年報・死刑廃止編集委員会編『年報・死刑廃止2002 世界のなかの日本の死刑』(インパクト出版会)

 インパクト出版会が毎年出版している、死刑廃止に向けての動きや死刑を巡る状況の一年の流れを追った年報・死刑廃止の2002年度版。欧州評議会における第一回死刑廃止世界会議の様子と第2回アジア・フォーラムの報告など、世界における死刑廃止の状況が特集されている。

 読んでいてつらくなるね。自分たちが絶対正しい、と思いこんで行動している人たちの本を読むと。
 自分の子供や親が殺されたら、犯人を憎たらしいと考えるのは、多くの人が持つ感情と思う。犯人を殺してくれ、死刑にしてくれ、と言う被害者遺族がいてもおかしくはない。復讐、報復の感情に付き合いながらも遺族を癒しつつ、死刑の無情さを伝えようとするのならわかる。ところが死刑反対を叫ぶ人たちは、「復讐からは何も生み出せない」と全てを否定してしまう。それじゃ、被害者遺族の気持ちの行き場所がどこにもなくなってしまう。
 被害者遺族と付き合おうとすることを、日本の死刑反対論者はやろうとしていない。ただ、犯罪者の人権ばかりを訴えようとする。これでは何も生み出せない。死刑賛成論者が死刑存続を訴える大きな理由のひとつに「被害者遺族の感情」が挙げられる。大阪小学校児童殺傷事件やオウム真理教事件などの被害者遺族は、裁判で被告に死刑判決を与えることを訴えている。そういう人たちを冷ややかな目で見るのではなく、真っ正面から付き合い、癒していくことが、死刑反対への第一歩ではないだろうか。死刑賛成論の最も大きい理由のひとつである「被害者遺族」が死刑を訴えないのであれば、死刑を存続させる理由は無くなるのではないか。
 しかし現在の死刑反対論者は違う。死刑そのものを悪と見るのはわかるが、死刑を訴えようとする人たちを、人権意識のない人とけなしてしまう。そういう差別意識を持つこと自体が、人権を傷つけているということに、彼らはまだ気付いていない。
 詳細はいずれ別コーナーにて。




法月綸太郎『法月綸太郎の功績』(講談社ノベルス)

 日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作「都市伝説パズル」を含む第3短編集。「イコールYの悲劇」「中国蝸牛の謎」「都市伝説パズル」「ABCD包囲網」「縊心伝心」の5編を収録。
 スタンダードな本格推理小説を読ませてくれる人って、本当に少なくなったと思う。そう考えると、貴重な存在ではないだろうか。他の新本格作家は、様々な道具立てを駆使する新本格の道を突き進んでいるが、法月は違う。安心して技巧と推理を楽しむことができる、数少ない作家になった。デビュー作の拙さから考えると、格段の成長である。まあ、「イコールYの悲劇」では、“イコールY”を書く必然性がまるでないし(普通は丸で囲うと思う)、「中国蝸牛の謎」では強引さが、「ABCD包囲網」は結末の急ぎすぎが目立つ。必ずしも完璧とはいえないのだが、それはこれからの課題だろう。読み応えのある、本格推理短編集である。




島田荘司『魔神の遊戯』(文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ)

 スコットランドにあるネス湖畔の小さな村、ティモシーでバラバラ死体が発見された。最初に発見された頭部は、頭が引きちぎられたプードルの体に縫いつけられていた。酒場で勤めている61歳のボニーだった。そして両腕は飛行場のセスナから発見された。いずれも力で引きちぎられたような切断状況であった。所用で来ていたスウェーデン、ウブサラ大学のミタライ教授が検死した結果、両腕はボニーのものではなかった。さらにいろいろな場所から発見される死体の一部。さらに連続殺人は続いた。ネス湖に棲む魔人の仕業か。村のほとんどが知り合いであるような小さな村で起きる奇怪な連続殺人事件の真相は。

 久しぶりの御手洗もの長編である。奇妙で不可解な連続殺人事件を強引な力業でねじ伏せてしまう島田荘司の力業は健在だが、読者が納得いくかどうかとなると話は別。少なくとも今回、私はのれなかった。
 バラバラ連続殺人事件そのものの謎は、大げさすぎる道具立てに比べると解決はあっけない。単純な物理学で謎解きをされてしまっては、美しいはずの謎が色褪せてしまう。もう一つのトリックについては、今頃何で使うかなあと首を傾げしまう。日本の本格推理小説黄金時代に発表された、有名な短編を思い出した人も多いはずだ。
 本来メインになるはずなのは「未来の記憶」じゃなかったのだろうか。でなければ、第1章であれだけのページを費やして書く必要はないはずなのだが。
 往年の島田荘司を思い出させるようなミステリなのだが、気のせいか色褪せて見える。そんな印象を受けた。それでも充分楽しむことはできる作品である。「新本格」「新・新本格」作家と比較しても、リーダビリティはけた外れに高い。御大、健在を示したところか。しかし、私が求める島田荘司は、もっともっと凄い作品を書けるはずなのである。




横山秀夫『半落ち』(講談社)

 連続暴行事件の犯人逮捕を待っていた志木警視の元に、県警本部長から電話が入った。妻を殺して自首してきた男の取り調べを行えとのことだった。自首してきたのは同じW県警の教養課次席、梶警部(49)であった。彼は、アルツハイマーに苦しみ、7年前に白血病で亡くなった息子の命日すらも忘れるようになった妻に懇願され、首を絞めたのだった。事件そのものは単純であり、梶の供述にもおかしなところはなかった。ただ一点、殺害してから自首するまでの2日間が問題だった。梶の家にあったコートのポケットには、新宿歌舞伎町にある個室ビデオ店のティッシュがあった。他の点については素直に供述する梶であったが、この2日間についてはいっさい口を割らない。いわば「半落ち」の状態であった。嘱託殺人とはいえ、現役警部による殺人という不祥事である。しかも殺害後すぐに自首したならまだしも、妻の死体を放っておいて新宿歌舞伎町に行っていたとなると、大変な問題になる。W県警上層部は2日間を、死に場所を求めて彷徨っていたことにし、歌舞伎町に行っていたことを隠蔽した調書を作り上げ、マスコミにも報告したのだった。
 志木警視、地検の佐瀬検事、新聞記者の中尾、梶の弁護士に就く植村、梶の事件を裁く藤林裁判官、梶が入っている刑務所の古賀刑務官。2日間の空白の謎に振り回され、真相を求めようとする彼らは、やがて自分の職業そのものとも向かい合うことになる。組織の枠をはみ出すのか。己の職業倫理を踏み外すのか。そして出した答えは。

 「陰の季節」で松本清張賞を、「動機」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した著者の長編第一作。短編では極めて質の高い作品を提供してくれた著者であったため、長編にかかる期待は並大抵のものではなかったと思うのだが、そのプレッシャーに充分答えた傑作だと思う。
 “殺人事件”に携わる職業である警察、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官。各々の立場、問題点、職業倫理と組織防衛などの様々な姿と苦悩を、たった5,60ページで書き上げ、しかも一つの感動的なストーリーとしてまとめ上げている。しかも一方的な意見に偏ることなく、様々な角度から照らし当てているのだから、脱帽するしかない。特に「アルツハイマーに苦しむ妻を殺害した」という設定を使うと、普通だったら“同情”がキーワードになり、全体の流れが一方的な方向に流れていきそうなものなのだが、あえて批判的な立場の人間も配するところが絶妙である。文句無しに、今年の収穫の一つである。

 と、普通だったらここで終わるんだけどなあ。この結末、どう考えても作者はミスをしているとしか思えない。ネタばれを書くのは嫌いだし、なるべくやらないようにしているんだけど、今回は例外で書いておきたい。それは、粗筋紹介では書かなかったもう一つの謎の答えについてである。
 →「『半落ち』の結末部分における疑問点」に移しました。
 しかし、こんなツッコミってただの嫌がらせかなあ。そこまでこだわらなくてもいいじゃないか、という気持ちもあるんだけどね。これだけの作品を書いてくれたんだから。




若木未生『ハイスクール・オーラバスター 永遠の娘』(集英社コバルト文庫)

 炎将せん司と伽羅王忍との最終決戦編。いつまで続くかなあ、オーラバも。だんだん観念的になっていくというか、物語が深化しているというか。コアな読者はいいんだろうけれど、エンタテイメントということを考えると首を捻りたくなる。まあ、シリーズものなんだから、コアな読者向けでもいいのか。どっちにしても、真の主人公、神原さんが出ていない時点で、私にとってはスルーなのである(おいおい)。




坂木司『青空の卵』(東京創元社)

 外資系の保険会社に勤める坂木司の友人、鳥井真一はひきこもりだ。坂木は身近で起こった奇妙な出来事を語って聞かせ、鳥井の関心を外に向かせようとする。果して謎を解くことで、鳥井は飛び立つことができるだろうか。(粗筋紹介より引用)
 「夏の終わりの三重奏」「秋の足音」「冬の贈りもの」「春の子供」「初夏のひよこ」を収録した連作短編集。

 ここまで謎が薄味になると、本当にミステリなのか疑ってしまう今日この頃。「日常の謎」の拡大解釈がここまで広がると、問題じゃないかな。普通小説との境界線はすでにないね、これでは。「殺人事件さえあれば推理小説」などと言われていた作家を笑えなくなるよ、本当に。
 この名探偵、引きこもりじゃなくただの人嫌いじゃないか。そう思いたくなるぐらい、書き方が下手。引きこもりだっていうのなら、もっと心の葛藤を書かないとダメだよ。
 引きこもりの名探偵が、ワトソン役の語り手を通して事件に接するおかげで、徐々に交流する人が増えていく過程は、設定としては面白い。ただ、引きこもりのはずの探偵役がいとも簡単に流されているんだから、説得力がないのは大きなマイナスポイント。表に出てくる善意がわざとらしい。所々で出てくる社会問題に対する視点が青臭い。善意の押し売りみたいな書き方しかできないのだろうか。
 お涙ちょうだいの物語ですよ、感動してください。こんな押し付けが恐ろしい。
 唯一のプラスポイントは、おじいさんの設定だけ。こんな粋なおじいさんが書けるなら、主人公ももっとさばさばした人物にできただろうに。やっぱり女性の書き方だね、これは。



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