完本 人形佐七捕物帳 三



【初版】2020年4月30日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「血屋敷」
原 型
 探偵小説「妖説血屋敷」
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第五巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 雛節句の前日、本所の緑町に住み、両国のおででこ芝居の三味線引きをやっている辰の伯母、お源が佐七の家にやってきた。一緒に連れてきたのは、辰の幼馴染、お銀。菱川流の踊りの家元、七代目寅右衛門の養女である。寅右衛門は先代のひとり娘だが、若い時に死ぬほど焦がれた男と一緒になれず、以来ずっと独り身だった。そのため、お銀を養女にし、八代目にする予定である。寅右衛門の家には、お銀のほかに内弟子のお千、去年の秋ごろに連れてきたという喜久太郎という若者、女中のお吉の五人暮らし。ところが今年の正月、お由良さまの幽霊が現れた。初代寅右衛門の妾で、初代が殺した挙句、死体を土蔵の壁に塗り込めたのだという。寅右衛門やお吉、喜久太郎やお千、さらにはお源も見たというが、お銀は見たことがなかった。とりあえず辰五郎と豆六がお源の家に泊まり、様子を見ることとなったが、その夜、寅右衛門が殺された。
感 想
 幽霊を発端とした連続殺人事件で、一応ダイイング・メッセージ物だが、はっきり言って佐七ものに改変したこと自体が失敗だった作品。幽霊による怨念という不気味な雰囲気が、最後の謎解きで台無しになっている。
備 考
 原題「新皿屋敷」。別題「お銀狂乱」「妖説血屋敷」。

作品名
「敵討走馬燈」
原 型
 『鷺十郎捕物帳』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第三巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 向島の花屋敷で催された、秋の虫を聞くという風流な集まり。三十人ほどが集まったが、その中にいた旗本の賀川大橘が走馬灯を見て昔話を始める。七年前、甲府勤番を無事につとめ江戸に帰る途中。甲州街道の小仏峠で道端にある辻堂の軒に、走馬灯が回っている。縁側で非人が莨をのんでいた。話をしているうちに、非人が持っている竹杖の中に刀があることに気づき、聞いてみると銘刀、井上真改だという。欲しくなった大橘は、非人を斬って刀を奪ってしまった。そのとき、走馬灯に返り血が、紅蜘蛛のように跳ね返っていた。思わず一同が軒端の走馬灯を見ると、同じように紅蜘蛛が足を広げたような血の跡が。同じように呼ばれていた佐七は苦々しく聞いていたが、ふと見ると柳橋のお園が熱心に聞いている。座が白けて皆が帰り、大橘ひとりが座敷に残っていた。さて帰ろうとすると、大橘用の駕籠が間違えて出ていた。するとそこへ、大橘の駕籠の衆が慌てふためいて戻り、籠の提灯を斬り、さらに籠の中を襲った。籠の中にいたのは、間違えて乗っていた遠州屋。同じくまだ残っていた佐七たちが駕籠に向かうと、遠州屋は虫の息で、曲者は左の腕に蛇がとぐろを巻いている彫り物をした男だと告げて亡くなった。大橘は心当たりがあるようだった。
感 想
 過去の懺悔話から間違い殺人に発展するのだが、かなり話の流れが強引。商人が旗本の駕籠と間違えますかね、いくらなんでも恐れ多い。それに旗本の家で起きた事件は、あまりにも強引な結末のつけ方というか。佐七の謎解きに対する犯人の態度も無茶苦茶。犯人もさっさと手籠めにしてしまいそうなもんだが。首をひねるような展開が続く一品。
備 考
 

作品名
「捕物三つ巴」
原 型
 『不知火捕物双紙』「南京人形」
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第三巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 例によって佐七とお粂が大げんか。お粂は尼になると言って出て行った。最初は強気な佐七も、辰と豆六にお粂が身投げするかもなどと言われて慌てふためき、結局は土下座して辰と豆六に探してもらうことに。一方お粂はこのしろの吉兵衛の家に向かう途中の昌平橋、大葛籠を背負った仲間とぶつかった。傘もささずに急いでいる姿を怪しいと思ったお粂は駕籠の中身を見せろと言ったものだからもみ合いになり、お茶の水の崖から落ちていったが、途中で木の根につかまり助かった。もっともそれを知らない仲間は葛籠を崖の上から落とそうとしたが、お粂の悲鳴を聞いた色若衆が駆け付け、ひと悶着の末に仲間は逃げていった。そこへ崖から上がってきたお粂、色若衆に声をかけたものだから、今度は色若衆が逃げていった。辰と豆六が駆け付け、死んでいる女の正体は、湯島の境内にかかっている南京手妻の双子の美人姉妹の姉、松鶴。さらに妹の竹翠が行方不明。そんなとき神崎甚五郎から、長崎奉行について出府中の長崎通詞、鵜飼高麗十郎が、誰が下手人かの謎解きの腕比べをしたいと言ってきた。双子姉妹は長崎出身で、長崎奉行所付きの役人なども贔屓にしていたという。
感 想
 “三つ巴”とある通り、佐七と高麗十郎ともう一人が下手人探しに乗り出すのだが、もう一人は誰だかすぐにわかるだろう。佐七とお粂の喧嘩から事件に巻き込まれる展開は面白いのだが、肝心の犯人がバレバレなのは残念。
備 考
 

作品名
「いろは巷談」
原 型
 『鷺十郎捕物帳』「いろは政談」
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第三巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第一巻(出版芸術社)
粗 筋
 辰と豆六が見知らぬお武家から渡された手紙の中には、「い」から「と」までのいろは歌留多が七枚。裏に書かれた文字を並べると「桐座顔見世狂言」。今日が初日なので、佐七たちは桐座を覗くことにした。桐座にいたのは江戸で悪名高い、いろは七人組という暴れ者。「い」から「と」まで頭文字がそろった命知らずの暴れ者で、ゆすりたかりに道場破り、乱暴などの迷惑もので、女嫌いなのが唯一の救い。近頃、七人組のもとへいろは歌留多の「い」から「と」までが送られてきて、それぞれ不気味な血色の文字が書かれていた。一番若い土岐静馬は誰かに狙われているのではと気がかりだが、ほかの六人は一切気にしない。桐座の二階で騒いでいた彼らだが、第四幕目で首領の乾宅兵衛が「手紙を投げ込んだ眼っかち跛のしれものが」と叫ぶといきなり悲鳴。見ると喉をおさえた宅兵衛の指の間から一本の手裏剣がのぞいており、真っ赤な血がポタポタと。そのまま宅兵衛は手摺を超えて花道へ落ちていった。佐七たちが駆け寄ると宅兵衛の姿はなく、奈落の方に血が続いていた。
感 想
 仲間一味が次々に殺される、佐七ものでは多い連続殺人ものだが、大した推理があるわけでもない。そして後味の悪い結末。春陽文庫全集から漏れているのも仕方がない出来である。
備 考
 原題「いろは政談」。

作品名
「清姫の帯」
原 型
 『不知火捕物双紙』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第三巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
粗 筋
 芝金杉に住む一心堂覚水という修験者はかつて加持祈祷の評判が高く、大奥にも呼ばれたという噂もあったが、最近は落ちぶれていた。そこで売り出したのが、両端についた十二ずつの朱総の根元の結び目に覚水が祈祷した子安貝を埋め込んでいる緋色の帯。想う男に添えるというその「清姫の帯」はかなり売れたが、今度はその帯を締めていると祟りがあるという噂が広まった。霜月半ば、四十二、三の五百石の旗本、青山主膳のところにご家人、近藤右門の娘、十八になるお糸がお輿入れをした。一刻(二時間)も可愛がり、二人は寝ていたが、怪しい気配に主膳が気付くとお糸がいない。気づくと部屋に転がっているお糸の清姫の帯が、釣り竿のようなもので手繰り寄せられている。主膳の不覚で斬られたが、帯を掴んで声を上げると、曲者は帯を斬って逃げていった。偶然通りかかった佐七たちが追いかけるも曲者に逃げられた。そして銀杏の枝から、清姫の帯に首をくくられたお糸の死体がぶら下がっていた。
感 想
 初夜のシーンは後に書き加えられたもの。さすがに戦中には無理だろう。横溝の少年物にも使われたルブランの某短編トリックと、ドイルの某短編プロットを組み合わせたような作品。移植作品としては悪くない出来で、文庫版全集に収められなかったのが不思議。
備 考
 

作品名
「鳥追人形」
原 型
 『鷺十郎捕物帳』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第三巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 八月十五日は名月深川の八幡祭り。呼び物の一つ、人形作りの名人、茅場町の亀安が、作った道成寺の白拍子花子の生き人形。そこへ別の船屋台がぶつかり、生き人形が倒れたが、割れた顔から出てきたのは女の死体。顔は腐って見分けがつかないが、右腕には「銀さま命」という彫物があった。長唄の女師匠、杵屋和孝の話によると、蓬莱屋という古着屋の娘、お篠らしい。手の付けられないはねっ返りで、妙心寺の寺小姓、粂島銀弥と付き合っているが、最近の銀弥は上州屋の娘、お遊にご熱心なため、だいぶ悶着があった様子。同心の藤井勘左衛門は亀安の家に向かったが、亀安は荷物をまとめてどこかへ立ち去っていた。
感 想
 敵役で藤井勘左衛門という同心首席が出てくるが、改作前の登場人物をそのまま出したもので、本作のみの登場。顔のない死体だが彫物で身元が分かるという展開ではあるが、そこに裏があるのは重々承知。江戸時代ならではのトリックで結構面白い。展開が駆け足なので、もうちょっと落ち着いて書き込めばかなりの作品に仕上がったのだと思うが。佐七の口説きテクニック?はさすがと言わせるもの(そしてお粂が嫉妬する)。
備 考
 

作品名
「まぼろし小町」
原 型
 花吹雪の左近を主人公とする同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年6月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 御高祖頭巾の女が佐七の家に投げ込んだ風呂敷包みに入っていたのは、今評判の若手、鳥居清彦が画いた風流三小町の三枚の錦絵。しかしモデルとなった、柳橋の芸者お喜多の唇、湯島の水茶屋ふじ屋のお仙の目、芝明神の矢取り女の鈴虫お蝶の鼻がくり貫かれている。そして手紙には、この謎を解いてみろと書かれており、差出人はまぼろし小町となっていた。まぼろし小町とは、清彦が風流三小町と同時にもう一枚発表した美人絵のことだが、なぜかモデルの名前が書かれていない。しかも二十二歳、独身の清彦はまぼろし小町の本人に恋煩いで、飯も食わずどんどんやせ衰えていく。気になった佐七は、辰と豆六を探索に出すも、すでにお喜多が夕べ殺されており、しかも唇は切り取られていた。
感 想
 佐七の癖であるというぴた銭占いは原形の左近の癖を引き継いだもので、以後の作品には見られない。連続殺人事件の謎と、まぼろし小町の謎の、二つのフーダニットが交わる作品で、趣向としては面白い。ただ連続殺人が起きる要因と、さらに動機がかなり不愉快なもの。わからないでもないが、実際の人物のパーツを切り取ったってどうにかなるものでもないだろうに。
備 考
 別題「謎の錦絵」。

作品名
「身代り千之丞」
原 型
 『不知火捕物双紙』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 湯島の境内の宮芝居で人気の中村千之丞が舞台に上がった瞬間、鳥越の茂平次が舞台に上がって、お前の正体は島送りの途中で船を脱け出したむささびの半次だから神妙にお縄につけとがなりたてた。千之丞が逃げ回るところへ偶然訪れたのは辰五郎と豆六。一緒に捕まえようとしたが、千之丞は小屋から逃げた。すると大道易者の梅花堂千春が千之丞をかくまった。そして辰と豆六はとうとう取り逃がした。次の日の朝、辰と豆六が顛末を佐七に報告しているところで、訪ねてきたのは湯島の桜茶屋のお組。実はお組と千之丞はし、五年前からの深い仲であるが、千之丞は三年前に江戸から姿を消したという。そして去年の秋、再び戻ってきたのだった。しかしむささび半次が牢にいたときは、千之丞は舞台に出ていたという。そして千之丞は何かあったときは見てほしいとお組に残していたのが、いちまいの袱紗。そこにあった割れ鍋に矢が刺さった紋を見て、佐七は思い当たることがあった。
感 想
 人気役者は本当に逃げ出した罪人と同一人物なのかという謎から、旗本のお家騒動が絡んでくるというダイナミックな展開で、意外な謎が佐七によって解き明かされるものの、展開がかなり乱暴で、無理がある。そもそも千之丞が舞台に上がっていたことが不思議だし、終わり方も本人は納得しているのかと聞きたくなるところ。おまけに辰と豆六、完全にいい気分になっているが、これでいいのか。
 茂平次は後年書き替えられたもの。もともとは黒門町の弥吉だった。
備 考
 

作品名
「出世競べ三人旅」
原 型
 『鷺十郎捕物帳』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物全集』第一一巻(春陽文庫)
粗 筋
 一代で大分限者となり木場大尽と呼ばれる伊豆屋市兵衛が師走の十五日、厄落としで生葬礼を行う。その前日、ひとり息子の市之助と契りを交わしている銀杏屋の人気茶汲み女、お筆のもとへ三つ鱗の一人と名乗るものから、市兵衛こそお筆の父親の行方を唯一知る男だという手紙が届いた。実は十年前、お筆の父親粂蔵は浅草で小間物問屋を開いていたが、師走の十五日、約束があると有り金百五十両を持って出かけたきり、行方が分からない。さて本所の浄天寺で行われた生葬礼当日、伊豆屋に長年使えている忠義者、権助の手で注がれた水盃を、市兵衛の妾お絹、市之助、そして市兵衛の順で干し、市兵衛が棺へ入って寺の住職日兆たちの読経が始まった瞬間、市兵衛が棺から出てきて、血を吐いてそのまま死んでしまった。
感 想
 大観衆の目の前での毒殺トリック。意外な動機や犯人を佐七がその場で謎解くのだが、犯人当ての部分はかなり強引。しかも証拠なんか、捨てる時間は十分にあったと思うのだが。二十年前の約束や十年前の因縁に関わるところが説明不足。なぜ犯人の名前を言わず黙っていたのかがわからない。後味の悪い終わり方も、どうなんだか。過去の因縁噺なんか、いっそのこと省いたほうがよかったんじゃないか。
備 考
 

作品名
「怪談閨の鴛鴦」
原 型
 『不知火捕物双紙』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 海老床で地獄耳の源さんが聞いたのは、東両国にできた化け物屋敷の見世物の中に、柳下亭種員が書いた評判の草双紙『怪談閨の鴛鴦』の婚礼の場面の生き人形の話。大工の下の職の庄太が昨晩女に誘われたら簪で左腕を刺され、翌日人形のところに転がっていたという。しかも誘ったのは、人形と同じ名前の花鳥、簪は人形が差していたもの。佐七は宣伝用の法螺噺だと見抜いて放っておいた。横山町の海産問屋、近江屋の太左衛門の息子八十助が、伊東屋の娘お糸と婚礼が決まっているのに、毎晩どこかへ出かけているという。誰と会っているか確かめてほしいと頼まれた番頭の佐兵衛は八十助をつけていったら、花魁がかつて自害した空き家の寮で、八十助が花鳥人形を口説いているのだからびっくり。そのまま誰かに殴られて気を失ったが、帰ってから大騒ぎ。婚礼の日を早めたはいいが、祝言後の離れ座敷で女中が花鳥人形を見たと悲鳴を上げる。祝い酒を飲んでいた親戚一同が慌てて駆けつけると、花鳥人形の幽霊が丸窓の外へ飛び出して消えていった。座敷の中は、花嫁花婿がともに喉を喰い切られて死んでいた。しかも花嫁は片袖を握っていたが、それは化け物屋敷の花鳥人形のもので、人形の唇には血がついていた。
感 想
 人形をめぐる怪奇譚、さらに人形を愛した若旦那が出てくるは、婚礼の晩に夫婦ともに人形に殺されるなど、怪奇ムード満載。それなのに佐七は推理もなくいきなり謎の一端は解いてしまうし、最後の方になって突然重要人物が登場するなど、前半のムードが台無し。さらに急転直下の解決に取ってつけたような後日談。なんとも勿体ない。
 柳下亭種員は実在の戯作者。
備 考
 別題「花扇人形」。

作品名
「人面瘡若衆」
原 型
 『不知火捕物双紙』「滝夜叉達磨」
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 蔵前の札差、山城屋宇兵衛が開いた、因果物くらべ(今でいう身体障害者)。取り巻き連中と一緒に見ていたが、最後の方で出てきたのが、十六、七の前髪立ちの美少年。左肩に人面瘡がある。これは一等賞かと思ったら、そこへ現れたのは三十五、六の妖艶な美女。下郎の吉助が女の両肌を脱がせると、背中いっぱいに滝夜叉姫の刺青。宇兵衛たちだけでなく、美少年も驚いた。さらに吉助は女の右腕、左腕、右足、左足を抜いてしまった。さらに首も抜いてくれと言ったものだから、みんな腰を抜かしてしまった。そこへ浪人日置山三郎は「滝夜叉お滝、そこを動くな」と刀を振りかぶったが、お滝は口から針を吹いたので、ひっくり返った。皆がびっくりしている間に、吉助が賞金をさらい、女の体を抱き上げて逃げていった。その見世物を見ていたお粂、女の正体はわからなかったが、若衆は浅草浄天寺の寺小姓、銀之丞と探ってきた。そして翌日、お滝が殺された。佐七が場所へ駆けつけると、そこにいたのはこのしろ吉兵衛。
感 想
 人面瘡と聞くと由利・三津木物の『夜光虫』が思い浮かぶが、それを読んだ人なら人面層の正体はわかるだろう。四肢が斬り落とされている刺青をした女が出てくるなど、グロテスクな要素が強い作品。このしろ吉兵衛が出てくるなど、古い事件の因縁噺も交じる事件の謎は悪くないのだが、壮絶なエログロシーンがあり、読んでいて気持ちの良いものではない。
備 考
 原題「人面痩綺譚」。

作品名
「蝙蝠屋敷」
原 型
 由利・三津木探偵譚「血蝙蝠」
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 かつて血なまぐさい事件があり、いまは蝙蝠が巣を作っている空き家の蝙蝠屋敷。神田連雀町の横町で、常磐津の師匠をしている文字繁がそこで肝試しを行なった。最初に籤を引いた、錦町河岸のべっ甲問屋、鍬形屋の娘お露が中に入っていくと、座敷の砂壁に大きな蝙蝠の絵が血で描かれている。床の間の上には女の生首。足元には首のない裸の女の死体。しかも背中がおそろしく隆起した佝のような誰かが奇妙な声を残して去っていき、飛んできた蝙蝠が当たって提灯が消えた瞬間、お露は気を失った。それから一月後の五つ半(九時)ごろ、用事を済ませた佐七が一人で昌平橋にさしかかると、若い女が縋り付いてきた。佝男に後をつけられていたのはお露。
感 想
 由利譚「血蝙蝠」を佐七ものに移植したものだが、時代劇で取り扱った方が似合う舞台ではある。後年、大幅に書き換えられたとのことだが、正直余計なエピソードが加わって謎の興味が分散されてしまったのは残念。密室殺人未遂事件+不在証明の謎など、簡単に流してしまうのは勿体ない。佝男のエピソードなんかいらなかったんじゃないだろうか。
 海坊主の茂平次は後年書き替えられたもの。
備 考
 

作品名
「笛を吹く浪人」
原 型
 『不知火捕物双紙』同題作品
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 八百石の旗本、本庄真弓之介は娘ふたりで男子がいないことから、同輩の次男、弦次郎を姉の奈津女の婿養子と幼い時から定めていた。しかし祝言が間近に迫ったのに、奈津女は下屋敷に引きこもるようになった。弦次郎が訪れても几帳の陰に隠れて会おうとせず、妹の木実と婚礼してほしいと訴えていた。業を煮やした弦次郎が無理やり傍によると、奈津女は水色の頭巾をすっぽりと被っていた。頭巾を手にかけたとき、奈津女は懐剣を抜き放ち、頭巾を取られたら死ぬと訴えた。諦めた弦次郎が下屋敷を出ると、ここ毎夕、屋敷の周りで笛を吹いて歩いているという初老の浪人と出会った。逃げようとする浪人の編笠を外すと、浪人もみずいろの頭巾をかぶっていた。我に返った弦次郎が下屋敷に戻ってみると、奈津女は乳房をえぐられて死んでおり、屏風の上を一匹の巨大な蜘蛛が歩いていた。
感 想
 みずいろの頭巾をかぶっていた理由は、察しの良い人なら気付くであろう。作品中で書かれているように、「世にも悲痛な、呪われた物語」ではあるが、執筆当時も含め、理解が不足していた時代だから仕方のない面もある。突飛な凶器や殺人方法については少女向け作品「真夜中の口笛」にて先に使われており、おそらくドイルの某作品を参考にしたのだろうが、実際のところ不可能と思われる。いろいろな意味で、スルー出来るならスルーしたほうが良い作品。
備 考
 

作品名
「狼侍」
原 型
 由利・三津木探偵譚「盲目の犬」
初 刊
 『人形佐七捕物帳』第四巻(春陽堂書店、昭和16年7月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物全集』第一三巻(春陽文庫)
粗 筋
 用事の帰りに深川の水茶屋で一服していた佐七と辰と豆六。そこへ現れた二十五、六の、まさに狼のような顔つきの侍が泥酔しながら、今夜ある場所で人殺しがあると佐七に伝え、そのまま去っていった。心配になった佐七たちが狼侍の後をつけると、本所の屋敷に忍び込んでいった。すると悲鳴が聞こえ、茅葺門から逃げ出してきたのは狼侍。さらにその狼侍を後ろから追いかけていったのが、仔牛ほどの大きさのある狼と見間違うような犬。牙の先から真っ赤な血が垂れている。そこへ女の悲鳴が聞こえてきたから、佐七たちは門の中へ飛び込んだ。すると座敷の中は一面血の海で、男が顔容もわからないぐらいに全身を噛み裂かれて死んでいる。そばにいたのは、金座お金改め役の磯貝房次郎。死んでいたのは、同じく金座お金改め役の藤間丹波で、悲鳴を上げて気を失ったのは丹波の後添え、萩江。狼犬は、丹波が秋田から取り寄せたはいいが、折檻して盲にまでしたという修羅王といった。房次郎は月見をしようと房次郎を呼び寄せたが、丹波からの手紙には、自らは労咳で助からぬから修羅王に噛み殺されて死ぬつもりと書かれてあった。
感 想
 原型は由利・三津木譚の短編「盲目の犬」(全集では「血蝙蝠」となっているが、おそらくコピペミス)。どちらかといえば時代物の本作に使われるのがふさわしいトリックかもしれない。ただ、狼侍の存在は全く不要。事件の顛末は後年に書き加えらえたものだが、これも不要だったと思われる。
備 考
 原題「めくら狼」。

作品名
「日蝕御殿」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第一巻(杉山書店、昭和17年2月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 元日、神崎甚五郎のところへ挨拶に行き、ご馳走になった佐七、辰、豆六。呼んでくれた駕籠に乗ってこのしろ吉兵衛のところへ向かったが、途中で日蝕になり立ち往生。そこへ人影が現れ、駕籠に縄をかけて佐七たちをさらっていった。着いた先は江戸城、目の前に現れたのはなんと十一代将軍徳川家斉公。そばには甚五郎も控えている。三日前、品川の旅籠で宇月一瓢と名乗る旅絵師が惨殺された。家斉が佐七に見せたのは、一瓢が最後まで握っていたという扇の半分。一瓢は家斉宛てに書面を持っていたはずであり、七草の昼までに下手人を捕まえ、書面を持って来いと命じた。一瓢は実は家斉のお庭番だとにらんだ佐七は、七日間で下手人を捕まえ、書面を取り戻すために動き始めた。
感 想
 捕物名人、佐七の評判はなんと公方様まで届いていた、という一編。期限までに事件の裏を探って下手人を捕まえ、書面まで探さなければいけないから、展開が早い早い。無茶苦茶な展開ではあるが、それを楽しむのもまた一興。佐七が公方様相手に一歩も引かない男振りを楽しむ人情ものである。
備 考
 

作品名
「雪達磨の怪」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第一巻(杉山書店、昭和17年2月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 海老床に遊び人の紋次が久しぶりに現れ、昨日あったことを辰と豆六に話した。紋次の姉で、四谷で常磐津の師匠をしている文字繁のところへ無心に生き、ご馳走になって帰ろうとしたところを、稽古に来ていた御徒町の葉茶屋、奈良屋の娘のお蝶が声をかけ、五つ半(九時)に一緒に帰ることとなった。お蝶は帰りがけ、三味線堀のそばの火の見櫓の近くに雪達磨ができていなかったかを訪ねた。気づかなかったと答えると、お蝶はそのまま一人で帰っていった。気になった紋次が三味線堀に来ると、堀端の枯れ柳の下に雪達磨があり、しかも目が光っていて、銀の簪が胸に刺さっていた。気になって抜こうとすると、後ろから突かれて雪達磨に顔をうずめる羽目に。頭を抜いたらすでに簪はなくなっていた。そこへ現れたのは鳥越の親分、人呼んで海坊主の茂平次。昨晩、お蝶が三味線堀の雪達磨のそばで簪で刺されて殺されたと言い、下手人として紋次を捕まえてしまった。
感 想
 鳥越(海坊主)の茂平次初登場作品。ただし初刊では嘉平次だった。それ以前の作品に出てきたのは、いずれも後年に追加・変更されたものである。茂平次が丸坊主になった理由は、本作で語られている。「海老床」の親方の名前も初めて記された。
 雪達磨のそばで若い娘が続けて銀簪で刺されて死んでおり、しかも雪の上には娘の足跡しかないという不可能犯罪。殺人方法はフリーマンの某短編とクイーンの某短編をミックスしたもの。クイーンの某短編のトリックは由利ものの「迷路の三人」でも使われている。雪達磨を使った理由も含めて伏線が張られており、さらに茂平次が足跡のない殺人の謎解きを行うなどの別解が用意されているところなど、本格ミステリ味満載で面白い。残念なのは、殺人方法や雪達磨を使った理由などが、実現可能とは思えないところか。
備 考
 

作品名
「坊主斬り貞宗」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第一巻(杉山書店、昭和17年2月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 身延山へお参りの帰り道、佐七と辰と豆六は笹子峠で足がすごく速い一人の旅僧に追い抜かれた。峠の八合目まで下ったところで、路端に一人の武士が抜き身を引っ提げて呆然と突っ立っている。佐七が聞いてみたら、一服中、足の速い坊主がいきなり刀の柄に手をかけてきたので、抜き打ちに斬り付けたが、煙のように姿を消してしまったという。同道することになったその武士は、甲府勤番を二年務めて帰るところだった麹町の旗本、永瀬隼人であり、佐七のことも知っていた。その日は猿橋の宿屋へ泊ったが、丑三つ時にまた坊主が出てきて刀に手をかけるも、起きたら煙のように消えてしまったという。佐七がその話を聞き、どういう刀かを尋ねたら、これは貞宗で甲府にいるときに求めたというが、由来を語ろうとはしなかった。三か月後、佐七のもとに隼人の妻、お縫が訪ねてくる。あの刀は坊主斬り貞宗という曰くのある刀であり、隼人のもとにも坊主の亡霊が現れるようになったという。
感 想
 他作品の倍ほどもある長さだが、これは後年に大幅に書き換えられたもの。物語の展開や犯人も違うものとなっている。刀の因縁噺の裏にある陰謀に佐七がかかわるのだが、正直佐七がいなくても事件が解決していたんじゃないかと思える点はマイナス。坊主の亡霊という展開は、昔の照明事情だから成り立つものだと気付かされる。佐七がのぞき部屋で見た情交シーンは、描写が生々しすぎて不愉快。
備 考
 

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