古泉迦十『火蛾』(講談社ノベルス)

 舞台は十二世紀の中東。作家のファリードは、神の友たる聖者たちについての、ペルシア語による伝記録編纂を志していた。そんなある日、とある高名な聖者にかんする噂を耳にした。探し当てた結果、ある穹廬にたどり着いた。中にいた男アリーが語ったのは、アリーという名の行者を主人公とした、ひとつの物語であった。姿を顕さぬ導師と四人の修行者たちが住まう山の、閉ざされた穹廬の中での殺人事件を。

 第17回メフィスト賞受賞作。
 舞台は十二世紀の中東ではあるが、登場人物が少ないので、海外物が苦手な人にもそれほど苦にならずに読むことが出きると思う。ただし中身は、語り手と聞き手だけの閉ざされた空間の物語。本格らしい展開がなされながらも、どちらかといえば、禅問答に近く、理解し難い部分が多い。この世界に入る資格を、どうも私は持ち合わせていないようだ。けれど、この世界だからこその解決なんだと思うし、この舞台を設定した必然性は感じられた。けれど、淡泊な展開なので、退屈する人も多いかも知れない。いずれにしても、次作を読まないと、この作者の評価は難しい。こういう中東もの、もしくは宗教ものを書きたい人なのか、それともミステリを書きたい人なのか。二つを並べて書こうとすると失敗するケースが多いので、それだけは注意してほしいものだ。




古処誠二『少年たちの密室』(講談社ノベルス)

 『UNKNOWN』でメフィスト賞を受賞した作者の二作目だが、これは来た!
 東海地震で崩壊したマンションの地下駐車場に閉じこめられた六人の高校生と担任教師。街の実力者である土建業者の息子で学校内でもボスだった男が瓦礫で頭を打たれて死亡する。不運な事故だったのか。それとも恨みを持つものの殺人なのか。しかし、閉じこめられた地下駐車場に光は何もなかった。殺人ならどうやって一撃で殺すことができたのか。

 閉じこめられた空間内での不可能殺人。本格ファンなら興奮する設定だが、テーマが校内暴力を取り扱っていることもあり、少なくとも推理を楽しみというような小説ではない。しかし、そのテーマのおかげで、この小説は傑作に仕上がった。もし「社会派」が企業悪などを動機に設定したミステリだというのなら別だが、このような社会問題を取り扱った小説も、「社会派」としての冠を付けてもよいのではないだろうか。とすると、これは「社会派」と「本格」の融合に成功した傑作である。単純に柱が二本あるということではない。この柱同士が融合しあって、この小説は完成した。
 『UNKNOWN』も面白かったのだが、「自衛隊」という特殊舞台だからこそ成功した作品という一面もあった。そして、それ以外の舞台で面白い作品を古処誠二は書けるのだろうかという不安もあった。しかし、そんな心配は杞憂であった。この作者の力は本物である。是非ともお薦めしたい。




柄刀一『サタンの僧院』(原書房)

 誰も近づけなかったはずの時鐘塔には、死後数時間を経た死体がぶら下がり、あやしげな自称"聖者"は衆人環視の下、誰もいないはずの背後から刺されて死んだ…。また、七百年前に惨殺された、"龍に魅入られた"美姉妹の伝説…。一人は誰も立ち入ることのできない塔の窓から巨人につまみ出されて墜落死、もう一人は巨人の指に突かれて圧死したという。巨大な謎の迷宮の影を手繰るのは、神の奇跡に挑戦し復活を予言して首を落とされた"緑の僧正"なのか。気鋭が問う、奇想と論理極まる長編本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)

 なんか、時代設定を間違えて書いている感があり。ちょっとついていけなかった。多分、気を入れて読んでいないのだろう、私は。
 けれど、この人って、本当にミステリを書きたいのかな。これで4冊目だけれども、かなり疑問を感じた。下手に本格部分にこだわるより、いっそのこと古代史小説一本にこだわった方が面白くなると思うのだけれども。



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