清涼院流水『秘密室ボン』(講談社ノベルス)

 メフィスト翔は気がつくと、半球型の扉がない部屋に閉じこめられていた。天から聞こえてきた「密室の神様」によると、90分以内にその「秘密室」から脱出しないと、酸素が無くなるという。脱出する方法のヒントは、神様が出題する「密室YES・NOクイズ」に正解し続けることだという。一問でも間違えたら、秘密室は爆破される。命を懸けた謎解きが、今始まる。

 「謎の密室から脱出できるか」という設定や、その舞台裏(?)などはなかなかうまいと思うのだが、まずは清涼院が定めた世界の約束事を無条件に受け入れなければならない。清涼院に慣れている人ならいいと思うが、清涼院の書くものについていけないという人には全く面白くない作品かも知れない。つまり、清涼院の世界を無条件に受け入れられることができる人にとっては、それなりに面白い作品。読み終わった後、「だからなんなの」というところも相変わらずだが。清涼院は清涼院。それ以上でも、それ以下でもない。結局清涼院は、清涼院という密室から抜け出せないままで終わってしまいそう。たまには違った作品も読んでみたいけれどね。
 清涼院なりに密室にこだわった作品なのかな。カバーなんかも凝っているんだけどね。郵便番号も語呂合わせになっているし。ただその密室に対するこだわりが、言葉のいじくり回しを越えられないところに問題点があると思うんだが。




大倉崇裕『ツール&ストール』(双葉社)

 大学卒業間近の白戸修は、お人好しすぎるのか、よく事件に巻き込まれる。時には名探偵として事件を解決、時には被害者のまま? あれ? 第20回小説推理新人賞受賞作「ツール&ストール」「サインペインター」「セイフティゾーン」「トラブルシューター」「ショップリフター」の5編を収録。

 前作『三人目の幽霊』は本格ミステリだったが、本作はどのジャンルに分類したらいいか困ってしまう。白戸が謎を解く短編もあるのだが、周りに助けてもらうこともあるし、被害者のまま事件が解決してしまうこともある。巻き込まれ型サスペンスなんだろうけれど、本格ミステリの要素がある作品もある。本当に難しい。けれど一つ言えることがある。本作品集は面白い。
 主人公の白戸は、ほとんど理不尽に事件に巻き込まれるのだが、お人好しすぎるのか、気がいいのか、悲壮感を全然漂わせない。危ない状況に陥っても、どこか余裕を感じさせる。忙しい毎日を送っていると、こういう登場人物を見るととてもホッとしてしまう。落ち込まないでいれば、どこかでいいこともあるさ。そんな気持ちを与えてくれる。「癒し系」というワードがあるが、本作だったら癒し系ミステリとでもいえばいいのだろうか。読み終わると、元気づけられる、そんな不思議なミステリなのである。




東川篤哉『密室に向かって撃て!』(光文社 カッパノベルス)

 関東某県にある烏賊川市。鳥ノ岬と地元の人に呼ばれる崖に屋敷がポツンと建っている。そこは有名食品会社である十乗寺食品の社長宅であった。ひょんなことから、一人娘の花婿候補3人の信用調査を行うことになった「名探偵」鵜飼杜夫。「探偵の弟子」である戸村流平とともに報告書を提出し、御馳走にまでなったその真夜中、事件は起きた。白覆面に黒コートの怪人物が発砲、かすり傷でうめく鵜飼を残し、崖の方にある離れへ向かう。使用人棟から出てきた執事が追いかけるも、再び銃声が轟く。戸村たちも追いかけるが、そこにいたのは左腕を撃たれた執事と、心臓を撃たれて死んでいる男がいた。彼は3人の花婿候補の一人で、他の二人とともに屋敷に泊まっていたのだった。いや、もう一人、酒で酔い潰れ、なぜかこんな離れに転がっている二人目の花嫁候補も。黒いコートと運動靴ががけの上に残されていたことから、怪人物は海に飛び込んで自殺したと思われたのだが。鵜飼と戸村が奇怪な事件に挑む。

 Kappa-Oneデビュー組、東川篤哉の第二作。長編デビュー作『密室の鍵貸します』に引き続き、烏賊川市を舞台にしている。一応助手の戸村、「名探偵」鵜飼、そして砂川警部に志木刑事が登場するのも前作と同様だ。さらに本作では、前作でちょっとだけ登場した戸村の下宿の大家二宮朱美が、鵜飼探偵事務所が入っているビルのオーナーとしてレギュラー入り?している。
 『密室の鍵貸します』よりも面白く読むことができた。作者の悪のり気味ともいえる飄々とした文体と、キャラクターのとぼけた個性がうまく解け合っているからだろう。まさか前作のキャラクターをそのまま使うとは思わなかったが、ユーモアミステリのひとつとしては今後期待が持てると思う。
 ただ問題は、前作と比べると謎と解決の部分が数段落ちること。単純に算数の問題で犯人が割り出され、しかもトリックも簡単にわかってしまう。推理の必要がほとんどないというのは、本格ミステリとして考えると、やっぱりマイナスポイントだろう。謎と推理と解決部分がつまらないと、たとえテンポよく読むことができても読後感が今ひとつに終わってしまう。
 多分次作も、これらのキャラクターがどたばたしながら事件を解決する作品になるのだろう。できればキャラクターの動きばかりでなく、事件の方にも力を入れてもらいたいものだ。次作を読んでみようという気にはさせられる作家の一人だから。
 ところでこれ、やっぱり密室なのかねえ。




アントニイ・バークリー『レイトン・コートの謎』(国書刊行会 世界探偵小説全集36)

 レイトン・コートの主人であるスタンワースが、自分の書斎で、頭を打ち抜かれて死んでいるのが発見された。机の上にはタイプで打たれた遺書らしきものがあったこと、そして書斎は鍵のかかった密室状態であったことから、マンスフィールド警部率いる警察は自殺の方向で傾いていた。しかし、死体の状況に不審な点があったこと、そして客たちが怪しげな行動をとっていることから、レイトン・コートの泊まり客の一人である作家のロジャー・シェリンガムは、事件を他殺と判断し、捜査に乗り出すことになった。
 発表当時は?名義で発表された、バークリーの処女作であり、ロジャー・シェリンガムのデビュー作でもある。

 ひねった作風で知られるバークリーだが、処女作からその片鱗が伺える。もっとも本作の場合は、稚気と評したほうがいいかも知れない。人の迷惑顧みず、真相求めて秘密暴きに大忙し。シェリンガムの行動は、爆笑ものである。そしてやる気の全く見られないワトソン役のアレックとのやり取りは絶妙。それでも謎と論理と解決があるところは真っ当な本格ミステリである。そしてこの解決にやられた。一本取られた、と思わず膝を打ってしまった。なんでこんなに面白い本格ミステリが、今まで訳されなかったんだろう。シェリンガムの説明などは、少々くどいところがあると思うし、処女作らしい硬さも見られるのだが。
 このミスなどでも本作は評価が高い。その理由は、バークリー作品でももっとも読みやすいというのもあるだろう。人の感想なんかどうでもいいから、とにかく読んで楽しんでください。そう言いたくなる一冊。




宮部みゆき『理由』(朝日文庫)

 東京都荒川区の超高層マンションで起きた凄惨な殺人事件。殺されたのは「誰」で「誰」が殺人者だったのか。そもそも事件はなぜ起こったのか。事件の前には何があり、後には何が残ったのか。ノンフィクションの手法を使って心の闇を抉る宮部みゆきの最高傑作がついに文庫化。(粗筋紹介より引用)

 ノンフィクションの手法を用いて書かれた、直木賞受賞作。いつも不思議に思うことなのだが、どうして宮部みゆきの作品は読者を引きずり込むことができるのだろう。超高層マンションで起きた一家皆殺し殺人事件、しかも殺されていたのはその部屋に住んでいるはずの家族の替え玉だったという設定は珍しいものの、その他の点を取ってみれば、普通のノンフィクションと変わらない。しかも、事件にあまり関係のないインタビュー相手の人生までひとつひとつ掘り下げているところなどは、事件の紹介、追求から寄り道さえしている印象を与える。それでもこの作品は面白い。普通の小説より面白いし、普通のノンフィクションより面白い。どんなにセンセーショナルな事件のノンフィクションでも、これだけ読者の心をつかむ作品はないだろう。それも何ら特別なことはしていないのにである。宮部みゆきは本当に凄い。




鮎川哲也監修・芦辺拓編『本格推理マガジン 少年探偵王』(光文社文庫)

 島久平などを発掘してきた本格推理マガジン、今回は懐かしの少年もの。江戸川乱歩「まほうやしき」「ふしぎな人/名たんていと二十めんそう」「かいじん二十めんそう」、高木彬光『吸血魔』、鮎川哲也「空気人間」「呪いの家」「時計塔」、河島光弘「ビリーパック 恐怖の狼人間」を収録。

 乱歩作品は幼年向けということもあり、さすがに読むのがしんどい。読めたこと自体に感謝すべきか。
 高木彬光は神津ものの長編。神津のイメージがちょっと狂ってくるのだが、冒険要素満載の力作。こういう作品をもっともっと紹介して欲しい。
 鮎川は短編3本。数ある作品のひとつという以外の感想はない。
 今回の目玉はやはり「ビリーパック」か。昭和三十年代の、幻の探偵マンガである。名前は知っていたが、読むのは初めて。今の目から見ても、高い完成度である。ぜひとももう一度、単行本として纏めてほしい。




倉知淳『猫丸先輩の推測』(講談社ノベルス)

 ふっさりと垂れた前髪、まん丸の眼、小さい顔に愛嬌たっぷりの目鼻立ち、小柄な体の猫丸が日常の不思議な謎を解きあかす短編集。「夜届く」「桜の森の七分咲きの下」「失踪当時の肉球は」「たわしと真夏とスパイ」「カラスの動物園」「クリスマスの猫丸」の六編を収録。

 有名ミステリのタイトルをもじったところなんかは笑えたが、中身はというと、一定のレベルを維持した短編集以上のものではない。よくよく考えてみると、ただの与太話なんだよね。不可解な謎にひとつの合理的な解決を示しているものの、それが本当かどうかはまったく提示されないわけだし。面白く読むことができるんだけど、読み終わったらすっきりと忘れてしまうような、それだけ。面白く時間を潰すには、もってこいかも知れない。
 一年で二冊も倉知淳を読むことができた。それは幸せなことかも知れない。




柳広司『はじまりの島』(朝日新聞社)

 1835年9月15日、スペイン語で“巨大な亀”を意味するガラパゴス群島にビーグル号はたどり着いた。南米沿岸の測量任務を受けてから4年、ようやく任務の終了が告げられ、帰りにつく途中で最初に上陸するはずの地であった。鼻をつく硫黄の匂い、背中に棘をはやした信じられないほど巨大な黒いトカゲ。誰かが低くつぶやいた。「魔の島だ」と。
 五週間の滞在の後、ビーグル号が諸島を離れる直前のことだった。諸島のひとつである小さな島に、九人が上陸した。その中には、若き艦長フィツロイや、博物学者ダーウィンがいた。船が迎えに来る一週間の間に繰り広げられたのは、奇怪な連続殺人事件であった。若き日のダーウィンが事件の謎を追う。

 『贋作「坊ちゃん」殺人事件』で第12回朝日文学新人賞を受賞した作者の最新長編。といっても、出版されたのは7月だが。
 いろいろなところの書評でずいぶん前から気になっていたのだが、ようやく手に取ることができた。読み終わってまず思ったこと。もっと早く読めばよかった。間違いなく、本格ミステリの秀作。これだけの作品を、今まで読まなかった自分に腹が立つ。
 19世紀という舞台が、世界情勢も含めてきっちりと書き込まれている。しかもそれが参考文献の引き写しでなく、自分の血や肉となったうえで文章に吐き出されている。これだけでもなかなか大変なことなのに、さらに端正な本格ミステリの世界を作り出したのだから、大したものだ。ジャンル的に分類すれば、孤島ものに属されるはずなのだが、そういうことは読み終わるまで全然考えもしなかった。通常の孤島ものと異なり、不自然な設定が全く存在しない。恐るべき実力の持ち主である。
 さらに感嘆したのは、事件を構成する世界観と、それを読者に必然と思わせる筆力だろうか。本事件の動機は、特殊といえば特殊な分類に入り、通常だったら推理するのは非常に難しい。ところが、作者は本事件を構成する世界観を、一歩ずつ、しかし読者に退屈させることなく説明し、すべてをさらけ出しているのである。作者はあくまで、読者に推理という名の勝負を仕掛けているのだ。ダーウィンが犯人に迫るその論理こと、本格ミステリに求められるものである。
 問題は、物語があまりにも淡々と進むことだろうか。最初から最後まで一定の調子で物語が進むのだ。そのため、ダーウィンの推理から始まるクライマックスが、今ひとつ盛り上がらない。小説なのだから、少しぐらい強弱を付けてもいいと思うのだが。他の作品を読んでいないので何ともいえないが、作者が今ひとつブレイクしないのは、そんな欠点があるからではないだろうか。
 それにしても失敗したな。もっと早く読んでいれば、間違いなくあなたが選ぶ「2003本格ミステリ・ベスト10」に投票したのに。本格ミステリ・ベスト10なら、ベスト5以内に入るんじゃないかな。←残念ながら12位だった。みんな、見る目がない。




馳星周『マンゴー・レイン』(角川書店)

 タイに腰を据えた日本人の二世としてバンコクで生まれ、育った十河将生。バクチに狂い、借金を重ね、タイ人の妻を東京のやくざに売り、自分も東京に来た。そしてエイズで妻を亡くした後、再びバンコクに戻った。今の稼業は人買いだった。
 将生はバンコクである日、幼馴染みの小倉富生と五年ぶりに再会した。富生は将生に仕事を依頼する。中国人の元娼婦をパスポートつきでシンガポールに連れ出してほしい、報酬は十万ドル。やっかいではあるが、女を運び出す稼業をしている将生にはそれほど難しい仕事ではなかった。ましてや富生の依頼主は、タイ財界の黒幕の息子ならば。しかし、女と将生は複数の敵から追われることになる。敵の狙いは、女の持っている仏像にあるらしい。人買いと売春婦。二人は互いに相手を軽蔑し、憎み合いながらも、いくつもの罠をかいくぐり、必死に生き延び、秘密に迫ってゆく。
 神の都、バンコクで繰り広げられる愛憎と殺し合いの結末は。

 今まで圧倒的な暴力と性によるノワールもので地位を築いてきた馳であったが、本作はどちらかといえば冒険小説の要素が強い。必死に逃れながらも仏像の謎を追うという設定が、そう感じさせるのだろう。もちろん、馳特有の暴力、狂おしいまでの愛憎と性も健在であるのだが、過去の作品から比べるとおとなしく見えてくる。いや、おとなしいという表現は間違っている。一歩引いているという方が正しい。
 今までの馳の作品は、暴力や性などを前面に押し出し、読者を一方的に叩きのめしてきた。読者を叩きのめすことにより、己の書く世界を成り立たせてきたといっても過言ではない。馳と読者の関係は、馳が絶対的な支配者だった。ところが本作は違う。狙いなのか、馳が大人になったのか、一歩引いた印象を与える。馳が脚本、演出家、そして読者は観客の立場になった。そのため、引きずり回されるだけだった馳の世界を、読者はじっくりと味わうことができるのだ。
 いつも不思議に思うのだが、作者はなぜこれだけ暗黒の世界に精通しているのだろう。本作も、バンコクの裏社会の人物が、世界が、悪がこれでもばかり登場する。それらが密接につながり合った腐敗の世界を、主人公二人はどのようにして生き延びるのか。書かれる言動や行動は読者の不快感を与えるようなことばかりであるが、いつしか主人公に感情移入してしまう。さすがである。
 暴力や性だけでなく、謎や冒険小説の要素も絡めることにより、いっそう深みのある作品に仕上がった。ノワールものを書き続けてきた作者にとって、本作はひとつの到達点であろう。
 なおタイトルのマンゴー・レインとは、雨季の訪れを告げる夕立のことである。




はやみねかおる『「ミステリーの館」へ、ようこそ』(講談社 青い鳥文庫)

 『キング・オブ・イリュージョン』『トリック狂』の異名を持つマジシャン、グレート天野。亜衣たちが生まれる前に既に引退した老マジシャンが、「ミステリーの館」というテーマパークを作った。取材で訪れた三姉妹やレーチ、夢水たちを待ち受けていたのは、本物の「ミステリーの館」の鍵。謎を解き、招待された夢水たちを待っていたのは、グレート天野。そして幻夢王と名乗る人物からの脅迫状だった。そして脅迫状の通り、天野の妻が部屋から消えてしまった。

 作者自身が書いているとおり、児童向け推理小説初の袋綴じ本。しかも、袋綴じの中にさらに袋綴じがあるという凝った作りである。今回は第一部が亜衣の短編ミステリ「六月は雨の〆〆密室」、第二部が「ミステリーの館」にようこそ、となっている。
 体裁こそ児童向け推理小説ではあるが、中に散りばめられているのは、本格ミステリファンの心をくすぐるものばかり。第一部のタイトルにまず口元がにやけてしまい、グレート天野というマジシャンにワクワクさせられ、「ミステリーの館」というテーマパークに溜息をついてしまう。そして最後に待ち受けているのは、本物の“館”と仮面を被った老主人。さらに謎の怪人からの脅迫状。これだけ贅沢に並べられたのでは、読まないほうが不思議だ。温かいユーモアの味付けも、ワンパターンながら安心させてくれるものであり、謎そのものも本格ミステリファンを満足させてくれる。ただ、最初の解決の方が、二番目の解決よりも鮮やかでかつ面白いというのは、作者の意図した狙いがあるのだろうが、残念といえば残念なところか。
 関係ないけれど、129ページのイラストって、アンフェアじゃないのかな。天野が人形だったら、どうやって手をテーブルに上げさせたのだろう



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