東川篤哉『交換殺人には向かない夜』(光文社 カッパノベルス)

 有名画家の息子の妻に浮気調査を依頼され、使用人を装って山奥の邸に潜入した私立探偵・鵜飼杜夫と探偵事務所があるビルのオーナー・二宮朱美。ガールフレンドである十乗寺さくらに誘われ、彼女の友人である女優が持つ山荘を訪れた鵜飼の弟子、戸村流平。寂れた商店街の通りで起こった女性の刺殺事件の捜査を行う砂川警部、志木刑事、和泉刑事。別々の場所で、全く無関係に夜を過ごしているはずだった彼らの周囲で、交換殺人はいかにして実行されようとしていたのか? 飄々と、切れ味鋭い傑作本格推理!(粗筋紹介を一部書き加えて引用)
 Kappa-Oneデビュー組、東川篤哉の烏賊川市シリーズ最新作。

 鵜飼、戸村、朱美、刑事群のレギュラー陣に、『密室に向かって撃て!』の登場人物十乗寺さくらも加わってのコメディ。本格ミステリとしても見事な仕上がりだ。
 この人は、ユーモアミステリというよりも、むしろドタバタコメディミステリを書きたいんだと思う。お約束の登場人物たちが繰り広げる、お約束のギャグは慣れれば面白いのだが、慣れないとちょっときついかもしれない。ビギナーにも受け入れられる人物紹介等を書くことができるかが、勝負所なんだと思う。
 ドタバタの部分を除くと、実は骨組みのしっかりした本格ミステリを書いている。ただ、いままではドタバタの部分とミステリの部分の融合が今ひとつ噛み合わず、物語の流れに乗り切れないところがあった。本作でその欠点がようやく払拭された気がする。
 冒頭に堂々と交換殺人を謳っているので、さてどういう風に成立させるのか、お手並み拝見というところなのだが、登場人物が繰り広げるドタバタ劇に思わず引き込まれ、いつしかミステリであることを忘れてしまう。しかし、最後の解決シーンには唸らされた。なるほど、こういう手があったのか。スマートな仕上がりは、ギャグに耐えられないという人でも読んでほしいと思う。
 シリーズものということでマイナス評価を自然に下す人がいるかもしれないが、出来そのものは今年のベスト10候補。これで一気に評価が上がると嬉しいね。ただ、二度とこの手は使えないから、次作が勝負所だろうな。




『小説推理新人賞受賞作アンソロジーI』(双葉文庫)

 大学生の娘が結婚したいという。相手の名前は内旗。彼はある胸騒ぎを覚えた。渕田が入院した。見舞いに訪れた渕田は私に封筒を見せる。便箋には24年前にしたことを絶対に許さないと書かれてあった。そして今が動き出す。第13回受賞作、香納諒一「ハミングで二番まで」。
 古書マニアである中堅作家のもとに、先日知り合った男が尋ねてきた。男は作家の対談記事に出てきたある本を見せてほしいと言う。その本を手に取った後、男は作家を問いつめる。第14回受賞作、浅黄斑「雨中の客」。
 バーに来た女性客は、オーナー兼バーテンダーである川端に「伏見投手は八百長をしている」言った。女性客は野球のことをほとんど知らなかった。彼女が残したスクラップブックには、伏見のデビュー後二年間の記録があり、八百長の嫌疑があるゲームにはマークが示されてあった。川端は後輩の新聞記者である沢井にある事実を提示する。第15回受賞作、村雨貞郎「砂上の記録」。
 私が気付いたとき、見えたのは揺れる炎だった。そして少年の声が聞こえてきた。私は崖から飛び降り自殺を図ったが死にきれず、少年に助けてもらったようだった。私は服を乾かす間、少年に過去を話す。第16回受賞作、本多孝好「眠りの海」。
 刑事である風間は妻の敵を討つために、田沼を、田沼を支えている覚醒剤ルートを追う。第17回受賞作、久遠恵「ボディ・ダブル」。
 小説推理新人賞受賞作を集めたアンソロジー第1弾。歴代選考委員から応募者へのアドバイスと本多考好のロングインタビューを併録。

 小説推理新人賞は、第1回こそ大沢在昌だったもののその後は受賞作なしが続いたことから、存在自体忘れられそうな賞であったが、気が付いたら実力者が結構受賞している。この手の短編賞は作家によっては単行本としてまとめられないケースもあるので、こうして一冊のアンソロジーとしてまとめられるのはとても嬉しい。
 「ハミングで二番まで」は、後に骨太のハードボイルド長編を連発する香納諒一の原型が伺える作品。この頃からアウトローな人物を描くのがうまかったんだね。
 「雨中の客」は物語の展開が土に染みいる雨のように少しずつ心の奥底に流れていくような作品。展開そのものがありふれていても、書き方さえよければこうなるというよい例。
 「砂上の記録」は本アンソロジーのベスト。人気ピッチャーの意外なジンクスから事件に辿り着くまでの展開は見事というしかない。
 「眠りの海」は作者の才能を思わせる作品。ただ、名画の一場面を切り取ったという印象は拭えない。
 「ボディ・ダブル」は言葉足らずの部分があるが、ダークな展開は読者の油断を許さない。

 こうして受賞作を並べて読むと、受賞するにはそれなりの理由があるのだなと思わせるものばかりである。アドバイスを載せるぐらいなら、選評全てを載せてほしいと思ったのは私だけだろうか。ミステリ作家を志す人なら、一度は目を通してほしい一冊である。




小川勝己『撓田村事件 iの遠近法的倒錯』(新潮社 新潮ミステリー倶楽部)

 中学最後の春、東京からの転校生でクラスの人気者だった桑島佳史が無惨な姿で発見された。しかも、犠牲者たちの下半身は、村の伝承をなぞるように、噛み切られたかの如き傷跡を残して消え失せている。やがて一連の出来事は、三十年前の忌まわしい事件と同じ様相を呈し始めた。(粗筋紹介より引用)

 小川勝己といえばクライムノベルの作家というイメージしかなかったので、2002年にこの“探偵小説”が出版されたときも、大したことはないだろうという思いしかなかった。しかし今頃になって読んでみると、骨太の本格探偵小説に仕上がっているので驚いた。狭い村ならではの複雑な人間関係。伝説通りの見立て殺人。しかも探偵役は風采の上がらない変人。これで密室などの大トリックでもあれば、横溝正史の平成版といえただろうに。まあ、そこまで望むのは贅沢か。
 主人公が中学生ということもあり、青春ミステリとしての側面をもっている。帯に書かれた「子供の時間は終わりを告げた」の言葉通り、大人に上るステップを駆け昇ろうとする子供たち(中学生を子供と書くのは少々違和感があるけれど)の姿が生き生きと描かれている。まあ、ステップにしてはかなりハードな内容ではあったが。
 子供たちの描写と村社会の描写のどちらをもじっくりと書き込んだせいか、少々長くなってしまい、間延びしてしまった感はあるが、作品はなかなかのもの。できればもう一度、このような探偵小説を読んでみたい。



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