作品名 | 「敵討人形噺」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和14年12月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
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粗 筋 |
歳暮の挨拶の帰り道、堺町の豊竹肥前の操り芝居「鏡山」「野崎村」を見ていった辰と豆六。雪の降る夜に夜鷹蕎麦を食べている途中で川に見えたのは、船に乗ったお局岩藤の人形。翌日、佐七にその話をしている途中で、小田原町の質屋、加賀屋の二十五の主人、徳兵衛のもとに今年の春に嫁いだお国が里から連れてきた召使いのお初が佐七のもとに来た。昨日、豊竹肥前の操り芝居を見て食事をした帰りの五つ(八時)過ぎ、船に乗った岩藤の人形を見たものだからびっくり。さらに投げてきたのが女履きの福草履。おかげでお国は寝込んでしまった。しかも加賀屋には、三十九の出戻り、お藤という小姑がいるものだから、近所では鏡山の岩藤じゃと評判。お初はお国がお藤に呪い殺されると訴えた。佐七が堺町に行き、人形を見せてもらったら、ぐっしょりと濡れていた。
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感 想 |
よくある人間関係の裏側は、という作品。人は見た目によらないというは言うものの、その裏側を見破るための説明が不足しているとしか言いようがない。雪の密室と見立てが出てくるが、手掛かりがあるわけでもない。 後年、犯人当て懸賞になっているけれど、これを当てるのは無理でしょう。 |
備 考 |
別題「風流人形噺」「愛憎人形ごろし」 『読切読物』昭和24年7月増刊号、8月号に再録の「愛憎人形ごろし」では、前半四章と後半四章に分けて、「大懸賞犯人探し小説」と銘打って掲載された。 |
作品名 | 「恩愛の凧」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年1月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
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粗 筋 |
元旦の朝、八丁堀の年始回りをする佐七の名代として町方のご年始をすました辰と豆六。丸の内、桜田御門外のお濠端で御登城する諸侯の姿に、初めて見た豆六は感心するばかり。大名衆が退出し、次はお旗本となるのだが、非人乞食らしい怪しげな男が二人。しかも一人が凧を持っている。何かあると辰と豆六が隠れてみていたら、御門の中から退城する若侍に二人が駆け寄ろうとする。そこへ風が吹いて凧があおられ、若侍の袖に絡みついたから、お供のものが怒り狂う。しかし若侍は、舞鶴の紋所の凧が舞い込むとは縁起が良い、細工も見事だからぜひ欲しいと願い出て、代わりに印籠を渡した。辰と豆六は何かあると、若侍と二人連れの後を別々に尾けていく。
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感 想 |
正月の話らしい人情もの。珍しく佐七が推理をしくじる話だが、読み終わった後の心地よさは格別な一編。佐七の人情噺なら五本の指に入る逸品。
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備 考 |
作品名 | 「まぼろし役者」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年2月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
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粗 筋 |
春のはじめ、佐七が高熱を出す大病で寝込んでしまう。お粂、辰、豆六が水垢離をした甲斐があってか、花の便りを聞くころにようやく本復。神崎甚五郎のとこへ報告に行くと早速相談である。三年前に江戸一番の大立者、阪東三津蔵が伊勢の古市から連れてきて評判となりながらも、わずか一興行で失踪した中村粂之丞。しかも江戸じゅうの人気を集めたときに作られた粂之丞の似顔数百枚や版木、下絵まで莫大な金を使って三津蔵が買い取って焼き捨てたという。しかし三枚だけ売れていた似顔の持ち主のうち、金物店伊勢源の後家おきんと、小田原町の油屋の娘お染が、佐七の闘病中に殺されたという。なぜ今になって殺されたのか。また、残り一枚を買い取ったのは誰か。そもそも三年前に粂之丞が消えた理由は。
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感 想 |
突飛な謎と、意外な真相。これぞ佐七ならではの捕物噺である。たいていは意外な犯人がわかったあとに佐七の謎解きが展開されるのだが、本作では珍しく佐七の推理の過程が一人称形式で出てくる。 本作品で佐七が「うまれてきょうまで二十八年」という科白があるが、これは「羽子板娘」以降、佐七の生まれ年を書き直した際に直し損ねたもの。 |
備 考 |
五章の「文化十一年」は、当初は「文化七年」だった。
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作品名 | 「いなり娘」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年3月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
弥生の朧月夜、武蔵野で道に迷って堂々巡りの佐七、辰、豆六。石地蔵から出てきた娘が佐七に向かい、狐を探しているのだが見なかったかと尋ねた。すると向こうで狐の鳴く声が聞こえてきたので、あちらにいると去っていった。狐に化かされたのかと思った三人だったが、四半刻後、路を間違えて元の石地蔵のところに戻った三人。今度は前髪立ちの若衆が出てきたが、胸元に赤黒い浸みがある。捕まえようとするも取り逃がした佐七。石地蔵の陰には、先ほど狐を探していた女の死体が。辰が思い出した女の正体は、鬼子母神の境内で、古狐を店の看板にしたいなり屋の看板娘、お紺だった。
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感 想 |
道に迷った佐七たちが遭遇した事件から、江戸城のご金蔵を破って四千両を奪った事件まで広がるというスケールの大きい話だが、なんか最後は狐に化かされたような終わり方で、呆気に取られること間違いなし。佐七作品でも、一、二を争う珍品である。 ちなみに四千両が奪われたのは史実だが、時期は佐七が活躍した時代より後の話である。 |
備 考 |
作品名 | 「括猿の秘密」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年4月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳全集』第一○巻(春陽文庫)
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粗 筋 |
四月、浅草で宗助という人形師の風呂敷包みの荷物が盗まれた。その場にいた辰が、かっぱらったいかりの八を捕まえたが、豆六は不審な点があるから中を見せてほしいという。宗助は呉服屋のひさご屋に頼まれた人形の首だと話したが、実際に開けてみると人形ではなくて本物の女の首。しかも、ひさご屋の二番娘、お浪だった。佐七たちは慌ててひさご屋に行き、去年跡を継いだ主人の弥左衛門に見てもらうと、たしかに妹のお浪の首。さらに箱には赤い括り猿が入っていて、それを見た瞬間、姉のお長が気を失ってしまった。
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感 想 |
人形が人間の首にすり替わっていたという派手な謎から、謎の佝女とひさご屋に纏わる因縁噺が交わり、括り猿の謎まで加わった盛り沢山な内容。佐七への挑戦も含めた犯人の殺人計画と、それを見破る佐七の推理に見応えがある一品。
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備 考 |
作品名 | 「戯作地獄」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年5月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
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粗 筋 |
吉原で明日、人殺しがあるという密告状が佐七の家に投げ込まれた。明日は端午のお節句で花魁の顔見世道中がある。お粂の指摘で佐七は辰、豆六とともに吉原へ来てみたが、江戸で一番の花魁である姿海老屋の傾城奥州が道中で、銀釵に喉をえぐられた。幸い命は助かったが、銀釵がどこから飛んできたのか、誰一人気づいた者はいなかった。さすがの佐七もお手上げのところへ、二十日後に今度は両国の川開きで人殺しがあるとの密告状。翌日、柳橋のお喜多が銀釵で喉をえぐられ殺された。奥州もお喜多も、一世の巨商でこのあいだ投身自殺した奈良屋文七と浮名を流していた。草双紙好きの豆六は、あることに気づく。昨年『怪談啄木鳥塚』が大当たりした戯作家、笹川米彦の新作『色競三枚絵草子』に今度の事件と酷似した場面が出てくることに。しかしこの本、まだ上巻しか出ておらず、下手人はわからなかった。
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感 想 |
乱歩が提唱した「筋書き殺人」の作品。ただあまりにもストレートすぎて、面白みに欠ける。豆六の活躍が光る一編だが、豆六より先に気付いた人、いてもおかしくないと思うのだが。この事件の動機、後の佐七作品にいくつか出てくる。
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備 考 |
作品名 | 「佐七の青春」 |
初 出 |
『新青年』昭和15年5月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
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粗 筋 |
佐七とお粂が大喧嘩。家を飛び出した佐七は、鎌倉河岸の近くで出会った馬道のお絹と名乗るいい女に、昔お世話になったお礼がしたいと誘われ、そのまま雉子町の家に。酒や仕出しを出されていい気分になり、さあこれからというところで目が覚めたのはなぜか河岸につないだ小舟の中。雉子町のかどで人殺しがあったと呼びに来た辰と豆六に起こされた佐七だったが、懐中に十手と紙入れと取縄が無いことに気付く。殺されたのは日本橋の質店、駿河屋の小僧で長吉。肩から袈裟切りの一討ちである。そして小僧の懐中にあった風呂敷包みから出てきたのが、佐七の十手や取縄に紙入れ。
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感 想 |
毎度おなじみ、佐七とお粂の大喧嘩から、佐七が浮気をしたら十手を盗まれるという面目ない話。佐七とお粂の夫婦喧嘩に一捻りした作品で、殺人事件の方は刺身のツマみたいなもの(と言っちゃうと、殺された小僧が可哀そうだが)。ちなみにタイトルが佐七の青春となっているが、なぜこんなタイトルをつけたのかはわからない。別に独身時代の話でもないのに。
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備 考 |
作品名 | 「振袖幻之丞」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年6月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
十日前、三囲稲荷の土堤際で、若衆が斬り殺された。そして半丁と離れぬ土堤下に、振袖姿の娘が一人、怪我もなく倒れていた。ところが若衆は実は女で、振袖姿は十六、七の美少年だった。しかもこの男、耳も聞こえるし、口もきけるが、言葉というものを知らない様子。何を見ても初めて見たかのようにびっくりするし、歩くのも慣れていない。佐七も心当たりがつかず持て余していたが、それ以上に困ったのは神崎甚五郎。とりあえず役宅の一室でいたわっていた。相談に来た佐七の矢立を指さすので筆と紙を渡したら、達筆で幻之丞と三文字だけ書いた。
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感 想 |
冒頭から奇抜な謎が提供されるが、その答えはあまりにもつまらない。後味の悪い作品でもあり、春陽文庫版全集に収められなかったのも仕方がないところ。
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備 考 |
作品名 | 「幽霊姉妹」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年7月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
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粗 筋 |
深川で材木大尽と呼ばれる山川屋宇兵衛。今年の春、姉娘のお通は女中や手代を引き連れて向島へ舟遊山に出かけたが、船がひっくり返り、他の者は助かったが、お通は水底深く沈み、屍骸も上がらなかった。今日、お盆の十六日、向島でお通の流燈会(燈籠流し)を行う。その朝、佐七は銭湯で、宇兵衛の後妻のお妻が大番頭の茂左衛門と一緒に川で水の中へ飛び込む泳ぎの稽古をしていたと聞き、何か起こるのではないかと辰、豆六と一緒に小舟に乗って燈籠流しを見張っていた。宇兵衛、お妻、妹娘のお島、茂左衛門が燈籠を流していくと、別の小舟からお通の幽霊が現れた。さらに屋形船がひっくり返り、宇兵衛は手代だった幸助に助けられたが、お妻と茂左衛門は土手っ腹を深く抉られ、死んでいた。そしてお島が姿を消した。
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感 想 |
娘の失踪事件に川での殺人事件とお膳立てはよろしいし、因縁噺やその後の展開も面白い。ただ、佐七の活躍が全然なかったのは寂しいところ。というか佐七、この事件では解決に何の役にも立っていない。 豆六の蛇嫌いの設定が初登場だが、これは後に書き加えられたもの。そのため、後に発表される「七人比丘尼」の下りが出てくる。 |
備 考 |
作品名 | 「二人亀之助」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年8月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
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粗 筋 |
十七、八年前、不動前に武蔵屋という夫婦が小さな小間物店を開いた。芝の札ノ辻のほとりに桔梗屋利兵衛という大きな小間物問屋があり、武蔵屋の亭主・久造と同国だったため、庇護するうちに仲良くなり、桔梗屋の息子・亀之助と武蔵屋の娘・お鶴を許嫁とした。ところが亀之助が三つの時、乳母のお霜が亀之助を連れて洲崎の弁天様へお参りに行った帰り道、鷲が舞い降りて亀之助をさらって飛んで行った。それきり亀之助は見つからず、桔梗屋夫婦は商売の株を武蔵屋に譲って頭を丸めるも、二、三年後に二人とも亡くなった。武蔵屋は指折りの資産家となったが、桔梗屋の恩を忘れず、昔の約束を覚えていた。久造が亡くなった時、お鶴に初めてその話をした。そんな話が広まったら、現れたのは二人の亀之助。どちらも証拠となる守り袋と紋付を持っている。久造の妻・お豊はとりあえず屋敷の中に二つの離れを建て、それぞれ住まわせて真贋を見極めようとした。
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感 想 |
佐七ものではよくある、どちらが本物の○○だ、という話だが、作者のことなのでひねりを入れてくる。それにしては、ちょいと残酷な展開がある。こういうのを見ると、その後どうしたんだろうと気になってしまう。
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備 考 |
作品名 | 「風流六歌仙」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年9月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
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粗 筋 |
江戸の文筆界を壟断している風流六歌仙。狂言作者の桜田晴助、画工の宮川采女、俳諧師の葛野蝶雨、落語家の春風亭扇馬、幇間桜川鳶平、柳橋の芸者お駒。そんな六人を取り巻きにしているのが蔵前の大通といわれるお大尽、茨木屋鵬斎。今日は面白い趣向があると、六人を連れて漕ぎ出したのは隅田川。屋形船の船頭の粂蔵に命じて持ってこさせたのは、国貞に描かせた、六人の似顔絵を古の六歌仙に模した一枚絵、六枚。小さな紙の筒六本を取り出し、鳶平に一枚ずつ入れさせた。さらに粂蔵に命じて持たせてきたのが、六羽の鳩が入った鳥籠。似顔絵の入った筒を一本ずつ鳩の足に結び付け、七日後の月見の晩、似顔絵を持ってきたものに褒美を出すときた。一枚なら十両、二枚なら二十両、三枚なら四十両と倍ずつとなり、六枚ならおまけをつけて五百両。別の船で偶然聞いていた佐七は眉をひそめたが、その日の夜中、桜川鳶平が匕首で殺された。しかも鳶平の絵の六歌仙の絵が、匕首で突き刺してあった。さらに六歌仙が次々と殺され、しかも六歌仙の似顔絵がそれぞれ刺されていた。
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感 想 |
連続殺人の真相もさることながら、風流六歌仙の似顔絵の謎やギリギリまで分からない犯人の正体も加わり、佐七作品の中で本格ミステリ度は、五本の指に入る傑作。本格ミステリは好きだが、捕物帳はどうも……という人にも、ぜひ読んでもらいたい。伏線の張り方、最後の佐七の推理のロジックも合わせ、膝を叩くこと間違いなし。
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備 考 |
作品名 | 「生きている自来也」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年10月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳全集』第八巻(春陽文庫)
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粗 筋 |
七年前、江戸中を荒らしまわり、忍び込んだ屋敷の壁やふすまに署名を残した怪盗、自来也。百件余り、合計一万両以上が盗まれたが、捕まらないままぱったりと消息を絶った。ところが八月十八日の夜、芝金杉に住む刀の鑑定士、磯貝雁阿弥が襲われた。翌日の朝、出入りの刀屋の手代が見つけたのが、がんじがらめに縛りあげられた雁阿弥夫婦。隣室には黒装束、忍び姿の曲者が斬り殺されていた。壁には左書きで自来也の文字が。殺された男は顔がずたずたに切り刻まれ、右の手首が斬り落とされているので、誰だかさっぱりわからない。しかし盗まれたのは、雁阿弥が預かっていた鈍刀一本。十日後、両替屋、津の国屋の別荘の隠居夫婦が襲われ、何かを探した挙句、自来也という文字を残して消え去った。そして昨日の夜、自来也は柳橋の小花が病気保養している寮に忍び込み、簪を盗んだ。自来也の狙いはいったい何か。
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感 想 |
七年前の怪盗をめぐる佐七の活躍。顔のない死体トリックが出てくるが、そちらはさすがに見え見え。ただ、意外な犯人像と、自来也が復活した背景はちょっと面白い。
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備 考 |
作品名 | 「血染め表紙」 |
初 出 |
『講談雑誌』昭和15年11月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
油屋七兵衛は二十歳の年に漂流し、外国の船に助けられ、二十年以上西洋諸国をめぐり、四十三でようやく日本に帰ってきた。その身の上話を緒方周斎という学者が聞いてまとめたのが「海外漂流奇譚」。ただ周斎が、辺防に対する幕府の無為無策を書いたことが幕閣の怒りに触れ、書物は没収、版木は焼却、七兵衛は手錠閉居、緒方周斎は死罪に処せられた。それは十三年前の話。十一月の大雪から七日の晩のこと。佐七たちは捕物の帰り道、うずくまっている男を見つけ、声をかけるが逃げていった。男が崖から投げ込んだ駕籠を拾い上げて開けてみると、中にいたのは顔一面赤く焼けただれた若い娘の死体。なぜか派手な友禅の襟を左前に合わせてあった。内懐には、なぜかべっとりと血の付いた「海外漂流奇譚」の一冊。しかも、幕府の天文方兼書物奉行で一昨年に亡くなった高橋作左衛門蔵書の印があった。ではこの娘は、前日から行方不明の娘、綾乃ではないか。しかし高橋家の跡目を継いだ兄、喬之介は口をつぐむのであった。
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感 想 |
『講談雑誌』の連載最終回となった作品。編集部の要請による打ち切りだが、佐七の性格設定が問題となったらしい。昭和16年1月号からは、幕末に菊水兵馬が活躍する『菊水兵談』が始まる。 冒頭から大黒屋光太夫や「北槎聞略」を彷彿とさせる話が登場する。さらにスパイ小説さながらの展開が待ち受けるのは、日中戦争がはじまっているご時世ならでは。ちなみに掲載当初は「海外漂流奇譚」に感化された佐七が十手を返上し、長崎で一家らしい四人連れが目撃されるという終わり方だった。ただしこの結末は初刊本で削除されている。「にっぽん読切小説読物」昭和24年8月号に再録された際に、現在のものに改題された。 |
備 考 |
原題「漂流奇譚」。
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作品名 | 「怪談五色猫」 |
原 型 |
『鷺十郎捕物帳』同題作品
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初 刊 |
『人形佐七捕物帳』第二巻(春陽堂書店、昭和16年4月刊行)収録、書下ろし
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
女の生首を銜えた五色の猫の図柄の大凧が夏なのにあがっている。宣伝であげていたのは、市村座。盆興行では、小田原町の師匠、西沢篤助の書下ろし、『怪談五色猫』が予定されている。しかし篤助はまだ脚本ができておらず、娘のお袖とともに深川六間堀にある市村座の太夫元の寮に缶詰めにされていた。ある夜、隣から悲鳴が。隣屋敷は三千石の旗本、立花丹後の下屋敷。近頃は奥方の園江と三歳の亀之助が養生に来ていた。お袖が恋する市村座の若女形、花桐あやめが園江に毎日のように呼ばれているので、お袖は心配していた。悲鳴が気になった篤助とお袖が垣根から覗くと、三人の武士が園江を折檻している。そこへ奇怪な官女が現れ、三人は「刑部さまだ」と声をあげて逃げていった。それを見て篤助は筋を思いつき、一気に脚本を書き上げた。それが大当たりで、特に官女から猫になるところの怖さが評判に。しかし篤助はある夜、あの寮で斬り殺されてしまった。
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感 想 |
元の作品は八丁堀同心が謎解きを行うから、旗本での騒動に口を出してもそれほどの違和感はないが、やはり佐七が事件解決に加わるというのはやや無理がある。そもそも佐七、手がかりも証拠もないのに謎解きを行っている。最後は猫の活躍が物語としてのアクセントになっている。
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備 考 |
作品名 | 「本所七不思議」 |
初 刊 |
『人形佐七捕物帳』第三巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)収録、書下ろし
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
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粗 筋 |
江戸に噂が広がっている本所七不思議は、官女屋敷、首洗い井戸、子を取ろ池、狸地蔵、鳴らずの鐘、振袖稲荷、七つの提灯。海老床で源さんから由来を教えてもらっていた辰と豆六だったが、そこへお粂が首洗い井戸に坊主の生首がぶら下がっていたと知らせてきたから大騒ぎ。殺されたのは破壊坊主の鉄牛だったが、実は首洗い井戸の悪戯は鉄牛が行っていた。井戸の底から辰と豆六が引き上げた胴体の左腕には、七つの星の刺青が彫ってあった。さらに二人から、井戸の底に横穴が掘ってあると知らされ、佐七も中に入ってみた。かなり歩き、階段を上がって地上に出てみると、そこはどこかのお屋敷。そこには官女の衣装や鬘。どうやらここが官女屋敷らしい。
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感 想 |
本所七不思議の謎を佐七たちが探る話だが、完全書下ろしということもあってか、これまでよりちょっと長め。七不思議の謎がこれでもかとばかりに書かれているが、明かされてみると遠大な計画に驚かされる。ただ肝心の謎が、地図を見ないとピンと来ないというのは興醒め。地図が出てくるのが遅いよ、と言いたくなる。逆に地図を見ると、簡単にわかってしまうというのもどうか……。最後に犯人が問わず語りで語るとおり、大馬鹿すぎないか。
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備 考 |
作品名 | 「紅梅屋敷」 |
原 型 |
由利・三津木探偵譚「黒衣の人」
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初 刊 |
『人形佐七捕物帳』第五巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)収録、書下ろし
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
昨日、辰と豆六が帰り道に犬から助けたのは、青山百人町に住む旗本の飯沼屋敷で奉公をしているお小夜。相手が佐七の子分である辰と豆六であることを知ったお小夜は、明晩戌の刻(八時)、赤坂、溜池の紅梅屋敷に来てほしい、矢がすりお俊を殺したのは誰か聞け、という手紙を佐七から受け取っていると話す。辰と豆六はまたもや佐七の浮気かと思って問い詰めるも、逆に佐七はお小夜とはそんな関係ではない、と説明する。ところがそれを陰で聞いていたのは、予定よりも早く帰ってきたお粂。辰と豆六は佐七に言いくるめられていると思いながら聞き続ける。三年前、紅梅屋敷で矢がすりお俊が殺された。お俊は元は柳橋の芸者だったが、ある大名の留守居役に落籍されて、紅梅屋敷に囲われていた。死体のそばに落ちていた凶器の木刀の持ち主、緒方京馬が捕まった。お俊は大変な妖婦で、京馬も身を誤った若者の一人。京馬は無実を訴えるも、前夜に痴話喧嘩をしていたという女中お幾の証言もあり、八丈島へ送られた。お小夜は京間の妹で、今は飯沼屋敷のご後室、天香院に救われて腰元奉公をしていたのだ。気になった佐七たちは紅梅屋敷に行くと、男が逃げ出し、お小夜が倒れていた。
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感 想 |
由利物の「黒衣の人」は由利たちがたまたま通りがかったのが巻き込まれる話で、内容も呆気なくて今一つな作品だが、本作は佐七とお小夜の関わり合いから、例によって浮気を疑ったお粂が意外な活躍をする。佐七ものに変えるにあたりかなり背景が書き加えられており、いい話で終わる。ただ登場人物が少ないこともあり、謎解きとしては薄すぎる。
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備 考 |
原題「矢がすりの女」。
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作品名 | 「からくり御殿」 |
原 型 |
『不知火捕物双紙』同題作品
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初 刊 |
『人形佐七捕物帳』第五巻(春陽堂書店、昭和16年6月)書下ろし
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
佐七と辰が河童堀で釣りをしていると、蘆のあいだに葛籠が見えた。引き寄せて開けてみると、若い女の殺された死体。しかも閻魔に塗る雲丹紅殻に血を練り合わせたべにがらで裏も表も塗られた、天下御法度の調伏絵馬を抱いていた。西日が当たると、太い文字で「延命」、裏には「願主もん」と書かれた文字が浮き出した。亀戸に住む閻魔五兵衛という閻魔を作る名人がいることを知った佐七と辰は五兵衛のもとを訪れた。一方、九日前に五兵衛の娘、おもんが家出をし、さらに二日後、五兵衛が探しに出たまま行方知れずとなった。五兵衛の愛弟子でおもんと結ばれる予定の新助は、七日経っても音沙汰がないときは奉行所に訴え出てこの手紙を渡せと五兵衛が言っていた通り、手紙を取り出したところで女に殺され、手紙の一部が奪われた。そうとは知らず、佐七たちは五兵衛の家を訪れると、そこにはべにがらの絵馬があり、同じく「延命」という文字と裏には「願主、新助」の文字。そのとき、佐七が縄を天井の引窓へ投げると、早縄が絡みついた曲者は隼の浅太郎という凶状持ち。五年前、五兵衛の姉娘、お美乃と駆け落ちをした相手だった。
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感 想 |
佐七が早縄を投げて相手を絡めとるというのは、おそらく原型がそうだからであり、後にこのような特技を見せることはない。また豆六は出てこないし、辰も最初だけで、後半は出てこない。後半にからくり御殿が出てきて活劇が繰り広げられるが、原型がそうだからとはいえ、首をひねるような展開である。連載作品と比べても頁が少なく、舞台建てのわりに呆気なさだけ残る作品。
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備 考 |
作品名 | 「お化小姓」 |
原 型 |
『不知火捕物双紙』「河童若衆」
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初 刊 |
『人形佐七捕物帳』第五巻(春陽堂書店、昭和16年6月)書下ろし
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第一巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
江戸を騒がせているのは、美しい男が人を襲って盗みを働く、お化小姓。昨夜、春之丞という照り輝くばかりの美しい男が、柘榴伊勢屋の一人娘お千と駆け落ちをしていた。しかし深川の浄心寺で喉が渇いたお千のために井戸で水を汲んであげるも、お千から重い胴巻を預かった瞬間、井戸へ突き落してしまった。そこへたまたま様子を見ていた小猿吉之助という小物が春之丞を捕まえようとしてもみ合い、袂をが千切れて転んだところを逃げられた。翌日、吉之助はなじみの佐七のところへ行き、事件の成り行きやお千を助けるまでの話をした。これはお化小姓の手がかりとにらんだ佐七は、辰と豆六を連れてさっそうと飛び出した。
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感 想 |
佐七だけが知っている知識で犯人が捕まってしまうので、面白いところが全くない作品。頁自体も少なく、呆気なく終わってしまう。
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備 考 |
作品名 | 「嵐の修験者」 |
原 型 |
由利・三津木探偵譚「嵐の道化師」
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初 刊 |
『人形佐七捕物帳』第五巻(春陽堂書店、昭和16年6月)書下ろし
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底 本 |
『人形佐七捕物全集』第一一巻(春陽文庫)
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粗 筋 |
文政二己卯年七月の大雷雨の真っ最中。浅草は奥山の女軽業の楽屋の中で、若い男女が抱き合っていた。女は一座の花形で春風胡蝶。男は横山町の大問屋、藤屋の息子で新之助。一年前からの恋仲であるが、新之助の父親はかつて胡蝶の父親白水斎の身代を横取りしてしまったという敵同士であった。心中しようとしたら、白水斎の飼い犬、黄金丸が中に入ってきたが、黄金丸は血まみれになった人間の片腕を銜えていた。黄金丸に案内させたら、着いた先は藤屋の寮。一方、辰五郎の伯母、お銀の家でご馳走になった帰り、雷嫌いの辰が豆六にしがみついていたが、真っ白な顔に青い隈取をした異様な修験者を見かけた。
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感 想 |
辰の雷嫌いは後日書き加えられたもの。こういう因縁話は、由利ものよりも佐七もので読んだ方が面白い。とはいえ、緑町に住む辰の伯母、お源が名前だけだが初登場。以後、準レギュラーとなる。
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備 考 |