の米三郎が鼻薬を嗅がせられ、楽屋に案内してきた。爺の名は猫々亭独眼斎といい、上方から来た浮世絵師だが、花形役者の市川鶴代の絵を描かせてほしいという。鶴代は独眼斎と一緒に出ていき、手付として一両をもらった。その鶴代が出ているうちに小屋を訪れたのは、佐七と辰と豆六。用心棒の諸口数馬は佐七たちに独眼斎の話をし、上方訛りが妙にわざとらしいという。佐七たちは、父の跡を継いで十手を継いだ車坂の長吉と小屋で落ち合う約束があった。その長吉は鶴代と近々夫婦になる予定であった。翌日の夜、独眼斎の差し向けた駕籠に載った女は、空き屋敷にやってきた。独眼斎はひとり相撲の関取の捨松と寝てもらい、絡み合っているところを絵にするという。ところが女は鶴代ではなく、代わりに来た敵役の寿恵次。しかし白痴に近い捨松は関係なしに寿恵次をおもちゃにした。次の日、寿恵次が帰ってこないので長吉と米三郎と数馬が駕籠屋に聞いて訪れたのは、化け物屋敷といわれる空き屋敷。ちょうど通りかかった辰や豆六と一緒に屋敷に入った長吉たちは、右の乳房を噛み切られて死んでいる寿恵次を見つけた。さらに枕もとの屏風には、一筆書きで片目の猫が血で描かれていた。
感 想
 『お役者分七捕物暦』の中編「江戸の淫獣」を佐七ものに書き改めたものだが、さらに猟奇的かつ複雑なものに仕上がっている。佐七ものでも屈指の本格作品であり、草双紙趣味にあふれた作品となった。また最後の趣向を含め、後述するように佐七の最後の作品にふさわしい作品である。
備 考
 編者の浜田知明は、本来なら「江戸名所図会」の前に位置するべきだが、当初は全一三巻完結だった『人形佐七捕物帳全集』(春陽文庫)の掉尾を飾る作品として、最終作にふさわしい趣向が凝らされていることから、本作を最終作品にしたとのこと。
 なお春陽文庫版は新たに第一四巻が発売され、第一五巻、第一六巻も準備されていたとのこと。

作品名
長編版「番太郎殺し」(草稿)
備 考
 短編「番太郎殺し」(第一○巻収録)の改稿版。草稿は部分的にしか確認できていない。

作品名
長編版「狒々と女」(草稿)
原 型
 『お役者分七捕物暦』「狒々と女」
備 考
 『お役者分七捕物暦』の中編「狒々と女」(徳間文庫)の改稿版。草稿は部分的にしか確認できていない。同じ趣向は人形佐七の「熊と見世物」にもあり、そちらの方が発表は早い。『人形佐七捕物文庫』第九巻(金鈴社)の巻末広告で、「第11巻 狒々と女」「第12巻 蛇嫌い雷嫌い」が予告されていたが、出版されなかった。

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