完本 人形佐七捕物帳八(春陽堂書店)



【初版】2020年11月16日
【定価】4,950円+税
【編者】浜田知明、本多正一、山口直孝


【収録作品】

作品名
「影法師」
初 出
 『面白倶楽部』(光文社)昭和27年(6月)増刊号「花形作家傑作小説二十三人集」
底 本
 『人形佐七捕物全集』第十四巻(春陽文庫)
粗 筋
 遊び好きな材木商の越前屋茂兵衛の深川黒江町の寮で、遊び仲間の旦那たち六人を招待してのどんちゃん騒ぎ。今日の趣向は茂兵衛のお気に入りで、マゾヒストの有名な幇間、二朱判吉兵衛が考えたもの。灯を消した座敷から庭を隔てた茶室に灯がつき、障子に影法師が映った。酔いつぶれた小娘の着物を、鬼の面を被った雷獣が脱がす。雷獣も裸になり、男の突起物が大きく障子に映し出された。男と女は一つになったが、男は激しく動くのに女は全く動こうとしない。そのうちに灯が消えてしまった。十分経っても明かりがつかない。業を煮やした茂兵衛がお供の手代、伊三郎を読んで茶室を見に行かせたら、なかで吉兵衛が背中を抉られて死んでいた。まだ乾分がいない佐七が一人で呼ばれ、現場を確認。ところが吉兵衛は、女が誰だかを知らなかった。
感 想
 まだ辰と豆六が乾分になる前の、珍しい作品。証拠は現場に落ちているし、佐七が関係者に事情を聴いたらあっさりと事件が解決してしまうしで、面白さに欠ける。最後の人情味あふれる佐七の取り扱いが救いか。それにしても、ひどい趣向である。
備 考
 

作品名
「地獄の花嫁」
初 出
 『面白倶楽部』(光文社)昭和27年8月~9月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 浅草見附で瓦版を買おうとした豆六に、十七、八の大家の女中らしき若い娘が一緒に買ってくれと頼む。娘は瓦版を読むと、顔色を変えながら姿を消した。浪人者の辻講釈師、久米典山が大きな鰡を釣り、家で包丁を入れると腹から小さな女ものの紙入れが出てきた。中に一通の手紙があり、〇之助という男が持参金目当てに化物のような女房をもらったが、情婦のお〇代にせつかれるまま殺そうと企んでいる。ところが〇〇郎が二人の仲を疑っているので、一緒に殺してしまおうというものである。ところが肝心の名前のところが読めない。しかし名前がわからないのでは調べようがない。五日経った八月十五日、佐七が出かけていた時に来ていた客が、今夜両国橋に船を出してほしいとお願いしたとのこと。夜の舟遊びの日、日本橋の亀屋の持ち舟、天地丸の舟底に穴が開き、舟が傾いて嫁のお夕が川に落ちてしまった。慌てて夫でひとり息子の世之助と辰が川に飛び込み、佐七は辰の脱いだ着物で栓をした。しかしお夕は見つからない。さらに瓦版を買った娘は、お夕と里から一緒に来た女中のお吉であったが、行方知れずとなっていた。お夕は妊娠五か月の身重だった。次の日、首が無くなったお夕の死体が上がったが、なぜか妊娠三か月だった。
感 想
 佐七作品ではたびたび出てくる首のない死体ではあるが、今回は途中で佐七自身が、誰の死体かわからないと語るなど、ちょっとひねりを入れてきている。ただ、前半の面白さと比較すると、後半はかなりの無理があるのが残念。この下手人にこんなことはできないだろう。
備 考
 別題「花嫁殺人魔」。

作品名
「くらげ大尽」
初 出
 『小説倶楽部』(桃園書房)昭和27年10月~11月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 お源が佐七の家で話し始めたのは、くらげ大尽のこと。くらげ大尽とは、沼津の豪家、大和屋ひとり息子次郎三郎のこと。まるで骨がないかのようにぐにゃぐにゃで、座ることさえ難しいので、周りからそう言われている。ところが底なしの色好みで、ほとんど同時に二人の妻をめとる。飽きると追い出して、また別の二人の妻を迎えるということを五回繰り返していた。沼津の家は真ん中に次郎三郎と、唯一の肉親である伯母のお篠が住んでおり、西と東に同じ造りの家があって妻を別々に住まわせていた。そして今回は、昨日吉原の丁字屋の花魁、花扇を引き取り、そして今日は米沢町の古着屋、山崎屋の小町娘お小夜を千両の金と引き換えに祝言を迎える。ただ、お小夜の兄でぐれて家を飛び出した藤太郎がくらげ大尽を狙っているという噂があるという。夜、本所の堅川沿いにある柊屋の寮で迎えた初夜。佐七たちは何かあるのではないかと寮の外をそれとなく見張っていたのだが、やくざ風の男が松の木を登って中から外に出てきた。そのまま逃げてしまったが、気になった佐七たちは、なぜか細く開いていた裏木戸に長襦袢一枚のお小夜が倒れているのを見つけた。お小夜の両手は血で染まっていた。目を覚ましたお小夜は、次郎三郎が殺されたと佐七に告げた。どうやらそれは半刻(一時間)前のこと。そこへお小夜を探しに来たのは、太鼓持ちの銀蝶。座敷では次郎三郎が待っているという。驚いたお小夜や佐七は座敷に行くと、確かに次郎三郎がお篠、花扇と一緒にいた。
感 想
 目の前で殺されたはずの夫が生きていた、という意外な展開とその結末が鮮やかな作品。被害者側のトリックという珍しい仕掛けも含め、本来ならお薦めしたい作品なのだが、問題はこの障害者である夫の設定と表現。今のご時世じゃ問題だらけだよな、としか言いようがないし、たぶんこのような設定ではないと成立が難しいトリックであるのだが、うーん、何とも惜しい。
備 考
 

作品名
「たぬき汁」
初 出
 『読切小説集』(荒木書房新社)昭和27年11月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第四巻(講談社)
粗 筋
 九月十四日、榊原伊織という旗本の仲間部屋に現れたのは、酒屋の豊島屋の手代、忠七。中にいる折助の友造たちが酒の代金を払ってくれないので来たのだが、中には折助が九人、酒を飲みながらたぬき汁が煮えるのを待っている。少し離れたところにいたのは江原大二郎という伊織の従兄弟にあたる道楽者。そばには提げ重にしては珍しい器量の女。忠七の泣き言も放っておいてたぬき汁を食べていた折助たちが、血を吐いて死んでしまった。揚げ重の女はいつの間にか行方を消した。相手は旗本屋敷で、食当たりで済まそうとしているが、江戸中の御用聞きは内々に探索の手を伸ばす。そして二十五日の晩、伊織が大二郎や吉原からの招いた女たちと酒宴を開いたが、妾で元吉原の花魁だったお銀が血を吐いて死んでしまった。
感 想
 大量毒殺事件ではあるが、特にトリックがあるわけではない。犯人はちょっと意外ではあるが、犯行に手を伸ばす動機の伏線も全くないし、最後は唖然としてしまう。最後はそれでいいのか、と佐七に言いたくなった。後味の悪いことばかりで、読まない方がいい作品。
備 考
 提げ重とは、仲間部屋へ食べ物などを売って歩くついでに、求められれば色も売ろうという一種の売女。

作品名
「うかれ坊主」
初 出
 『読切小説集』(荒木書房新社)昭和27年(11月)臨時増刊号「捕物小説祭り」
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第五巻(講談社)
粗 筋
 例によってお源が佐七に語るところから始まる。江戸の名物男で人気だったうかれ坊主こと、風羅坊艮斎が死んだ。おとといの晩に河豚を買ってきて、長屋の衆といっぱい飲んだのだが、次の日の朝、部屋を見たら冷たくなっていた。身寄りもないので長屋の衆でお通夜を行い、今朝早くに早桶を担ぎ出した。小塚っ原の焼き場の近くまで来たら、早桶の中からおいおい、どこへ連れていくんだという浮かれ坊主の声。桶を担いでいた二人と付き添いは長屋へ飛んで帰ってしまった。そんな馬鹿なと大家の金兵衛と他二、三人が一緒に戻ってみたら早桶は元のところにある。しかし軽かったので開けてみたら、うかれ坊主の経帷子を来た別の若い男の死体が入っていた。その日の昼、相生町の長屋へ佐七たちが出向き、死体を改めると、髪結い銀次の下剃りで、入れ墨者の吉奴だった。しかし辰は、昨日の夕暮れに会ったという。裸にすると、右の脾腹に大きな痣が。しかし、うかれ坊主と知り合いとは思えない。銀次も吉奴も評判の悪い男だった。
感 想
 桶の中の死体が入れ替わっていたという謎が出てくるが、事件そのものはそれほど複雑なものではない。佐七が調べていくととんとん拍子に物事が解決していくのは調子よすぎるが、うかれ坊主たちのキャラクターも含め、人情噺として読む分には面白い。ほっこりするような終わり方はお薦めである。
備 考
 

作品名
「くらやみ婿」
初 出
 『小説倶楽部』(桃園書房)昭和27年12月~昭和28年1月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
粗 筋
 神田錦町の呉服問屋、甲州屋の番頭喜兵衛が、佐七に捜索を依頼した。お松という娘がいるが、体が弱いため二十歳になっても独り身だった。この春は特に調子が悪く、母親のお早の実家で、府中の大庄屋である甚右衛門のところで転地療養した。体調も良くなり、外へ歩くようになった五月頃、六所明神の神官のもとで寄食している玉木新三郎という美しい浪人から、五月五日のくらやみ祭りに宿はずれの庚申堂でゆっくり話をしたいという手紙をもらった。五日の晩、庚申堂へ向かったお松は、暗闇の中から「お松じゃないか」と叫ぶ男の声に魅かれ、そのまま中へ入り抱きすくめられ、契りを結んだ。ちょうどその夜、甲州屋嘉右衛門の母親の様子が悪くなったので、手代の銀造が府中まで迎えに来ていた。翌日、お松は銀造とともに江戸へ踊ったが、数か月後、お松に子供ができていることが分かった。そこで喜兵衛がこっそりと府中へ調べに行くと、新三郎というのは真っ赤な嘘で、実はお小姓新三という佐七も知っている無頼者だった。しかし新三は五月五日の朝に大喧嘩をして、その日は牢舎に入っていた。ではいったいお松が契りを結んだのは誰なのか。新三は別の日に契りを結んだと絡んでくるし、さらに銀造までが実は自分がと訴え出てきた。
感 想
 佐七作品ではいくつかある、契った相手は誰だパターンの作品。ただ相手を探すだけではなくて、他の話もうまく絡んできて、物語を複雑にしている。横溝お得意の読者サービスが少なめなのも、物語の面白さの方にうまく寄り掛かった。お粂の活躍も合わせ、人情噺としては傑作と言っていい。
備 考
 

作品名
「猫姫様」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「腰元忠義」「猫と奥女中」
初 出
 『別冊宝石』(岩谷書店)25号「新春捕物祭り」昭和28年1月
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第一巻(講談社)
粗 筋
 辰と豆六が浅草からの用事の帰り、大夕立が降ってきた。雷が鳴って、ぶるぶる震える辰。夕立が上がった六つ(六時)、柳原堤の中腹で、女の帯を豆六が見つけた。草を分け入ると、雷が落ちて真っ二つに裂けた柳の根元に、雷に当たった遊び人が死んでいた。握っていた匕首に血がついている。川に浸かっていたのは豪華な女の丸帯。さらに辰が、喉を抉られた、豪華な服を着た猫の死体を見つけた。次の日、佐七たちが死体を預けた自身番に立ち寄り男の死体を調べると、右腕に河童の彫り物をしていた。辰と豆六が身元を調べに行ったが、そこへ船宿井筒屋の船頭で、十六になった松太郎が飛び込んできた。松太郎の姉のお藤は猫好きで玉という三毛猫を寵愛していたが、去年の秋、森丹羽守の娘で大の猫好きである菊姫が通りがかった際に玉を見つけ、所望した。玉はお藤以外の手からは食事をとらぬという話を聞くと、お藤も一緒に、ということで奉公に上がることとなった。屋敷には何十匹と猫がいて、お藤はその猫たちの世話の係となり、菊姫のお気に入りとなって、名前を藤波と改めて中老へ出世した。ところが昨日、藤波が井筒へやってきた。濡烏という猫が病気になって医者に診てもらった帰りだという。その日は話をした後帰ったが、次の日、屋敷から藤波が帰ってきていないというので松太郎のところへ探しに来た。昨日の騒ぎはもしやしたらと来てみたら、帯は藤波のもので、死んだ猫は濡烏だった。
感 想
 とまあ、粗筋の方では猫姫様の話を書いたのだが、そこから話が別の方向に飛んでしまうので呆気に取られてしまう。後味のあまりよくない作品。
備 考
 辰五郎の雷嫌いが初出で設定された最初の作品。

作品名
「女刺青師」
初 出
 『小説倶楽部』(桃園書房)昭和28年新春特別(調整)号~昭和28年2月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
粗 筋
 大晦日の夜、新地の大見世、大栄楼に呼ばれた深川芸者尾花屋の小雪は馴染みの客とそこに泊まり、次の日の朝はやく、客を送り出した後、初日の出を拝もうと屋上にある見晴らし台へ上ったが、相当酔っていたらしく、足を踏み外して落ちてしまい、庭石に脾腹をぶつけて死んでしまった。ところが辰と豆六が聞いたところによると、見晴らし台から見えた隅田川の屋根船に、競争相手である龍田屋のお滝が、小雪の馴染みである道楽息子の半次郎と一緒にいたものだから、夢中で手すりを乗り越えたときに転落したとのことである。その小雪の死体が三日の朝、法乗寺に置いてあった棺桶の中から盗まれた。怪しいのは、大栄楼にちょくちょく来る、宮さまと呼ばれる旗本らしき侍。小雪とお滝を呼んでは必ず二人の背中の刺青を撫でまわしながら鑑賞するだけで、それ以上は手を出さない。しかし宮さまの正体を誰も知らなかった。二人の刺青を彫ったのは、まぼろしお長という女刺青師。結局そのまま半月ほど経ったが、十五日の晩、池之端の出会い茶屋、たちばな屋で両国の並び茶屋、山吹屋のお町が殺された。小町もまた、まぼろしお長に刺青を彫らせており、しばしば宮さまと呼ばれる侍に刺青をたちばな屋で見せていたという。もしかしたらと佐七は調べさせたが、まぼろしお長は去年の秋、労咳で亡くなっていた。
感 想
 女刺青師が彫った女が次々に襲われるという、横溝お得意のテーマが出てくる。佐七はなかなか手掛かりがつかめず、逆に珍しく海坊主の茂平次が名推理を繰り広げるなど、いつもとはちょっと違った展開。色々と複雑な人間関係が事件を迷宮に誘う展開は、それなりの頁数があることもあるが、読みごたえがある。ただ、陰惨すぎてあまり好きにはなれない作品でもある。
備 考
 別題「腰元刺青死美人」。

作品名
「神隠しにあった女」
初 出
 『読切小説集』(荒木書房新社)昭和28年3月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 下谷御成街道の名代の刀屋、小松屋の手代宗七は蠣殻町のあるお屋敷へ刀をおさめに行ったが、値段が折り合わずそのまま持ち帰っていた。すでに五つ(八時)過ぎ、大川で舟饅頭(下等な売女)を乗せたお千代船の船頭から生娘だと誘われ、そんな馬鹿なと思いながらも買うことにした。実際に抱いてみると、その反応から本当に生娘だったのではないかと夢見心地であったが、舟を降りたときに風が吹き、月が女の顔を照らすと、それは神隠しにあった宝屋のお福であった。呆然とした宗七は、舟の中へ備前長船を忘れたことに後から気付いた。翌日、小松屋重兵衛は宗七とともに佐七のもとを訪れ、久松町の刀屋の宝屋太郎右衛門の妻のお常が重兵衛の妹であること、お福が神隠しにあったのは十日前の雛祭りの晩であること、宝屋にはお蝶とお福という年子のそっくりな姉妹がいるが、お蝶は実は太郎右衛門が女中のお吉に手を付けて生ませたことであること、お蝶が去年大患いして頭がすこしおかしくなったこと、島送りになっていたお吉が江戸に帰ってきてお蝶のことを知り仕返しをすると怒鳴り込んだことなどを話した。重兵衛は佐七に、宝屋にそのことを耳に入れないようにしてお福を探してほしいと頼む。
感 想
 宗七の情交シーンは、はっきり言って男の願望に近い読者サービスである。しかも男性側、女性側の両方の視点から書かれているのだから、読者としては二重の喜びである(苦笑)。これでいいのか、とも思うが。それはともかく、過去の事件もうまく絡めた、佐七の人情噺ではトップクラスと言っていい作品である。横溝が角川文庫の自選集のタイトルに選ぶだけはある。
備 考
 

作品名
「狐の裁判」
原 型
 『左門捕物帳』「十二匹の狐」
初 出
 『別冊宝石』(岩谷書店)25号「新集捕物帳」昭和28年6月
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
粗 筋
 佐七の家に訪れたのは、人気役者歌川歌十郎の家内のお縫。市村座の夏狂言「芦屋道満大内鑑」で新しく書かれた「保名物狂」の場面では歌十郎と十二匹の狐に扮した子役が躍る。子役たちは素焼きの狐を一つずつ、市村座のお稲荷様に奉納したが、千代太郎の狐だけ眉間を割られた。千代太郎は歌十郎の先妻の子供で、威張り散らすし、舞台では毎日他の狐をいじめているので嫌われている。昨日はお縫の実の子供である梅丸も舞台で転がされた。かつて歌十郎と覇を争った人気役者中村三右衛門の忘れ形見で同じ舞台に立つ鯉之助は、千代太郎を殺すと息巻いている。何とかならないかとお縫は佐七にお願いするのだが、さすがに事件が起きなければ何もできない。その日はお縫を返したが、次の日、市村座の舞台で梅丸が舞台で背中を抉られて殺された。
感 想
 前半と後半の展開や登場人物のイメージがあまりにも違いすぎて、戸惑ってしまう。タイトルとも合わないし、作者にどこかで計算違いがあったに違いない。
備 考
 

作品名
「風流女相撲」
原 型
 『左門捕物帳』同題作品
初 出
 『小説倶楽部』(桃園書房)昭和28年7月号
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
粗 筋
 女相撲の両大関、藤の花と葛城は仲が悪く、それを心配した勧進元の井筒屋与兵衛は昨夜、柳橋の富貴屋で和解の手打ちを行った。そこでそれぞれの弟子の若紫と逢州がつかみ合いになりそうになり、仕方なく弟子たちすべてを返し、藤の花と葛城だけで話し合いをしてどうやら和解となった。四つ(十時)ごろにお開きとなり、まずは葛城が、次に藤の花が駕籠で帰った。最後に与兵衛が駕籠に乗ろうとすると、藤の花を乗せていた駕籠屋が戻ってきた。大川端で藤の花がひどく苦しみだして駕籠を止めて様子を聞いたところ、暗闇から曲者が出てきて駕籠の外から突き刺した。駕籠屋は逃げ帰ったが、戻ってみると今度は手拭いで首り殺されていた。良庵が調べたところ、確かに一服盛られていた。辰と豆六が佐七に話して湯島の境内の支度部屋に行くと、先に来ていた海坊主の茂平次が若紫を下手人として捕まえた。駕籠にぶら下げていた両大関の定紋のついた提灯がなぜか入れ替わっており、それに気付かなかった若紫が葛城を殺そうとして間違えて師匠の藤の花を殺したのだと推理した。
感 想
 毒を盛られて刺されて最後に首を絞められるという不思議な殺人事件。ただし、それほど複雑な話ではないし、最後は人情噺で終わる。佐七がかつての女相撲だった女中頭に挑まれて慌てて逃げる姿は珍しい。
備 考
 

作品名
「三日月おせん」
原 型
 不知火甚内を主人公とする「南無三甚内」「不知火甚内」
初 出
 『別冊宝石』(岩谷書店)30号「新作捕物帳」昭和28年9月
底 本
 『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
粗 筋
 佐七たちが夜の帰り道、お茶の水で不審な男が駕籠を背負っている。男には逃げられたが、駕籠の中には短刀で抉られた、深川の八幡前で評判の矢取り女、三日月おせんの死体があった。短刀の根元には、おせんの錦絵も刺さっていた。翌日、佐七たちはおせんの家に行き、勇逸の家族である祖母のお紋と話していると、誰かが小さな風呂敷包みを投げていった。中には拒んで十両、葬い料との添え紙、そして波に千鳥をあしらった笄が割られた半分であった。お紋はもともと草加宿に住んでおり相当の屋敷田畑はあったが、夫を亡くした後、息子の卯之助がぐれて何もかも売り飛ばして使ってしまい、さらに人を傷つけて出奔。お紋は娘のお歌と江戸に出てきて、お歌は美人の茶汲み女として評判になった。ところがお歌は、素性の分からない不気味な侍と良い関係になってしまった。その男との間に生まれたのがおせんであった。
感 想
 下手人探しよりも、お歌の相手の侍を探す展開になっていき、意外な人間関係が浮かびあがるのだが、正直ちょっと呆気にとられる話であり、意外性が逆に無くなっている。狙いすぎて外したような作品である。
備 考
 

作品名
「拝領の茶釜」
原 型
 『知慧若捕物帳』「雪だるま」
初 出
 『読切小説集』(荒木書房新社)昭和28年(11月)臨時増刊号「捕物小説祭り」
底 本
 『新編人形佐七捕物文庫』第九巻(金鈴社)
粗 筋
 雪の多い冬、佐七たちは鍋町に並んだ雪達磨がことごとく叩き壊されているのを見つける。不思議に思いながらある横町へ差し掛かると、風の悪い男が若い衆に迫られている。どうやらこの男が毎晩雪達磨を叩き壊していったらしいが、当の本人は白ばくれ、悪態を吐き散らす。しかし男は近寄ってきた佐七の顔を見ると、捨て台詞を吐いて逃げていった。ところがその男を浪人者が追っていったので、佐七は辰に尾けるよう命じた。家に帰ると、紺屋町の質店、宝屋の番頭、万兵衛が来ていた。宝屋では先日、泥棒が入り、下手人は須田町で捕まったが、盗まれたがらくたの茶釜は見つからなかった。その茶釜は舟木十右衛門という手習いの師匠をしている人柄の良い浪人が十両を貸してほしいと頼み込んできて、宝屋喜兵衛とも仲が良かったので受け取った質草であった。一昨日、十右衛門が十両と利息を持ってきて茶釜を受けだそうとしたが盗まれたと知り、顔色が変わった。主君から拝領された茶釜で、帰参するのにどうしても必要だと言い出した。そして今日、茶釜はあきらめるから千両を出せと喜兵衛に要求した。
感 想
 浪人が本性を出す展開が唐突すぎてピンと来ない。そのあたり、もう少し筆を費やしてもよかったと思う。単純な事件ではあるが、雪達磨を使った展開がどことなくユーモラスなところもあり、読みごたえとしては悪くない。
備 考
 

作品名
「当り矢」
初 出
 『捕物倶楽部』(荒木書房)昭和29年1月号
底 本
 『人形佐七捕物全集』第一二巻(春陽文庫)
粗 筋
 背中に鎌倉権五郎景政の彫り物をして評判である深川の芸者、おかんが殺された。その日は深川にある材木問屋、白木屋の寮であるじ茂左衛門の還暦祝いが盛大に行われていた。その日は佐七も辰や豆六とともに呼ばれていた。五つ半(九時)ごろ、おかんは佐七のそばにいたが、そこへ若手人気役者の中村富五郎がやってきた。富五郎と噂のあるおかんは席を立って風に当たりに行った。茂左衛門は寵愛する芸者のお駒を連れて退け、四半刻(半時間)後に茂左衛門だけ戻ってきたが、左の掌が藍色に染まっている。茂左衛門が土蔵座敷の方に向かっていくというおかんを見たというので、富五郎と、おかんの妹芸者であるお蔦が一緒に土蔵座敷へおかんを探しに行き、覗き穴から見てみると、敷布団に腰巻き一つの女がうつ伏せになっており、肌には権五郎の彫り物が浮かび上がり、しかも彫り物の左目のところに彫り物と同じように矢が刺さっていた。富五郎が中に入るとおかんが死んでおり、お蔦は部屋に戻って佐七たちを呼んだ。
感 想
 佐七作品ではときどきある、彫り物を題材に使った作品。ここまでストレートな謎解きも、佐七作品では珍しい。ただ、あまりにもわかりやすい伏線を貼りすぎな気はする。事件から解決まで一直線に書かれすぎているので、面白味には欠けている。
備 考
 後にこのトリックは、金田一作品「毒の矢」に転用されている。

作品名
「通り魔」
原 型
 『朝顔金太捕物帳』「消える虚無僧」、『黒門町伝七捕物帳』同題作品
初 出
 『別冊宝石』(岩谷書店)34号「新作捕物帳」昭和29年1月
底 本
 『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
粗 筋
 このころ、江戸には通り魔のような六部姿の男が現れて、妙な事件を起こしていた。しかし今までは何も盗まれたものがなく、ただ武家屋敷に侵入しては消えるだけだった。ところが今回は、南町奉行遠山左衛門尉の役宅に入り、若党の河野三平が殺された。佐七と辰が南町奉行の役宅へ駆け付け、用人の島田喜兵衛から話を聞いたところによると、今朝の丑満時(午前二時)頃、奥座敷でけたたましい声を聴いた喜兵衛が駆け付けると、座敷の外の縁側に左衛門尉が額に傷を受けて、寝間着姿で倒れている。喜兵衛が抱き起すと、自分は大丈夫だから三平を見てやれと言って、再び昏倒した。駆け付けた若侍たちにまかせ、座敷へ踏み込むと、三平が斬られて倒れていた。しかし戸締りは厳重にしてあり、曲者がどこから入って出たのかもわからない。仏の枕下に金槌があり、左衛門尉はどうやらこれで殴られたらしい。左衛門尉に尋ねても、離れ座敷で怪しい物音がするので忍んで行ったら、いきなり出てきた曲者にやられたというだけで、他には何もわからない。
感 想
 時代劇でおなじみの南町奉行、遠山左衛門尉景元が登場。実在の人物だが、佐七が活躍した時代より後に奉行になっている。佐七が五十代になっても岡っ引きをしていたら、遭遇していた可能性はある。
 怪盗ものではあり、調べていくうちに謎が一つ一つ解けていく展開で、正直消失トリックはある程度予想されたものではあるものの、親分子分がやり取りを重ねながら事件を追いかけていくという捕物帳ならではの味を楽しませてくれる作品。ただ改変ものということもあってか、どことなく今までの佐七とは味が違う。
備 考
 『黒門町伝七捕物帳』は、捕物作家クラブの作家総動員で銘々が同一主人公による作品を書いていくという協作作品。全作品の集成はまだないが、主要作品を作家別にまとめたものやアンソロジーは出版されている。京都新聞で長期連載後、陣出達朗が単独で『伝七捕物帳』を執筆。また映画、テレビドラマ化されている。
 本作では「伝七」→「佐七」、「獅子っ鼻の竹」→「巾着の辰五郎」に書き換えただけなので、豆六が乾分になる前の作品となった。遠山左衛門尉が出てくるのも、伝七作品からそのまま引き継いでいる。

作品名
「美男虚無僧」
初 出
 『講談倶楽部』(講談社)昭和29年初春(2月)増刊号
底 本
 『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
粗 筋
 材木屋の駿河屋、藤兵衛に新年の祝いで深川新地の天明楼まで呼び出され、廻された屋形船に乗った佐七と辰と豆六。藤兵衛はにわか分限者で、成金ぶりが鼻について他の顰蹙を買うものの、金離れはよい。寒空の船で酒を飲んでいた三人だったが、尺八の音が聞こえてきた。船頭に尋ねると、去年の暮れから深川にやってくる虚無僧がいて、美形なので女が騒いでいるという。噂では敵持ちらしいが、本人は誰にも口を利かないのでわからない。天明楼に着いた佐七たちは酒を飲んでいたが、そこへ人殺しとの女の叫び声。佐七たちが縁側へ飛び出すと、離れ座敷の障子に虚無僧らしき男が女を小刀で刺す影が映っている。慌てて座敷へ行くと、女が抉られて倒れている。それは藤兵衛の贔屓の芸者、小吉であった。藤兵衛はそれは今日の趣向の芝居だと話したが、本当に殺されているのでびっくり。虚無僧役は腰巾着の医者の緒方妙庵であったが、妙案も隣の部屋で殺されていた。外に尺八の音が聞こえてきたので、辰と豆六が天明楼の裏木戸へ行くと、銀杏屋のお蔦という芸者が虚無僧を送ろうとしていた。虚無僧が差している刀は、べっとりと血に濡れていた。
感 想
 それなりに凝った内容の謎とトリックではあるが、最後の方で駆け足でドタバタして終わってしまい、謎解きとしての面白さには欠ける。伏線をもう少し前半の方で張っていれば、少しは違ったか。
備 考
 

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