鮎川哲也『黒いトランク』(創元推理文庫)

 汐留駅でトランク詰めの男の腐乱死体が発見され、荷物の送り主が溺死体となって見つかり、事件は呆気なく解決したかに思われた。だが、かつて思いを寄せた人からの依頼で九州へ駆けつけた鬼貫の前に青ずくめの男が出没し、アリバイの鉄の壁が立ち塞がる……。作者の事実上のデビューであり、戦後本格の出発点ともなった里程標的名作! 綿密な校訂と著者の加筆訂正による決定版。(粗筋紹介より引用)

 こちらは加筆訂正による決定版。もっとも最初に書いた作品に、加筆訂正を加えると、かえって面白くなくなるというイメージが強い。色々なバージョンの作品が出るのは、鮎川哲也が一部のファンに人気があるからなのだろうけれど。部分的には最初の形の方がよかったところもあるな。特に最後。余韻がかき消されてしまっている。




東野圭吾『レイクサイド』(実業之日本社)

 避暑地での勉強合宿に集まった四世帯の親子。アートディレクターである並木俊介は、妻や義理の息子、他の家族に遅れて別荘に到着した。そこへ訪れてきたのは、俊介の部下である高階英里子。俊介の愛人でもある英里子は、俊介の妻である美菜子の不貞を探った資料を、仕事の資料と偽って持ってきたのだ。その夜、俊介は仕事と偽って英里子の泊まっているホテルに行ったが、英里子には会えなかった。別荘に戻ると、そこには英里子の死体があった。そして美菜子は言った。私が殺した、と。

 巻き込まれ型サスペンスのように見えて、実は本格ミステリ。細かいところまでよく考えられているな、と感心した。特に小道具の使い方がうまい。俊介が真相を探り出す手掛かりなど、物語の中に自然に配置されており、結末部分を読むまでそれが手掛かりだとは気がつかなかった。四世帯が共謀する理由や、その裏にある秘密、犯人像などは、読者の想像を超えるところにあり、東野圭吾の貫禄勝ちと言っていい。昔から一ひねりある本格ミステリを書くことが多かった東野だが、そういう意味では原点に還ったというところか。無意味な館や孤島といった舞台、密室などの派手なトリック、読者への挑戦状が無くても、読者より一歩上を言った本格ミステリを書くことは出来るのである。私は無意味な館ものも好きだけど。
 東野圭吾の作品は、結構後味の悪い作品が多いが、本作もそんな一作。ミステリなんだからといってしまえばそれまでだが、被害者のことを無視したこの結末はどうも好きになれない。人それぞれなのだろうが。後味が悪いというのは、それだけ人物設定や描写が巧みであるということの裏返しでもあるのだが。人形程度の書き方しかできないミステリだったら、こんな感情を抱くことはない。
 後味の悪さや地味な設定が損をしているとは思うが、今年の収穫のひとつである。ただ、標準から比べれば遙かに高いが、東野の平均点を考えると、これぐらいの作品では目立たなくなってしまうというのが残念である。




鮎川哲也『黒いトランク』(光文社文庫)

 格別の評価を得る推理小説の一大傑作。―一九四九年十二月十日、東京・汐留駅に届いた大型トランクのなかから、男の腐乱死体が転がり落ちた!容疑は当然、九州からトランクを発送した近松千鶴夫にかかったが…彼もまた、瀬戸内海上に漂う死体として、岡山県で発見されたのだった!真犯人が構築した純度百パーセントの難事件。鬼貫警部に勝算はあるのか…!?最高傑作の呼び声高い作品を、初刊当時の形で文庫化、トリック詳解を付す。(粗筋紹介より引用)

 名作といわれている作品の、初刊バージョン。芦辺拓よるトリック詳解がついているのが見所か。
 私は『黒いトランク』という作品にあまりいい印象がない。世評でなぜこれだけ評価が高いのか、どうしてもわからないのだ。アリバイを追うところや伏線などはよくできていると思うが、そこ止まりである。鬼貫警部がちんたらちんたらアリバイを追いかけているだけにしか見えない。再読しても、その印象は変わらない。ミステリの歴史に残る一冊かもしれないが、読み継がれるほどの作品という現在の位置づけは、はっきり言って過大評価。もっと面白い鮎川作品はいくらでもある。



宮崎駿『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』(ロッキングオン)

 1990年から2002年までの12年のあいだで、渋谷陽一が宮崎駿に五回行ったインタビューを纏めたもの。1990年といえば、「魔女の宅急便」公開後である。確かに興味深い内容ではあるものの、インタビューという性格上、話の方向が渋谷陽一の望む方向に進んでいるのは仕方のないこと。逆に言えば、宮崎駿の本音がどこまで語られているのかがわからず、そういう点で歯がゆさが残った。




二宮佳景編訳『1分間ミステリ』(荒地出版社)

「あなたの一分間を無駄にさせない ミステリの中のミステリ44篇!! ベストセラー『推理試験』姉妹編!!」(以上、帯より)
 1分間ミステリとあるが、今で言うショートショートである。犯人の些細なミスを指摘するものや、いわゆるホラー作品など、バラエティに富んだアンソロジーである。知っている作家がステーマンしかいないというのは、少々ショックであったが。




ビル・S・バリンジャー『煙で描いた肖像画』(創元推理文庫)

 祖父の保険金で、シカゴにある借金取り立て代行業の会社を買い取ることにしたダニー・エイプリル。会社が今まで取り扱ってきた仕事のデータ・カードを整理している途中、10年前のファイルに挟まっていた新聞記事が目に留まる。記事には、地元の美人コンテストで優勝した娘の写真があった。その娘は、ダニーが10年前に出会った思い出の少女だった。クラッシー・アルマーニスキーという名の娘に思いを寄せてしまったダニーは、わずかな手掛かりをもとに彼女の足取りを追う。青年の物語と交互に語られるのは、クラッシーの物語であった。ダニーとクラッシーが出会うとき、何が一体起きるのか。

 『歯と爪』『消された時間』などで使われたカットバック手法を、バリンジャーが最初に用いた作品として名前のみ有名だった作品が登場。訳者あとがきや他の人の感想でも書いているけれど、ダニーの行動ってどう考えてもストーカー。うーん、これがピュアな気持ちなのかな。まあストーカーと違って、相手の女性に迷惑を掛けてはいないのだから、ストーカーと書くのは間違いだと思う。
 この物語の面白いところは、青年の純粋な気持ちと、女性の上昇志向が交互に語られつつ、作品のバランスが取れている点だろうか。方や純粋な青年、方や悪女。一歩間違うと片方の物語ばかりが目立つようになり、片方の物語が邪魔者になってしまうものだ。本作では、二つの物語がまるでやじろべえのようにバランスが取れている。だからこそ、サスペンスが生きるというものだ。二人が出会って始まる事件。ある意味すれてしまった現代日本ミステリ読者からみたら、ありきたりの手法、ありきたりの結末かも知れない。しかし本作の場合、カットバック手法は結末に至るまでの手段に過ぎない。やはりこの作品は、純情な青年と悪女の、ねじくれたラブストーリーなのだ。



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