完本 人形佐七捕物帳六(春陽堂書店)



【初版】2020年11月16日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「孟宗竹」
原 型
 『金太捕物聞書帳』同題作品
初 出
 『銀の簪』(杉山書店、昭和23年3月刊行)
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一一巻(春陽文庫)
粗 筋
 まだ佐七が辰五郎や豆六といった子分を持っていなかった、初午の日。不忍池の新土手に、大きな古狸の水死体が上がっていた。しかも四つ足は荒縄で縛られ、新しい孟宗竹が通してあった。下っ引の留公の話だと、その日の明け方の八つ(二時)ごろに出た吉原の火事で駆け付けようとしたところ、三枚橋で躓いたのが、菰包みされた七十くらいの坊主の死体。殺害された様子もなかったので、とりあえず不忍の池番小屋に担ぎ込ませ、池番の六兵衛に番をしてもらい、吉原に駆け付けた。六兵衛のところに現れたのが、十四、五くらいの可愛い女の子。火事見舞いに行こうとしたが消えたので、行くのを止めると手に持っていた一升徳利を六兵衛に渡し、帰ってしまった。六兵衛が酔いつぶれたところへ六つ(六時)すぎに戻ってきた留公が声をかけると、死骸が消えていた。狸を縛っていた青竹は、坊主を担ってきたものと同じだった。留公は狸の仕業じゃないかと佐七に話すが、佐七は湯島の宝台寺を調べてみろと話す。戻ってきた留公が佐七に話したのは、なんと昨日死んでいた坊主が生きていたということだった。
感 想
 狸に化かされたのではという話は、江戸時代ならでは。佐七が重要な手掛かりを最後に話すのは、ミステリとしてはアンフェアもいいところだが、捕物帳としてみるなら仕方ないだろうか。最後、佐七が名無しの誰かに真相と後日談を話すという珍しい形になっているのは、原型作品をそのまま流用したからと思われる。死んでいた坊主が生きていた真相や可愛い少女のトリックはちょっと面白い。
備 考
 原型作品の主人公、金太をそのまま佐七に改変しているため、辰五郎が子分になる前の捕物となった。
 解説によると、『半七捕物帳』を意識した構成とのこと。

作品名
「白羽の矢」
初 出
 『宝石』(岩谷書店)昭和22年4月号「捕物特集号」
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 この春から江戸を騒がしているのは、「白羽の矢」。家に白羽の矢が立ち、二、三日後にその家の娘が無理矢理駕籠に乗せられ、立派な御殿に攫われる。御簾の中に誰かいて、話をしたら別の部屋に下げられる。翌日、もしくは二、三日後には娘が元の場所に返され、なぜか絹の土産を持たされる。尋ねられたのは、去年の夏の舟遊山に、誰かに扇をもらいはしなかったかということ。二月の間に七件起きていた。今まで攫われたのは、いずれも小町娘だったのだが、今朝に白羽の矢が立ったのは、下谷広徳寺前の仏具屋。ところがそこにいるのはまるで金太郎のような大町娘、お福。当のお福は小町娘に選ばれたと大得意で、早くかどわかしてくれと毎晩着飾って寂しいところを歩くものだから、困った両親は佐七に相談。辰と豆六は毎日おふぐ、いや、お福の後を尾けていたが、六日目の晩、二人が阿呆らしいと夜鷹蕎麦で酒をひっかけている隙にお福は攫われてしまった。ところがいつもの立派な駕籠ではなく、普通の辻駕籠だった。
感 想
 佐七ものでは珍しい、ユーモア満載の珍品。あっという間に事件の真相がわかってしまうのは難点だが、誰も損することなく終わり、楽しめる一編。ただ、わざわざ白羽の矢を立てなくても、すぐ誘拐した方が警戒されずにやりやすいと思うのだが。
備 考
 別題「消えた小町」。
 掲載誌の「集」は車偏に口と耳。

作品名
「丑の時参り」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和22年5月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 髪結いの海老床で、金棒曳きの源さんが辰と豆六に話したのは、杉の森神社に十日ほど前から亥の時参りが出るということ。その女は、十日前にさらし首になった十六夜お俊だった。さらに幽霊退治とばかりに誰か捕まえようとすると、黒装束の力強いやつが現れて投げつけるものだから、今では誰も近づかないという。お俊は、湯島の境内の十六夜という矢場の名物女だったが、横山町の裏長屋に住む小粋な浪人者の結城銀三郎と深い仲になっていた。二か月前、杉の森神社の森の中から悲鳴が聞こえて、町回り当番だった与力の神崎甚五郎が同心たちと駆け付けると、銀三郎が土手っ腹を抉られ、お俊が血刀をさげて立っていた。お俊は会っていたところに黒い影が銀三郎を刺して脇差を押し付けたと申し立てたが、当然受け入れられない。しかも銀三郎は呉服屋の近江屋の娘、お梅に見染められ入り婿になる予定だったので、二人は険悪な仲になっていた。お俊は獄門と決まったが、牢で病死したため、奉行所ではさらし首にしたのだった。幽霊相手に出るわけにはいかないと佐七は、辰と豆六に腕比べをしてはからってみろと命じた。
感 想
 辰と豆六が幽霊退治にと別々に乗り出したところは笑えるが、その後の展開はちょっと都合よすぎるんじゃないかというもの。久しぶりに佐七を引き立てる神崎甚五郎が登場。
備 考
 

作品名
「角兵衛獅子」
原 型
 『金太捕物聞書帳』「雪の夜話」
初 出
 『角兵衛獅子』(杉山書店、昭和22年8月刊行)
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 正月十一日、話があると佐七に声をかけたのは雉子町の家主の七兵衛。用を足してやってきた夜の五つ(八時)ごろ、兄弟の角兵衛獅子がいたわり合いながら歩いていた。そのまま自身番に入っていき、佐七も入っていくと出てきたのは七兵衛。ところが角兵衛獅子はいない。七兵衛と、旗本の次男の松原銀之助が佐七に話したのは、自身番に角兵衛獅子の幽霊。一年前、角にある柳屋で百両が紛失した。女中のお仲は昨日来た角兵衛獅子ではないかと話したが、次の日、鶴松、千代松という幼い兄弟の角兵衛獅子が柳屋の店先でうろうろしていることを見つかり袋叩きにされたうえ、自身番に突き出された。しかも鶴松の懐中に百両の入った財布があった。鶴松は、土蔵にいる柳屋の若い娘に手紙と財布を渡してくれと頼まれたが、あて先の場所は焼けてしまってどこに行ったか分からなかったので、返しに来たところだと告げた。しかし柳屋には奉公人にもそんな若い娘がいない。しかたなく七兵衛は自身番の羽目板の鐶に縛り付け、明日奉行所に引き渡そうとしたが、二人は縄を解き合って逃げた。柳屋も金が戻ってきたので内済にしたいといったのでそれで終わった。もしかしたら佐七が見たのは、その二人の幽霊ではないか。三人は自身番で張っていたら、確かに二人の声が聞こえてきたのだ。
感 想
 角兵衛獅子の幽霊騒動の裏にあった哀しい物語。最後は佐七がうまくまとめた人情物。
備 考
 

作品名
「石見銀山」
初 出
 『東京』(東京出版)昭和23年5月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
粗 筋
 最近人気の、湯島の境内にかかっている中村梅枝という女役者の一座。寿司を売りに来たのは、いつもの与作という爺さんではなく、十三、四の孫のお里。何かいいことがあったのか梅枝は寿司を全部買い、一座の者で食べ始めたが、全員苦しみ始めた。9人が石見銀山で毒殺され、生き残ったのは座頭の梅枝、書き出しの阪東三津江、人気者の中村小梅、三枚目の市川花助だけ。しかも与作にはお里なんていう孫はいなかった。残された寿司の中にも石見銀山は入っていた。下手人は逃げ出したお里か。寺社同心の寺尾玄蔵に依頼されて現場に来た佐七たちだったが、現場を見ている途中でごみ溜めをあさっていた犬が血を吐いて死んでしまった。世間では、上野山下の嵐勘十郎という男役者の一座が、小梅が入ってきたことで人気を奪われたことから、人を使ったのではないかと噂した。
感 想
 冒頭に帝銀事件の話が出てくるが、それを彷彿とさせる大量毒殺事件。ご丁寧にやさしいぐらいの伏線があるので、毒殺の手段はわかりやすいだろう。最後に重要人物が出てきて急転直下の解決となるのは残念だが、佐七が正面から重大事件に立ち向かう味のある作品であり、殺された者には気の毒だが最後は大団円で終わるところも心地よい。また、準レギュラーの町医者良庵の初登場作品としても覚えておくべき一編。
備 考
 準レギュラーとなる町医者良庵が初登場。ただし初出では「薬研堀の鴻庵」、初刊で(水谷準が佐七外伝として書き始めた)「瓢庵先生」に変更され、底本で「良庵先生」となった。

作品名
「緋鹿の子娘」
初 出
 『読物界』(中央文芸社)昭和23年5月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 豆六が一人で深川の用を足した帰り、夜の永代橋で絡まれた頭のおかしそうな女が橋から河へ飛び込んだので自分も飛び込んだが、かなづちで逆に助けられる始末。その女は、八幡前の緋鹿の子娘、お艶。去年の春に水茶屋に現れ、たちまち人気者となったが、上州の若旦那という触れ込みで現れた山三郎と恋仲になった。お艶と山三郎が出会い茶屋で逢瀬のところ、踏み込んできたのは捕手の面々。山三郎の正体は、弁天吉之助というお尋ね者。お艶の人気は一気に落ち、外に出られなくなった。そして吉之助が遠島となりお艶と別れの会話を交わしたが、そこでお艶の心は狂ってしまい、緋鹿の子の裾を蹴散らし、男に声をかけて、いざというところで平手打ちを繰り返すようになったという。豆六がお無理矢理引きちぎって持ってきた片袖を絞ると、血の滴が落ちてきた。そして翌日、男女二人の死骸が発見された。男はかつてお艶に言い寄っていた越前屋の主人、重兵衛。女はお艶のライバルで、お艶に振られた十兵衛と付き合っていた矢取り女のお葉だった。
感 想
 二人の殺された状況や消えた凶器の謎などはあるが、解けてみると呆気ないもの。お艶の哀しさを憐れむ作品である。
備 考
 原題「緋鹿子の狂女」。

作品名
「比丘尼宿」
初 出
 『読物界』(中央文芸社)昭和23年6月号 原題「怪談比丘尼宿」
再 掲
 『小説倶楽部』(洋洋社)昭和29年12月号 原題「色比丘尼」
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 御用聞き仲間の顔つなぎ後に繰り出したのが、本所の石原にできた比丘尼宿の鶴亀。佐七が会の半ばで厠に行こうとしたときに追いかけてきたのが、一番きれいなお姫。色事の話ではなく、明日の晩、四つ半(十一時)ごろ、大川橋で四つ目菱の提灯を持つ人を悪人が斬りつけるはずなので、助けてほしいと言い出した。座敷に戻り、改めてお姫に聞くも、何のことやら話が通じない。それどころが、席を立っていないというのだ。姉のお長や、一緒にいた辰と豆六もそう話す。狐にでもつままれたと思った佐七だったが、やはり気になり、次の日、辰と豆六と一緒に大川橋までやってきた。すると四つ目菱の提灯をぶら下げた駕籠に男が斬りつけた。幸いかすり傷で済み、曲者もとらえた。駕籠に乗っていたのは、草双紙屋、蔦谷の重兵衛。曲者は差出人の名前のない手紙と十両が家の中にあったので、実行しただけであった。重兵衛は人から恨みを受けるような覚えがないという。重兵衛を殺そうとしたのはだれか。佐七に伝えたお姫と名乗る人物の正体は。
感 想
 誰が重兵衛を殺そうとしているのか、という謎の真相は面白いのだが、いろいろと問題があり。何でこんな回りくどい方法で佐七に教えるのかということも疑問だが、それ以上にどうやって殺人計画を知ったのかという一番肝心な点が全く説明されていない。手紙を見た時点で何も言わないことを不審がらないのも問題だと思う。粗の多い作品。
備 考
 相似・異文の二作を講談社の新書版『人形佐七捕物帳シリーズ』第八巻収録時に統合したもの。
 別題「妖説色比丘尼」。

作品名
「八つ目鰻」
初 出
 『天狗』(岩谷書店)昭和23年7月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 池之端仲町の裏店に住む青山福三郎という三十二、三の浪人者を気に入った、小間物店梅八の主人だった楽隠居で世話好きの佐兵衛。福三郎に手習いの師匠をさせたら一年で暮らしが立つようになったので今度は女房を世話しようと、姪のお文を紹介した。お文は旗本三千石の鈴木主計之介の先殿のお屋敷に奉公をさせたら殿のお手がつき寵愛されたが、この春に殿が亡くなったので暇が出た。まだ二十五であり、よき縁があればと言って衣類道具、三百両の金子まで世話をしてくれた。ところが福三郎はまだ会ったこともないのにと断る。それがお盆の七月十三日。五日後の十七日の晩、佐兵衛が殺され、握っていた福三郎の立派な印籠や、福三郎の袂に血がついていたので、鳥越の茂平次が青山福三郎を捕まえた。しかし神崎甚五郎は取り調べをしてもそんな人物とは思えない。そこで佐七を呼び、事件の洗い直しをしてほしいと頼んできた。福三郎は十三日の夕刻、佐兵衛から到来物をもらったが、十七日の晩、開けてみると三両が入っていた。佐兵衛の家に帰しに行くと、若い女が出てきた。それがお文だと思って三両を渡すと女は一度奥へ下がり、また出てくると受け取れない、明日話すから帰ってくれと言われたとのこと。ところが福三郎、女の顔や姿かたちを覚えていない。到来物の中には越後土産の八つ目鰻が入っていた。佐七が調べてみると、お文が消えていることが分かった。
感 想
 証拠だらけで疑いようのない事件の真相を佐七が探る話。佐七が真相に近づくのは特別な知識が必要だが、これは割と有名な話ではないだろうか。もうちょっと頁を足せば、かなり凝った作品になったのではないかと思うので惜しい。
備 考
 別題「御守殿お辰」。

作品名
「浄玻璃の鏡」
初 出
 『読物界』(中央文芸社)昭和23年8月号
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第八巻(春陽文庫)
粗 筋
 元長唄の師匠で今はかつぎ呉服の新之助と一緒になったお徳が佐七に相談したのは、浄玻璃の鏡という差出人の手紙。お徳が新之助に隠れ、かつて世話になっていた瓢屋十兵衛と寄りを戻しているという内容だが、それは新之助が大病になった時に金を借りるための事実だった。しかもこの浄玻璃の鏡、変な噂を流して縁談が壊れたり、不倫の噂を流して自殺したりなど御徒士町から長者町、三味線堀へかけて中傷の手紙を送っていた。瓢屋十兵衛の息子、十次郎と扇屋の娘お雪との縁談にも、お雪が月光という尼と深い関係にあるという手紙のせいでゆき悩み、お雪の入水自殺未遂があったという。お徳は佐七に浄玻璃の鏡の正体を暴いてほしいと頼んだ。二、三日後、月光が殺され、重兵衛が殺されかけた。
感 想
 手が込んでいる事件の割に、殺人事件が起きたらあっという間に終わってしまうので残念。このモチーフは後に金田一物の短編「渦の中の女」、そして金田一物の長編『白と黒』に使われる。
備 考
 別題「浄玻璃の手紙」。

作品名
「妖犬伝」
初 出
 『読物界』(中央文芸社)昭和23年10月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 さくら湯で大工の下職の亀吉が隠居に、根岸に住む女房の兄貴で屋根屋の権四郎が屋根から転げ落ちたと話した。そして、お行の松のほとりに住む医者の白井隆磧の新造であるお妙が犬を可愛がっていたものの、度が過ぎたので隆磧が一服盛って殺してしまった。そのシロという犬がボーっと光って化けて出てくるという。そこへ二人の武士が犬を殺した日を訪ねてきたので、兄が屋根から転げ落ちた翌日の、先月の二十四日だと答えた。そして翌日、二人の武士のうちの年嵩の方である津島源太夫が殺された。見つけたのは、権四郎の息子で、頭が抜けてばか竹と呼ばれる竹蔵だった。
感 想
 光る犬も含め、既視感のある設定が並びたてられた作品。本作品でも顔が斬り刻まれた死体が出てくるが、慣れた人なら予想がつくものだろう。殺人の動機もちょっと弱い。後味も今一つだし、いいところがない作品。
備 考
 

作品名
「猫屋敷」
初 出
 『朝日』(朝日新聞社)昭和23年10月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 神崎甚五郎に呼ばれた佐七が紹介されたのが、旗本の仙石十太夫。旗本の緒方伊織は三十五だが、二十匹も飼っている大の猫好きであったため、今まで独身だった。十太夫の妹で勝気な萩江は、猫好きを改めさせると息巻きながら春に嫁いだ。伊織は萩江が十太夫の家に泊まっていた五月の夜、雨で水嵩増した江戸川へ二十匹の猫を叩き込んで始末してしまった。それから伊織は勤めを休みがちになったが、女中のお米がいきなり暇を取った。そして七夕の晩、萩江は障子に映った伊織の影が猫になっていたの見て気味が悪くなり、逃げ帰った。しかも十太夫が伊織に会いに行くと、猫の声を聞いたら刀を取って立ち上がったとのこと。もしかしたら裏があるかもしれないので探ってほしいと佐七に頼んできた。しかし伊織は乱心して萩江と用人を斬ってしまい、萩江は助かったものの用人は死んでしまった。そして伊織は、猫を捨てた場所と同じところに身を投げた。
感 想
 猫の祟りの裏に隠された真相は、何とも後味の悪いもの。結末まで含め、少しでもホッとするようなところが何もなく、読んでいてつらい作品。
備 考
 原題「猫侍」。

作品名
「きつねの宗丹」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「狐医者」
初 出
 『旬刊ニュース』(東西出版社)増刊三号「傑作小説」昭和23年11月
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一二巻(春陽文庫)
粗 筋
 牛込神楽坂に屋敷があり、大名屋敷からもお迎えが来るほどの評判高い町医者、渋川宗丹。狐にそっくりなのできつねの宗丹と呼ばれており、本人も老白狐を飼い出した。昨日の朝、宗丹の乗っている駕籠が通りかかったとき、待ち構えいた男が師匠の敵と言って抜き身を駕籠に何度も刺した。男はそのまま逃げていき、宗丹に付いていた弟子の珍石が慌てて駕籠を開けてみると、中にいたのは宗丹の服を着た古狐。駕籠舁きは間違いなく屋敷から宗丹を乗せたと話している。辰と豆六から話を聞いた佐七は、これは宗丹の狂言だと決めつけたが、翌朝、斬り殺された宗丹の死体が江戸川から浮かび上がった。なぜか宗丹の皮膚には怪しい紫色の斑点ができており、額が半分抜け落ちていた。死体を見ていた老医の向井玄庵は、昨日の話を佐七から聞かされ、二、三年前に切支丹と訴えられて牢死した蘭方医の影山蘭渓の弟子の高瀬十三郎ではないかと話す。しかし宗丹の娘、琴路は佐七に、後添いのお連と珍石が不義を働いて殺したに違いないと訴えた。
感 想
 今回は海老床ではなく、牛込見附の髪結い床、神楽床で事件の話が出てくる。狐に化けた医者という面白い出だしから、実際の殺人事件に発展し、さらに佐七の謎解きの面白さと、流れるようなストーリーが映える一編。難しいトリックがあるわけでもないし、佐七の絵解きは確かに運の部分が強いものの、意外な犯人としては覚えておいてもいい。
備 考
 

作品名
「恋の通し矢」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「通し矢秘文」
初 出
 『りべらる』(太虚堂書房)昭和24年1月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 佐七が両国の茶屋、当たり矢で袂に入れられた手紙には、明日の三十三間堂の通し矢で人殺しが行われると書かれていた。浅草の弓術道場の逸見一夢斎と、弓術に関する意見が合わずに破門されて本郷に道場を開いた元高弟の貝塚喬之助との通し矢を見に来た佐七たち。大矢数の途中、喬之助と深い仲との噂がある当たり矢のおきんが世話人の控室に入っていった。そのとき、世話人がお粥を二杯、運んできた。一夢斎だけ粥をすすり、再び矢を射ちはじめたが、血を吐いて倒れ、そのまま死んでしまった。見物客の中にいた医者が調べたところ、ちょっと舐めただけでも血を吐くほどの猛毒であり、粥の中に入っていたとのこと。駆け付けてきたひとり娘の楓は、喬之助が毒を盛ったと訴えるも、一夢斎がすすった茶碗は喬之助のものだった。狙われたのは一夢斎だったのか、それとも喬之助だったのか。
感 想
 衆人監視下の毒殺トリック(本格ミステリとしてみると重大なことが最後に出てくるのでちょっとアンフェアだけど)に複雑な人間模様も絡み、謎解きの醍醐味を楽しめる。さらに佐七の女好きにかかわる悶着や最後の涙する展開も含め、佐七作品で上位に入る一編。
備 考
 

作品名
「お高祖頭巾の女」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「お高祖頭巾」
初 出
 『娯楽世界』(銀五書房)昭和24年1月号
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 浅草の年の市で豆六にぶつかったのは、元女掏摸のお銀。足を洗ったとはいえ、様子がおかしいのに不審を抱く佐七。そこへ老舗の小間物問屋、梅村で人殺しが起きた。お高祖頭巾の女が万引きをしたと、用心棒をしていた鳶頭の平吉が捕まえたはいいが、逆に刺されて殺された。佐七が顛末を聞いて番頭の喜兵衛に尋ねると、女は実は梅村の娘、お鶴であり、昔から盗癖があるとのこと。両親が亡くなった後は祖母のお幹が小梅の寮へ入れ、人のものは盗らなくなったが、店のものをたびたび万引きしていた。喜兵衛はそのことを平吉に伝え忘れていた。しかし、平吉の傷跡や落ちていた合羽からあきらかに下手人は左利きだったが、お鶴は右利きだった。そしてお鶴は丁稚の千代松と一緒に観音様へお参りに出かけたまま、寮に帰ってきていなかった。
感 想
 万引きした娘が咎めた相手を殺すという展開で、殺され方から犯人が左利きと見破るのは佐七らしい慧眼だが、その後の展開があまりにも急で呆気ない。巾着切りのことを馬道のきょろ松に尋ねに行く話があるが、これは改変の時に平太へ直すのを忘れたのかななどと考える。
 ほぼ同じ設定としては、後に「万引き娘」(第7巻収録)という作品が書かれいている。また、金田一物の短編「黒蘭姫」(等々力警部の金田一シリーズ初登場作品としても知られる)でも同様の設定が使われている。
備 考
 

作品名
「白痴娘」
初 出
 『第一読物』(雄鶏社)昭和24年(1月)臨時増刊号「読切小説特集・第三集」
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 師走の十五日、このしろ吉兵衛で挨拶に行った帰り、加賀っ原で辰が蹴飛ばした雪達磨の中から腰のもの一枚の娘の死体が出てきた。旅籠町の金物屋、槌屋の二番娘、お糸で、死後三日ほどたっていた。早速両親が駆け付けてきたが、一緒に来た腹違いの姉、お袖は小さい頃の高熱で少し頭が弱かった。そのお袖が怯えているのに不審を抱く佐七。番太郎の証言から、雪達磨ができたのは十二日の晩五つ半(九時)から十三日の朝六つ(六時)ごろとわかる。お糸は、江戸で一、二を争う金物屋、大伝馬町の柏木の大番頭である忠助を婿に取ることとなっており、十二日の晩は忠助の家に出かけていた。てっきり泊ったものと思っていたが、忠助の話によると四つ(十時)には出たというので大騒ぎしていた。佐七が調べてみると、槌屋の後妻のお近と娘のお糸は遊び狂っており、槌屋は没落寸前だったところを、見かねて乗り出した柏木の主人、伊十郎が助け船を出して忠助との縁談を持ち出したのだった。ところが、お糸が最近付き合っていた浪人の青山源三郎の話だと、十三日にお糸と一晩を過ごしたと話した。
感 想
 雪達磨の死体の謎が意外なもので面白い。最後のちょっと粋な計らいを含め、味のある人情物。
備 考
 原題「唖娘」。

作品名
「緋牡丹狂女」
初 出
 『小説の泉』第六集(矢貴書店)、昭和24年5月
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 今助六の名の高い、蔵前の大通布袋屋の四郎兵衛が番頭の重兵衛に命じて探させていたのは、瘤寺。今戸の方にある光円寺に一昨年から住み着いた、飲む打つ買うの法解坊だが愛嬌があって評判の良い和尚の鉄牛の頸に大きな瘤があるため、瘤寺と呼ばれるようになったらしい。目算御殿と呼ばれている寮に鉄牛を呼び出し、四郎兵衛が話したのは、箱根の湯治の帰りに雲助たちに襲われていた娘のこと。気が狂ってしまったが、背中一面にあったのが緋牡丹に蝶が舞う見事な彫り物。さらに彫物師与之助から瘤寺の和尚への手紙を持っていた。思い出したのが、湯治場で隣座敷に西国者らしい二人の武士が、与之助の使者を押さえる、お家の安泰、何万両の宝の入船などと話していたこと。興味を持ったので、意味を教えてくれれば娘のありかを教えると鉄牛に迫った。ところがその鉄牛は偽物で、行灯がひっくり返った闇の中、当て身を食らって気絶させられ、袋に入れられて子分二人に永代橋から捨てられてしまった。縛られていた重兵衛がようやく自由になり、本宅にいる甥で養子の福之助と、妾宅のお柳に知らせて協議したが、表沙汰にするのは、ということで佐七に四郎兵衛を探してほしいと訴えた。事情を聴いて引き受けた佐七は、辰と豆六に布袋屋の内幕を洗わせ、自らは光円寺に向かった。鉄牛が町方らしきものと慌てて出かけて留守だったので、勝手に上がって調べていると、床下に深い孔があるのを見つけた。佐七が降りてみると横孔があり、さらに進んでいくと牡丹屋敷と呼ばれる松野右京太夫という岩戸藩三万石の大名の下屋敷の庭に出た。離れ座敷の檻に栄之助と呼ばれる若い武士が繋がれており、芳香院と呼ばれる一の姫に弄ばれていた。
感 想
 後に大幅に書き足された中編であり、大商人の旦那の冒険譚と言えなくもない。豆六が彫り物の謎を解いたり、辰とお粂も活躍するなど、見どころは満載なのだが、前半と後半で全然違う話となっているのは残念。緋牡丹狂女も前半だけの登場だし、何とも勿体ない。二つの短編にした方がよかった作品。
備 考
 

作品名
「女虚無僧」
初 出
 『講談雑誌』(博文館)昭和25年1月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
粗 筋
 お粂が辰の伯母であるお源を見舞いに行った帰り、浅草の観音様にお参りしたところで油町の呉服屋、喜久屋の娘のお菊に声をかけられる。人込みで伯母のお角とはぐれてしまい、さらに十六、七の前髪のいやらしい目つきをした狼のような少年がしつこく尾けてくるので姿を隠す場所はないかと頼まれたため、奥山の出会い茶屋たぬきに入った。半刻たってもまだ外にいるので、お粂とお菊の着物を交換し、お高祖頭巾を被ったお粂が身代わりすることになった。目論見通り少年がお粂を尾けてきたので、通りがかった駕籠に乗ったのが失敗。実は少年に頼まれた駕籠だった。古寺に連れ込まれたお粂だったが正体を明かすと、少年は逆上。のしかかられたところでお粂は気を失った。一方、お粂の着物を着たお菊が佐七の家を訪れ、事の顛末を聞いた佐七たちは心配のあまり、夜も眠れない。そのまま朝になると、なぜか女の虚無僧が尺八を吹き続けている。そこへ喜久屋の養子、十三郎が見舞いに来て、昨晩四つ(十時)ごろ、探索から帰ってきた手代の与吉に宗十郎頭巾で顔を包んだ若衆が、今夜の礼に来ると伝えた。その若衆の背中は血に濡れていた。そして朝、女虚無僧が喜久屋に現れたという。
感 想
 身代わりになったお粂が襲われるというサスペンスあふれる展開ではあるが、女虚無僧の正体はちょっと意外というか、実現可能なのかと問いたいところ。若衆の正体も合わせ、かなり無理がある展開ではあるが、お粂を心配する佐七たちの心情がよく描かれているという点では面白い。
備 考
 

作品名
「水晶の珠数」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「珠数を追う影」
初 出
 『小説の泉』臨時増刊号(矢貴書店)、昭和25年10月
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 お源が佐七のところに連れてきたお町の母のお縫は去年の暮れ、行き倒れている老人を助けた。家で看護の甲斐もなく息を引き取ったが、直前に水晶の数珠を渡し、来年の4月8日、目黒の御堂屋敷へ出かけていけば幸せが向いてくると告げた。佐七が数珠を見ると、三十六の粒のうちの五つに文字が書いてあった。つなげると何かの文句になるらしい。10日前に女曲芸師の春風花蝶が殺され、水晶の数珠が切れて散乱していた。そして昨日、浅草の念仏坊主と呼ばれる乞食が毒殺されて、水晶の数珠が散乱していた。海坊主の茂平次と一緒にいたお絹という女も同様に、水晶の数珠を持っていた。さらにお町が誘拐された。
感 想
 水晶の数珠の秘密が興味深いのだが、この結末は呆気なくて拍子抜け。どうやって先回りして探し当てたのかがちょっと不思議なのだが、そこまで細かいことを言わなくてもよいか。
備 考
 別題「水晶玉の秘密」「珠数の彫物」。

作品名
「からくり駕籠」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』同題作品
初 出
 『宝石』(岩谷書店)昭和25年10月号
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第一四巻(春陽文庫)
粗 筋
 浅草深井町に住む駕籠舁きの権三と助十は四つ(十時)ごろ、日本橋弓町で柳原まで乗せてほしいという客に出会った。戻り駕籠なので喜んで引き受けたが、その客は宗十郎頭巾を被り、長い雨合羽で体を包んいる恐ろしく背の高いお武家の人物。柳原で降ろしたら、かごから出てきたのは十四、五の女の子。しかも金を払って茂みの中へ駈け込んだら、柳の樹に青白い火柱が立って雷鳴とともに大雨が降り出したので、恐ろしくなって逃げかえった。夜が明けても大雨なので仕事は休んでいたが、夕方に駕籠を調べてみると中に立派な桐の箱が入った風呂敷包があった。箱の中には、立派な般若の面。二人は佐七にそれを届けた。すでに遅かったので明日調べようという話になったが、次の日の朝、般若の面が消えていた。内側から戸締りはしてあるし、開いていたのは台所の大人が通れないような小さい天窓だけ。家の周りはぬかるんでいたが足跡もない。佐七たちが弓町へ行くと、能の家元、観世の内弟子だった新八が絞め殺され、般若の面をかぶっていた。
感 想
 からくり駕籠の消失トリックは、たぶん誰もが予想付くだろう。そのあとの面の密室からの消失トリックも、籠のからくりさえわかってしまえば、難しいものではない。からくり駕籠を行う動機はかなり弱い。最後はちょっとした人情噺で終わるのが救い。
備 考
 

作品名
「艶説遠眼鏡」
初 出
 『講談倶楽部』(講談社)昭和26年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 本郷菊坂の名代の資産家、伊勢屋の主人清兵衛は、ひとり息子の清十郎が学問好きであまりにも堅すぎるのが悩み。器量、気質、家柄もうってつけな但馬屋の娘、お夏との縁談を進めようとしたら怒りまくる。今日も番頭の喜兵衛に愚痴まくる清兵衛だった。しかし清十郎は離れ座敷の自分の部屋から遠眼鏡で覗き見をするのが趣味だった。特に崖下の窪地にある家は某藩お留守居役の賀川主膳に囲われていたお紋の住居で、二人の情痴を見て興奮する清十郎だった。ある月夜の晩、二人が座敷に入って障子を閉めてさあこれからという時、中からお紋の弟である鳶頭の伊之助が裸で出てきて、主膳も出てきたが酔っていて尻餅をついたところ、長襦袢一枚のお紋が伊達巻を頸に引きかけて引き倒し、伊之助が首を絞めて殺してしまった。そのとき、お紋が清十郎の方を睨みつけたので、恐ろしくなった清十郎は書置きを残して姿を消してしまった。次の日、呼ばれて来た佐七たちが事情を聞いていたが、遠眼鏡を覗いていた豆六が、屋敷の庭から犬が男の死骸を咥え出したのを見つけた。
感 想
 遠眼鏡で覗き見をするというのは横溝作品の「蔵の中」にもある趣向。怪しい人物を何人も配置しているが、下手人についてはあまりにも露骨な伏線が張っているので、すぐにわかるだろう。佐七も呆気なく事件を解いてしまうのはまだいいが、最後に清十郎の居場所をいつ見つけたのかが書かれていないのは不親切。そんな余裕はとてもなかったようだが。最後の佐七の自慢話はちょっとらしくない。
備 考
 原題「風流遠眼鏡」。

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