完本 人形佐七捕物帳五(春陽堂書店)



【初版】2020年8月30日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「日本左衛門」
初 出
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 佐七の家に放り込まれた手紙には、先将軍のご愛妾であった月照院から増上寺への寄進物を横取りするという予告状。しかも差出人は、二十年前に処刑された義賊、日本左衛門。佐七たちは、月商院お気に入りの中老万寿が率いる三十人余りの女性たちが城から出てくるところを見張っていたが、万寿が急の差し込みで近くにあった城の御用を務めている店で休ませてもらったが、さらにそこで火事の声が出て右往左往。慌てて佐七たちが駆け込み、火事は偽りと告げて落ち着かせるも、長持ちの錠が千切られ、白木の蓋の上には日本左衛門の五文字。そして長持ちの中の神仏はなくなっており、代わりに能で使う般若の面が置かれてあった。さらに日本左衛門は、吉原一と謡われた千歳大夫の見受けの金千両を奪うと予告してきた。
感 想
 いわゆる不可能状況下での怪盗物で、佐七は見事にしてやられてしまう展開。もっとも推理小説慣れした人なら一度は考えそうな真相ではあるものの、事件の連続性という点ではかなり難しい。一番肝心である動機の部分がある人物の証言であっさりわかってしまうというのはちょっと物足りないが、佐七ならではの粋な終わり方が心地よい。佐七作品でもベスト級の一品。
備 考
 

作品名
「殿様乞食」
初 出
 『人形佐七捕物百話』第三巻(杉山書店、昭和17年9月刊行)書下ろし
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第一巻(出版芸術社)
粗 筋
 辰と豆六が柳原堤を歩いていると、空き家の化物屋敷から出てきた十八、九の娘が脇を駆け抜けていった。落としていた今戸焼の狸の欠片を見ると、血がついている。屋敷に入っていった辰と豆六が見つけたのは、座禅を組んだ醜い形相の男が肩から胸へかけて斬られて殺されていた。辰が見張り、豆六が佐七を呼んで戻ってきたが、辰はどこにもいない。殺された男は、浅草の奥山で評判になっていた、醜怪な容貌と体つきながら武士のような口の利き方をするので評判の殿様乞食だった。
感 想
 殿様乞食の正体と、殺人事件の真相を探る作品だが、その日のうちに事件の真相がわかってしまうので呆気に取られてしまう。佐七の観察眼の鋭さだけが目に付くところか。ドイルの某短編をモチーフにした作品だろうが、他の作品より短いし、殿様乞食の着想だけで書き始めたが、どうにもならないまま終わってしまったような作品。
備 考
 

作品名
「狸御殿」
初 出
 『現代作家傑作文庫 狸御殿他三篇』(八紘社杉山書店、昭和17年9月)
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 辰と豆六が本所まで用事を済ませて酩酊した帰り、拾った駕籠に乗ったはいいが、眠りこけているうちに連れてこられたのは御殿のような武家屋敷の座敷。二十四、五の美女と菊之丞という小姓だけがおり、名前を呼ばれた上に酒やご馳走を出されたのでいい気になった二人。酔いつぶれて気が付いたら、御殿が荒れ果てた古御所になっていた。しかし創りや飾りなどは先の御殿と変わらない。狸に化かされたかと思った二人だが、その屋敷が矢部甲斐守という三千石の旗本の下屋敷であり、誰も住んでいないことは確かめてきた。それから1か月後、蔵前の札差、山口屋の番頭の清兵衛が同じような目にあい、十両を盗まれたという。他にも人気落語家の三笑亭福円も同じような目にあって金を盗まれたが、こちらはもう一度あの別嬪にあいたいと願をかけているという。気になった佐七は屋敷を調べてみることとした。ところが福円が殺され、奇妙な絵を残していた。
感 想
 立派な御殿が一夜で荒れ果ててしまうという狸に化かされたような謎から、落語家が残したダイイング・メッセージ、そして下手人の意外な正体など、様々なトリックが盛りだくさん。トリックの数で言ったらトップクラスじゃないだろうか。最初の謎はルブランの某長編(クイーンの某中編よりもこちらのほうがシチュエーションが近い)のトリックだとすぐ予想をするだろうが、それを支える舞台設定と動機がうまい。佐七も振り回される謎の深さは必読。これも佐七ものではトップクラス。
備 考
 

作品名
「凧のゆくえ」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年1月号
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 子供たちが大勢凧を上げている中で、後から現れた勘定方初鹿野主膳の若様、万之助の弁慶の大凧が他の凧の糸を切り始めた。もっとも、凧を操っているのは中間の筆助。ところが牛若丸の凧に負けた弁慶の凧の糸が切れて、どこかへ飛んで行ってしまった。怒った万之助の中間、筆助が小僧を突き倒して、殴る蹴るの暴行を加え去っていった。千代松の額が切れて血が噴き出している。慌てて駆けつけたのは、采女ヶ腹の楊弓場、十六夜の矢取女で、器量よしで評判のお仙。男勝りのお仙は怒りまくるが、相手が悪い。ところがその二日後、若様が神隠しにあった。初鹿野家の御用人坂部は佐七に、勘定方の重要な書類が盗まれ、さらに筆助が強請ってきたので追い出したと語った。
感 想
 凧というアイテムを通し、若様の神隠しと重要書類の盗難という二つの謎が絡み合う結末はお見事。人情噺の部分も加味され、佐七作品ではトップクラス。なぜこれが春陽文庫版全集に収められなかったのだろうと首をひねるぐらいの出来である。某推理クイズの元ネタはここかな。
備 考
 

作品名
「雪女郎」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 師走半ばの雪の激しく降る晩、馬喰町の髪結い床、碇床の親方弥七のところへ来た客は、白無垢の振袖に綿帽子をかぶった、雪の精のような女。下職のきょろ松を風呂へ追いやり、女の手を引き寄せたが……。半刻(一時間)後、風呂帰りのきょろ松と、偶然会った常連の伊之助が碇床へ行くと、弥七が倒れていた。そして伊之助に、雪女郎にやられた、今度はお前の番だと告げ、血を吐いて死んでしまった。佐七たちが駆けつけ、医者に聞いてみると、よほど強い力で抱きすくめられ、肋骨がバラバラに折られて死んだという。縁側から出入りしたものがいるらしいが、雪で後は何も残っていない。しかし熊の毛が数本残っていた。本当にあれは雪女郎だったのか。伊之助は何か心当たりがあるようで、ぶるぶる震えていた。
感 想
 雪女郎、しかも正体は恨みを持つ女の幽霊による殺人という怪奇趣味溢れる一作。その犯人の正体については、アンフェアと思う人がいるかもしれない。ただ、雪女と殺人事件をうまく絡ませたその腕と、余情が残る終わり方が何とも言えない寂しさを醸し出し、読者の心を打つ仕上がりになっている。これも佐七作品ではトップクラスに入る出来である。
備 考
 

作品名
「雛の呪い」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年3月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 春の六つ時、辰と豆六が柳原堤を歩いていると、横山町の質両替店、尾張屋の姪のお鶴が人殺しと助けを求めてきた。しかし二人が佐七の子分だと伝えると、急に何も話さなくなったが、明日が雛祭りと確認してきた。二人が調べてみると、亭主の四郎兵衛は六十過ぎで女房子供もなく、二十一のお鶴と十九のお亀という美人で評判の二人の姪を引き取って面倒を見ている。お鶴は奉公人同様の扱いだが、お亀は人好きがして四郎兵衛に寵愛されており、跡取りになるのではと噂され本人もその気でいる。そして雛祭り当日、三人で飲んだ白酒に毒が盛ってあり、夜中に苦しみだしたが助かったという。佐七が番頭の利兵衛に聞くと、雛人形は美濃の浪人と駆け落ちをしたため二十年前に勘当された一人娘、お町のものであり、人形にはこれを取ろうとすると呪われるというお町が書いた紙が残されていた。
感 想
 証拠がないこととはいえ、佐七が犯人の想像をつけていながら、結局次の事件が起きてしまうというのはちょっとひどいんじゃないだろうか。その想像がたとえ単なる印象論でしかなくても。登場人物があまりにもわかりやすく、驚きも何もなくて印象が薄い話である。
備 考
 

作品名
「巡礼塚由来」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年4月号
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一三巻(春陽文庫)
粗 筋
 五日前、向島で二十歳前後の巡礼娘が生き神様こと今戸河岸の華厳院英存の懐を狙ったと、供の男が娘を殴る蹴るしたうえ、桜の木に吊るしてしまった。その後大雷雨があり、娘は助かったが、同じ桜の木に雷が落ち、花見帰りにたまたま木の下にいた紅屋の娘、お通が雷に打たれ、真っ黒焦げになって死んでしまった。辰と豆六が佐七にその話をして帰る途中、三囲土堤の下の川に巡礼の菅笠が浮いており、緒の先に小判が一枚結び付けられていた。そのとき、様子を窺っていた蜆売りが近づき、不意を突いて佐七たちを襲い、小判を奪ってしまった。
感 想
 佐七ものではたびたびある新興宗教ものの一つ。ちょっとした入れ替わりトリックはあるものの、どちらかといえば人情物の作品。短めでそれほど取り上げるところはない。
備 考
 原題「消える巡礼」。

作品名
「武者人形の首」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年5月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 老舗の人形店、山形屋に三十五、六の奥女中が現れ、並んでいた五つの武者人形はどこにあるかと聞いてきた。すでに予約済みで売れてしまったのだが、奥女中の高飛車な口ぶりに腹が立った手代の清七は、売った相手を知らせなかった。代わりに作成した人形師の中村常山の名前を伝えるも、常山は半月前に死んでいた。そこへ大工兼吉の女房、お霜が最後となる清正の虎退治の人形を買っていった。奥女中はお霜を追いかけて人形を売ってくれと十両出すも、お霜はそんな態度が気に入らず断った。その夕方、風呂へ行っているすきに人形が盗まれ、代わりに三両が置いてあった。お霜に相談された佐七のところへ辰と豆六が駆け付け、鱗形屋で泥棒が二人押し入り、一人が一人を殺してしまい、曾我兄弟の武者人形を盗んでいったと知らせてきた。
感 想
 ドイル某短編を彷彿とさせる一編だが、佐七ものではたびたび使われるネタ。跡継ぎ騒動が絡むのも、たびたび使われるネタ。特に大した謎解きもなく終わる話だが、さすがに清七の行動には無理がないだろうか。
備 考
 

作品名
「蛇を使う女」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年6月号
再 掲
 『読物界』(中央文芸社)昭和23年新秋(9月)号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 結城孫十郎という八百石の旗本の容認、白河勘兵衛が佐七に頼みごとをしてきた。孫十郎の八歳の息子、千之丞へ一昨日、町方の名前がわからぬ娘から贈り物が届けられた。ところがそれを受け取った勝手の分からぬ女中がそのまま千之丞に渡してしまい、開けてみると蝮が出てきて千之丞へ噛みつき、一時は重態となった。その送り主の娘を探してほしいという。すると辰は、両国の見世物小屋に出ている蛇使いのお絹が同じ日に、誤って蝮に噛まれて死んだという話をした。すると佐七は、蛇使いは縞蛇か青大将を使うから、蝮に噛まれるはずはないと辰を叱る。調べてみると、お絹は貯めていた金で大名の姫君のような服装をして上等の屋形船を仕立て、大川を舟遊山するという大散財をしたという。しかもお絹が琴を弾いていたら、お忍びの若殿のようないい男が別の舟から尺八を合わせてきて、ついには同じ舟に乗って枕を一緒にしたという。
感 想
 若殿と蛇使いという接点がなさそうな二人がともに蝮に噛まれた謎。お絹の散財する行動は、横溝の短編「山名耕作の不思議な生活」をベースにしていると思われる。人情物の一作で佐七の粋な計らいが涙を誘うが、その一方で女傑の行動に翻弄される辰と豆六がおかしく、不思議な印象を与える佳品。いつもならありそうな情交シーンは戦後に書き足されたものだが、かなり抑え目なのがかえって読みやすい。
備 考
 

作品名
「狸の長兵衛」
初 出
 『北方日本』(北方日本社)昭和20年7月号
再 掲
 『別冊宝石』一号(岩谷書店)(昭和23年1月)
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 薬研堀に住み、狸しか掘らない名人が狸の長兵衛。名人気質で気が向かないと仕事をしない。秋の終わり、十四、五のかわいい娘が長兵衛の長屋にやってきて、自分は谷中長兵衛にで助けられた子狸だが、母にご恩返しをして来いと言われてやってきたといった。しかも長い袂を翻すと一升徳利が現れる。紅葉という娘はそのまま長兵衛の家に住み着いてしまった。年の市の幡がはためくころ、紅葉が使いから帰ってきたら長兵衛が布団の中に寝ていた。昼間から飲んでいたから気にもせず夕飯の用意をしたが、ゆすっても起きてこないので布団を持ち上げてみると、首のない長兵衛の死体があったという。紅葉が使いに行った後、旅人みたいな男が二人やってきて、包みを抱えて出ていったという。どうやらその二人が下手人らしいが、不思議なことに首の斬り口以外には他の傷がなかったが、隣にいた大工夫婦は何の物音も聞かなかったという。さらに紅葉が届け出た後、いつの間にか姿を消していた。
感 想
 子狸が化けてやってきた娘やその後の展開などが、首のない死体が出てきてもどことなくユーモアが漂う。無理な展開はあるものの、素直にその雰囲気を楽しむ作品。
備 考
 原稿は紛失したとのこと(実際は掲載誌が作者の手元に届かなかったのではないかと浜田知明は推測している)で、作者がのちに記憶に基づいて再度執筆したのが再掲されたもので、この全集では再掲分を採用している。

作品名
「銀の簪」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 幕府の上層部の大変革に絡み、神崎甚五郎が失脚。くさった佐七は十手捕縄をお上に返上し、辰五郎と豆六には暇を出し、お粂とともに江戸を売って旅をしてきた。三年後、その変革が終わり、神崎甚五郎は八丁堀に返り咲いたので、呼び戻された佐七とお粂も江戸、神田お玉が池へ帰ってきた。
 お粂が昨日用達の帰り、振袖稲荷の鳥居の陰から出てきた男がぶつかってきた。男はそのまま逃げていったが、足元に銀簪が落ちていた。てっきり自分が落としたものだと思い、懐紙で拭って持ち帰ったが、朝に見てみると簪に血がついている。捨てた懐紙を開けてみると、血で真っ赤になっていた。慌てて振袖稲荷まで駆け付けた佐七とお粂。祠の後ろで絵草紙屋の娘、お辻が簪で首筋を刺されて殺されていた。そこへ最初に死体を見つけたという半四郎とともに現れた鳥越の茂平次は、手紙と銀簪をそばで見つけ、手紙の差出人のばんの字」から半四郎を捕まえてしまった。するとお粂が持っていた銀簪は? 一方、駆け付けた父親の山形屋加十は、夜遊び男遊びが激しいお辻が死んでも大して嘆いていなかった。
感 想
 戦後、連載が再開された佐七捕物帳の第一作。辰と豆六がまだ帰ってきていないので、佐七がお粂と一緒に事件の解決に乗り出す珍しい展開となっている。佐七が帰ってきたぞと江戸中に広めたような事件ではあるが、謎解きというよりは運命のいたずらというプロットを楽しむ作品になっている。なお本作のプロットは、のちに金田一ものの短編「扉の中の女」で使われている。
備 考
 別題「銀簪罪あり」。

作品名
「夢の浮橋」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年3・4月合併号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 文化四年八月に起きた、永大橋墜落事件。何百人も死んだその事件で、金物屋川崎屋の後妻お才は手を繋いでいた継子で三歳の永太郎と一緒に川へ落ち、お才は助かったものの永太郎は行方不明となった。実子で生まれたばかりの七之助は子守に抱かれていて助かったため、世間からは悪意を噂され、さらにあるじの亀右衛門が翌年に病で亡くなった。商売もうまくいかなくなり、五年後、暖簾をたたんで二人は逼塞してしまった。それから十八年、佐七のところへ帰ってきた辰五郎が赤黒いシミの付いたびしょ濡れの女帯を取り出した。今朝、吾妻橋で見つけたもので、地紙問屋紙宇のひとり娘、お光のものだという。辰が川筋を探すと大川の下で喉を抉られたお光の死体を見つけた。もっともお光は帯を締めていて、辰が手元にある帯はお光がきのう馬道の仕立屋で仕上がったものを持ち出したものだという。お光は当初、自分が見染めた仕立屋の清次郎との祝言が決まっていたものの、お光が清次郎の内弟子の七之助に心変わりをしてしまい、しかもかつての老舗の川崎屋の息子ということで父親も乗り気になり、来月祝言を挙げる予定だった。
感 想
 辰五郎が江戸に帰ってきた。佐七やお粂たちとのやり取りは楽しい。ところがこの話の面白いところはそこまで。事件の方はあっけなく終わるし、しかもすっきりしないしというところで全く面白くない。
備 考
 

作品名
「藁人形」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年5月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 十年前に亡くなった人気役者中村歌五郎の子供である、芸者のお蔦と子役の民之助。勝気な祖母のおとりは、民之助を立派な役者にと発破をかけるが、十二になる本人は内気で役者を辞めたがっている。民之助は市村座の狂言「都鳥廓白浪」で梅若丸という大役を与えられていた。その民之助が殺された。佐七に敵を取ってほしいとお蔦は訴えた。お蔦がいう敵とは、座頭の成田屋市川吉十郎という人気役者。吉十郎の亡父吉左衛門は歌五郎と人気を争っており、歌五郎が死んだのは吉左衛門が水銀を飲ませたという噂があったぐらいだった。吉十郎が民之助を抜擢したのは舞台で虐めるためであり、それでは飽き足らず殺したのだとお蔦は訴えるのだった。そこに豆六が帰ってきて、久しぶりに三人で捕物に挑む。
感 想
 豆六が上方から江戸に帰ってきた。辰と違い、事件が起きたところであっさり登場するのはちょっと残念。事件の方もあっさりと解決してしまうし、大事なところは最後に佐七から立て続けに出てくるので、謎解きとしてみると大したことのない作品。
備 考
 別題「呪いの藁人形」。

作品名
「春色眉かくし」
初 出
 『宝石』(岩谷書店)昭和21年6月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 捕物名人の佐七だが、唯一の欠点は女にだらしがないこと。そんな佐七が女のところへ入り浸って酒を飲むわいちゃつくわで、お粂が怒るのも無理はない。辰と豆六が話すには、最近大掛かりな抜け荷が続くことから探索していた佐七が一人で老舗の小間物問屋歌村に聞きに行った際、小豆色の頭巾をした小股の切れ上がった姿のいい女が入ってきて、隙を見て万引きをした。話をしていた主の孫右衛門や番頭の治兵衛も気づいたが、佐七は店先で事を荒立てない方がいいと店を出て言った女の後を付けていったが、一刻後、ほろ酔い気分の佐七が歌村へ帰ってきて自分の目違いだったと言ってきた。挙句の果てに孫右衛門たちに難癖をつけるのかと文句を言う始末。さらに翌日、そのお連という女の兄である宇津木源之丞が歌村に、妹に万引きの濡れ衣を着せたと難癖をつけてきた。そこへ通りかかった佐七、源之丞を捕まえるどころか孫右衛門に汚名を着せるお前が悪いと言い出す始末。孫右衛門が丁稚の長松に後を付けさせると、佐七はお連の家で酒を飲んでふざける始末。すっかり鼻の毛を抜かれた佐七に怒ったお粂は、お連の家に怒鳴り込む。
感 想
 まあ、結末はほぼ予想がつく展開だろう。お約束な出来事をあえて楽しむ作品。このころの作品は、戦後の紙不足のせいもあるだろうが、頁数が少ない。
備 考
 別題「艶女の囮」。

作品名
「夜毎来る男」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年6月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 表向きは医者、裏は高利貸しの寺井久庵は、蛭の久庵と呼ばれるほどの非道な男。夜鷹蕎麦の源兵衛は女房のお仙の病気で一両を借りたが、気が付いたら十両になっていた。驚いた倅の十三郎は、横山町のお店に奉公していたが、親の難儀を救うためお金をごまかして伝馬町の牢屋入り。お仙はそれを知って死んでしまった。そのため、源兵衛は毎夜、久兵衛の家の前で愚痴を繰り返す。さすがに怒った久庵の妻、お角は下男の銀造に命じて痛めつけた。その夜、久庵の家が焼け落ちて、三つの死体が掘り出された。それきり源兵衛は行方知れずとなった。家には一文も残っておらず、久庵のひとり娘、お品も姿を消してしまった。それが去年の師走。そして今年の五月、両国の並び茶屋、しののめの人気者、お鈴が佐七に会いたいと辰や豆六に話していたが、数日後、同じ店のお福が佐七の家に駆けこみ、お鈴が姿を消したので探してほしいと訴えてきた。お鈴は実はお品だという。最近、お鈴のところへ三人の男が通ってきていた。一人は耄碌頭巾を被った気味の悪い爺、お店者らしい若い男、顔中にあばたがある桐生の織元、井筒屋伝兵衛である。
感 想
 ばればれのトリックが出てくるが、本作品はその後のお鈴をめぐる事件の方を楽しむ作品。これもまた、もうちょっと筆が欲しいところ。
備 考
 

作品名
「化物屋敷」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年7月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 佐七とお粂が例によって大喧嘩。今回は、お粂がお源の見舞いの帰り道、すれ違った二挺の駕籠に佐七と女が乗っていたこと。お粂が後を付けたら、本所一ツ目の武家屋敷に入っていった。さすがに入ることができず、通りがかりに聞いたら化物屋敷とのこと。気味が悪くなって逃げて帰ってきた。ところが佐七には全く心当たりがない。二人の大喧嘩中にやってきたのは、佐七も世話になっている松ヶ枝町の伊丹屋利兵衛。利兵衛の妹、お篠は小田原町の材木問屋近江屋に嫁ぎ、亭主が亡くなったので一人で切り回している。ひとり息子の好太郎に縁談が決まったが、相手のお町は祝言前に亡くなってしまった。ふさぐばかりの好太郎を心配し、手代の与吉に言い含めて無理やり隅田川の舟遊びに連れ出した帰り、偶然駕籠の中にお町がいた。お町らしき女が渡した文に誘われ、やってきたのが化物屋敷。そこにいたのは、なんとお町。そのまま契りを交わし、それから夜ごと通うようになった。与吉に後をつけさせたら、確かに蚊帳の中にいたのはお町。それを聞いたお篠が心配して利兵衛に相談し、佐七のもとへ来たのだった。好太郎が元気になったのはいいが、心配なのは少しずつだが無心されて金を持ち出すこと。夜になり、化物屋敷へ探りに行った佐七たちは、あるものに遭遇する。
感 想
 化物屋敷での正体については、当時の照明事情だから成り立つもの。それ以上に事件の裏に隠された話の方が面白いが、あっけなく解決されてしまったのはちょっと残念。頁数があれば、もっと込み入って書いていたところだろう。好太郎とお町の契りを交わすシーンも、やはり抑え目。ちょっとした人情物の終わり方なので、後味は悪くない。
 形としては「銀の簪」の続編になっているが、この作品単独で読んでも特に問題はない。
備 考
 

作品名
「吉様まいる」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年8月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 日本橋の大店、紅殻屋伊左衛門のひとり娘、お七は年を取ってからできたひとり娘。可愛がってきたが、十七の年に腹がせり出してきた。まさかの妊娠に男は誰だと問い詰めるも答えない。しかも男の子を生んだあとの肥立ちが悪く、亡くなってしまった。伊左衛門は残された子供、吉太郎の父親を捜すも、誰も心当たりがない。亡くなる直前にお七が書いた手紙には、吉様まゐるとあり、吉太郎の名前もちなんだとのこと。そこで吉と名の付く男を養子として迎え、吉太郎の貢献を託したいと通夜の席で披露してしまったが、基地と名乗る男が三人も現れた。一人は絵草子屋の三男で吉松だが、これは放蕩無頼の若者でお七も怖がっていたぐらいなので考えられない。続いては謡曲の師匠をしている浪人者の金子吉之丞。証人は常磐津の女師匠で、お七も一時期通っていたという文字房。ところがこの文字房もよくない噂が多い。最後は、一番番頭で四十二の独り者、吉兵衛。堅物で忠義者の吉兵衛がこんなことを言い出すなんて腹が立って仕方がない。そこで佐七に、本物の吉兵衛を見定めてほしいと伊左衛門は頼み込んだ。
感 想
 父親は三人の中で誰だという、佐七ものではよくあるパターンの一つ。そして父親の正体についても、これまたよくあるパターン。残された手紙に書かれているヒントから佐七が父親の正体を推理するけれど、それだったら最初から明かせばいいのに、とは思った。解説によるとこれは本歌取りとのことだが、これは元ネタが思いつかないので、何とも言えない。文学的素養がないと、こういう時がきつい。
備 考
 解説の末國善己によると、狂言『三人吉三廓初買』(通称「三人吉三」)のパロディとのこと。

作品名
「女易者」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年9月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 最近評判の女易者、菊花堂一枝。京言葉を使い、江戸っ子は公家の息女ではないかと噂する始末。三日前、一枝に深編笠の浪人ともめごとになり、一枝は逃げ出して万古堂という古道具屋へ逃げ込んだ。大名行列に引っ掛かり遅れた浪人は、髪結い床の文吉に女のことを尋ねるも、京言葉。文吉や、万古堂の弥平も知らぬと答えたため、結局見つからないまま帰っていった。ところが、文吉のところへ来ていた髪結い職人の千次郎も、一枝の顔を遠くから見て驚いた。そのまま文吉は雲隠れし、一枝もいなくなった。それから10日後、文吉が佐七の家にやってきて、男と女の心中死体が柳橋のきわに上がったと伝えてきた。喉を刺された男はこの間の浪人、顔が見分けもつかないぐらい斬り刻まれていた女は一枝だった。
感 想
 途中で重要人物が登場して今までの人物の正体をあっさりと話してしまうわ、肝心の解決部分は佐七の解説だけで終わってしまうわ、後味は悪いわ、で何もいいところがない作品。
備 考
 

作品名
「どもり和尚」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年10月号
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 横網町の寒松寺へお十夜の説法を聞きに行った辰の伯母、お源。和尚の了泰は弁が立って最初はみな聞き惚れていたが、茨木屋幸兵衛が遅れて入ってきたのを見て、急にどもり出したとのこと。しかも今も治っていない。本所相生町の油問屋茨木屋の幸兵衛とおきぬは仲の良い夫婦で、お町、お露という二人の娘も母親似の美人。ただし、先代の後家のお篠は口やかましく、親孝行の幸兵衛は逆らわない。そこへ常磐津文字春のところへ稽古に行った帰り、お町が斬り殺された。しかも左腕が斬り落とされ、いまだに発見されていない。お町に浮いた噂もなく、いまだ下手人は捕まらない。もしかしたら和尚は何か知っているのではないか。佐七たちの探索が始まった。
感 想
 佐七が乗りだしたらあっという間に事件解決。お源の話がいかに重要だったかわかるのだが、それにしても後味が悪い。
備 考
 

作品名
「狸ばやし」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年11月号
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一〇巻(春陽文庫)
粗 筋
 駒込の奥深く、傾城ヶ窪界隈で毎夜狸ばやしが聞こえると評判。ところが場所を変えるらしく、どこにいるのかわからない。近頃板橋街道のほとりへ移ってきた常磐津の女師匠、文字常の稽古場へ中秋月見の晩、5人の男が集まっていた。近所の経師屋の息子で鶴次郎、俳諧師の千蝶、浪人者の谷屋与右衛門、豪農の久左衛門、大工の棟梁の秀五郎。千蝶がそこで話したのは、鍛冶の親方の伊十が狸ばやしの正体を見てくると言って出かけたはいいが帰ってこないので、みんなが探しに行ったら隆光寺の地蔵にふんどしだけの姿で馬の草鞋を被って地蔵にお辞儀をしていたから大笑い。それからは伊十は外に出ず、十三の娘のお光も外へ出さない。そこで鶴次郎、秀五郎、与右衛門が狸ばやしの探検に出かけることとなった。待っている間、文字常は風呂に入り、久左衛門と千蝶は将棋を指していたが、文字常が上がったところで子供の叫び声。同じく狸ばやしの評判を聞いて出向いていた佐七たちもそれを聞き駆けつけてみると、池のそばにお光がいて、池には咽喉仏を刺されて死んだ鶴次郎が浮かんでいた。
感 想
 狸ばやしの謎という発端は面白いが、大した謎解きもなく急転直下の解決でこれまた面白さに欠ける。
備 考
 別題「もののけ異変」。

作品名
「お化祝言」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和21年12月号
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第一巻(出版芸術社)
粗 筋
 深川の万年橋から罪人が島へ送られるのを通りがかった佐七たちが見ていたが、辰と豆六がそのうちの一人を見て驚く。茶汲女で江戸中の人気だったお園を殺したとして捕まった、幼馴染だった大工の六三郎なのだが、そこへ掏摸にあったと四十過ぎの大男が騒ぎ出すも、急に大したことはないと言い出して琴絵という泣いていた娘を連れて帰ったが、これを見た辰と豆六はさらに驚く。佐七に問い詰められた二人が話したのは一昨日晩のこと。二人が使いからの帰り、声をかけてきた駕籠屋が面白いところへ連れていくといったものだから話に乗った。酒をふるまわれていたこともあり駕籠の中で寝てしまったが、起きてみると結構なお座敷。姥桜のいい女に案内され、紋付き袴に着替えた二人が連れられたのは祝言の宴。居たのは花婿花嫁と、四十過ぎの大男。花婿はおかしなことに月代が伸び髭が生えていた。三々九度が終わり、二人が床入りした後、辰と豆六は案内した女と大男に酒を勧められたものの、薬が入っていたらしく眠ってしまい、起きてみたら駕籠に乗せられた元の場所に寝ていた。なぜか懐に三両が入っていて、そのまま遊びに行ったことで佐七に怒られたが、花婿が六三郎、花嫁が先ほどの琴絵という娘、大男は掏摸にやられたという男だった。しかし六三郎は島送り直前だから牢屋敷にいたはず。佐七は首をひねった。
感 想
 奇怪な結婚式や牢屋敷に繋がれているはずの花婿といった謎は面白いのだが、なぜ辰と豆六が祝言に呼ばれたのか、掏摸の男は誰なのか、など疑問に思うことは何も答えが出てこない。花婿の謎はさすがに無理があるし、殺人事件も全く不要だったと思われるし、あまりにも出来が悪い作品。
備 考
 別題「竹法螺」。

作品名
「松竹梅三人娘」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和22年1月号
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一四巻(春陽文庫)
粗 筋
 錦絵の版元、蓬莱屋万右衛門が九年前に始めたのが、江戸の美人選び。江戸中の絵草紙屋に投票箱をぶら下げ、これはと思う娘の名前を投票してもらうことにした。そして上から十名を選び、佐七も審査員として入っている審査会で一人を決定した。選ばれた美人を当世お江戸町としてその艶姿を名高い浮世絵師の喜多川蔦磨に描かせ、錦絵として売り出した。江戸中の評判となり、錦絵も大いに売れて万右衛門も万々歳。評判となったので毎年行われるようになったが、今年はお松、お竹、お梅の三人まで絞ったがそこから一人を選ぶのに大悶着が起きた。選ばれた三人の名前を聞いた万右衛門が思いついたのは、いっそのこと松竹梅として三人を選ぼうというもの。狙いは大当たりして錦絵も売れたが、お松とお梅が行方不明となり、どちらも店先に俳句と福寿草の絵が描かれた色紙が残されていた。次はお竹の番だということで、神田にある呉竹屋に頼まれた佐七は辰と豆六を住み込ませて見張っていたが、とうとうお竹も姿が消え色紙が残され、代わりに布団の中には女乞食がいた。
感 想
 三人の小町娘が失踪したとなると「羽子板娘」が頭に浮かんでくるが、もちろん別の話。失踪の謎はすぐに解けるが、下手人の動機については完全に逆恨みでどうかと思う。まあ、今のご時世ならさもありなんと頷く人がいるかもしれない。ただ、お話としては簡単に終わってしまって面白くない。
備 考
 原題「松竹梅」。別題「春姿松竹梅」。
 本文中でいわゆるミス〇〇みたいなコンテストが江戸時代から行われていたと書かれているが、解説の末國善己が引用した井上章一『美人コンテスト百年史 芸妓の時代から美少女まで』(新潮社)によると、日本初のミスコンテストは、1891年に浅草で行われたものだという。ただし江戸後期には「茶屋娘見立番付」も刊行されていたので、このようなイベントがあったとしてもおかしくはないと記している。

作品名
「かんざし籤」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和22年3月号
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 辰と豆六が用事先で振る舞い酒をもらった帰り、大川端で身投げしようとした女を助けた。女は両国で評判の女軽業、鈴本小虎の一座に出ている女大力、小万であった。小万を一座の小屋に連れていったが、身投げする理由を話そうとしない。豆六の頭に簪が刺さっているのに気付いた佐七が尋ねてみると、それは小万のものでひっくり返った時に袂に刺さったものを何気なく自分の髷に挿していたという。次の日の朝、柳橋の第六天稲荷の境内で、若い男が絞殺されていた。駒形にある小間物問屋扇屋の番頭、勘三郎であったが、番太郎が報せに行ったが帰ってこない。近いので佐七たちが扇屋に行ってみると、返事はなく戸は閉まっているという。店には勘三郎のほかには娘のお扇しかいないという。裏から辰と豆六が入ってみると、お扇が首に紅襷を巻き付けられ、気を失って倒れていた。幸い息を吹き返したが、お扇の顔には疱瘡の跡と火傷の跡があった。
感 想
 タイトルの意味は後半で説明される。何ともひどい事件で、後味もよくない。特に謎解きの面白さもなく、これまた出来の悪い作品というしかない。
備 考
 

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