完本 人形佐七捕物帳七(春陽堂書店)



【初版】2021年1月12日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「万歳かぞえ唄」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「謎のかぞえ唄」
初 出
 『面白倶楽部』(光文社)昭和26年2月号
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 新春、不思議な万歳が現れたが、唄って歩く数え歌はお上の政道にくちばしを入れるような穏やかではないもの。鳥越の茂平次がそれを見つけ、捕まえようとしたら、辰と豆六だった。そうしたら今度は、一杯誘って何か探り出そうとした。去年の暮れのある夜、両国橋付近で若者が斬られているところを佐七たちが助けた。命には別状はないものの、意識を失ったままの重傷。近くに住むお源のところへ担ぎ込んだ。次の日、怪我人のうわごとをお源が書き取ったのが、先のかぞえ唄。年が明けて、若者も少し持ち直したものの記憶を失っており、覚えているのはかぞえ唄だけ。そこで辰と豆六が囮となったのである。ある日、柳原堤で伏見焼の人形作り幸兵衛の娘、お美乃が声をかけてきて、若者は善之助だと告げてきた。お源の家を伝え、先に行ってもらう二人。実は変な野郎が後を尾けていたので正体を暴こうとしたのだが、大年増の女が立ち聞きしていたことには気付かなかった。
感 想
 長めの作品であり、込み入った設定となっている。佐七、辰、豆六だけでなく、お粂、お銀、神崎甚五郎、からすの平太も活躍しており、茂平次のあたふたする場面も合わせ、レギュラー陣に見せ場がある贅沢な一編。ただ活劇物となっており、本格ミステリとして読むとかなり弱いが、それはどこに面白さを見出すかによる。
 形としては「銀の簪」「化物屋敷」の続編(完結編)になっているが、この作品単独で読んでも特に問題はない。
備 考
 本作品の背景にある事件は、実際にあった騒動であるが、時期は本作品より前となり、人物も異なる。
 原題「囮り万歳」。別題「風流かぞえ唄」。

作品名
「好色いもり酒」
初 出
 『講談倶楽部』(講談社)昭和26年7月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 肩や腰の凝った佐七が拾ったのは、徳ノ市という因業な金貸しもやっている女好きの按摩。その徳ノ市が話したのは、薬研堀に去年引っ越してきたお茶の師匠の笹井小八郎、浪江の夫婦。美男美女なので大評判だが、噂によると女敵持ちらしい。小八郎はいもりの黒焼きを入れたお酒で、浪江をものにしたと吹聴している。浪江にご執心の銭屋の万右衛門が試してみようと、徳ノ市に四つ目屋でいもりの黒焼きを買わせた。その夜の四つ(十時)ごろ、小八郎が留守だと知っていた万右衛門が笹井の家で浪江と酒を飲んでいたら、そこにはいもりの黒焼きだけでなく、石見銀山が入っていた。浪江はそのまま死んだが、万右衛門は通りかかった浪人の荻野新三郎が呻き声を聞いて水を飲ませて吐かせたので、助かった。一方小八郎は、銭屋の寮で一緒だった万右衛門の娘、お組とともにいもりの黒焼きと石見銀山が入った酒を飲んでおり、二人は手当てが早くて命はとりとめた。
感 想
 夫婦と親子が別々の場所でいもりの黒焼きと石見銀山を飲まされて殺されかけるという意外な展開。特にトリックがあるわけではないのだが、怪しい人物も複数出てきて、毒殺と犯人の両方の謎が楽しめる作品で読み応えがある。
備 考
 「四つ目屋」は江戸時代に実在した淫薬、淫具の専門店。ただし、いもりの黒焼きを売っていたかどうかは定かではない。

作品名
「ふたり後家」
初 出
 『サンデー毎日』(毎日新聞社)昭和26年9月10日新秋特別号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
粗 筋
 出入りの女髪結いお竹がお粂を相手にしながら話していたのは、ふたり後家のこと。黒門町で二軒並んだ生薬屋の越後屋と甲州屋は、先祖代々仲が悪い。ともにひとり娘のお栄とお幸はふたり小町と呼ばれたぐらいで、十二、三人前には男を取り合ってお幸に軍配が上がった。一昨年、ふたりの婿がともに亡くなり、両親も亡くなったことから二人でまた争うようになった。ともに子供はなく、お幸は遠縁の滝次郎を、お栄も遠縁のお菊を養子に迎えた。今度は、この春頃から湯島の宮芝居に出ている人気役者の嵐梅之丞を二人で取り合うようになった。そして昨日、お竹の弟子であるお半が梅之丞に頼まれて艶書をお幸に渡したという。翌朝、上野不忍池のほとりの出会い茶屋で、お幸が情事の後に絞め殺されているのがむき出しのまま発見された。ところが医者が調べたところ、男のものは残っていないという。さらに、お幸の衣装や女下駄は一式無くなっていた。しかし紙入れも鼈甲の櫛笄も残されていた。梅之丞は二、三日前から行方知れずになっているという。お栄に聞くと、なんと昨夜は梅之丞と会う約束をして待っていたが、すっぽかされたと答えた。おまけにお栄は、お幸と滝次郎ができていたと佐七に告げた。
感 想
 お幸の殺された状況から、下手人が誰かはすぐにわかるだろう。あとは佐七が下手人をどう追い詰めていくか、という点に興味が移っていく。正直、特に面白みがある作品ではない。
備 考
 

作品名
「影右衛門」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』同題作品
初 出
 『実話と読物』昭和26年11月号
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 このところ江戸を騒がしているのは、影右衛門という怪盗。ここ1か月、富裕な質両替店を次々に六軒襲い、千両箱一つだけを盗んでいく。そのあとには、影右衛門という文字が家に残っており、盗んだ金を貧乏人に施していく。しかも全く手掛かりが残っていない。今日も佐七は八丁堀に呼び寄せられ、神崎甚五郎に釘を刺されたので腹が立っていた。その帰り道、砂絵を道の上に残していく怪しい老爺を見つける。砂絵を次々につなげていくと、影右衛門! 後を付け、深川まで来た佐七は老爺の入っていった立派な寮に踏み込むと、出てきたのは頭巾で顔を包んだ女。しかも佐七に、影右衛門のことは手を引けと告げる。佐七が女を捕まえようと頭巾をむしり取ると、耳まで裂けた口の鬼女。しかも佐七はその場に昏倒してしまった。一方、その日の昼、影右衛門から両替屋の井筒屋に千両を頂戴するという予告状が届いていた。井筒屋は佐七に来てもらおうとするが行方知れずだったので、代わりに辰と豆六が出向いていった。次の日の朝、家に帰ってきた佐七はお粂にそのことを聞き、自分が昨日居たのが井筒屋の寮であったことから不安を抱く。そこへ豆六が帰ってきて、千両が盗まれ、井筒屋の旦那、万右衛門が殺されたと告げた。辰と豆六は万右衛門とともに座敷に千両箱を置いて見張っていたが、夜中に三人とも体が動かなくなり、お高祖頭巾の女が千両箱を盗んでいったという。朝、気が付いた豆六が見たのは、影右衛門の文字と、細紐で絞殺された万右衛門の死体であった。しかも井筒屋のお主婦や娘、番頭から女中までみな眠りこけていた。しかし辰と豆六は、水一杯口にしていなかった。
感 想
 いわゆる義賊ものだが、その正体は少々意外なもの。さらに殺人事件も絡み、事件は複雑化していく。最後の謎解きが問い合わせた手紙であっさりと解き明かされるのには不満だが、それ以外は佐七の快刀乱麻の謎解きを楽しむ作品。春陽文庫全集未収録が不思議な良作である。
備 考
 町医者の瓢庵先生(水谷準考案のキャラクター)初登場作品だった。底本では瓢庵になっているが、本全集では他作品と合わせて良庵に直されている。

作品名
「人魚の彫物」
初 出
 『人生倶楽部』(青潮社)昭和27年1月号
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 お源が佐七の家にやってきて話したのは、本所横網の金物屋、甲賀屋の養子の鶴之助が祝言を行うはずの昨日、肝心の花嫁である緑町の駿河屋、お雪がお輿入れの間際で断ったという。甲賀屋の万造は元は駿河屋の丁稚だったが、暖簾を分けてもらうと身上を太らせ、江戸屈指の金物問屋となったが、駿河屋は息子の佐兵衛の代で衰退するばかり。そこで佐兵衛は万造のひとり息子、角太郎とお雪の結婚を頼み込んで約束させた。ところが角太郎は、年上の莫連者、お浪と関係してしまい、左の二の腕に「お浪いのち」と刺青を入れ、左の肩から腕へかけて人魚の彫り物を入れてしまった。角太郎は万造から感動され、さらに何かを仕出かしたらしく出奔してしまった。万造は代わりに親戚の鶴之助を養子にし、お雪と結婚させることにした。ところが昨日、お雪を乗せた駕籠が甲賀屋の寮から出る直前にぼろぼろになった角太郎が大怪我をして帰ってきた。お雪は駕籠の中から飛び出して角太郎を助け、寮に入れてしまい、そのまま祝言が流れてしまったのだ。お雪は付きっ切りで介抱していたが、翌日角太郎は殺された。
感 想
 表題の人魚の彫り物が重大なキーワードになっている作品。この使い方はうまいと思う。最後の佐七の粋な計らいも含め、読み応えのある作品。これもまた、春陽文庫全集に収められなかったのが不思議。
備 考
 本作も底本では瓢庵になっているが、本全集では他作品と合わせて良庵に直されている。

作品名
「相撲の仇討」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』同題作品
初 出
 『別冊宝石』(岩谷書店)15号「捕物帖十四人集」昭和27年1月
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 春の本場所で期待されているのが、先場所入幕したばかりの白藤長吉。老母のお峰によく支え、親方の天津風に至純ということで奉行から青緡一貫のご賞美に預かったことから、人気はうなぎのぼり。五年前に横綱に上がってから一度も敗れたことがない仁王権太夫を破るのではないかと期待された。しかも師匠の天津風はかつて東の大関で、六年前に当時西の関脇だった仁王に敗れて右腕を折れてしまい引退したという因縁もあることから、盛り上がっていた。しかしその白藤が本場所前の7日前に姿を隠してしまった。そんなとき、佐七のもとを訪れたのは、仁王の女房、お蔦。人気のない仁王が白藤をどうかしたのではないかと世間で疑われるのは仕方がないが、鳥越の茂平次が乗り込んで下手人扱いしてきたので、佐七に白藤を探してほしいと頼んできた。
感 想
 佐七ものでは珍しい大相撲を題材とした作品。無敗の横綱と期待の若手の関取。失踪に絡む過去の因縁。佐七が失踪の謎を解き明かし、最後はきれいに丸く収まり大団円と、佐七の人情噺でも上位に入る作品。なぜこれが春陽文庫版全集に未収録だったのかわからないぐらいの良作。百連勝目前の横綱の存在がまずかったとしか思えない(笑)。
備 考
 

作品名
「山吹薬師」
初 出
 『神戸新聞』昭和27年1月23日~2月26日
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 佐七の家に山吹薬師と名乗る謎の人物から、本日未の刻(午後三時)に西両国の南京手妻の小屋で人殺しがあるという文が届いた。南京手妻の美しい四姉妹は江戸中の評判で、しかも文が女の筆によるものだから、お粂は疑心暗鬼。しかも佐七が大乗り気なのが気にくわない。佐七たちが小屋に訪れると、海坊主の茂平次も来ていた。一番姉の春雪が綱渡りをしていると、右の胸を押さえて、舞台に落ちてしまった。先ほど吹き矢の芸を見せた陳玉郎こと球之助という若い男の吹き矢が胸に刺さり、死んでいた。茂平次にも佐七と同じ文が来ていたという。茂平次は春雪ことお春とできていた球之助を捕まえた。そこへ現れた太夫元の山吹屋串蔵と、用心棒の緒方竜馬。佐七はお春がやつれていることと、末妹の冬娘ことお冬が泣いているのに、夏嬢ことお夏と秋翠ことお秋がぼんやりとしていることが気にかかった。しかも竜馬によると、文はお春の手によるものだという。すると茂平次が連れていった球之助が縄抜けし、両国橋から飛び込んで逃げてしまった。そしてさらに第二、第三の殺人が。
感 想
 連続殺人事件の謎に佐七が挑む本格ミステリ趣向の中編。佐七物には珍しいアリバイトリックが出てくるが、特に一番目の殺人については今一つで、作品自体も間延び感がある。下谷長者町の医者、良庵先生が大活躍する。
備 考
 元々は瓢庵表記だったが、水谷準の瓢庵先生とは微妙に設定が異なるらしい。後に金田一物の「魔女の暦」に改作されている。

作品名
「春宵とんとんとん」
初 出
 『講談倶楽部』(講談社)昭和27年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 雪の降る夜。油町の大店、叶屋重右衛門が留守の夜にひとり娘のお染は安御家人、丹野丹三郎と忍び合う約束をしていた。手引きを頼まれた乳母のおもとは、二十も違いまむしとの異名がある無頼者となぜと泣くばかり。五つ半(九時)、とんとんとんと裏木戸で合図が聞こえ、長合羽に宗十郎頭巾で面を包んだ男がやってきた。小半刻(小一時間)後、雪が上がってきれいな月を見ながら、男は出ていった。翌朝、近くの火除け地のそばで丹野丹三郎が殺されているのが発見された。雪の上の足跡は発見者たちのものだけであり、死体の上にも雪が積もっていることから、雪が降っている最中に殺されたと思われた。右の掌が横に二筋、薄く切れており、胸の付き傷も普通の刀や匕首とは違っており、佐七は首をかしげた。そして右手に握っていたのは、若い娘が使う手絡であった。それはお染のものだった。
感 想
 お染の忍び合った相手の謎、さらに殺人事件が複雑に絡んだ一編。被害者が握っていた証拠と凶器トリックを重ね合わせた手際はお見事。それに人情噺も咬み合わせた、見事な出来。ただ、最初の営みの濃厚な描写が、横溝のサービス精神の表れだろうが、本作では評価を下げるんじゃないかな……。まあ、男の願望みたいなところはあるけれども。
備 考
 

作品名
「からかさ榎」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「黄昏長屋」
初 出
 『モダン読物』(モダン読物社)昭和27年2月号
底 本
 『人形佐七捕物帳全集』第九巻(春陽文庫)
粗 筋
 辰と豆六が不忍池で怪しい男が舟から包みを投げ捨てた。男は舟から降りた後に逃げられたが、包みの中にあったのは、血まみれの男物の着物。その三日後、着物の持ち主が、評判の因業老親である書画骨董商の印籠屋の主人、万右衛門とわかった。翌日、佐七たちが印籠屋へ向かうと、偶然出てきたのは娘のお雪。後を付けた豆六は、お雪が藤太郎という若者と会っていたのを目撃する。一方佐七と辰は印籠屋で番頭の徳兵衛、生薬屋の大黒屋に嫁いだ妹のお房と話をしていた。万右衛門は、三百両の持参金目当てに、道楽者の白子屋の次男をお雪の婿にしようとしていた。そしてお房は、下手人に礼を言うという始末。万右衛門の家作の一つであるからかさ榎の下の化物長屋では、万右衛門が殺されたと赤飯を炊いて祝っている始末。お雪や藤太郎の師匠である鬼頭鉄之進は、町内の鳶頭の紋吉も同じ晩から姿が見えないと、佐七に告げた。
感 想
 ちょっとした人情物だが、佐七の話としては今一つ。辰と豆六の暴走ぶりも、やはり似合わない。そこは敵役の誰かを配置すべきじゃなかったのかな。
備 考
 原題「化物長屋」。

作品名
「鬼の面」
初 出
 『秋田魁新報』夕刊 昭和27年3月30日~4月27日
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 辰と豆六が用事の帰り、永代橋で見つけたのは血の滴。後を追ってみると、酔っ払った駕籠舁きが担いでいる駕籠から血が出ている。そこへ駕籠舁きを呼び止めた若者が開けてみると、「お蝶さま」と叫んだ。慌てて駆け寄る辰と豆六が見つけたのは、お高祖頭巾を被った若い女が刺された死体。若者は逃げてしまい、お高祖頭巾を取ってみると、洲崎きっての売れっ妓、花車屋のお俊。駕籠舁きの権三と助十に聞くと、暗がりの中で呼び止めた若い侍が、正体を無くしていた女を駕籠に入れて行き先を言ったという。そしてお俊の家には、お定という女中と、7年ぶりに江戸へ帰ってきた兄の治郎吉がいるとのこと。お俊が入った駕籠を二人に担がせ、辰と豆六と一緒にお俊の家に行くと、治郎吉とお定が鍵のかかっている家から締め出しを食らっていた。呻き声が聞こえたので裏から勝手口をこじ開けると、腰のもの一枚で柱に縛り付けられ、お俊のものらしい着物がかぶせてあったお蝶がいた。お蝶は米屋の三河屋の娘で、手代の清七と駆け落ちしていた。そしてお俊の殺された場所には、厚紙で作った鬼の面が落ちていた。
感 想
 表題の鬼の面の意味が意外なものであったところはうまいと思うが、それ以外はある人物が人間関係を全部話してしまうことであっさりとわかってしまうというのは面白くない。それにこの話、佐七、何もしてないよな。
備 考
 

作品名
「水芸三姉妹」
原 型
 『左門捕物帳』同題作品
初 出
 『好色頭巾』(文藝図書出版社、昭和27年3月)
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 博多流曲独楽に手品の水からくりを取り入れて、舞台であやつる十数個の独楽の中からいっせに水を噴き上げるという、小松、小竹、小梅の博多屋三姉妹が西両国で大当たりをとった。七月九日、三姉妹の小屋を訪れたのは北尾小六という若侍。兄の佐市が一昨夜、鍋屋堀のほとりで闇討ちにあった際、三姉妹のからくり独楽がそばに落ちていたので、何か知らないかと聞いてきた。一昨夜、御書院番頭、鏑木大炊之介の下屋敷で七夕の宴が催され、余興で招かれた三姉妹も芸を披露していた。そこで酒癖の悪い北尾佐市が札差の駿河屋重兵衛に絡みだし、それを止めようとした沢井源三郎と果し合い寸前になった。殺された佐市が源三郎の印籠を握っていたことから下手人はすぐにわかり、源三郎は逃げ出して行方知れず。知らぬ存ぜぬの小松、小竹に小六もあきらめて帰っていった。ところがその時、舞台で芸を披露していた小梅が、どこからか飛んできた小柄に咽喉を刺され、殺された。
感 想
 佐七が各人の行動と証言から推理を働かせ、下手人を導き出すというのは悪くない。しかしこの下手人、水芸三姉妹を殺さなければならない理由がほとんどないと思うのだが。そんな余計なことをしなければ、捕まらなかっただろうに。
備 考
 

作品名
「彫物師の娘」
原 型
 『左門捕物帳』「刺青師の娘」
初 出
 『好色頭巾』(文藝図書出版社、昭和27年3月)
底 本
 『人形佐七捕物帳』天の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 例によって海老床で源さんが辰と豆六に話をした。二十五年前、鎌倉河岸でも名高い老舗、伊丹屋市兵衛にはお房、徳兵衛という二人の子供がいた。十八になったお房にできた男は、日本一と呼ばれた彫物師の勝五郎。市兵衛は反対したが、二人は駆け落ちしてしまった。二人には男子が三人生まれたがすぐに死んでしまい、最後にできた女の子、お信乃だけが無事に育った。六年前、お信乃が十四の時に旅先でお房は亡くなった。次の年、勝五郎とお信乃は江戸に戻ってきた。ところが勝五郎は患いついたため、市兵衛にお信乃を引き取ってほしいという手紙を送った。一度確認しようと勝五郎の家に行ったら、もろ肌脱ぎで洗濯をしていたお信乃がおり、背中には立派な「八犬伝」の犬塚信乃の彫物があってびっくり。市兵衛はお信乃に会わず、そのまま帰ってしまった。勝五郎は死に、お信乃は行方知れずに。そして半年前、視力を失った市兵衛が後を継いだ徳兵衛にその話をすると、徳兵衛は親戚中に話してお信乃を探してもらった。すると別々にお信乃が現れ、どちらも全く同じ犬塚信乃の彫物があった。
感 想
 佐七物ではよくある、どっちが本物だパターンの作品。そして読み慣れていれば、結末は大体想像がつくもの。特に今回は、「八犬伝」の犬塚信乃の彫物という重大なヒントがある。ただ、結末までの流れはうまくまとまっているとは思う。
備 考
 

作品名
「開かずの間」
初 出
 別冊『小説新潮』(新潮社)昭和27年4月「創作二十五人集」
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
粗 筋
 まだ辰五郎が佐七の子分になる前の話。朝帰りの辰が、品川の福島屋で頼まれた。一年前、福島屋随一の売れっ妓、かくしが自分の部屋で毒にあたって死んでいた。沼津で手広く煙草屋をやっている駿河屋源七から身請けも決まって、引き祝いも住んでいた。うやむやになったままその部屋は開かずの間となったのだが、昨晩の命日に開けて冥福を祈ったら、昨年暮れに入った新参者であまり売れていないお新という妓が毒を飲んで死んでいた。しかもなぜか磨ぎすました剃刀も持っていた。昨晩は源七も来ており、すでにかしくと仲の良かった売れっ妓のお園と馴染んでいた。支配違いだが、福島屋の主人喜兵衛と女房のお福に頼まれた辰が、佐七を担ぎ出すこととなった。喜兵衛は佐七に、お新が殺された毒はかしくの毒と同じものだったこと、そして初めて知ったがお新はかしくの腹違いの妹だったことを話す。
感 想
 辰五郎が佐七の子分となるきっかけとなった話。佐七の母親のお仙も登場する。佐七がそれほど苦もなく事件を解決してしまうので、謎解きとしては今一つだが、裏に隠されていた真相に涙する人情物。良庵も登場するので、佐七とは当初からの馴染みだったことがわかる。佐七の遍歴の空白を埋める話として、楽しむ作品。
備 考
 

作品名
「女難剣難」
初 出
 『面白倶楽部』(光文社)昭和26年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 浅草観音の仁王門で占いをしている白雲堂去来は四十二、三の無精者だが、よく見ると美男子で、占いも当たる。一昨年の暮れに佐七の住居の近所へ引っ越し、酒浸り。馬の合った佐七が面倒を見て占いをさせたのだが、今でも酒浸りの貧乏暮らし。たまたま通りかかった役者の男に、女難と剣難の相があると告げたものだから、怒って去っていった。そんな去来に佐七が女難の相が出ていると冗談を言うと、去来は本当に女に入れあげているというのだが、名前は言わなかった。そこへ茶屋の人気者、茜染めのお蝶がお茶を汲んできて、湯島に出てる女形の中村紅之助が去来に変なことを言われて怒っていたと伝えた。それから十日後、池之端の蓮見茶屋で女役者の座頭、嵐染八が匕首で刺されて殺された。しかも下手人は殺した後、染八の服を脱がして持って行った。同心の野口伝八に呼ばれてやってきた佐七たちだったが、染八が会っていた相手が去来ではないかと告げる。さらに辰と豆六が、池の中から同じ匕首で刺された紅之助の裸の死体が出てきたと告げた。
感 想
 服を脱がされた二つの死体の謎と、それにかかわる去来たちの絡みが面白い作品。謎の解き明かしもすっきりしているし、それぞれの動機もきちんと書けているし、終わり方も含め人情噺としてはよくできた作品。
備 考
 

作品名
「万引き娘」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「お高祖頭巾」
初 出
 『人生倶楽部』(青潮社)昭和27年6月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 歳の市、浅草雷門の小間物店、紅屋は混んでいた。派手な藤色のお高祖頭巾の若い娘が入ってきて、手代の清七が相手をしている間に銀の平打ちと鼈甲のバラ斑を懐にねじ込んでしまった。店を出ていこうとした娘に、用心棒である町内の鳶頭の伊四郎が立ちふさがったとき、番頭の利兵衛が「いけない」と叫んだ瞬間、娘が伊四郎を刺し殺して逃げてしまった。伊四郎は息を引き取る前、「おと……おと……」とつぶやいた。佐七が紅屋の長右衛門、番頭の利兵衛に問い詰めると、ようやく重い口を開いた。長右衛門はもともと萩原宗仙に仕える若党であり、しくじりを犯したときに宗仙が逆にかばって国許から出奔させた。その後紅屋の入り婿となったが、宗仙が親友に裏切られて憤死し、妻の千寿と娘の於菟女は長右衛門を頼って江戸に出てきた。千寿はその後お茶の師匠として身を立て、茶の師匠仲間の結城蝶衣が於菟女を嫁にもらいたいと言ってきた。縁談は進むかに見えたが、於菟女に万引きという病が発生した。しかも紅屋の家でだけ行い、盗んだものは手文庫の中に放り込んだままであった。佐七たちが千寿の家に向かってみると、そこへ血でぐっしょりの着物を着た於菟女が帰ってきた。
感 想
 万引きという病を持った娘の殺人事件と見せかけてという一編。下手人の手掛かりがあまりにも露骨というか、なんというか、苦笑するしかない。最後は言わずもがなの濡れ場であり、はっきり言って不要と思うのだが、横溝流の読者サービスだろう。この方が丸く収まることは間違いないし。
備 考
 「お高祖頭巾の女」(第6巻収録)と同じ設定ではあるが、途中からは別の物語となっている。金田一物の短編「黒蘭姫」(等々力警部の金田一シリーズ初登場作品としても知られる)でも同様の設定が使われている。

作品名
「蝶合戦」
原 型
 松平長七郎を主人公とする単発の捕物帳の同題作品
初 出
 『別冊宝石』(岩谷書店)19号「捕物帖十五人集」昭和27年6月
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 最近の向島の木母寺のほとりで繰り広げられて評判の蝶合戦を見に来た佐七たち。そこへ「あなたは美女丸さまじゃないか」と豆六に絡んできたのは、若くて器量のよい娘だが、どうやら狂女。どうやらここ最近、向島に現れるらしい。さらに深編笠の侍に向かって美女丸じゃないかとまとわりついた。娘は、美女丸が父さんをどこかへ連れていった、この近所にいるに違いない、蝶々の翅が光るのは父さんの仕業だと言ってきたので、驚いた侍は娘を振り払って去っていった。その夜、木母寺から少し離れた武家屋敷でのこと。最近お鯉という由緒ありげな姥桜がうつってきたが、日がな一日、夜は夜もすがら、陰気な鉦の音が聞こえてくる。そんな念仏屋敷から、光る蝶が飛んで行って蝶合戦に交じっていった。そんなところへ現れたのは、先ほどの狂女。偶然通りかかった美しい小姓を見て、美女丸様と縋りつく。小姓は狂女をお志保と呼び、念仏屋敷の中へ連れていった。
感 想
 裏で何が行われているかは、これまで佐七を読んだことがなくても、想像がつくだろう。それにしてもこのパターンが多い。裏側については手を変え品を変えというところか。あまり変わっていない気もするが。辰や豆六の行方を心配する佐七とお粂、素早い動きを見せる神崎甚五郎、名推理を披露するお粂と、登場人物たちの見せ場は多いのに、肝心の事件が詰まらないというのは残念。
備 考
 

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