天藤真推理小説全集1『遠きに目ありて』


【初版】1992年12月25日
【定価】600円(税込み)
【解説】後藤安彦
【底本】1981年7月、『遠きに目ありて』のタイトルで、大和書房より刊行。初出と単行本を基にし、疑問点については著者夫人の許可を頂いて修正。
【紹介】
 成城署の捜査主任真名部警部は、とある縁である少年と知り合うことになった。岩井信一、年齢からいうと高校受験期ぐらいの少年である。彼は重度の脳性マヒだった。だが、親しくなるにつれて、この少年の予想外の聡明さに驚嘆するようになる。ある時、約束していた映画鑑賞を突発事件のためすっぽかしてしまったお詫びにと、その事件の経緯を話して聞かせたところ……!? 安楽椅子探偵の歴史に新たな一ページを書き加えた連作推理短編の傑作であり、不可能犯罪や奇抜なアリバイ・トリックを満載した、著者の本格推理分野での代表作と言えよう。
(粗筋紹介より引用)

【収録作品】

作品名 多すぎる証人
初出 『幻影城』1976年1月号
粗筋  団地が建ち並ぶマンションの四階で、男性が包丁で刺殺された。中庭にはママさんバレーチームのメンバーをはじめ35人がおり、男性が四階の手摺から身を乗り出して最後の言葉を振り絞るのを目撃した。メンバーたちが二手に分かれて出入口を塞いだが、一人の女性が先に逃げ出してしまった。ところが目撃した8人がいずれも少しずつ違う証言をしていた。
感想  初登場作品。登場人物の紹介については、著者ならではの優しい視点が嬉しいし、心が温かくなるものである。少しずつ異なる証言から真犯人の姿を導き出すその推理は見事としか言いようがない。以後の作品でも続くが、障害者に対する社会の「優しくなさ」に対する作者の怒りも、登場人物からため息とともにつぶやかれるため、より重みがあるものとなっている。
備考  探偵役である岩井信一は、仁木悦子の長編『青じろい季節』(1975)に脇役として登場したキャラクター、淡井貞子、勲母子が原型である。

作品名 宙を飛ぶ死
初出 『幻影城』1976年2月号
粗筋  二子玉川のホテルで開かれた同窓会に出席した男性が靴や車を残したまま消え、翌日朝、遠く離れた諏訪の湖で救命具を付けた水死体として発見された。解剖で、死亡時刻はホテルで失踪した直後と判明した。諏訪にいた別れた恋人が犯人か。それとも、学生時代に所属していたという組織が裏切り者として処分したのか。さらに飛行機が盗まれたという事実も発覚する。
感想  変形のアリバイトリックもの。一種の不可能犯罪でもあるため、解決を読むとがっくりする向きがあるかもしれないが、個人的には、本格推理小説としてはこの作品集の中でベストと考える。
備考  

作品名 出口のない街
初出 『幻影城』1976年3月号
粗筋  かつて暴力団組員へ捜査情報を内通したとの疑いで降級、配転した元部長刑事の巡査が、自らの疑惑を晴らすためにその組員を探し続け、とうとう発見。同僚の新人婦警とともに尾行し、街角まで追い詰めた。ところがその組員は、隠れ家で殺された。複数の視線により、彼のいた隠れ家は密室状態であった。
感想  この作品で、信一は初めて真名部達と外へ出ることになる。この作品は成長物語の側面もあるため、信一が外へ出る話が書かれるのは嬉しいのだが、安楽椅子探偵ものとしての面白みが欠けてしまう結果になっているのは少々残念。この作品は開かれた密室ものだが、説明がごちゃごちゃしている分面白みに欠ける。
備考  

作品名 見えない白い手
初出 『幻影城』1976年4月号
粗筋  資産家である美貌の未亡人が、手形詐欺で逮捕されて保釈中の甥に殺されるかも知れない、と真名部に訴えた。事実、命を狙われたとしか思えない出来事も二度起きていた。真名部は信頼の置ける探偵事務所を紹介して監視してもらうとともに、担当の弁護士とも連絡を密に取っていた。甥の判決日が出て収監されるまでの辛抱だったが、未亡人は殺されてしまった。
感想  本格推理小説としては、複数の「犯人」が自白するところが面白くなるべきところなのかもしれないが、事件にいたるまでが長すぎた分、最後は少々駆け足になっているのが残念。特に最後の判決は問題視されるんじゃないか。物語としては面白くなってよいのかもしれないが。
備考  

作品名 完全な不在
初出 『幻影城』1976年5,6月号
粗筋  真名部の示唆により、信一のことが各新聞の都内西部版に載った。そのうちの一人、かつての新劇俳優と、娘で若手人気女優の二人が信一の家を訪問した。そこで、元俳優は真名部に正しい殺人が存在するかという議論をふっかけた。1ヶ月後、元俳優を強請っていた暴力団の男が元俳優の家で殺され、元俳優は姿を消してしまった。数日後、信一の家を訪ねた元俳優は真名部に向かい、強請られていたネタを明かすとともに、アリバイを主張した。しかしそのアリバイを証明する証人は出てこなかった。元俳優は何も言わないまま起訴され、裁判が始まった。
感想  作品としては最もドラマティックな展開と意外な解決が用意されている作品であり、本来だったらこれがベストとなるのだろう。ただ、信一の活躍が減ってしまっているところが残念なのと、実際に成立するのかどうか首をひねってしまう部分があるため、個人的にはあまり推すことができない。ただ、最後に真名部が悩む問題については、社会として考えていかなければならないことだろう。
 どうでもいいが、真名部と岩井咲子がくっつく展開が見られなかったのは残念。
備考  

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