永井するみ『枯れ蔵』(新潮社)

 第1回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作。食品会社のOLである主人公は、友人である旅行会社添乗員が半年前に謎の自殺をとげていたことを知り、彼女の自殺の原因を追う。また、富山県の一地方の田圃でトビイロウンカの幼虫が異常発生し、しかもそれは従来の農薬では全く効かない新種であった。被害が拡大しつつあり、米の買い占めが一部で起きる中、新種の農薬が売り出され、トビイロウンカの被害はおさまるかと思われたが、主人公が開発した新製品の原料でもある有機栽培米の農家は農薬の散布を拒否し、農協職員との対立が深まった。そして自殺の謎とトビイロウンカの異常発生が結びつき……。
 有機農業についてよく調査されており、しかも過去の様々な新人賞受賞作と異なり、その情報に振り回されることなく小説世界を構成しているのは頼もしい。添乗員への調査があまりにも上手く行き過ぎ(ツアー会社が客の情報を流すことはまずない)だし、選評にも書かれているように犯人の心理面と行動に不自然さや無理はある。しかし、800枚という長い話をこれだけ楽しく、そしてだれることなく読ませる腕はなかなかのもの。これだけ中身が厚い話に殺人がゼロというのも嬉しい。今後が楽しみである。




雨宮町子『骸の誘惑』(新潮ミステリー倶楽部)

 午前三時、予備校講師である結城可那子の家に父から電話がかかってきた。「東吾が事故で死んだ」と。9歳下の弟である東吾は盗難届の出ているバイクでスピードを出しすぎ、カーブの地点で横転したとのことだった。しかし可那子には信じられなかった。零時頃、東吾と電話でやり取りしたばかりなのだ。警察は事故として処理したが、可那子は真相を追いかける。そのうち、東吾に出口琴音という年上の恋人がいたことを知り、愕然とする。葬式には現れていなかったのだ。出口琴音を探そうとするが、仕事先からも住居からも姿を消していた。琴音を探しているうちに氷室周平という40代後半の男と知り合う。偽西洋骨董製造卸業と名乗る彼は、行方不明になっている離婚した妻を捜していた。妻を捜す手掛かりの途上に、出口琴音が浮かんできたのだ。二人は時には反発しあいながらも、出口琴音を探し出そうとする。

 第二回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作。選考員から大絶賛という帯の言葉だが、読んでみると色々と不満が残る。例えば、ヒロインの可那子。29歳とは思えないほど、思考も行動も子供っぽい。予備校に熱烈なファンが大勢いるというほど魅力があるとは思えない描かれ方である。また、氷室周平という存在もニヒルなんだか情熱家なんだか、曖昧である。態度をそう見せているのではなく、描き方がそうなのだ。話を引っ張る二人に魅力があまり感じられないため、読むテンポが今ひとつ。この二人が惹かれ合う過程もやや唐突。安易なつながり方は減点材料だろう。
 構成、ストーリー展開はよく考えられており、文章そのものはしっかりしているから、作家としての実力は感じられる。終盤尻窄みになっているのは残念だが、心理サスペンスとして悪くはない仕上がり。次作はがらっと変わって本格作品になっているらしいのだが、これだったら期待できると思う。




戸梶圭太『闇の楽園』(新潮社 第3回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作)

 過疎化に悩む長野県坂巻町。町長は町おこしのアイディアを一般公募することにした。失業中の営業マンはこの一般公募の案内を見てホラーテーマパークという案を思いつき応募、見事選ばれる。ところがそのテーマパークに用意された土地の隣では産業廃棄物の不法投棄が行われていた。その隣の土地を所有していた町会議員の弱みを産業廃棄物処理業者が利用したのだ。また、テーマパークに用意された土地を新興宗教が狙っていた。
 第3回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作。

 発想が実に楽しい。過疎化、町おこし、失業、人生に意義を持たない若者、産業廃棄物不法投棄、新興宗教。これらのキーワードを一つの小説にまとめる腕はなかなかのものだ。ストーリーのテンポもよいし、キャラクターの描写も結構うまい。事件を解決したというより自滅に近いんじゃないかという欠点はあるものの、最後のたたみ込みも見事だ。視点がコロコロ変わるので誰に感情移入すればよいかわからないという欠点もあるが、読者を飽きさせることはないスピード感である。次作が楽しみな作家がまた増えた。ただし、本作品、ミステリというよりもむしろ青春小説といった方がよいか。この作家、下手にミステリにこだわらない方が面白い作品が書けると思う。




響堂新『紫の悪魔』(新潮ミステリー倶楽部)

 鮮血にまみれ、白骨があらわになった死体!自らの肉体を切り刻む女!魔の奇病が突如出現し、日本はパニックに陥る。蔓延する戦慄の病魔とその謎に、気鋭の植物学者、五十嵐雄次が迫る。ボルネオ奥地の伝説と世界の先端医学が交錯した時…次々と起きる奇怪な死の裏側に、とてつもない巨悪が蠢いていた。推理界の巨匠、島田荘司が絶賛した、現役医師が著した第三回新潮ミステリー倶楽部・島田荘司特別賞受賞作品。(粗筋紹介より引用)

 一度目はいいが、二度訪れると死んでしまうボルネオの悪魔の洞窟。熱帯雨林地方の森林減少問題。少数民族問題。奇病としか思えない死体。遺伝子組み替え植物。いわゆる医学系ホラーだが、この手の小説はどうしても説明調になりがち。読者にはわからない部分を、ただ参考文献から引き出すのではなく、物語にいかに組み込むのかが課題になる。新人のせいか、堅い論文調の書き方から抜け出せてはいない。訳の分からない単語と論旨が続くため、読者がどうしても飽きてしまう。そこをどう克服するかが、今後の鍵になるだろう。
 二度目に訪れると死んでしまうという伝説も、ミステリファンならとある医学現象をすぐに思い出してしまう。このあたりも、選択を間違えている。
 また、新人にあり勝ちの悪い癖で、題材を盛り込みすぎ。もしミステリファンに受けいられる小説を書くのであれば、整理整頓が今後の課題。ミステリはエンタテイメントであり、論文ではないのだから。
 話の組立そのものは悪くないので、あとはどれだけ読者の立場に立って小説を書けるかが勝負所。




沢木冬吾『愛こそすべて、と愚か者は言った』(新潮ミステリー倶楽部)

 久瀬調査室を経営する久瀬雅彦は夜中に知り合いの刑事からたたき起こされる。中古車販売業釜先繁、およびその内縁の妻伊原恭子の息子、伊原慶太七歳が誘拐された。身代金は五千万円。「そんな金はない」というと「脱税した金があるだろう」と電話は言う。内部事情をよく知っているものだ。身代金の運び人は慶太の実父である雅彦。ところが、身代金を運んでいる間に、慶太を捕まえていた実行犯二人組が移動中、事故に遭い、死亡。慶太は無事に助かった。しかも、その騒動の最中に釜先、恭子がどちらも失踪。しかも、釜先の零細会社では脱税したってとても5千万円など貯めることが出来るはずがなかった。警察は計画者の捜査に入ったが、次第に街の実力者からの圧力がかかってくる。久瀬は慶太と一緒に住みだし、独自に捜査を始める。

 第三回新潮ミステリークラブ賞高見浩特別賞受賞作。高見浩曰く、「選考委員の責務をしばし忘れて楽しめた作品だった。充実したひとときだった」といあるが、その言葉に嘘偽りはない。とにかく楽しい作品である。作品そのもののムードは暗く重いものだが、場面切り替えが巧く、ストーリーのテンポがよいので、楽しく読むことが出来る。いきなり強烈な事件と謎の提示、一転して真相に巡るまで二転三転する物語。そして久瀬と姪で自閉症の初美、そして慶太が家族という絆を考えるところなど、ちょっと意味合いが違うが、ロバート・B・パーカー『初秋』を思い出させた。文章が荒削りとの評もあったが、この物語にはむしろマッチしていると重う。ちょっと大人びた部分はあるが、賞の最後に書かれる慶太の詩が、久瀬、初美に対する心の変化を如実に表していて、なんともいえない余韻を漂わす。
 惜しむらくは、登場人物を多く出しすぎたためか、後半で全員が作者の意図せぬままに暴走してしまい、収拾がつかなくなってしまっていること。そのため、犯人のイメージがぼやけたものになってしまい、ねじれた愛情が伝わってこない。また、結末がぼやけたものになってしまっている。そのへんを整理すれば、傑作になっていただろう。
 作者はハードボイルドとしてではなく、冒険小説として読んでほしいと言っている。ならばこう言おう。冒険小説の佳作であると。そして、出来れば次作を早く読みたいと。そして、愚か者より一言、やっぱり愛こそすべてだよ。




雫井脩介『栄光一途』(新潮社)

 第4回新潮ミステリー倶楽部賞。男子柔道81kg級のオリンピック代表候補の二人のうちのどちらかがドーピングに手を染めている。留学から帰ってきたばかりの女子コーチ望月篠子は全柔連の指示で調査に当たるが、調査をしていくうちに迷いが生じる。ドーピングは本当に間違ったことなのか。どの薬が正義でどこまでが悪なのか……。そして、薬を渡したと思われる男が殺された。彼は消されたのか。そして、柔道技を使う連続通り魔の謎とは。

 史上初かどうかは知らないが、帯にある通りの「本格的柔道ミステリー」。選評を読むと、どうも消去法的選ばれ方をしているが、読み終わって納得。目新しいテーマを扱うとき、どうしても情報のみの面白さに頼ることが多い。近年の乱歩賞を始め、受賞作に多い欠点ではあるが、この作品でも同様であった。柔道、ドーピング、オリンピック代表選考。なかなか目に触れることのない世界である。だからこそ、読みふけってしまう。しかし、それ以上のものが欲しかった。情報とミステリをミックスさせるのは非常に難しい。
 物語のテンポはよい。先に書いたとおり、柔道部分は面白い。本人が柔道経験者なのかわからないが、柔道部分の描写は臨場感が伝わってくる。主人公の印象はちょっと薄いが、周りの人物は結構面白い書き方だ。消去法的選ばれ方ではあったが、次作は注目してもよいと思う。




伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』(新潮ミステリー倶楽部)

 第5回新潮ミステリー倶楽部賞。
 二ヶ月前に会社を辞め、なんとなくコンビニ強盗をして捕まった伊藤であったが、捕まり、中学の同級生だった警察官の城山に連れて行かれる途中事故に遭った。なんとか逃げ出した伊藤は轟に助けられ、気が付いたら「荻島」という島にいた。そこは仙台の牡鹿半島をずっと南に下ったところにあり、そして孤立していた。この島は百五十年前から鎖国状態で、轟の船だけが唯一の仙台との行き来であった。この百五十年間で荻島の外部から来た人間は、三週間くらい前に来た曽根川と、伊藤だけだった。アスファルトの道路もあるし、バスも通っている。アパートもベッドもあるが、ここは完全に鎖国状態だったのだ。荻島には妙な人が多く住んでいた。嘘しかしゃべらない画家、気に入らない人間を撃ち殺す「桜」という名の男。これもちょっと変わっている案内役の日比野に連れられて会ったのは、優午という名のカカシであった。優午は1855年生まれの正真正銘のカカシである。カカシは伊藤に語りかけた。百年以上も前から伊藤のことを待っていたと。優午は全てを知っているカカシであった。未来を予見することも出来た。この島で事件が起きれば、犯人を指摘することも出来た。ただし、未来をしゃべることはしなかった。そして次の日、優午はバラバラにされ、顔を持ち去られていた。未来を予見できるはずのカカシは、なぜ自分が殺されることを阻止できなかったのか。そしてさらに連続殺人事件が起きる。

 設定に思わず唖然。現代の日本で鎖国状態の孤島、気に入らないものを殺しても何も言わない島民。そのくせ、警察はあり、アパートはあり、仕事もあり、農業もあり、郵便もあり、人々は普通の営みを行っている。ましてや言葉をしゃべるカカシ。なんだかファンタジーみたいだが、やはりミステリなのである。これだけ奇妙な設定を読者に納得させるには、よほどの力が必要であるはずなのだが、読み終わってもこの作者にそれほどの力があるようには思えない。なんだかひょいひょいと書き進めていった感じなのだ。選評を見ると相当文章がひどかったようだが、かなり書き直したらしく、結構読みやすい文章に改まってはいる。それでも上手いと言える文章ではない。それなのに、妙に読者を納得させてしまう、不思議な小説なのだ。読者にリアリティを与えるためには、相応の文章力が必要だと今まで信じていたのだが、そんなことはないのだと初めて知った。
 では本格として優れているのか。残念ながらYESとはいえない。一応謎と推理はあるが、それほど魅力的なものではない。そもそも作者が本格ミステリを書こうとしていないように思える。では作者はいったい何を書きたかったのか。一種のユートピアか。それとも人間の愚かしさか。まったく訳が分からないのだが、不思議に読後感がよい。本当に謎がいっぱいのミステリである。
 今回で新潮ミステリー倶楽部賞が終了するそうだ。面白い人材を産み出してきただけに残念である。



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