土屋隆夫推理小説集成第7巻(創元推理文庫)
『粋理学入門/判事よ自らを裁け』



【初版】2002年3月15日
【定価】1,900円+税(当時)
【カバー画】北見隆
【巻末エッセイ】「私論・推理小説とは何か」(『現代推理小説大系』第十巻(講談社)1972年7月)
【土屋隆夫論】「火花散らす論理の対決――土屋隆夫作品へのある未熟な演劇的アプローチ」山前譲


【概 要】
 昭和二十四年十二月、「宝石」誌の募集に応募し、みごと第一席となった「「罪ふかき死」の構図」以降、著者は長編執筆のかたわら、短編の創作にも並々ならぬ情熱を傾けてきた。その百編を超す作品の中から、代表的な中短編を収める。「離婚学入門」をはじめ、推理小説ファンに贈る「密室学入門」、川端康成の死を扱った「報道学入門」等、軽妙な筆致でつづる連作集『粋理学入門』を軸に、「死者は訴えない」、「奇妙な再会」、「判事よ自らを裁け」等、バラエティに富んだ土屋作品の精華を集大成してお届けする。
(粗筋紹介より引用)


【収録作品】

『「罪ふかき死」の構図』

作品名
「罪ふかき死」の構図
初 出
『別冊宝石』昭和24年12月号
粗 筋
 美術評論家、相原敏雄の家を訪れたのは、友人で画家の泉弘人の姪であり、同居していた湯本智子だった。三か月前には弘人の妻である道江が劇薬を飲んで自殺し、八日前には弘人が自宅のアトリエで妻と同じ劇薬を飲んで自殺した。しかし智子は相原に、弘人は偽装自殺であり、実際は殺されたのだと訴える。弘人はアトリエの中で、彼が最後に描いた「罪ふかき死」と同じ構図で死んでいた。しかもアトリエの扉や窓にはすべて鍵がかかった密室状態だった。
感 想
 作者のデビュー作。密室が出てくるものの、こちらのトリックについては大したことはない。本作のメインは、最後に残された構図についてである。ただ、イラストが出てこないと分かりにくいものであるのはちょっと残念。
備 考
 

作品名
青い帽子の物語
初 出
『別冊宝石』昭和27年6月
粗 筋
 白羽矢太郎は父の遺産があり、二、三の会社に関係し、社会的な地位もあり、文士としても名前が通っている。若い照代と二度目の結婚をしたが、その照代が別の男と関係しているらしい。矢太郎は照代や周囲の人物に何も告げず、失踪することにした。駅で顔見知りの浅海という芸能記者と出会い、信州への出発までの時間、小料理屋で酒を飲み、大いに酔っ払った。出発の時間が来たので、浅海に高い万年筆をプレゼントし、青い帽子をかぶって列車に乗った。
感 想
 青い帽子が生んだ、心理サスペンス。当時の作品ということを考慮しても、一直線すぎる気はする。
備 考
 

作品名
推理の花道
初 出
『探偵実話』昭和28年4月号
粗 筋
 「歌う剣劇」で人気となった市川紋十郎が引退を決意した。五年前、師匠の市川紋太夫が殺された事件の真犯人が、実は自分であることに偶然の出来事から気づいたためであった。紋太夫が殺されたのは五年前、当時は紋十郎ではなく、ドジ新と呼ばれていた新之助が大事な舞台で大失敗した日の夜の事であった。
感 想
 なぜ師匠の紋十郎が殺されたのかをめぐる不思議な運命の出来事をつづった作品。
備 考
 


『粋理学入門』  桃源社ポピュラーブックス 昭和37年9月10日刊行。

作品名
離婚学入門
初 出
『宝石』昭和35年7月号
粗 筋
 大光製薬の研究所長である51歳の志賀康人は、妻の伊志子に隠れて若い岩城由紀と不倫をしていた。そんな滋賀に近づいてきたのは、D.P.A日本駐在企画課長の森川。D.P.Aとは、離婚促進協会のことだった。
感 想
 本当にそんな組織があったら、お願いしたいと思う夫婦は多いだろう。ユーモアの裏で、背筋が寒くなる作品。
備 考
 

作品名
経営学入門―トリック社興亡史
初 出
『宝石』昭和28年10月号
粗 筋
 弓木三平はかつて佳作第二席に選ばれた有望株だった。しかし斬新なトリックを思いつき、綿密なプロットをたてて作品を書いても、そのトリックは他の作家に既に使われていたことが何度も続いた。それだったらと彼は、トリックを他の作家に売る会社を始めた。
感 想
 こういうトリックだけ思いついて作品を書けない作家っているのだろうなと思ってしまう。まだこの頃は、トリックを先に使われると、それだけで作品の評価が落ちてしまう時代(今もそういう傾向がある人もいるが)。だからこんな商売が成り立つのだろうと思うと、おかしい。もちろん興亡史だから、ちゃんとしたオチがあるのもさすがである。
備 考
 

作品名
軽罪学入門―くさい男
初 出
『別冊週刊朝日』昭和37年3月号
粗 筋
 柿本三造という五十三歳の無職の男が、市役所の厚生課長に面会を申し出た。厚生課長の秋野に、柿本は保健衛生の問題として公衆便所を増やしてほしいと頼み込み、どこに建てるかという地図まで持ってきた。
感 想
 もちろん公衆便所は口実であるのだが、最後まで一癖も二癖もある展開はお見事である。
備 考
 

作品名
再婚学入門―天女
初 出
『探偵実話』昭和32年7月号
粗 筋
 結婚11年目になる作家の山上は、行きつけのバーを出たところで若い娘にお姫様がいると誘われ、吉田御殿まで行った。それいらい、そのお姫様が頭から離れなくなった。
感 想
 これはちょっとオチがわかりやすい。そこにいたるまでの展開と主人公の劣情をどこまで書けるかにかかっているが、さすがに短すぎたか。
備 考
 

作品名
密室学入門―最後の密室
初 出
『探偵実話』昭和32年7月号
粗 筋
 推理文壇きっての変わり者である岸辺流砂は、完全防音、窓一つない完全密室状態の書斎を建てた。週刊ミステリーの佐田は注文していた原稿をもらったが、酒を飲むうちに密室談義となった。
感 想
 究極の密室が出てくる作品だが、なぜ○○しなかったのかが不思議。
備 考
 

作品名
粋理学入門―妻盗人
初 出
『探偵倶楽部』昭和31年1月号
粗 筋
 「サンデー読物」の編集長で、最近若い妻と再婚した阿川はかつての行きつけのバーで、三か月前に阿川が購入した家にかつて住んでいたという男から声を掛けられる。この男は、三月前、若い妻が二階の洋間で短い一生を終えたと告げ、その理由を語り始めた。
感 想
 オチはちょっと怖いものだが、正直今一つ。
備 考
 

作品名
報道学入門―川端康成氏の遺書
初 出
『推理』昭和47年8月号
粗 筋
 Sタイムズの浅見は、川端康成と最後に言葉を交わし、自殺の真相を知っているという男がいるという話を聞き、その男に取材しようと居場所を探し始めた。
感 想
 川端康成の自殺の真相という魅力的な謎が発端なのだが、最後は安っぽい終わり方なのでがっかり。
備 考
 

作品名
媚薬学入門―夜の魔術師
初 出
『別冊週刊漫画』昭和37年8月21日号
粗 筋
 大滝修一は参議院選挙に落選。東南アジアに旅行した大滝は帰国後、同じ選挙区で民政党から当選した瀬黒祐吉に、九龍で購入した媚薬を1錠分け与えた。
感 想
 何が恐ろしいって、助平爺の性欲ほど恐ろしいものはない、という話。実際にありそうな話だから怖い。
備 考
 


『判事よ自らを裁け』

作品名
ささやかな復讐
初 出
『探偵倶楽部』昭和29年4月号
粗 筋
 劇評家の佐野浩助は、酔うと上野の山をさ迷い、西郷隆盛の銅像の前でぼんやりと立ち尽くすのが癖だった。その夜も上野にいると若い男が、「殺人の現場を御覧になりたくはありませんか」と声を掛けてきた。
感 想
 ありがちなお話、としか言いようがない掌編。
備 考
 

作品名
狂った季節
初 出
『探偵倶楽部』昭和29年6月号
粗 筋
 精神病理学の権威、瀬波光助博士の二十年前の話。瀬波病院を開業してから三日目、一流旅館有田屋の息子が、全財産を投げだしてでも何とかして父親を直してほしいと頼んできた。
感 想
 ちょっとした悪徳もののコメディ。エンディングがちょっと洒落ている。
備 考
 

作品名
愛する
初 出
『宝石』昭和29年10月号
粗 筋
 M海岸に泊まっていた初老の大場幸一が遺書を残していた。番頭が推定した絶壁に行くと、高宮由紀という若い女が大場を突き飛ばしたところを目撃。大場は断崖から落ちて死亡した。大場と高宮は未知の間柄で、同じく自殺志望だった高宮がなぜ大場を突き飛ばしたのかがわからない。高宮が泊っていた旅館の部屋に残していたものの一つに、作家の秋月洋輔がみゆきという女性あてに出した古い手紙が残されていた。警察はM海岸へ執筆に来ていた秋月に、何か知らないかを尋ねる。
感 想
 表面的には簡単な事件なのに、解決するには心理的証拠が必要。その心理的証拠に迫る過程は胸に打たれ、結末はとても哀しい。本作品集のベストといってもいい短編。
備 考
 

作品名
死神
初 出
『探偵倶楽部』昭和29年11月号
粗 筋
 男の前に死神が現れ、五日後に死ぬと告げた。そして毎日死神は現れ、カウントダウンを告げていく。
感 想
 ちょっとした掌編。私だったらこういう行動をとるとは思わないが、わかるような気もする。
備 考
 

作品名
殺人のお知らせ
初 出
『探偵倶楽部』昭和30年2月号
粗 筋
 大学教授江本洋太郎のところへ、一週間後に殺害されたという妻江佐子からの死亡通知が届いた。翌日、江佐子が殺されたという死亡通知が届く。その夜、家族で相談を始めると、娘の君子は余技で探偵小説を書いている友人に相談することを薦め、夫婦も同意した。
感 想
 こちらはユーモア作品。ちょっとしたアイディアものだが、結末までの筋の運び方が面白い。
備 考
 

作品名
傷だらけの街
初 出
『宝石』昭和30年11月号
粗 筋
 事務員の藤川若枝はクリスマスイブ、誘惑に負けて列車の中で男の財布を掏ってしまうが、男につかまってしまう。男に脅されてサンタクロースに扮し、ビラ配りを行った。予定された時間まで行い、定期券を返してもらい、さらにアルバイト代としてお金も渡された。ちょうどその時、同じ会社の町田と出会い、喫茶店で酒を飲む。翌日、新聞である女性が金を奪われ、殺害された記事を読んだ。女性の夫はビラ配りをしていたアリバイがあった。そして女性が握っていたのは、若枝のハンカチだった。
感 想
 殺人事件のアリバイに利用された女性の悲劇と運命を描いた作品。たぶん今の女性とは価値観の異なるところがあるだろう。
備 考
 

作品名
死者は訴えない
初 出
『探偵実話』昭和31年9月号
粗 筋
 昭和十×年の昔。城川裁判長は強盗殺人の罪で被告人鈴木昭三に死刑を言い渡した。鈴木は裁判で無罪を訴えていたが、判決後に立ち上がってそのまま上訴権を放棄。城川に向かい、自分が処刑された後に真犯人が現れると訴えた。城川の息子の道夫は、もし鈴木の言う通り無罪だったらどうする、死刑は行われてはならないと城川に話すので、城川は激昂した。
感 想
 なぜ無罪を訴えながら、上訴権を放棄したのかという謎とその裏側にある恐ろしい事実。昭和十×年だからこその設定ではあるが、人が人を裁くことができるのかという究極の問いかけに迫る作品である。
備 考
 

作品名
小さな鬼たち
初 出
『宝石』昭和31年11月号
粗 筋
 村の中学校の先生である依田は、週一回のホームルームで生徒全員に無記名で意見を書かせていた。ところがその中に、依田の妻が男と密会していて、村人はほとんどが知っているというものがあった。疑心暗鬼になった依田は、妻を疑うようになる。
感 想
 ちょっとしたことが悲劇につながる恐ろしい作品。ただその内容に時代を感じてしまう。
備 考
 

作品名
三通の遺書
初 出
『探偵実話』昭和32年11月号
粗 筋
 結婚から一年目、水木ルミは夫の理一に遺書を残して自殺した。ただし理一は、親友で医者の城崎大一郎と相談し、病死として処理してもらった。三か月後、理一は城崎に遺書を残した。そしてもう一通の遺書が。
感 想
 自殺の真相が三通の遺書によってわかる仕掛けになっており、隠された謎が楽しめる。しかし動機についてはちょっと首をひねりたくなるところもある。
備 考
 

作品名
二枚の百円札
初 出
『探偵実話』昭和33年1月号
粗 筋
 売文業者の相川洋輔は拘置所で妻・園江がトラックに轢かれて死んだことを知り、今まで語らなかった事件の動機について検事に話すことにした。それは、二枚の百円札がきっかけだった。
感 想
 運命のいたずらとしか言いようがない出来事で起きた暗い話なのだが、ある意味自業自得という気がしなくもない。
備 考
 

作品名
暗い部屋
初 出
『耽奇小説』昭和33年5月号
粗 筋
 男は劇場で猛火に包まれ、顔は醜く焼けただれ、そして失明した。男は部屋の中で、ピアノの出張教授へ出かけようとする妻へ話しかける。
感 想
 火事にあった夫と、妻の話。この後二人はどうなったのだろうと考えると、恐ろしいものがある。
備 考
 

作品名
奇妙な再会
初 出
『宝石』昭和33年12月号
粗 筋
 判事を定年退職し、三か月後には参議院選挙に出馬する予定である大賀信俊は、テレビの人気公開番組「奇妙な再会」に出演することとなった。この番組は、一般視聴者がかつて関わった有名人と再会する番組である。有名人は何も知らずに舞台に出て、五つのヒントをもらって相手を当てるというものである。今回、大賀を呼んだ“一般視聴者”は、出征も経歴も不明な大人気歌手、甲斐エリ子だった。エリ子の父は、大賀が長野地裁所長のとき、無実を訴えながらも死刑を宣告され、控訴中に病死していたのだった。
感 想
 テレビ番組の告白が意外な方向に向かうサスペンス。本作品集のベストの一つ。
備 考
 

作品名
判事よ自らを裁け
初 出
『宝石』昭和35年12月号
粗 筋
 東京地裁××支部の法廷で、戸狩厚人裁判長は岩月千秋に対する強盗殺人の罪で高松信也被告人に死刑を言い渡した。敬虔なクリスチャンである幼稚園園長の高松は戸狩に向かい、自分は強盗殺人は無実であるが、自分は罪を犯したと告げた。運動具店主である岩月が死んだとき、高松は自らにアリバイがあると話したものの、それは悪魔と話し合っていたという荒唐無稽なものであった。高松は上訴せず死刑は確定したものの、執行前に病死した。
感 想
 こちらも裁判で死刑を言い渡した後の物語を扱った心理サスペンス。ちょっとありきたりという気がしなくもない。
備 考
 


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