E・D・ホック『サム・ホーソーンの事件簿1』(創元推理文庫)

 橋の途中で消え失せた馬車、"小人"と書き残して密室で殺されていた車掌、行き止まりの廊下から消え去った強盗、誰も近づけない空中で絞め殺されたスタントマン等々、次々と発生する怪事件!全編不可能犯罪をあつかった、サム・ホーソーンものの初期作品十二編に加え、特別付録として、著者の代表作の一つであり、これまた不可解な墜死事件の謎を解く「長い墜落」を収録した。(粗筋紹介より引用)
「有蓋橋の謎」「水車小屋の謎」「ロブスター小屋の謎」「呪われた野外音楽堂の謎」「乗務員車の謎」「赤い校舎の謎」「そびえ立つ尖塔の謎」「十六号独房の謎」「古い田舎宿の謎」「投票ブースの謎」「農産物祭りの謎」「古い樫の木の謎」「長い墜落」を収録。

 ものすごく読みづらかった。語り手の会話風に書かれていたからかな。そのため、内容の方には全然没頭できず。よって評価の方はパス。おっと、「長い墜落」は面白かったです……って再読だけど。




角田喜久雄『底無沼』(出版芸術社 ふしぎ文学館)

 時代伝記小説の大家・角田喜久雄は、大正十四年、探偵文壇にデビューし、戦前・戦後を通じて数々のミステリを発表してきた推理小説の名手でもあった。笛を吹くだけで人を殺すことが出来るのか?人間の心に潜む底知れない悪意を描いて昭和三十三年度の探偵作家クラブ賞を受けた「笛吹けば人が死ぬ」、恐水病に罹った男の異様な犯罪計画を描く「恐水病患者」等、単行本未収録作品一篇を含む全十三篇!著者十代の才気あふれる初期作品から、最後のミステリ「年輪」まで、傑作・代表作を網羅した角田ミステリの精華集。(粗筋紹介より引用)
「あかはぎの拇指紋」「底無沼」「恐水病患者」「秋の亡霊」「下水道」「蛇男」「恐ろしき貞女」「沼垂の女」「悪魔のような女」「四つの殺人」「笛吹けば人が死ぬ」「顔のない裸」「年輪」を収録。

 角田の代表的短編13編を収録。文句なしですね。これ以上は言いません。読んで、深く感動するべき。昔はいかに短くても、恐怖、もしくは感動が与えられたことか。




丸山昭『トキワ荘実録』(小学館文庫)

 1993年に出版された『まんがのカンヅメ』(ぽるぷ出版)の増補改訂版。もちろん、買っているのだが、それでも買ってしまうのは、トキワ荘ものが好きだから。トキワ荘ものは藤子不二雄A『まんが道』(中央公論社)、『ふたりで少年漫画ばかり書いてきた』(文春文庫)、石ノ森章太郎『トキワ荘の青春』(講談社文庫)あたりが有名だが、編集者側から書いたトキワ荘という意味でこの作品は興味深い。




氷川透『真っ暗な夜明け』(講談社ノベルス)

 推理小説家志望の氷川透は久々にバンド仲間と再会した。が、散会後に外で別れたはずのリーダーが地下鉄の駅構内で撲殺された。非情の論理が唸りをあげ華麗な捻り技が炸裂する。第15回メフィスト賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

 第15回メフィスト賞。とても読みやすく、出だしの雰囲気がいかにも本格らしかったので、期待して読んでみたのだが、終わってみると釈然としないものが残る。物語や思考の展開がやや独りよがり。終わらせ方もプツッと切った感じ。出だしからのストーリーとエピローグを見ると、物語の世界観が全然一致しないと思うのは私だけだろうか。作りはしっかりとした本格だったのに、なにか勿体ない。
 帯にあるのが島田荘司推薦。これだけで、最低100人は読者を無くしたに違いない。相変わらず、訳の分からない推薦文である。たかがミステリの推薦に、日本の歴史をひもといて、自分の概念を蕩々と述べるのはやめてほしい。




馳星周『虚の王』(カッパノベルズ)

 喧嘩、踊り、酒。"金狼"を組み、渋谷で暴れていたころのすべて。そして、やくざを刺し、少年院へ。今はチンピラの舎弟、覚醒剤の売人。毎日が澱んでいる―新田隆弘は兄貴分の紫原の命令で、高校生が作った売春の組織を探っていた。組織を仕切っているのは渡辺栄司、学業優秀の優男。だが、仲間、女、誰もが彼を怖れ、平伏している。隆弘の拳よりも、何よりも。何故それほどに怖れるのか?「隆弘も栄司を知ったらわかるよ」苛立つ隆弘の前に栄司が現れたとき、破滅への疾走が始まった…。人気絶頂の著者が、十代の心の暗い空虚さ―その闇に潜む戦慄を鋭利に抉り出す問題の傑作長編。(粗筋紹介より引用)

 今度の舞台は若者の街、渋谷。元有名暴走族で現在は暴力団の下っ端の男が、高校生売春組織のリーダーを探し、接触していくうちに、何かが狂っていく様が書かれているのだが、なにか、せせっこましい。タイトルでは「王」とまで書かれている高校生が、どうしてもちっぽけなスケールのガキにしか見えないのだ。そのため、周りの人物が畏怖する姿が想像し難い。所詮、暴力団が本気でかかれば簡単につぶれてしまう程度の存在なのに、ここまで色々な人物が振り回されているというのが納得いかない。
 また、「虚」の存在の対極として書かれるべき主人公の存在感が小さすぎる。そのくせ、当初に書かれているスケールが大きい分、よけいにねじ曲がったイメージしか浮かび上がってこない。
 渋谷という街のいびつさ、現在の若者の虚ろさはよく書かれている。とはいえ、この分量に値するだけの何かは得られなかった。もっと「熱い」存在をどこかで出すべきだったろう。




W・リンク他『殺しの序曲』(二見文庫)

 チャイコフスキーの幻想序曲"ロミオとジュリエット"が図書室から流れてくる。突如、響きわたった二発の銃声!射殺された会計事務所のオーナーは、IQの高い天才だけが入会を許される「シグマ協会」の主要メンバーだった。コロンボ警部は犯人の逃走経路に不審を抱き、現場に居合わせた8人の会員たちと推理合戦を繰り広げる…。(粗筋紹介より引用)
 「警部コロンボ」のノベライズ版。

 これぞノベライズ。とはいえ、映像版を見ていなくてもそこそこ楽しめます。視覚に訴えるトリックを文章に表すのはかなり辛いと思うが、なんとか成功していると思う。けれど、ミステリとして見るとやはり弱いですね、ノベライズ作品は。こうした方が面白くなるのにというところ、いっぱいありますもん。




樋口有介『刺青白書』(講談社)

 待望の柚木草平シリーズ最新刊。主人公三浦鈴女は渋谷の女子大の四年生。空想癖が強く、どこかぼんやりとしている。卒論の資料を探している途中、中学時代の同級生伊東牧歩と左近万作に会う。左近は中学時代の野球部のエースで、かつてはアイドル以上の人気を誇っていた。二人は他のメンバーとこれから伊東の就職祝いで飲むという。誘いを断り分かれたが、次の日、伊東の水死体が発見された。事故とも思えず、自殺するわけがない。そして、ちょうど数日前、アイドル神崎あやが殺されていた。神崎も鈴女、そして伊東や左近と、中学時代同級だった。この二つにはなにか関連があるのではないか。鈴女は事件の謎を彼女なりに追うことにした。またそれとは別に、雑誌編集長で鈴女の父親から神崎あやの事件を追うことを依頼された柚木も事件の謎を追う。

 このシリーズの凄いところは、タッチこそ軽く、ものすごく読みやすいのに、中身はしっかりとハードボイルドの定式を守っていること。だからこそ、軟派な柚木に呆れながらも、ページが進むわけだ。しかしこの作品は、柚木の活躍度はやや低い。どんな女にも甘い言葉を掛けながら、事件の真相を追いかけるところはいつもと変わらない。ただ今回は、鈴女の方の活躍度が高い。だからといって、スーパーヒロインみたいな活躍をするわけではなく、彼女が出来るだけのことにより、真相に迫っていく。ハードボイルドファンならずとも、お薦めしたい。最後の真相は、あまりにも悲しすぎる。そして、悲しいムードを吹き飛ばす爽やかな終わり方が樋口らしい。



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