サントリーミステリー大賞



【サントリーミステリー大賞】
 公募による長編推理小説新人賞。サントリー、文藝春秋、朝日放送主催。新しいエンターテインメントの創造を目指して、1981年に創設。受賞作は映像化されることになっていて、テレビ局が主催、共催するミステリー賞の先駆をなした。賞は大賞と読者賞とがあり、大賞は選考委員による公開シンポジウムで決定、読者賞は一般公募の選考委員50名の投票で決まり、選考につきまとう密室性を排した。大賞と読者賞の同時受賞もある。また一時期、応募者の国籍を問わなかったため、海外作品が受賞したケースもある。
 2003年、第20回をもって終了した。
(『日本ミステリー事典』(新潮社)及びWikipediaより一部引用)

第1回(1983年)
大賞 鷹羽十九哉『虹へ、アヴァンチュール』  青年カメラマンが事件解決のためにバイクに乗って全国を駆けめぐるのだが、無駄にスケールを大きくしただけで、話にまとまりがなくなっている。事件自体のスケールはでかいが、書き方が軽すぎて、読者に全く響いてこない。若者を主人公とし、当時の赤川次郎的なユーモアミステリを念頭に置いた文体だと思うのだが、年寄りが無理して若者言葉を使って書いている感がありありで、読んでいて苦痛。場面の切り替えも唐突だし、途中で無駄に古い知識が延々と語られたりと、ちぐはぐさが目立つ。なぜこれが大賞なのか、疑問の作品。
読者賞 麗羅『桜子は帰ってきたか』  ミステリの公募作品で、初めて読者から選ばれた作品。ストーリーだけを追っていけば、多分事件の真相は容易に気づくだろう。それでもこの作品が感動を呼ぶのは、クレの桜子に対する献身的な愛情である。北朝鮮で長年重労働に課せられていても、桜子に対する思慕の念を持ち続けるクレの純粋な心には涙が出てくる。解説で田辺聖子が語るようにごつごつとした文章だが、このような作品には却ってその文体が似合っているといえよう。すべての面で、大賞作品『虹へ、アヴァンチュール』より上。選考委員がなぜこの作品を選ばなかったのか、首をひねるところである。
佳作賞 黒川博行『二度のお別れ』  長編というにはボリュームがやや少なく、登場人物も少ないことから、誘拐事件の真相についてはおぼろげでもわかる人は多いと思う。とはいえ、身代金の受け渡しや犯人隠しなどのトリックなどはなかなか巧妙に仕組まれいる。黒田と亀田のコンビによる掛け合いも、大阪人らしいユーモアが楽しい。ただ、先にも書いた通りボリュームが少ないことと、犯人の告白というラスト、さらに犯罪に対する報いとはいえ、後味の悪い点は正直マイナス。佳作止まりだったことも仕方がないところだろうか。
第2回(1984年)
大賞 由良三郎『運命交響曲殺人事件』  作品の前半は警察による捜査、中盤で爆発事件のトリックがあっさりと解き明かされ、後半は事件の動機を追いかける。文章はかなり硬いが、小説の流れはそれなりにスムーズ。とはいえ前半が警察の捜査がもたもたしている分、後半の流れは都合よすぎだろうなんて思ってしまうし、犯人逮捕に至る手順に至ってはさすがに警察がまずいだろうと思わせる展開。メインの謎がどこにあったのかも、今一つ絞りきれないまま終わっているのも難点。鉄平という解決役も、とりあえず解決するために出てきました、程度の存在であり、これだったら別に刑事でもよかったんじゃないのと思ってしまう。余技がそのままはまってしまった、という程度の作品。
読者賞 井上淳『懐かしき友へ―オールド・フレンズ―』  これだけスケールの大きい作品を当時の日本人が書いたなんて信じられない。裏に隠された謀略と陰謀、そして意外な真相と結末には脱帽する。ベトナム戦争の犠牲者という小技も聞いており、その圧倒的な筆力には感心した。ただこの作品の弱点は、主人公が誰なのかわからないことだ。あえていうなら、この舞台(陰謀?)そのものが主人公なのかもしれないが。タイトルに出てくる「友」とは誰なのかもいまひとつわからない。そういった焦点のぼけた部分が、本作品が大賞を取れなかった大きな要因ではないか。
佳作賞 黒川博行『雨に殺せば』  銀行輸送車襲撃事件を取扱いつつも、途中から経済犯罪の要素も交じってくるため、クロマメコンビにもわかるようにやさしく説明されているとはいえ、読む方としてはなんとなくテンポを変えさせられた戸惑いを感じてしまった。書き方がどうもこの作品のために勉強しました、という感じも受けるため、ここまで凝らなくてもよかったんじゃないの、という気がしないでもない。テンポの良い会話は相変わらずであるが、説明調の部分が多いため、前作ほどの軽快さは感じられない。
第3回(1985年)
大賞 土井行夫『名なし鳥飛んだ』  戦後の混乱期らしい題材を使っているが、文体や大阪弁の会話がどことなくほのぼのとした雰囲気を醸し出している。ユーモア溢れるミステリではあるが、その分緊張感に欠けており、その淡々とした調子は読者によっては退屈と感じてしまうだろう。ただし事件の決着は、戦後すぐという動機も含め、かなり苦いものとなっている。この結末に至る伏線をもう少し早く出していたら、小説の雰囲気ももう少し緊迫感のあるものになっていたかと思うと、ちょっと惜しい。手堅くまとまった作品ではある。
読者賞 保田良雄『カフカズに星墜ちて』  道具立てを見ると実に面白そうな冒険小説なのだが、読んでみるとこれがまたスイスイと進む。ただしそれは、ご都合主義の固まりだから。プロのスパイ集団を敵に回し、素人が八面六臂の活躍をするのだから、違和感を覚えない人は多いだろう。ただ、そういった不自然さ、荒唐無稽さに目をつぶることができる人であれば、ロマン有り、恋有り、涙有り、手に汗握る冒険小説として楽しむことができるのではないだろうか。
佳作賞 深谷忠記『一万分の一ミリの殺人』  応募時タイトルは『殺人ウイルスを追え』。エボラ出血熱伝染の謎と、新聞記者殺人事件の謎が交互に絡み合い、研究所における人間関係と出世が複雑に関連してさらに混迷を深めるという展開。解説でも書かれているが、確かに取材力はすごい。しかしその構成に力を注ぎすぎたか、事件を取り巻く登場人物の描写がさっぱりであるため、誰が誰だかわからないままページばかりが進んでしまっているのがマイナス。登場人物の多さが、わかりにくさに拍車をかける始末。人物を取り巻くドラマなどをもう少し絞っていれば、大賞を取っていたかもしれない。
第4回(1986年)
大賞 黒川博行『キャッツアイころがった』  佳作をとった過去二作の大阪府警ものとはちょっと色を変え、警察側の捜査とは並行して河野啓子と羽田弘美の女子美大生コンビが事件の謎を解き明かすべく動き回る。主人公に女子美大生を設定したため、物語の雰囲気は華やかになったが、被害者の結びつきすらわからない3人連続殺人+キャッツアイの謎解きが軽くなってしまっている。二人が警察を出し抜いてすんなりと事件の一つの謎に辿り着くのも、いくら被害者の一人をよく知っているとはいえ、ややご都合主義な流れ。こういう難解に見える事件こそ、警察の動きをじっくり書いてほしかった。物語の作り方や謎解きの楽しさという点では過去二作の方がよかったと思う。
読者賞 長尾誠夫『源氏物語人殺し絵巻』  『源氏物語』の世界を舞台にしたミステリといえばまず『薫大将と匂の宮』が思い浮かぶが、この作品にはそこまでの気品などは見られない。とはいえ、新人の受賞作にそこまで求めるのは酷というもの。光源氏の周囲で起きた殺人事件を、作者である紫式部が解き明かすという趣向に挑み、原作の展開を絡めながらもミステリとして完成させた腕は褒められてもよい。まあ後半のドタバタぶりにはがっかりする人がいるかもしれないが。
佳作賞 ラルフ・ヤング『クロスファイア』  世界中を舞台とし、核ミサイルを奪うという計画だけを見れば「大型サスペンス」となるのだが、その内容はあまりにも素人くさい。何の取り柄もない平凡な助教授がプロの殺し屋は集団の手から逃れ続けるくだりは、はっきり言ってご都合主義を超えた情けなさがある。その後の追う側と追われる側のドタバタぶりも、裏に隠された壮大な計画と比較すればあまりにもお粗末。せめて追う側にもっとプロらしさが見られれば、もう少し評価は異なったかもしれない。未読
第5回(1987年)
大賞・読者賞 典厩五郎『土壇場でハリー・ライム』  ゾルゲ事件における秘密文書にまつわる事件……とくれば面白そうな作品に仕上がりそうなのだが、この地味な展開と終わり方はないだろう、と言いたくなってくるぐらい勿体ない使い方である。冒頭に出てくる自殺にまつわるパラソルの謎にしても、使い方によってはもっと面白くなりそうなのだが。複数の事件がまとまらずに終わってしまう展開はどうにかならなかったのだろうか。タイトルの付け方も今一つ。タイトルそのものは悪くないと思うのだが、ハリー・ライムなんてほとんど関係ないし。題材はよいが、調理方法を間違えた作品。
第6回(1988年)
大賞 笹倉明『漂流裁判』  強姦事件の控訴審から私選弁護士についた主人公が、法定という場を通して「被害者」と「加害者」の過去と現在をあぶり出し、「真実」を求めようとする。法廷ドラマということで地味ではあるが、味わい深い趣のある作品。男と女の微妙な心理は難しい。ただ、個人的には『ぼくと、ぼくらの夏』の方がちょっとだけ上かな、好みの問題だけど。
読者賞 樋口有介『ぼくと、ぼくらの夏』  高校生をハードボイルドの主人公に据えたらこうなるんだろうな、と思わせた作品。軽妙な傑作である。
佳作賞 岩木章太郎『新古今殺人草紙』  二番目の被害者が残した三十二冊の書物に隠されたダイイング・メッセージの謎だけが、一部の読者に特筆される作品。文章はテンポが良いものの軽いし、登場人物の描き方は類型的。ダイイング・メッセージの謎自体も、犯人が隠す時間がいくらでもあったことが不自然だし、ミステリとしての造りは最低点。最終候補まで残ったのが不思議なくらい。
佳作賞 ダブ・シルバーマン『グッド・シェパーズ』 未刊
第7回(1989年)
大賞 ベゴーニャ・ロペス『死がお待ちかね』  キューバを舞台としており、選評では絶賛ばかりなのだが、キューバの雰囲気というものは全く伝わってこなかった。内容自体も結局は単純な殺人事件でしかなく、新味のないありきたりなミステリであり、退屈なものでしかなかった。文章も読みづらいし、海外から来たから大賞!に選らんだとしか思えない。
読者賞 黒崎緑『ワイングラスは殺意に満ちて』  フランス料理レストランという舞台はうまく活用されているし、登場人物もいきいきと描かれている。テンポの良さはデビュー作とは思えないぐらい。これで謎そのものがもう少し複雑であったなら、傑作になっただろう。トリック、犯人どちらも簡単にわかってしまい、しかもそのことが読む意欲を削ぐ結果になっているのが欠点。
佳作賞 中川裕朗『猟人の眠り』  記憶喪失サスペンスものだが、過去に何らかの関係があるとわかっていながら殺人の相談に乗ってしまうあたり、あまりにも単純すぎるというか、安易すぎる設定に見えてしまう。しかも、ご都合主義じゃないかと思える展開が目白押し。背景の説明や心理描写が不足しているので、いずれの登場人物の行動も唐突に見えて仕方がない。読み終わってみても、結局何がやりたかったのかわからなかった。
第8回(1990年)
大賞 モリー・マキタリック『TVレポーター殺人事件』  一言で書くと、テレビ局を舞台に殺人事件が起きて解決しました、というだけの話。ミステリなのだから、その部分にきちんと肉付けしてほしかったのだが、展開が非常に地味で全く盛り上がらない。何も最後、関係者を集めて謎ときなんかしなくてもよいと思うのだが。選評では人物や風俗、テレビ局の描写を褒めているのだが、少なくとも読んでいて面白い、というものではない。会話に含まれているユーモアも、笑えるようなものではなかった。
読者賞 関口ふさえ『蜂の殺意』  いかにもという設定ではあるが、サスペンスとホームドラマがうまくミックスされ、楽しんで読むことができる。ただ、あまりにも軽い。異常犯罪を扱いながら、犯人の心理も事件の描写もあっさりしすぎ。とりあえず言葉を並べれば、事件の出来上がり、という作り方に見えた。犯人の内面を突っ込んで書いていないため、サスペンス感が全然伝わってこないのは残念である。
佳作賞 ふゆきたかし『暗示の壁』  現在完了形が続く一人称の文体。皮肉とユーモア溢れる会話。脈絡も推理もなく先を見通す展開。海外ミステリを読み始めた頃、翻訳で読んだハードボイルドそのもの。今読むとかえって新鮮である。この作品が佳作で終わった原因は、結末に問題があるからだろう。本格ではないのでアンフェアとは言えないが、やはりこの手をミステリに使うのは減点材料である。
第9回(1991年)
大賞 ドナ・M・レオン『死のフェニーチェ劇場』  殺人事件が起きて、生粋のベニス人であるブルネッティがローマから来た署長のイヤミを聞き流しながら、事件関係者に聞き込みを続けて真相に辿り着く。申し訳ないがそれだけ。続けて殺人事件が起きるわけでもなし、犯人逃亡などのサスペンスもなし。本来だったら、主人公が出会う人々とのやり取りを楽しむところなんだろうけれど。選評だとベニスの風景や描写がよいと書かれているのだが、読んでいてもどことなく平板的で、ピンと来るものはなかった。これは文章、というより訳の方に問題があったのかも知れない。
読者賞 今井泉『碇泊なき海図』  社会派推理小説というのが売りであったようだし、青函連絡船などに携わった男たちの矜持は伝わってくるのだが、それと事件の動機に関わりが無い点は大きなマイナスポイント。容疑者や背景に船を使うのであれば、事件の動機ももう少し考えた方がよかった。ミステリとしての面白さは、はっきり言って無いに等しい。二人の刑事が容疑者らしい人物を追うだけで、事件の動機や背景は簡単に見つかってしまう。専門知識にちょこっと謎を足せば、推理小説は書けますよという見本かも知れない。
佳作賞 醍醐麻沙夫『ヴィナスの濡れ衣―南紀殺人事件』  ミステリの著作もあり、直木賞候補となるなど、すでにベテランと言える作者。一応開かれた密室状態の殺人事件だが、謎そのものはそれほど面白いものではなく、やはり人間関係のドラマが中心。文章も展開も手慣れた感じの描き方なので、プロの作品をそのまま読まされているとしか思えなかった。退屈はしなかったが、公募でアマチュアらしい情熱が感じられないのはやはりマイナス。良くも悪くもベテランの作品だった。
佳作賞 横山秀夫『ルパンの消息』  導入部から過去の事件へと持っていく手順もうまいし、登場人物の心理描写も巧みだ。15年という歳月の遠さと残酷さ、そしてまた想い出の美しさ、変わらない心情など様々な要素が絡み合い、結末できれいに収束されていく。結末の美しさは、近年の作品の中でも上位に位置されるものだ。そしてまたエンディングがいい。最後までやられたと思わせる作品である。
第10回(1992年)
大賞・読者賞 花木深『B29の行方』  読者を惹き付けるプロットはあるのだが、いかんせん文章につたなさが残る。本格作品ではないのだからとは思いながらも、事件の関係者と刑事が戦時中の疎開先の幼馴染みだったなど、“偶然”が多用されているのは、捜査小説としても弱すぎる。素材はいいのだが、盛り込みすぎ。さらに料理の腕が今ひとつ。
特別佳作賞 マーガレット・パーク・ブリッジズ『わが愛しのワトスン』  ホームズが実は女だったという設定はありそうで思いつかない(子孫ならいくらかあったが)。だいたい、身長6フィート(183cm)以上、鷲鼻で角ばった顎の「女性」なんか想像もつかない。いくら部屋が別室だからといって、同居しているワトスンにばれない方が不思議だ。普通のミステリとして見たらそれなりに伏線も張っているし、完成度自体も悪くはないと思うのだが、やっぱり原典があってのストーリーと言わざるを得ないし、その捻じ曲げ方がトンデモ方向に向かっているのはやっぱり問題だろう。発想自体に無理があったとしか言いようがない。
佳作賞 山卓雄『天明殺人草紙―源内狂乱』 未刊
佳作賞 舞岡淳『バブル』 未刊
第11回(1993年)
大賞 熊谷独『最後の逃亡者』  普通だったら面白くなる要素がてんこもりのはずなんだが。本来緊迫感が漂うはずの逃避行が、どうも間が抜けているというか、のんびりしているというか。もっとサスペンス感があってもいいはずなのに。ソ連という舞台の情報量は物凄いが、どうもその情報量に物語が負けてしまっている。ソ連という国そのものを描ききるのにパワーを使い果たした感じがする。
読者賞 祐未みらの『緋の風』  事件解明のヒントを得る部分などは工夫している。必死にミステリに仕立て上げようとしており、その姿勢には好感が持てる。ただ前半部分を丁寧に書こうと努力している分(しかも努力したほどの成果が得られていない)、後半が駆け足になり、盛り上がりに欠ける。もう少し時間をかけて、丁寧に書いてほしかったと思う作品。
佳作賞 秋川陽二『殺人フォーサム』  帯に「本邦初、ゴルフ場「密室」殺人事件!」と大きく謳われているが、被害者の死亡推定時刻に容疑者3人が一緒にゴルフ場をプレーしていたというだけの、単なるアリバイトリックもの。トリックは誰もが想像しそうな程度のものであり、ミステリとしては弱すぎる。小説としても、事件前日までの展開が長すぎて、それでいて被害者の魅力が小説から伝わってこないから、読んでいて退屈。なぜこれが最終選考まで残ったのか、出版されたのか、非常に疑問である。
第12回(1995年)
大賞・読者賞 丹羽昌一『天皇(エンペラドール)の密使』  1914年のメキシコ革命を舞台に、若き日本人外務書記生が奔走する話。ということで面白いんだけれど、それは題材のみ。奔走したという部分だけで充分物語は作れただろう。作者自身が中心に据えたかったと思われる連続殺人事件は、話の半分以上になってようやく発生するものであり、しかも蛇足以外の何ものでもない。作者がよいネタを基に、過去に読んだ面白かったシーンなどを何も考えずに盛り込んでできあがっただけの作品。
佳作賞 高橋俊『シャドーランサーの男』 未刊
佳作賞 桝田武宗『黄色い流砂』 未刊
第13回(1996年)
大賞 森純『八月の獲物』  設定だけ見るとサスペンス度満点なのだが、展開がスローモーなため、全然緊迫感がない。登場人物の内面をご丁寧に書いたかと思えば、肝心の設定が説明不足だったり、小説としての構成がチグハグ。ありきたりでも、一人一人が追いつめられる展開にするべきだったのではないか。
読者賞 伊野上裕伸『火の壁』  火災保険調査員といった設定は職業知識出しまくりで書けるから、「ああ、勉強になったね」以上のものはない。しかし、犯人の設定はなかなか。そして後半からは、調査、そして裁判所において彼の人生が浮き彫りにされるところは良く書けている。その分、前半部と結末が浮いてしまっているのは勿体ない。
佳作賞 伊坂幸太郎『悪党たちが目にしみる』 未完(後日、同じ登場人物が出てくる『陽気なギャングが地球を回す』を刊行)
第14回(1997年)
大賞 三宅彰『風よ、撃て』  知っている場所を舞台にした刑事物。25歳の頃から小説を書いていたからか、文章や内容そのものは新人らしからぬ手堅さがある。読んでいて退屈じゃないけれど、時間つぶし以上のものはなにもなし。刑事が事件を追っていったら、芋蔓式に事件が引っかかったというだけの話。
読者賞 高尾佐介『アンデスの十字架』  ペルーを舞台とし、フジモリ大統領などが実名で登場。ペルーの政情が重要な背景となっている以上、下手に名前を変えるとかえってあざとさを感じしてしまうだろうから実名を使うこと自体には問題がないと思える。ただ、本作品の面白いところは実在部分だけなところなのが困ったもの。現地の新聞記者が現状を調査するまでは分かるのだが、いくらなんでも偶然知り合った考古学者へくっついてリマを離れるという展開は取材の範疇を超えており、さすがに無責任すぎで、その都合がよすぎる。
優秀作品賞 内田幹樹『パイロット・イン・コマンド』  面白いと言えば面白いが、これは当時現役パイロットだった作者ならではの、飛行機関連の描写がリアリティに溢れ、臨場感があった点でしかない。サスペンスとしては今一つ。登場人物、特にCAの数が多く、人物の背景を描いているだけで結構なページを使っており、事件が起きるまでが間延びしている。リアリティを求めた作者ならではの処置ではあろうが、書き分けができているわけでもないので、読んでいても誰が誰だったか、さっぱりわからない。主要人物の動きに絞ってくれた方がよかった。中盤からの展開はさすがと思わせるものがあるが、不満の残る結末は残念。
第15回(1998年)
大賞 結城五郎『心室細動』  過去の罪に怯え、徐々に追いつめられていく成功者の恐怖を描写したサスペンスである。……他に何を書けばいいんだ。そりゃリアルに書かれているけれど、書き方があまりにも古典的。一応展開を二転三転させて書いているんだが、物語の起伏が乏しいせいで、サスペンス度が全然伝わらない。まあ、テレビドラマにすればそれなりに受けるかな。
読者賞 司城志朗『ゲノム・ハザード』  ベテランならではの筆運びはさすがである。何一つわからないまま不思議な事態に巻きこまれ、自分自身の謎と追われる恐怖が混在してスピーディーに展開される。ゲノムやDNA、ウイルスなどの専門用語が駆け足の説明だけでポンポン飛び交うのにはちょっと閉口したが、発想とストーリーがよく練られており、科学サスペンスとして一見の価値がある作品に仕上がっている。問題は、ヒロインに何の魅力も感じないところだろうか。事件に関与し続ける理由がぼやけているというのが、この作品を今一歩で終わらせているところである。
優秀作品賞 川端裕人『夏のロケット』  宇宙に憑かれた大人の夢と冒険を描いた作品。大人の打算を含めながらも、高校時代の夢をそのまま実現しようとする姿は美しい。ほとんどの大人が挑むことのできない、青春時代の夢を大人になっても実現させようとする姿は、仕事と家庭に疲れた大人たちにとって永遠の憧れでもある。人生に疲れた大人たちへの清涼剤ともいえる逸品である。
第16回(1999年)
大賞・読者賞 高嶋哲夫『イントゥルーダー』  題材だけの作品。選び方は悪くなかったと思うけれどね。ITや原発など、ハイテク関連を先取りしたような作品。日本原子力研究所研究員という作者の経歴を見れば納得なのだが、結局自分の持っている知識を組み合わせて作品を作ったという印象しかない。
優秀作品賞 新井政彦『CATT―託されたメッセージ』 未刊
優秀作品賞 阿川大樹『天使の漂流』 未刊
第17回(2000年)
大賞・読者賞 垣根涼介『午前三時のルースター』  いわば自分探しの冒険小説であり、少年の成長物語。ベトナム行きまでの、長瀬と慎一郎、それに友人である源内との絆結び。ベトナムにおけるメイやビエンとの新たな出会いに友情、そして妨害に立ち向かうサスペンス。流れるようなストーリー展開と、主人公や重要登場人物のキャラクター造形、ベトナムの描写は見事。この文章が新人の手によるものとはとても思えないぐらいに達者であるし、面白い。これはW受賞も納得の作品である。
優秀作品賞 新井政彦『ネバーランドの柩』 未刊
優秀作品賞 結城辰二『暴走ラボ(研究所)』 未刊
第18回(2001年)
大賞・読者賞 笹本稜平『時の渚』  私立探偵小説の王道ともいうべき構成になっているが、そこはくせ者、笹本稜平。意外な展開をいくつも用意し、読者を翻弄する。そして問われる「家族の絆」とは何か。不覚にも最後は、涙をこぼしそうになった。構成力、人物描写が素晴らしく、アクションや時代性なども巧みに盛り込み、最初から最後までだれることなく読ませる感動の傑作。
優秀作品賞 五十嵐貴久『TVJ』  突っ込みどころは盛り沢山で荒唐無稽。これを最終選考まで上げた予選委員を誉めてあげたい。ただ、この作品の面白さは、そのような荒唐無稽ぶりを前提に置いた、スピーディー娯楽アクションエンタテイメントであるところ。はっきり言ってしまえば、リアリティなどどうでもいい。タイムリミット・サスペンスとして楽しめればいいんですよ、という点に徹している作品なのである。そういう風に割り切ってしまえば、楽しく読むことができる。
優秀作品賞 海月ルイ『尼僧の襟』 未刊
第19回(2002年)
大賞・読者賞 海月ルイ『子盗り』  子を望んだり、子を求めたりする女性の本能ともいえる部分ばかりではなく、女性ならではのねちっこさ、いやらしさなども背筋が寒くなるぐらいきめ細やかに描かれており、その点に関してはお見事といいたい。ただ、肝心の事件が起きてからの展開は、前半のきめ細やかさが嘘と思わせるくらい性急で、かつチープな仕上がりになっているのが残念。
優秀作品賞 義則喬『静かなる叫び』 未刊
優秀作品賞 藤村いずみ『孤独の陰翳』 未刊
第20回(2003年)
大賞 中野順一『セカンド・サイト』  最後のサントリーミステリー大賞受賞作。舞台も登場人物も書き方が丁寧。人物はただ登場するだけでなく、何らかのポジションを与えられているところは巧い。事件の構成自体も悪くない。手堅くまとまった作品であり、受賞そのものは納得。ただし手堅くまとまっている分、新鮮味は足りない。素人を主人公に据えたハードボイルド作品であり、その展開はやや類型的。完成度自体は高いと思った。
読者賞 鈴木凛太朗『視えない大きな鳥』 未刊
優秀作品賞 藤森益弘『春の砦』  本作はミステリでは無く、恋愛小説である。なぜ作者はサンミスに応募したのだろうか。一応謎といえるものが冒頭にこそあるものの、主人公がその謎を解き明かすために奔走するわけでも無く、ただ日常の流れの中でいつしか解決されているだけであるし。広告制作会社の実態の一部を読むことができた点は面白かったけれど。中年のセンチメンタリズムをくすぐるような作品ではあるが、それだけといってしまえばそれだけ。


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