愛川晶『網にかかった悪夢 影の探偵と根津愛四月』(光文社 カッパ・ノベルス)
ぼくは十三歳。小さな町の中学校に通っている。一昨年、母さんが死んだ。友達はいない。作る気もない。だけど、恋をしてしまった。三つ年上の、とびきりの美少女に。
ぼくの周囲では、陰惨な事件が次々に起きる。まず自宅で親友が殺され、中学校の校内ではさらに奇怪な殺人事件が。そしてぼくは、自分が恋している相手が、神のような推理力をもつ名探偵であることを知ったのだった。でも……。
(粗筋を書く気が失せたので、折り返しより引用)
「いわゆる青春ミステリーの範疇でしょうが、根本にあるのは本格の発想です」とは作者の言葉。ああ、そうですか。青春ミステリーというには中途半端すぎますね。十三歳を主人公に据えれば青春ミステリーですか? 違うでしょう。本格ミステリなんですか? そりゃ一応事件と推理と解決がありますね。だけど、つまんないです。
このシリーズの序章というだけのストーリー。一応事件はあるけれど、大した引きがあるわけでもないし、魅力的な書き方もされていない。「影の探偵」の設定もありきたりでつまらないですね。登場人物も面白くないし。どうつまらないかとひとつひとつ挙げることができないんですよ。何もかもがつまらない。
最初がこんなでは、作者のよほどのファンじゃないと、読者を引っ張り込むことはできないと思います。失敗作でしょう。せめて青春ミステリーと謳うのなら、もう少し救いのある爽やかな設定をどこかで入れるべきだったのではないでしょうか。
原作Bonbee!/著者深川拓『ALMA~ずっとそばに…~』(宙出版 ハート○ノベルズ)
このゲームをやったことがないので何とも言い難いんだけど……。起承転結のある小説には仕上がっているんだけど、消化不良が残る仕上がりでもあるね。巧の願いをかけたものが誰か出てこなかったのも不満だし。ページ数の都合もあるんだろうけれど、生かし切れていない設定も多い。鈴や楓は思い切って切り捨ててもよかったのではないか。過去に面白かったと思ったゲームノベライズは、そのあたりはうまく処理していたと思う。ゲームの設定を生かしながらも、ある程度オリジナルである小説世界が作られていた。ゲームに愛着を残したあまり、あれもこれも文章にしようとしちゃったかな。あとセックスシーンはもっと淫らに書きましょう。あれじゃ物足りません(笑)。
有栖川有栖『白い兎が逃げる』(光文社 カッパ・ノベルス)
ひったくり犯の梶山は捕まる直前、古ぼけたビルへ入っていく小説家の黒須俊也を見かけていた。黒須の双子の弟が殺され、黒須に殺人の嫌疑が掛かっていることも知らずに。しかし黒須には堅固なアリバイがあった。「不在の証明」。
全国指名手配されている新興宗教テロ集団の主要メンバーを見かけた刑事の森下だったが、逆に捕らえられ、地下室に監禁された。そこで繰り広げられたのは、スパイの処刑執行だった。しかし、スパイの嫌疑を掛けられた男は、処刑直前に要求したワインを飲んだ瞬間、死亡した。ワインに毒が入っていたのだ。しかし、そのワインは直前までメンバーで飲んでいたものだったし、だいたい処刑直前に毒殺するのも不自然だ。この事件の目的はいったい何なのか。「地下室の処刑」。
社会評論家の女性が殺害された。女性が最後に残したメッセージは、誰を示すのか。「比類のない神々しいような瞬間」。
劇団の看板女優、清水玲奈はストーカーに悩まされていた。先輩女優と座付き脚本家が考えたストーカー引き離し作戦は成功したはずだった。しかし、そのストーカーは殺人事件の被害者として発見された。「白い兎が逃げる」。
臨床犯罪学者火村英生が活躍する中・短編4編を収録した本格推理作品集。
読める本格推理小説を定期的なペースで書ける作家といえば、今では有栖川有栖しかいないような気がする。煩型からミステリをほとんど読まない読者まで頷かせることのできる作品を書ける作家も、有栖川有栖しかいないだろう。そつがないといってしまえばそれまでだが、実力がなければこういう作品を書くことはできない。
「不在の証明」は平均点レベルの作品。可もなく不可もなくだが、今ではこういう作品を書ける本格推理小説作家は少なくなった。
「地下室の処刑」の動機付けは面白い。惜しむらくは、推理するには難しい動機だったことだろうか。
「比類のない神々しいような瞬間」は結末まで含めてお見事と唸ってしまう逸品。時事ネタに近いトリックよりも、特定人物にしか伝わらないダイイング・メッセージという設定を最大限に生かした構成はもっと評価されるべきだ。
「白い兎が逃げる」も構成が面白い。ただアリバイトリックについてはもうちょっと見せ方があった気もする。
奇をてらうわけではなく、スタンダードな本格推理小説を提供してくれる有栖川有栖。昔の火村シリーズはつまらなかったが、ここ数年の作品には感心させられることが多い。
ここ数年の本格ミステリは、構成やトリックばかりに力を入れ、肝心の小説を無視することが多いのだ。それをカバーするために、北村薫あたりの非本格ミステリまでも本格ミステリのジャンルに引っ張り込まなければいけないという情けなさだ。誰が読んでも面白いと読める作品を書けない作家が中心にいないと、本格ミステリというジャンルは衰退していくだろう。
逢坂剛『銀弾の森 禿鷹III』(文藝春秋)
渋谷のシマは長く渋六興業と敷島組が縄張りを争ってきたが、三年前から南米マフィアのマスダが侵攻してきたため、渋六興業と敷島組は休戦協定を結んでいた。
ある夜、敷島組若頭の諸橋征四郎が経営するクラブ〈サルトリウス〉の事務所に電話がかかってきた。神宮署生活安全特捜班の警部補、禿富鷹秋、通称禿鷹からだった。禿鷹は渋六興業と親しい関係にあるので、敷島組若頭のところへ電話がかかってくるのはおかしい。しかし禿鷹は諸橋と話をしたいという。用心をしながら禿鷹の指定する場所へ行ったが、連れて行かれた先はマスダのアジト。そして出迎えたのはマスダの指揮官であるホセ石崎だった。
翌日、渋六興業が経営するバーで諸橋の死体が発見される。原因を作ったのが禿富だと知り、首を捻る渋六興業の大幹部水間と野田。禿富の謎の行動の目的は何だろうか。禿富に振り回されながらも、必死に事件の裏をつかみ、けりを付けようとする三つの組織だったが。
『禿鷹の夜』『無防備都市 禿鷹の夜II』に続くポリスノワール第三弾。
筆も物語も快調とはこの事か。いったい何を考えているかわからない禿鷹の行動に、登場人物ばかりではなく、読者も振り回される。行動に不信感を抱きながらも、その言葉を信じ行動するしかない。裏を読み合いながらの仕掛けの数々は、禿鷹と登場人物たち、そして読者をも巻きこんだ戦いである。すでにその時点で、読者は作者の掌に乗せられている。真の勝者はいったい誰なのだろうか。
完全なシリーズものなので、第一作から読まないとこの作品の魅力は伝わらないだろう。とくに禿鷹というわけのわからない悪徳刑事はあまりにもあくが強すぎる。第一作からの性格付けを把握しないかぎり、この男の真の姿はわからない。いや、今でさえまだまだベールに包まれたままの部分が多すぎるのである。
何はともあれ、第一作から読み初めてほしいと思う。禿鷹と水間、野田との緊張感溢れる信頼関係(変な言葉だが)。屈折した人生を送った女性と禿鷹との心の触れ合い。まさに殺るか殺られるかの格闘。ことさら言葉を費やすわけでもなく、無駄に煽るような擬音語を使うわけでもなく、それでいて緊張感と迫力が伝わる文章。プロの書く文章とは、こういうものである。
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