完本 人形佐七捕物帳 四



【初版】2020年6月30日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「すっぽん政談」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第一巻(杉山書店、昭和17年2月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 上野でお札売りの甚兵衛が風呂敷包みを提げてたたずんでいた。そこへ一人の娘が堤に手を突っ込むも、大声を上げた。見ると、右手の小指が食いちぎられていた。堤の中にいたのはすっぽん。しかし甚兵衛は、堤の中にあったのは西浄寺のお札を配って集めたお金のはずだという。瓦版でその話を知った佐七が甚兵衛のもとを訪ねると、風呂敷包みのお金は大したことはないが、米沢町の饅頭屋、花形屋の娘、お小夜から預かった手紙が入っているという。花形屋は、東両国の饅頭屋、月形屋と、名物いく代餅がどちらか元祖かを、代々争っている。佐七が花形屋を訪れると、お小夜が駆け落ちしたと大騒ぎ。
感 想
 荷がすっぽんに入れ替わっていたという話は面白いが、なぜすっぽんだったかという点が非常に弱い。わざわざ生きたものを使う必要は全くないと思うのだが。まあ、そんな変わったものを使ったことで、悪巧みが明らかになり、最後の〆につながるという意味では物語としては面白い。
備 考
 別題「恋の元祖裁き」。

作品名
「唐草権太」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第一巻(杉山書店、昭和17年2月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一一巻(春陽文庫)
粗 筋
 唐草権太という盗賊が江戸を騒がせていた。唐草模様の笄(女の髪飾りの一つ)を盗み、後日半分だけ折って帰すという。おまけに正体は人気役者の嵐雛助という噂が持ち上がったから大騒ぎ。吉原の幇間だった露の五郎兵衛の隠退記念の書画会が柳橋の青柳で開かれ、佐七も辰や豆六とともに招かれた。座をにぎわせていたのは雛助と、十三、四の人気者、音羽屋万菊丸。その席で芸者の小稲が金の唐草模様の笄を買ったが、三日後に小稲が殺され、笄の半分が持ち去られた。
感 想
 佐七人情噺の一編。推理趣味はほとんどないが、最後は泣かせる展開。
備 考
 

作品名
「ほおずき大尽」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 深川随一の資産家といわれる木場の材木商、海老屋。あるじの万助は、もとは河津屋の材木店の手代だったが、独立後はめきめき身代を太らせた。代わりに河津屋は没落して一家離散したので、世間ではよく言われない。二、三年前、万助は初めて遊びの味を覚え、吉原で湯水のごとく金を使うようになった。このまままずいと思った親戚連中は、松葉屋の逢州というお気に入りの女を落籍せ、無理やり隠居させてしまった。一昨年、万助五十九歳のことである。六間堀の隠居所で逢州のお国を相手にあてがい扶持の日を囲っていたが、三月三日の桃の節句、万助六十一の還暦の祝いの日、息子や親戚連中が隠居所に集まり万助も赤ずくめの衣装で酒を飲んでいたが、急に暴れだした。放っておくと赤い衣装のままで外へ飛び出し、世間からはほおずき大尽と呼ばれるようになった。困った家族は隠居所に座敷牢を作って押し込め、暴れる万助をお国に世話をさせていたが、七夕の晩、万助は赤ずくめのままお国を刀で襲い、命には別条がないものの、左の指を二本切り落とされる大けが。そのまま万助は行方が分からなくなった。番頭の久七が佐七に相談に来て、実は昨日、海老屋の娘お菊の舅である作事奉行、岩瀬式部がほおずき大尽に殺されたと伝えた。
感 想
 八章から一〇章の因縁噺は底本で加えられたもの。海外作品を参考にしたという意外な犯人像という点での本格ミステリとしての面白さがあり、謎の連続殺人や豆六が斬られるというサスペンスもありということで佐七作品でも評判の高い力作だが、前半の殺人事件の謎と、書き加えられたという後半の因縁噺、そして最後のとってつけたような終わり方が、物語としてはどこかちぐはぐな印象を受ける。佐七の推理は想像に頼るところが多いが、間違えるとこんな風になっちゃうという一作かもしれない。
備 考
 

作品名
「小倉百人一首」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一〇巻(春陽文庫)
粗 筋
 正月十日の晩、佐七の家を訪ねてきたのは、江戸一番の人気女形、葉村屋の嵐菊之助。10年ほど前、あるご大身の娘が贔屓となり、菊之助は夢中になった。しかし武士の娘なので、先へ進むことができないまま、娘は親の決めた男へ輿入れしてしまった。何かあってはいけないと、最後に二人は手紙を焼く約束をしたものの、家に帰ってみると女からの文がまれた。盗んだのは、桐座の狂言作者、並木一草。以後八年間、菊之助は一草に脅された。その一草が七草の晩、卒中で亡くなった。死んだときには菊之助に文を返すといっていたので、一草の家に向かったが、娘のお琴が渡したのは、小倉百人一首の「花さそふ~」という読み札一枚だけ。しかし一草は、自分の書斎は菊之助の自由にしてやれと遺言したことから、どうやらこの歌留多は手掛かりに違いない。どうか謎を解いて文を見つけてほしいと佐七に頼んだ。
感 想
 百人一首の暗号はそれほど難しいものではないが、物語の展開としては意外などんでん返しがあって面白い。佐七のいいところはあまりないが、百人一首を絡めたオープニングとエンディングが笑える。
備 考
 別題「謎の百人一首」。

作品名
「双葉将棋」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 佐七の家を訪ねてきたのは、お城将棋の家元、大橋宗哲のお内儀でお才。現在行われていて評判の、宗哲の息子・印哲と宗達の息子・宋銀との十五番勝負。印哲の七勝三敗で向かえた十一番目の手合わせが昨日行われる予定だったが、その印哲が誘拐された。大橋宗家の当主、宗達はもとは大橋分家の先代宋算の弟子で宗家の養子。大橋分家の当主・宗哲は宗達の弟弟子で、宋算の娘、お才と結婚した。宗哲は宗達を敵視するも分が悪かった。そんなときに、鬼才といわれた二人の十五番勝負が行われていたのだ。佐七たちは印哲の部屋を調べてみると、将棋盤に詰将棋が残されていた。
感 想
 詰将棋を使った暗号が出てくるが、こちらはなかなか手強い。とはいえ、江戸時代に通用するのだろうか、この暗号の解き方。解説によると室町時代には完成していて、江戸時代にはすでに知られていてもおかしくはないとのことだが。誘拐事件の意外な真相が解き明かされるが、復讐心ほど怖いものはない。
備 考
 

作品名
「妙法丸」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 上方から10年ほど前に来た四十七、八の松下庵久斎はあくどいかすりとりを商売にしているが、女房のお駒は二十七、八のいい女で、なぜ一緒なのか周りから不思議がられている。諏訪町の葉茶屋の次男宗八という二度も勘当を受けた道楽息子が、久斎のところへ相談に来た。並木にある梅の湯の三助、子之吉が上作の法華一乗の短刀を持っており、実は江戸の旗本のご落胤で短刀はその証拠だという。ところがその旗本が服部という苗字しかわからないので困っている。子之吉は薄野呂だから、その短刀を小芝居で巻き上げようと持ち掛けた。久斎もその話に乗り、お駒に用事を言いつけて外へ出したすきに、宗八が連れてきた仲間の弥兵衛、源介と打ち合わせ。そして当日、弥兵衛は子之吉から首尾よく短刀を手に入れたが、その刀の名前が妙法丸だと知らされた瞬間、久斎は真っ蒼になった。次の日の朝、井戸の底から久斎の死体が発見された。後頭部の打撲傷が致命傷だった。そして部屋の中は至るところに血の跡があった。
感 想
 何か曰くありげな夫婦と、ご落胤の証拠という短刀が絡み合う悲喜劇。意外な凶器が出てくるが、佐七では他作品でも使われている。お天道様は罪を見逃さない、パターンで読後感の良い一作。例によって情交のシーンは後で加えられたもの。ちょくちょく佐七を手伝う遊び人、馬道に住むからすの平太が初登場。
備 考
 

作品名
「鶴の千番」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 向島の料亭植半の離れ座敷に集まっているのは、柳橋の人気者だが男嫌いのお蔦と、それを射落とそうとするも手を引いて、逆に誰にも触らせないようしようとする同盟「お蔦にふれぬ会」。蔵前のお大尽、浜松屋幸兵衛。元旗本で狂歌師の阿漢兵衛。美人画の浮世絵師、豊川春麿。近頃人気の戯作者、柳下貞種貞。若手だが彫金師の名人、叶千柳。そこに現れた若い富札売りがしつこく絡んできたので、幸兵衛がその「鶴の千番」の富札を二朱で買った。せっかくだから、千両当たったら五人で山分けしようと決めた。ところが千柳の横やりで、一人死んだら四人で山分け、二人死んだら……となって五人死んだらお蔦にやろうという変な約束となった。さて五日後、本当に鶴の千番が千両に当たってしまった。その晩に集まったのはお蔦と四人。実は叶千柳、三日前に商売仲間と船を出して鱚釣りをしていたが、酔っぱらって裸になると、泳いでくるといって海の中に入り、そのまま屍骸も上がらない。今日はその弔いの席だった。世話好きの植半のお内儀、お近が明日代わりに受け取ってくるということでその日はお開きになったが、その夜、帰る途中で春麿が隅田川に落ちて死んでしまった。
感 想
 富籤で当たったお金を山分けすべき仲間たちが次々に殺される展開。殺人方法にも工夫がなされており、佐七の解決も鮮やか……かと思ったら、殺人の動機が後出しなのはまだしも、その内容があまりにもひどい。そこが大きな減点ポイント。
備 考
 ほぼ同じプロットが、後年「悪魔の富籤」(第九巻収録)で使われている。

作品名
「半分鶴之助」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 十六年前、吉原の江戸町に玉屋鍵屋という遊女屋が二軒並んでおり、それぞれお紺、お徳という仲の良い女房がいた。嫁いで十年経ってようやく子供ができたが、産まれる直前に吉原が大火事になった。すぐに二人は深川の寮に移ったが、こちらにも火の粉が飛んでひと騒動。二人は通りかかった大きな船に乗って避難したが、そこで産気づいてしまった。玉屋から付き添っていたお辰はおらず、鍵屋から付き添っていた十七のお村しかいなかったのでおろおろするうちに船の客が手伝って二人とも子供が生まれた。しかし混雑の中で、どっちがどっちかわからなくなってしまった。二人はとりあえず育ててみて両親に似てくればどっちかわかるだろうと言っていたが、一人が生まれてすぐに死んでしまったので面倒なことに。とりあえず成長したらどちらかわかるだろうと玉屋鍵屋の亭主は話していたが、二人共五、六年前に次々亡くなってしまった。当然お紺、お徳は諍いが絶えず、とうとう商売を人に譲り、今戸河岸に新しく家を建てたが、真ん中に子供の鶴之助の住まい、左右に二人の部屋を用意した。おまけに二人の好みが正反対なので、鶴之助は右半身と左半身で髪型、着物、履物が全然違っているのである。茶屋の娘からその話を聞いた佐七だったが、近くにいた深編笠の武士も熱心に耳を傾けているのを不思議に思った。それから数日後、鶴之助が失踪した。
感 想
 鶴之助はどちらの母親の子供か、という佐七で時々あるどちらが本物の〇〇か、パターンの一作。佐七がちょっと動いたらあっさり解決してしまうので謎解きとしては物足りないが、後味の良い終わり方と、ほっこりとする結末のつけ方は面白い。
備 考
 

作品名
「お俊ざんげ」
原 型
 紫甚左捕物帳「妻恋太夫」(捕物出版『不知火捕物草紙』)
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第八巻(春陽文庫)
粗 筋
 佐七が辰と豆六を連れて上野へ花見に来ていたが、掏摸騒ぎに遭遇。紙入れを掏られたと訴えるのは、二十六、七の矢ノ倉のお幸。訴えられたのは名うての女掏摸、十六夜お俊。その場にいた海坊主の茂平次がお俊の体を調べるも何も出てこない。そのうちに茂平次を挟んで取っ組み合いになったが、そこへ猿のかっぱらいが現れて、お俊は逃げていった。そんなお俊を佐七たちが後をつけると、お俊は猿の飼い主である銀之助と会っていた。掏った財布は猿が持っていたが、その中には銀之助がお幸に出した手紙。嫉妬したお俊が喧嘩を始めたところで中に入った佐七。実は銀之助は元は大きな呉服店の手代だったが、お幸に焚きつけられていつしか悪事を重ね、とうとう右腕に墨が入ってしまった。出てきたときにはお幸は、金座の役人である檜垣三十郎に囲い者となっていて、銀之助のことは洟にもひっかけない。佐七は二人に仲良く暮らせと言って二人を話したが、一か月後、お幸が殺された。茂平次は銀之助が下手人として捕まえようとしたが、銀之助は姿を消した。
感 想
 もともとの原型はノンシリーズの短編「恋慕猿」。猿芝居で配偶の牝猿が敦盛を演じていて、その配偶が死んだあとは敦盛の絵を見ると持っていってしまうという猿が重要な役割を果たしている。タイトルはお俊が主人公のように見えるが、そうでないところが不思議。猿によって重要な手掛かりが手に入る偶然性は気に入らないが、真犯人の意外性は面白い。
備 考
 

作品名
「七人比丘尼」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第二巻(杉山書店、昭和17年3月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 お彼岸、このしろ吉兵衛の家でご馳走になった帰り、水道端で辰に二十ぐらいの娘がぶつかり、挨拶もそこそこに伊勢源勝手口と書かれた裏木戸へ飛び込んだ。さらに豆六にぶつかったのは五十を超えた兎唇の老比丘尼。若い娘が来なかったかと聞くので、佐七が出鱈目の方向を教えるとそちらへ走っていった。豆六がぶるぶる震えているので何かと尋ねたら、胸の頭陀袋の中に蛇がいたという。その後、一月で三人の身許不明の比丘尼が蛇に噛み殺された。比丘尼橋で殺された比丘尼を確認しに行く佐七は辰だが、蛇嫌いの豆六は留守番することに。佐七が本所に住む薮原朴庵という医者を呼び出して尋ねると、去年の秋に目隠しをして連れ出された荒れ屋敷に七人の比丘尼がおり、そのうちの一人、妙椿という兎唇の老比丘尼が蝮にかまれてのたうち回っていた。手当をしたはいいが、翌日にまた連れてこられると比丘尼が二人逃げ出したという。そのとき、妙椿は七人の誓いを忘れたかと言い募った。その十日後、また蝮にかまれたと言って連れてこられたら、三人がまた逃げ出していたという。
感 想
 蛇嫌いは当初は辰の方だったが、後日豆六に変更されたとのこと。終わりの情交シーンは後日追加されたもの。七人の比丘尼の過去に端を発した奇怪な事件ではあるが、特に謎解きとかがあるわけではなく、事件を追いかけるうちにけりがついてしまったという話。豆六の蛇がらみのエピソードとエンディングは面白いが、逆に言うと面白さはそこだけである。
備 考
 

作品名
「鼓狂言」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 またもや佐七に公方様からお声がかり。怪事件を解いてほしいと、三人とも仮の士分となって大奥に出向くことになった。お年寄りで一番羽振りの良い八橋が話したのは、昨年の桃の節句の雛祭の話。お女中たちで芝居狂言を行うのだが、いつしか大奥の派閥争いになって競い合うようになった。公方様も見えられての結果は、江口派の『千本桜』に軍配が上がり、特に忠信に扮した部屋子のお染の出来が抜群だった。公方様からお褒めの言葉もあずかったのに、その晩、部屋で懐剣で喉をついて自害した。当然理由もわからないまま、お染の部屋は開かずの間となったが、桃の節句がまた近づいて女のお狂言師を招いての芝居の稽古が始まったが、開かずの間から毎夜、鼓の音が聞こえるという。お染が演じた狂言は鼓の狂言だった。さらに鼓はあちらこちらで徘徊し始めた。そして五日前、お年寄りの松島が茶を飲もうとすると色がおかしかったので、お亀という女中に毒見をさせると苦しみ始め、夜に死んでしまった。さらに二日前には、松島と仲良しの萩絵という年寄が、昼過ぎに食べた饅頭に入っていた毒で死亡した。松島は仲の悪い年寄の江口の仕業だと訴えている。八橋が話している途中、今度は歌野という年寄が食事中の毒で殺された。
感 想
 「日蝕御殿」(第3巻収録)に続いて、公方様からの依頼で、しかも場所は大奥。公方に向かって、二日で事件を解決するから大奥に泊めてほしいと言い放つ佐七が格好いい。タイムリミットサスペンスものだが、敵もさるもの、なかなか尻尾をつかませない。他作品より倍の長さもあるのは、佐七に大奥で存分に活躍させたかったからだろう。ただ、謎解きの真相は外にいる神崎甚五郎の捜査待ちなので、長さのわりに謎解きのカタルシスを感じられないのは残念。
備 考
 別題「女護ヶ島」。

作品名
「お玉が池」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 半年前、お玉が池に玉地庵青蛙という俳句の宗匠が越してきた。佐七も弟子入りし、いつしか家族で俳句をひねるようになった。九月半ばの秋雨の夜、青蛙の家での連句の会で、悪戯好きの青蛙は、寮の庭にある大きな池に、お玉が池の伝説にあるお玉の幽霊が出ると言い出した。しかもその証拠に、池の底にお玉が身投げ時に懐中に入れていた鏡がそこにあるという。佐七ほか一同が池に駆け寄ってみると、確かに鏡が沈んでいる。しかし青蛙、佐七だけに、あれは駒止弁天の御神鏡ではないかと言った。実はこの寮、元は鉄物問屋の釜屋の持ち物。去年、釜屋の一粒種、お七が患って重体となった。釜屋の主人、武兵衛は駒止弁天に、命を助けてくれれば千両寄進すると約束したところ、お七は本復。そこで武兵衛は千両箱を寄進することとなったが、その使者となった出入りの鳶頭、鎌五郎。昼過ぎに持って出たはいいが、弁天堂に担ぎ込んだのはなぜか五つ半(九時)過ぎ。預けるところもないので一晩堂内に泊まったが、そこへ黒装束黒服面の強盗が押し入り、一同を縛り上げ、千両箱と駒止弁天のご神体である御神鏡を奪っていった。さらに鎌五郎は姿を消してしまった。犯人は鎌五郎だとなったが、それっきり行方が知れない。翌朝、佐七が訪ねると青蛙が斬られて虫の息。机の上に、六句書き連ねられた連句の紙が載っている。名前を見たら、青蛙のほかに佐七、辰、豆六の雅号があった。もちろん佐七たちには心当たりがない。
感 想
 俳句の宗匠による連句のダイイング・メッセージ(死んだわけではないのだが)。これはなかなかで、かつ特殊な知識がなくとも解けるものなので、ぜひとも挑戦してほしいところ。本編では佐七にお粂、豆六が挑む。こういうものが苦手な辰は、十八番の泳ぎで見せてくれる。事件の真相もよくあるものに見えて裏がある非常にスマートなもので、捜査中に今まで出てこない下手人が偶然登場するという展開でなければ、もっと評価が高かった。
備 考
 冒頭にお玉が池とは現在の和泉町から松枝町、松下町あたりにあった大きな池であり、かつてお玉という美人がいたが、二人の若者に言い寄られて板挟みにあい、気が弱いため身を投げてしまったことからお玉が池と名付けられたと書かれている。しかもお玉は一枚の鏡を身に着けていたため、それは長く池底に残り、月の良い晩には水中から妖しい光を発したとのこと。現在の千代田区岩本町2丁目あたりにあった於玉ヶ池のことを指している。ただし、鏡の部分は横溝の創作である。

作品名
「百物語の夜」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一二巻(春陽文庫)
粗 筋
 赤坂桐畑に住む元お納戸頭の篠崎鵬斎翁というご隠居が、百物語の催しを開いた。怪談十二か月ということで集まったのは十二人。中には神崎甚五郎、佐七、辰、豆六もいる。他には家督を継いだ若侍、篠崎光之助。道場を開いている有名な剣客の磯貝秋帆。最近人気の怪談作者、お化け師匠こと宝井喜三治。声色や百面相、幽霊噺もやる寄席芸人、亀廼家亀次郎。鵬斎翁の知人の息女、綾乃。柳橋の一流芸者、小菊。五十過ぎの死人の口寄せなどをする巫女、薬子。以上である。こよりを引いたら佐七、辰、豆六、神崎、小菊、喜三治、秋帆、亀次郎、綾乃、光之助、薬子、鵬斎翁の順。蝋燭が十二本用意され、他の行灯は全て吹き消された。話が済むと蝋燭を一つ消し、向こうの離れ座敷で鏡を覗いてくるという趣向である。佐七は『お玉が池』の話をしたのだがその後、ここへ来る途中に溜池のそばで水浸しになったざんばら髪の若い男が出てきて、喜三治に渡してほしいと佐七に結び文を託したという話をした。すると、喜三治は震えだした。話は進んでいき、喜三治が鏡を見に行くと思わず悲鳴。なにかあったかと亀次郎、秋帆が離れ座敷へ行き、ひっくり返っていた喜三治を連れてきた。喜三治は一言話をして、無言でうつむいてしまった。全部の話が終わって真っ暗になった時、気味悪い呻き声が。慌てて火をつけると、喜三治が死んでいた。
感 想
 クリスティーの某作品を彷彿とさせる謎解きもの。当然百物語に参加したメンバーの中に下手人はいるわけで、ある意味下手人も佐七たちを参加させるなどのフェアプレイに徹している。この作品は、やはり最後の一行が物語の余韻を際立たせている。作者が自選集に選んでいるが、謎解きと人情味のバランスが取れた傑作である。
備 考
 別題「百物語」。

作品名
「睡り鈴之助」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一〇巻(春陽文庫)
粗 筋
 春の両国の広小路で、若くて業平と評されるほどの男振りな非人、鈴之助が、風の悪い三人連れの中間に絡まれた。三対一ながら喧嘩は互角で、野次馬どもは鈴之助を応援して大はしゃぎ。しかし卑怯にも一人が魚屋の天秤棒で脳天を殴りつけ、倒れたところを逃げていった。そこへ非人の仲間やお小夜という女房が駆けつけてきて介抱した。ところが目を覚ました鈴之助、お小夜や仲間のことがだれかわからず、しかも侍言葉で自分は鴨下鈴之助だと告げたから、仲間や周囲の野次馬はびっくり。お小夜が言うには、鈴之助は三年間睡っていたという。実は二人、三年前に心中に失敗し、お定書に従って非人に落とされたという。10日後、佐七たちは神崎甚五郎に呼ばれたが、鈴之助、お小夜に非人頭の善七。実はこの二人、心中したのではなく、三年前に騙されて心中未遂に仕立て上げられたものであり、それまではともに会ったことすらなかったとのことだった。
感 想
 事件の設定は悪くないが、三年前の事件の謎が、ほんのちょっとの捜査であまりにも簡単に解けてしまうのは勿体ない。人情話の一作だが、もう少し展開に起伏が欲しかったところ。
備 考
 別題「業平鈴之助」。横溝がアマチュア時代に『キング』へ投稿した懸賞小説「三年睡った鈴之助」(未掲載)を佐七ものに書き改めたらしい。

作品名
「団十郎びいき」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 もとは大坂役者で、十年前に江戸へ来てたちまち人気を独占してきた中山歌七。ようやく頭をもたげてきたのは江戸っ子のホープ、市川団十郎。今まで人気争いがひどかったが和解し、十一月の市村座の顔見世狂言で初顔合わせ。団十郎の児雷也に歌七の大蛇丸と前景気は高かったが、五日になっても初日が開かない。そこへ佐七のもとを訪れたのは、市川座の帳元、勝五郎。絵番付で児雷也の蟇を画くところ、歌七ひいきの小田原町の道中師の親分、浜辰こと浜田屋辰右衛門が大蛇を画けと言ってきた。当然団十郎ひいきの魚河岸の顔役、伊豆寅こと伊豆屋寅五郎は黙っていない。おかげで座元は座を開くことができない。そこへ昨晩、伊豆寅の妾、お町のところへ曲者が忍び込んだ。伊豆寅は組み付くと曲者は斬り付けて逃げていったという。しかも家にあった団十郎に縁のあった品がことごとく壊されている。これは浜辰一味の仕業に違いないと大変な権幕。頼むから忍び込んだ曲者を捕まえてくれと佐七に頼み込んだ。
感 想
 江戸と大坂の張り合いというのは昔から、というようなお話だが、それとは別の事件も絡んで逆に丸く収まるというのは捕物帳ならでは。佐七の人情話ではトップクラスの読後感の良さである。
備 考
 

作品名
「河童の捕物」
初 刊
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 辰の伯母、お源が佐七の家で話した河童の噂。袋物問屋、山口屋のひとり娘、お糸に縁談が定まった。相手はご大身の嫡男のため、武家の養女となる必要がある。そこでお糸は柳島の寮で手続きを待っていたのだが、そこに夜な夜な河童が忍ぶという。その河童は、半月前に綾瀬に舟遊山に出かけたときに出会ったという。それから真夜中になると、お糸のもとへ河童が通うようになった。お糸自身がそう言っているし、部屋には泥の跡がある。しかも乳母や女中たちが夜中に見張っていても、夜になると自然に眠ってしまうという。しかし山口屋の近所の評判は悪くないし、お糸自身も小町娘と言われているが気立てもよく、言い交した男もないし、縁談も乗り気である。翌日、佐七は山口屋へ話を聞きに行った。すると山口屋治兵衛が話すには、河童は寮の近くにある花井歳三郎という旗本の家にある応挙の絵の河童が抜け出しているのではないか、毎朝決まって濡れているし、泥の足跡もついているという。
感 想
 怪談現象をミステリに落とし込んだ作品。河童の正体に加え、別の事件の謎解きを絡み合わせているが、後味の悪さは否めない。
備 考
 原題「河童の仇討」、別題「河童の恋人」。

【完本 人形佐七捕物帳(春陽堂書店)】に戻る