作品名 | 「夜歩き娘」 |
原 型 |
『左門捕物帳』「夜歩き姉妹」
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初 出 |
『別冊宝石』(岩谷書店)36号「新作捕物帳」昭和29年4月
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
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粗 筋 |
誓文払いの安売りでごった返す浅草界隈で、お高祖頭巾の女が騒ぎを続けて起こした。後を追った佐七たちを待ち受けていた女は、巾着切りの弁天お蝶。20日ほど前、地紙問屋の柏屋のあるじ、重兵衛が殺害された。鳥越の茂平次は夜歩き病で縁談が壊れた過去がある娘のお里を捕まえ、自白させた。実はお里の母親であるお蝶は、お里は無実であるから助けてほしいと佐七に訴える。
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感 想 |
夜歩き病の裏に隠れた犯人探し。割と単純に犯人が捕まってしまうので、その点は面白さに欠ける。姉妹の運命に興味を持つ作品か。
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備 考 |
原題「夜歩き姉妹」。
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作品名 | 「お時計献上」 |
原 型 |
『朝顔金太捕物帳』「お時計献上」
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初 出 |
『捕物倶楽部』(荒木書房)昭和29年5月号
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底 本 |
『人形佐七捕物全集』第十二巻(春陽文庫)
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粗 筋 |
辰と豆六が天文屋敷の方を歩いていると、老婆の「人殺し」の声。慌てて駆けつけると、からくり甚内と呼ばれる男が細工場の中で殺されていた。出入り口には中から閂がかかっていて、窓は空いているが格子がはまっている。胸に刺さっているのは阿部対馬守の屋敷に収めた献上時計の針。阿部家の石井大蔵という留守居役が、柳営御用のお時計師近江暁雪に献上時計の作成を依頼するも、晩雪は老体なので代わりに弟子の菊之丞に作らせた。ところが念のためと、大蔵はからくり甚内にも依頼してしまった。甚内は名人級の腕だったが、暁雪に破門されていた。ふたつの時計がそろった3日後、両方の時計の針がもぎとられていたのだ。
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感 想 |
密室殺人に連続殺人。時計の針による殺人というカー『死時計』を思い起こさせる殺人方法。師匠と弟子2人、そして師匠の娘と入り組んだ人間関係。時計作り競争。題材がいいのに、その割に謎解きが呆気ないのは残念。
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備 考 |
作品名 | 「ふたり市子」 |
初 出 |
『キング』(講談社)昭和29年8月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
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粗 筋 |
苦手な雷が来て、辰は慌ててお行の松の下に豆六とともに飛び込む。先客は金物屋の旦那の樽家新兵衛。さらに市子が松の側にある不動尊の辻堂の中に駆け込んだ。土砂降りの中、駆け込んできたのは、新兵衛の妾であるお滝の召使であるお紋。雷嫌いのお紋は辻堂の中に入ろうとするが、なかなか開かない。悲鳴を上げた時、狐格子を開けた市子が、一目散に駆け出した。雷がやみ、お紋が中をのぞくと、腰のもの一枚のはだかの女が絞め殺されていた。駆け付けた佐七が野次馬に聞くと、その女は市子のおさめという。さらに家へ帰ったはずのお紋が再び現れ、お滝が殺されていたと伝えた。
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感 想 |
こちらは人間関係の愛欲が入り組んだ連続殺人事件。最後の謎解きの場面が当時ならではのもので、面白い。
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備 考 |
市子とは今でいう霊媒みたいな女性。
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作品名 | 「蛇性の淫」 |
初 出 |
『小説倶楽部』(洋洋社)昭和29年8月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
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粗 筋 |
梅雨が明けたのに雨続きの毎日、辰の伯母のお源が同じ小屋にいるお甲を連れて佐七を訪ねてきた。お甲の娘である十八のお勝は茶屋の藤屋で働く別嬪だが、3日前から帰らないという。しかも連れ出したのが、ひと月前から足しげく通っている松若というお小姓らしいが、素性がわからない。ところが辰と豆六には心当たりがあった。ちょうどその日、根岸の松の樹の下で雨宿りをしているとそこにお勝が現れ、さらに松若がいつも連れていた河内という奴が蛇の目を持って迎えに来たのだった。二人は佐七を根岸に連れ出したが、そこに紋太という鳶が現れ、生薬屋の甲州屋の娘であるお松を松の下に雨宿りさせて、雨具を借りに行って帰ってきたらお松がいないという。通りかかった茂作という百姓が、河内らしい奴が連れ出したと話した。
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感 想 |
真相が明かされると意外な動機が明らかになる作品。全く予想だにしなかった展開は、横溝ならではの腕。
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備 考 |
原題「蛇性の肌」。
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作品名 | 「蛇使い浪人」 |
初 出 |
『講談倶楽部』(講談社)昭和29年(8月)読切大増刊号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第六巻(講談社)
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粗 筋 |
七月十日、浅草に雷除けのお守りを買いに来た辰と豆六。そこで演じられていたのが、三十二、三の浪人者が首、両腕、懐中に一本ずつ青大将を巻いているところ。蛇嫌いの豆六が震えていたが、浪人に水を持って現れたのは、おきんという器量よしだがすこし足りない辻占売り。ちょっと前、二人の悪者に襲われそうになっているところを浪人に助けられて以来、惚れ込んでいるという。それから三日後、御用の帰り道で佐七ら3人は大きな籠を持った不審な人物を捕まえる。それは蛇使いの浪人、萩原六平太で、籠の中には絞め殺されたおきんが入っていた。六平太は家に帰ったらおきんが殺されていた、というのだが、どこに行っていたかを語らない。
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感 想 |
事件の意外な展開と、ちょっとしたアリバイトリックもの。これはプロットを楽しむ作品。
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備 考 |
作品名 | 「色八卦」 |
初 出 |
『小説倶楽部』(洋洋社)昭和29年9月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
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粗 筋 |
湯島の富籤が外れ、帰ってきたお粂が佐七たちに、湯島の境内で評判の茶汲み女、お富が一番違いで外れたと嘆いていたと話す。千両当たったら評判の役者、瀬川三之丞を買って夫婦になるつもりだったという。それから三日後、評判の女易者である妙見堂梅枝が腰のもの一枚で絞め殺されていた。梅枝は次から次へと色々な男が来ていたというが、殺されたらしい一昨日の晩に、ちょくちょく来ていた素性のわからない手代らしい男が来ていたという。さらにその日、筋向いに住む見世物小屋の木戸番である弥平と梅枝がいさかいをしており、その後お梅が梅枝の家から飛び出したという。そこには当たりの富籤が絡んでいた。
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感 想 |
当たった富籤が絡んだ事件かと思ったら、さらにその裏にはという思いがけない展開が続く作品。これも謎解きというよりは、事件の展開と真相を楽しむ作品。
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備 考 |
原題「色愁八卦」。
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作品名 | 「舟幽霊」 |
原 型 |
『黒門伝七捕物帳』「船幽霊」
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初 出 |
『別冊宝石』(岩谷書店)四○号「江戸好色捕物帳」昭和29年9月
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
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粗 筋 |
中秋明月の夜、向島にある大桝屋嘉兵衛の寮で月見の宴が開かれ、佐七たち3人も招かれた。そこで船で行こうと馴染みの船宿井筒へやってきたものの、船がみんな出払っていた。そこへ山吹屋という船宿の若い衆、巳之助が声をかけてきて、こちらの客が大桝屋の寮に行くから一緒にどうかと誘われた。言葉に甘えた佐七たちが船に乗ると、そこにいたのは天王寺屋の親方こと人気絶頂の花形役者中村富五郎と、柳橋で売り出し中の芸者お駒。井筒のお主婦、お徳は送り出しで船を一押ししようとしたら、だしぬけに叫んだ。ずぶ濡れになった女が親方の後ろに座っていたような気がしたという。佐七は船の中で簪が落ちているのを見つけた。巳之助に聞くと先ほど、富五郎の恋仲である巴屋の名妓、おえんを寮に送っていったという。そして宴の途中、おえんが殺され、池の中に浮かんでいたと巳之助が駆け込んできた。おえんは全身に七か所の打撲傷や切り傷を受けた無残な姿だった。
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感 想 |
トリックが使われた犯人探しの作品であるが、これはなかなかに考えられている。想像してみると怖い結末。佐七の作品でも上位に入る傑作。
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備 考 |
原題「船幽霊」。
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作品名 | 「たぬき女郎」 |
初 出 |
『キング』(講談社)昭和29年10月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
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粗 筋 |
新宿の巴屋という女郎屋の売れっ妓、お咲に狸が付いた。古井戸の底に何やら沈んでると口走ってはさめざめと泣いたり、誰かに首でも閉められるような恰好をして手足をバタバタさせて口から泡を吹くという。実は先々月、米問屋の豊島屋の番頭である才三郎が二百両の掛け金を持って姿をくらましたが、お咲は才三郎の馴染だった。お咲は何も知らぬと口を割らなかったが、狸が付いたのはそんなときであった。巴屋が奇妙院という修験者を呼んで祈祷をすると、お咲の口から才三郎が柳の馬場で首を絞められ井戸に沈められた、犯人は遊び風の若者、という声が。井戸をさらうと、本当に才三郎の死体が出てきたが、掛け金はどこにもなかった。
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感 想 |
狸付きだ、修験者だ、と江戸時代らしい怪談のような展開だが、一つのことから意外な事件の謎が芋蔓式に解けていく展開。横溝の時代ものに時々ある、色欲な世界が繰り広げられる。
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備 考 |
作品名 | 「どくろ祝言」 |
初 出 |
『小説倶楽部』(洋洋社)昭和29年10月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第七巻(講談社)
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粗 筋 |
奥州棚倉五万石の家中にいた萩原作之進は、主家がつぶれて浪人になると江戸に出てきて、根津清水谷の地所家作を買って大地主となった。昨年、流行り病で作之進夫婦が亡くなると、一人娘の深雪が残され、用人の安達十右衛門夫婦が守り育ててきた。ところが深雪は妊娠し、三月ほど前に子を産んだが、両手の指が六本ずつある骨なし子であった。死産ではあったが、座敷牢に自ら閉じこもったという。昨日辰と豆六が見たのは、深雪の相手だと自ら言う男達の五郎三郎が門の前で泣く姿であった。辰と豆六は泊った宿屋で読んだ按摩の沢の市からそんな話を聞いたのだった。なんでも子供を取り上げたのは沢の市の女房のお角だという。それから半月後、お角が殺された。
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感 想 |
意外な人間関係によって繰り広げられる人間模様。タイトルの意味は最後になってわかる。一番面白いのは、佐七とお粂にこっぴどくやられる辰と豆六である。
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備 考 |
作品名 | 「猫と女行者」 |
初 出 |
『小説倶楽部』(洋洋社)昭和29年11月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
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粗 筋 |
京都の公家の息女らしいという噂が立ち、町奉行所から佐七に警戒するよう言われていた女行者の橘左京が殺害された。しかも致命傷のひと突きを含め、5箇所の手傷を負っていた。死体の周りには、5匹の飼い猫が血を舐めている。弟子の戸無瀨と式部が言うには、人を呪うかくし祈祷の最中であったという。左京は金物屋の伊勢屋の世話を受けているが、裏に住む居合い抜きの千々岩大八に水を向けるも思いを遂げられず、恨んでいたという。しかも大八の脇差が外の泥溝に捨ててあった。大八は外出していたというが、その行き先を言わず、自身番に送り込まれた。
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感 想 |
ある事実を後から関係者に聞かされて、一気に事件解決に向かうというのは、序盤の不可能犯罪の仕掛けからすると本格作品としては残念な展開。
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備 考 |
本作の殺人事件の設定は金田一ものの長編『迷路の花嫁』でも使われている。執筆時期はそちらの方が早い。また金田一ものの短編「猫館」でも後日使用されている。
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作品名 | 「かくし念仏」 |
初 出 |
『キング』(講談社)昭和29年12月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
ここ半月ほど、両国の広小路に、毎日のように上等な駕籠が置かれ、しかも中にいる頭巾をかぶった若い女性が一時(約2時間)ほど外をのぞき、また駕籠かきがそれを担いで帰っていくという。お源から聞いた話を辰が佐七に話し、辰と豆六は明日出向くことになったのだが、生憎用事があって行けなかった。ちょうどその日、男っぷりのいい板前の文七が籠の中をのぞき込んだら、女が話しかけ、慌てて逃げたという。女も文七を追いかけるも、結局逃げられて、籠の中に戻ってしまった。次の日、その顛末を床屋から聞いた辰と豆六だったが、永代橋の下に女の死体が流れてきたという。どうやら駕籠の中の女らしい。
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感 想 |
前半の展開と後半の展開があまりにも違い過ぎて、呆気に取られてしまったまま終わってしまう作品。事件の解決が、あまりにも唐突である。
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備 考 |
かくし念仏とは、浄土真宗系の秘密団体だが、女犯を好むも魚肉を食らうも阿弥陀仏は咎めず、念仏を信じていれば極楽往生間違いなしという教義なので、風紀を乱すと幕府から厳重に禁止されている実在した邪教。
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作品名 | 「春姿七福神」 |
原 型 |
『左門捕物帳』「春姿七福神」、『黒門町伝七捕物帳』「宝船殺人事件」
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初 出 |
『別冊宝石』(岩谷書店)四四号「新篇仇討捕物帖」昭和30年1月
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
この春、浮世絵界の第一人者といわれた歌川国富が描いた「春姿七福神」が話題になった。お江戸の人気者、七人の似顔絵になっていたのだ。今日七草のお午過ぎ、大黒天に描かれた蔵前の札差大黒屋惣兵衛のきもいりで七人全員が集まり、惣兵衛が用意した七福神の衣装小道具に着替え、これまた用意した宝船に乗り込み、吉原への恵方参りとなったが、福禄寿姿の太鼓持ち、桜川三朝が鯛の吸い物を口に入れた途端、血を吐いて亡くなった。ところが先に駆け付けていた海坊主こと鳥越の茂平次は、三朝が毘沙門天こと横綱の錣岩権太夫を殺そうと毒を入れたものの、お椀に髪の毛が付いていたので錣岩が悪戯心で隙を見て三朝とお椀を入れた変えたため、知らずに食べた三朝が死んだと推理した。
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感 想 |
石見銀山、鴆毒、砂毒の三種類が登場し、さらに連続殺人事件が発生と、凝った設定の作品。佐七の名推理が光る本格ミステリである。ただ、似たような過去作品に比べると、謎解きとしては今一つ。
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備 考 |
原題「宝船殺人事件」。
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作品名 | 「初春笑い薬」 |
初 出 |
『読切小説集』(荒木書房新社)昭和30年1月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
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粗 筋 |
材木屋、槌屋の万兵衛は、去年の四十二の厄に大患いしたことから、春を迎えた十五日、厄落としを兼ねての全快祝いを深川新地の大栄楼で行った。役者や浮世絵師、作者や太夫など芸者も入れて三十人ほどの大一座。辰巳の双艶ともいわれる売り出し中のお千代とお蝶のどちらかを、年は若いが蘭方医術の造詣深い色男、万兵衛の病気を治した鷺坂源之丞に取り持ちし、もう片方を万兵衛自身が閨の共に、ということになった。源之丞はお蝶を選んだのだが、取次役を買って出た浮世絵師の歌川喜多磨は聞き誤ってお千代に杯を渡した。今さら違うとも言いかねる。まだお床入りは早いと無礼講は続いたが、客のみんなは大笑いしだした。実は万兵衛のいたずらで、源之丞が調合した笑い薬を飲ませていたのだ。ところがお千代は、石見銀山を飲まされて殺された。
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感 想 |
殺害の動機が分からず、さすがの佐七も頭を悩ませるも、そこに隠されていたのは意外な動機。どんどん話が進んであっという間に事件が解決するのだが、なんとも後味の悪い作品である。
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備 考 |
作品名 | 「悪魔の富籤」 |
原 型 |
『紫甚左捕物帖』「富籤五人組」、『左門捕物帳』「朧月千両異聞」
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初 出 |
『読切小説集』(荒木書房新社)昭和30年2月号
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底 本 |
『横溝正史時代小説コレクション』捕物篇・第二巻(出版芸術社)
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粗 筋 |
八十両の富籤に当たったことが元で、今では芝居の金主として名高い大久保金助が、市村座太夫元の市村羽左衛門、市村座人気役者の中村扇之丞、狂言作者の並木一瓢、芸者のお蔦と深川の料亭梅本に集まって狂言の当り祝いと次の打ち合わせをしていたところ、十八、九ぐらいの女富籤売りがやってきて売れ残りの最後の一枚を買ってほしいとしつこくお願いした。面白がって二朱の富札を五人で分け合って買ってみたら、それが千両が当たって大騒ぎ。また梅本に五人が集まって相談し、夜が明けたら五人で湯島明神の境内へ金を受け取りに行くことになったが、梅本からの帰り道、千之丞が殺された。千之丞は上総屋という米屋のつけを持っており、裏には大当たりの狂言『隅田川芸者気質』の台詞が書いてあった。
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感 想 |
富籤のネタは人形佐七では定番と言えるものだが、そこに上演中の狂言の台詞が書かれたつけが絡んでくる展開。連続殺人事件の犯人を別々に追う佐七と茂平次だが、結末が性急すぎて残念である。
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備 考 |
プロットは「鶴の千番」(第四巻収録)とほぼ同じ作品。
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作品名 | 「呪いの畳針」 |
初 出 |
『読切小説集』(荒木書房新社)昭和30年3月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
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粗 筋 |
佐七の家にお源と訪れたのは蝋燭屋の綿屋の五兵衛。銭屋という大きな蝋燭屋の勘右衛門は、かつては綿屋に奉公していたが、綿屋の先代が五兵衛の姉のお柳をめあわせて独立させたものだった。勘右衛門とお柳の間には子供がなく、お柳の遠縁であるお福を養女とし、将来は勘右衛門の縁続きである利三郎とめあわせて店を継がせるつもりだった。しかし勘右衛門の血を残したいと五兵衛とお柳が口説き、三年前にお葉とお久という二人の妾を持たせた。一昨年の秋、お葉が金太郎という子供を産んだ。さらに勘右衛門が亡くなる直線に身籠ったお久のところに昨年秋、銀次郎が生まれた。去年のお花見時分、勘右衛門はお葉のところで卒中で倒れ、真夜中に亡くなった。一昨昨日の一周忌で今度はお柳が亡くなった。お柳をお墓に入れようと、利三郎の裁量で墓を掘らせていたところ、人足の鍬が誤って勘右衛門の棺の蓋を叩いてしまった。すると勘右衛門の耳の穴に、赤くさびた畳針があった。まさかと思ってお柳の耳を調べると、こちらにも畳針があった。お葉の従兄でかつては夫婦になる予定だった伊之助は、畳屋の職人だった。
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感 想 |
人間関係がけっこう凝っているのに対し、事件の謎解きがあまりにもあっさりしているのが残念。それでも佐七が犯人に迫る部分は迫力があった。
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備 考 |
作品名 | 「若衆鬘」 |
初 出 |
『キング』(講談社)昭和30年3月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第八巻(講談社)
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粗 筋 |
師走の五日、大雪の夜の五つ半(九時)。佐七たちが見回りをしていると、「人殺し」の女の悲鳴。家の中でお滝という三十五、六の女性が殺されていた。二本刀の怪しい人物は辰と豆六が追いかけるも逃げられた。血まみれの剃刀はあったものの、お滝の体に傷は見当たらないし、医者にも原因がわからない。お滝は情事の後というのがはっきりしていた。しかし駆け付けた役人が言うには、お滝は仕送りがあるらしく、楽しみは芝居見物、家にいるのはお倉という老婆と玉という飼い猫だけ、旦那や情夫もいないし、近所でも謎だった。お倉の孫娘で奉公中のお丸が一緒に泊まることとなったが、翌朝、死体が盗まれた。
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感 想 |
謎めいた女性に隠された驚くべき秘密。さすがにアンフェアだろう、みたいな結末ではあるが、江戸時代なら起こりそう。
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備 考 |
作品名 | 「花見の仇討」 |
初 出 |
『読切小説集』(荒木書房新社)昭和30年4月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第三巻(講談社)
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粗 筋 |
大店の道楽息子たちが花見で仇討の芝居をやっていたが、敵討ちの青成兄弟の助太刀に入った虚無僧が、敵役を短刀で刺し、兄弟が敵役を討ちとって目出度し……かと思ったが、敵役を演じた生薬屋の伊丹屋の若旦那、菊太郎は本当に短刀で刺されて死んでしまった。元々は金物屋、槌屋の息子の宗七が敵役で菊太郎が虚無僧の役の予定だったのだが、周りは誰も知らなかった。虚無僧はいつの間にか消えていなくなっていた。佐七たちが現場を検めているところに現れたのは、虚無僧姿の宗七。ところが宗七は、向こうの腰掛茶屋で、虚無僧の男に酒を勧められ、飲んでいるうちに寝てしまっていたという。
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感 想 |
「呪いの畳針」の冒頭で花見をするしない、という話があったが、本作では念願かなって四人で飛鳥山で花見を行う。佐七は一応犯人は言い当てるも、実際のところ何もせずに終わった感が強い。
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備 考 |
作品名 | 「五つめの鍾馗」 |
初 出 |
『読切小説集』(荒木書房新社)昭和30年5月号
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底 本 |
『人形佐七捕物帳』地の巻(廣済堂出版)
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粗 筋 |
佐七の褌にこっそり白木綿の糸を縫い付けていたお粂。ところが今日、帰ってきた佐七の褌の糸がばらばらに切れていたから、佐七が浮気したとお粂が怒りまくる。逆に佐七は、そんな目印をつけるほど亭主を疑うのかと反撃。そんな喧嘩真っ最中の家に、神崎甚五郎の添書を持って来たのは、ある屋敷の用人、緒方十右衛門。主君の若殿の初節句を迎え、無事息災を祈って秘宝である夜光の二つの球を両眼に散りばめた鍾馗を、人形作りの釘屋藤兵衛に依頼した。そして一昨日、藤兵衛が人形を持って十右衛門に届けたは良いが、昨日、藤兵衛が殺された。まさかと思って十右衛門が人形を見ると、両眼の球は偽物だった。娘のお路が言うには、死ぬ直前に「五つ目の鍾馗様の……」と言ったという。しかも鍾馗様のモデルとなっていた金蔵は昨日、賭場で負けが込んでいたときに、正体不明の男に二分で頼まれて代わっていた。藤兵衛の首に巻き付いていたのは、昨日その男に貸した金蔵の手ぬぐいだった。しかしお路が言うには、鍾馗様は四つしか作っていないという。
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感 想 |
佐七とお粂の大喧嘩というよくあるスタートからの、鍾馗様の謎にまつわる意外な展開。犯人そのものよりも、五つ目の鍾馗様は何という謎の答えが面白い。
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備 考 |
作品名 | 「遠眼鏡の殿様」 |
初 出 |
『キング』(講談社)昭和30年6月号
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底 本 |
『定本人形佐七捕物帳全集』第二巻(講談社)
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粗 筋 |
元は幕府の勘定方だった赤松源之丞は、四十を出たばかりで息子に譲り、待乳山のほとりに住まいを構えて楽隠居。頭を丸めて竹斎と名乗っている。竹斎の道楽は、住まいの高殿に遠眼鏡を据え付け、暇さえあれば覗いている。そこへきょう呼ばれてきたのは、かつてひいきにしていた佐七と辰と豆六。酌をしてくれるのは、半月前に引き取ったという小町娘で評判だったみよし野のお君。竹斎が佐七に語ったのは、昨日、屋形船に乗った御高祖頭巾の女と水色の頬かむりの男が、すだれはあるも障子を開けたままの情事姿。悪戯を思いついた竹斎は、ルーフル(メガホンみたいなもの)で「不義者見つけたあ、そこ動くなあ」と大音声で怒鳴りつけ、さらに弓を一本、船縁へ打ち込んだという。辰が遠眼鏡を覗いていたら、一隻の屋形船に頬かむりした男が入り込み、矢で女を殺して逃げて行った。しかもその矢は、竹斎が昨日悪戯で放った矢であった。殺されたのは、五年前に旗本と心中しそこない、非人になった元花魁の此糸、お小夜であった。
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感 想 |
身分違いにうるさかった江戸時代ならではの人間模様。あまりにも悲しい恋物語と意外な謎が絡み合う傑作。
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備 考 |
冒頭の設定は、金田一耕助ものの短編、「猟奇の始末書」で先に使われている。
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