横溝正史少年小説コレクション6(柏書房)
『姿なき怪人』



【初版】2021年12月5日
【定価】2,800円+税
【編者】日下三蔵


【収録作品】

作品名
『まぼろしの怪人』
初 出
 第一話 『中学一年コース』(学習研究社)1958年1月号~2月号連載
 第二話 『中学一年コース』1958年3月号、『中学二年コース』1958年4月号~5月号連載
 第三話 『中学二年コース』1958年6月号~8月号連載
 第四話 『中学二年コース』1958年9月号~1959年3月号連載
底 本
 『まぼろしの怪人』(ソノラマ文庫)1977年2月
挿 絵
 石田武雄
粗 筋
第一話 社長邸の怪事件
 ここ数年、神出鬼没で日本中を騒がせていたのが「まぼろしの怪人」。そんな怪人が、新日報社社長池上三作の姪、可奈子の結婚直前のクリスマスに大叔母から贈られる宝石類を頂くと予告状が来た。御子柴進は池上社長の一人娘、由紀子や飼い犬のジュピターにも協力してもらい、怪人を捕まえるために作戦を立てる。
第二話 魔の紅玉
 御子柴進が銀座を歩いている途中、おかしなサンドイッチ・マンを見つけた。道の途中にあるポスターに丸を付けている。つなげてみると「まぼろしの怪人」! 尾行するがそれは罠で、捕まってしまった。まぼろしの怪人の部下であるその男は、御子柴進におなじないみたいな言葉を復唱させる。そのまま気を失い、翌日目を覚ますと池上社長宅。部下に送られたのだ。しかもまぼろしの怪人は脱獄。狙いは砂漠の国の王子で来日するアリ殿下のターバンに飾られた、時価一千万円の紅玉。
第三話 まぼろしの少年
 両国の川開き、屋形船で花火見物をしている池上社長、三津木俊助、御子柴進、由紀子。そこへ重大事件の容疑者で刑事に捕まりながらも逃げ出した美少年が屋形船に飛び込み、別の船に飛び乗って逃げていった。進は、船の底に美少年が落としたらしいダイヤモンドを見つける。そんな美少年を捕まえたのは、まぼろしの怪人だった。美少年は天銀堂嘱託のかざり職人が殺されてダイヤが奪われた事件の容疑者だった。
第四話 ささやく人形
 新日報社主催の防犯展覧会の一隅にある「まぼろしの怪人の部屋」。御子柴進はその部屋の前で、へんな声に呼び止められた。怪人の生人形から聞こえる声は、足元にあるスーツケースを今夜持っていってほしいというもの。しかも由美子がさらわれ、その無事と交換という脅迫である。
感 想
 横溝ジュブナイルでは珍しい連作短編集。なんといっても第1話でまぼろしの怪人が捕まってしまうのだ。ただ、脱獄で面白いトリックを使ってくれればいいのに、過去のジュブナイル作品と同じネタを流用するというのは残念。怪人二十面相のように捕縛→脱獄を繰り返すパターンは、ある程度長期スパンで行わないと、警察があまりにも間抜けに見えるのだが、まあジュブナイルにそれを求めても仕方がないか。新日報社池上社長の娘、由紀子が活躍するのが目新しいところ。
備 考
 冒頭の展開は、『幽霊鉄仮面』(第3巻収録)の冒頭を改変したものである。角川文庫版では、山村正夫による文章の改変が行われている。

作品名
『姿なき怪人』
初 出
 第一話 『中学一年コース』(学習研究社)1959年4月号~6月号連載
 第二話 『中学一年コース』1959年7月号~9月号連載
 第三話 『中学一年コース』1959年10月号、12月号~1960年1月号連載(11月号は急病で休載)
 第四話 『中学一年コース』1960年2月号~3月号、『中学二年コース』1960年4月号連載
底 本
 『姿なき怪人』(角川文庫)1984年10月
挿 絵
 石田武雄
粗 筋
第一話 電話の声
 法医学の権威、板垣博士の研究室を訪れた三津木俊助と御子柴進。しかし博士は、姪でシャンソン歌手の吾妻早苗と結婚させてくれと迫る木塚陽介と言い争っていた。博士に反対された木塚は、復讐すると言い残し、部屋を出ていく。その直後、早苗から電話がかかってきて三津木が受話器を取ると、助けてくれという悲鳴が。三津木たちが早苗の家に駆け付けるも、部屋に早苗の姿はなく、血だまりにナイフで刺された早苗の写真があった。犯人は早苗の家から姿をくらました木塚かと思われたが、木塚にはアリバイがあって犯行は不可能だった。後日、姿なき怪人と名乗る男から、早苗に続いて人殺しを続けるというテープが残されていた。
第二話 怪屋の怪
 6月、使いでやってきた御子柴進に板垣博士は、吉祥寺へ帰る途中、いとこの太田垣三造に鑑定で頼まれた物を午後八時に返してほしいと頼まれた。太田垣家へ入ろうとすると、若い女性が家から逃げていった。家の中では、太田垣三造らしき男が殺されていた。慌てて警察を呼びに行き警官と戻ってみると、家から出てきたのは太田垣三造。しかも家の中には血の跡も何もない。見間違いだろうとなって物を渡して受取をもらった進だった。しかし翌日、板垣博士から太田垣三造が殺されていると三津木、進のもとへ電話があった。受け取りの封筒の中には、ダイヤの指輪を届けてもらって感謝するという姿なき怪人からの手紙が入っていた。
第三話 ふたごの運命
 8月、板垣博士から木塚に縛られて研究室に閉じ込められたとの電話が進にあった。三津木や等々力警部とともに博士を助けたが、博士はメリーとヘレンという十一歳の双子の姪が両親の死によってアメリカから帰ってくる予定だったが、木塚にさらわれたという。1か月後、トラックが運んでいた荷物の箱の中から、マネキンに埋め込まれた少女の死体が発見された。
第四話 黒衣婦人
 11月、新日報社の三津木宛に電話がかかってきたが留守で、代わりに進が電話を取った。電話先の女性はホテルからバッグを取って持ってきてほしいと頼まれ、進はホテルに行くと、バッグはあるものの、部屋の中で男がナイフに刺され死んでいた。三津木に電話をし、進は女性との約束の場所に行くが、そのタクシーの中に、吾妻早苗から有名なシャンソン歌手の中川珠美に送った手紙を見つけて驚く。
感 想
 「姿なき怪人」と自分で名乗るのもおかしいと思うぐらい、本当にネーミングセンスが悪い。まあそれはともかく、学研の学習誌に連載されていたとは思えないぐらい、普通に連続殺人事件が発生するし、その内容も残忍。編集部もよく連載を許したな、と思えるレベルである。警察も半年以上犯人を捕まえられないし、三津木の活躍も今一つ。最後は探偵小僧の機転で犯人の正体が明かされる。最後は高木彬光の某作品からの引用。中学生、うなされるだろうな……。
備 考
 

作品名
『怪盗X・Y・Z』
初 出
 第一話 『中学二年コース』(学習研究社)1960年5月号~7月号連載
 第二話 『中学二年コース』1960年8月号、8月増刊号~10月号連載
 第三話 『中学二年コース』1960年11月号~1961年1月号連載
 第四話 『中学二年コース』1961年2月号~3月号、『中学三年コース』1961年4月号連載
底 本
 『怪盗X・Y・Z』(角川文庫)1984年5月 ただし原稿が発見されなかったからか、第一話から第三話までしか収録されていない。第四話は『横溝正史探偵小説選II』(論創ミステリ叢書)に初めて収録されている。
挿 絵
 石田武雄
粗 筋
第一話 消えた怪盗
 午後九時過ぎ、新日報社の少年社員である御子柴進は、画家の永利俊哉のところへ随筆の連載原稿を初めてもらいに行ったが、途中で謎の女や不審な外国人とすれ違う。家から出てきた黒めがねの男はまだ原稿ができていないと告げた。仕方なく応接室で待つことにしたが、二時間以上経ってもアトリエから出てこない。アトリエに入っていくと、永利は机にうつぶせのまま殺されていた。残された血文字にはXYZの文字が。最近世間をにぎわせている怪盗X・Y・Zの仕業なのか。しかし怪盗X・Y・Zは紳士怪盗とも呼ばれ、今まで人殺しを一度もしたことがないのだが。
第二話 なぞの十円玉
 御子柴進は野球観戦の帰り、後楽園球場でジュースを買ったお釣りの中にギザギザのない十円玉が一枚あることに気づく。駅でそれを見ていると、サングラスの男が百円玉と交換しようと持ちかけるが断り、逃げた。さらに進は電車の中で掏られそうになったが、謎の老紳士に助けられる。電車を降りると、今度は若い女が話しかけてくる。
第三話 大金塊
 三津木俊助の大学時代の同窓である新進劇団の座長で俳優、加納達人が関西から久しぶりに上京し、舞台で『怪盗X・Y・Z』を上演し大ヒット。三津木と御子柴進が舞台を見に来たら、春に怪盗X・Y・Zにダイヤの首飾りを盗まれたという岩本卓造博士の夫人が来ていた。舞台後に三津木、進と食事をする予定の加納であったが、高峰早苗という女性から電話が来て、約束がキャンセルになった。しかし進は、さきほどの電話で「オジサマガ、コロサレテイル」という声を聴いており、一人でこっそり加納の後を追いかるもまかれてしまった。そして翌日、新聞に本郷で進藤英吾という人物が殺され、犯人は怪盗X・Y・Zであると姪の早苗が語ったという記事が載った。
第四話 おりの中の男
 三津木と進は加納に、劇団の公演地ごとに怪盗X・Y・Zが現れており、お前が怪盗ではないかと問い詰めるも、加納自身はとぼけた。そんな加納に三津木は、平和デパートで日本の真珠王と呼ばれる鬼頭大吉の孫、弥生に贈った人魚の涙という時価一千万円はくだらない首飾りを大きな鳥かごみたいな檻の中に展示していると伝える。檻の中には解説役の男性とアシスタント役の女性が入っていて、三十分ごとに説明していると告げた。
感 想
 角川文庫ではなぜか3話しか収録されておらず、第4話のみが『横溝正史探偵小説選II』(論争ミステリ叢書)で初めて単行本に収録された。そのため、全4話の形で収録されるのは初めてということになる。3話の終わり方がいかにも続きがありそうな内容で、しかも連載が休載されているわけでもないのに、なぜ3話しか収録されなかったのは謎である。しかも当時の角川文庫の背表紙は、大人物が緑、人形佐七が桃色、少年物が黄色の文字になっていたのに、本書だけが緑色の文字だったという謎の経緯がある。しかし解説の日下三蔵、この件に関してしつこいぐらい書いているのは、よほどのうらみでもあったのだろうか(苦笑)。まあ、私も並べていて納得いかなかったのを覚えているが。
 横溝にしては珍しい義賊もの。結果的には三津木・御子柴物の最後の作品となっており、できれば三津木の活躍を見たかったところだが、本作は御子柴進と、敵側であるはずの怪盗X・Y・Zがなんだかんだ手を組んで事件を解決するというパターンである。第2話では野球の試合の見学帰りという、今までにはないパターンの発端があるのが目に付く。また、御子柴進の姉が初登場している(当然、本作限りの設定)のは、時代の移り変わりを象徴しているといえるだろうか。第3話はノンシリーズの大人物の短編「幽霊騎手」を移植したもの。
 これが横溝正史最後のジュブナイル作品。すでに金田一作品の連載もほとんどない頃である。この頃まで三津木俊助、御子柴進の活躍があったと思うと、感慨深いものがある。
備 考
 

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