多岐川恭『孤独な共犯者』(日本文華社 文華新書)

 久米哲也は前川純子の兄・行男から殺人を手伝うように脅かされた。応じなければ哲也と純子の関係を両親にバラすという。表面的には真面目で通っている哲也にとって、看護婦の純子との肉体関係を親に知られては困る。それに殺人犯となるのは病院で知り合った太田であり、自分ではない。彼は協力することにした……。
 不安定な情緒と勉学に追われる歪んだ青春の中で、社会に反抗する孤独な殺意。虚無的な若者の断面を書いた異色長篇推理小説!(粗筋紹介より引用)

 「多岐川恭 推理小説著書リスト」を見ると、1962年に早川書房から出た「日本ミステリ」シリーズの一冊として書き下ろされた作品とのこと。倒叙ものとして書かれたらしいが、ジャンルとしてはサスペンスになるのかな。もしくはハードボイルド?
 年上の女性との性行為に対する嫌悪感を書いたあたりは、当時の高校生らしいと思う。ただ、その後の久米の行動は私には理解できない。虚無的と一言で切り捨てればいいのだろうが、それでも優秀な高校生という表面を取り繕うとしているようで、実は全然しているように見えないところが気にかかる。平気で夜遊びをし、危ない場所にも立ち入っている。この頃だったら、平気で噂になりそうだ。
 久米が太田に憧れる理由も理解できるようで、実はよくわからない。偶像視しながら、俗物に墜ちたと思うと平気で切り捨てる。だから、久米の行動に整合性というものが全然見えてこない。彼の目的というものが見えてこない。そういう行動を書くことにより、この時代の虚無的な若者を描こうとしているのなら、恐れ入りましたとしか言い様がないのだが。
 登場人物たちが一介の高校生に振り回される姿も今ひとつ。もっと手っ取り早い解決を考えそうだし、だいたい高校生の提案を素直に受け入れる暴力団関係者(表面上は堅気だが)がいるだろうか。
 最後の暴走ぶりも高校生らしいといってしまえばそれまでだけど、今までかぶってきた仮面は何なんだとも言いたくなる。うーん、結局久米は太田に惚れていたのか?
 主題が見えてこない、不思議な小説である。




夏樹静子『死の谷から来た女』(文春文庫)

 四国の珪石鉱山の爆破事故で家族を失った北村恵は、上京して、高級サウナの洗身メイトになった。そこで知り合った巨億の資産をもつ老社長相庭宇吉郎が彼女を養子にしたいと迫る。その本当の狙いは何か。“シンデレラの夢”の裏に隠された罠と野望。得体の知れない恐怖の世界に思わず引き込まれる長篇サスペンス。(粗筋紹介より引用)
 1986年9月~1987年7月まで「週刊文春」に連載、1987年11月に文藝春秋より単行本で出版された作品の文庫化。

 最後の解説で週刊誌連載だったんだと知り、納得。盛り上がりそうで盛り上がらなかったり、唐突な場面転換があったり、何故ここでラブシーンが、などといった部分があって首をひねっていたのだが、それが答だったか。
 洗身メイトの客である地質関係技術者と恋仲になり、結婚の約束をする。その恋人から老社長を紹介され、ついに養子となる。ところが彼女の廻りで不審死が続く。徐々に豹変する恋人の態度。謎の多い社長の正体。ちょっとミステリを読み慣れた読者なら、彼女が事件に巻き込まれた動機、そして社長の正体や恋人の態度の変貌の理由がわかるだろう。下手すれば、粗筋だけでもだいたい予想が付くかもしれない。読んでいるときは、それなりに読ませるのだが、結末が見え見えなので、テンポの遅さと主人公の馬鹿さ加減に付いていけなくなる。
 と思ったら、最後で意外な展開があり、これにはちょっとやられた。週刊誌連載でも、作者が最後まできちんと計算をして物語を組み立てているのだなと思い、そこには感心した。
 中盤から終盤のパターン化された部分に、じれったさが残る作品である。




飯城勇三&エラリー・クイーン・ファンクラブ『エラリー・クイーン パーフェクトガイド』(ぶんか社文庫)

 クイーン完全作品ガイド、ラジオ・テレビ・コミックでのクイーン、インタビュー、作家アンケート、邦訳史、HP、クイーン年表、著作リスト、パロディ小説、さらに本邦初訳短編2本とエッセイを収録。エラリー・クイーンを極めるためのガイドブック。
 2004年12月に出版されたムック版『エラリー・クイーンPerfect Guide』の文庫化。芦辺拓のエッセイやクイーンの短編は文庫化に際し追加されたもの。逆にアメコミ版クイーン「荒れ狂う墓」や日米英以外のクイーン本の書影24点、ショート・コミックなどはカットされている。

 クイーンファンによるガイド本。クイーンを読んでいなくても、これ1冊を読めばクイーンのことがわかった気になる。もちろん、作品を読まないとクイーンの面白さを完全に知ることができないのは当たり前のことだが。
 文庫本で初めてこのガイド本を読んだけれど、これだけ書かれていればパーフェクトの名前もうなずける。初刊本の書誌なんて凄いね。
 ただ、作品紹介でこれだけ賛美されると、ちょっと引いてしまうところがある。この辺が、自分のひねくれているところかもしれない。
 本邦初訳短編は、確かにラジオドラマ作品だなと思わせる作品。本邦初訳という以外の面白さはない。むしろ高校生が書いたというパロディ小説「エルロイ・クィン最後の事件」の方が面白い。過去のタイトルを並べただけのパロディかと思ったら、ちゃんと最後に意味づけしてくれるのには感心した。これ一作でやめてしまったのは勿体ない。
 クイーンは中期作品の途中でやめてしまっているけれど、もう一回読んでみようかな。自分が若い頃は、謎やトリックの方に重点を置いて読んでいたけれど、今だったら別の視点で読むことが出きる気がする。
 ちなみに自分の一番好きなクイーン作品は『Xの悲劇』。エジプトやオランダと迷うけれど。YよりもZの方が好き。『中途の家』も好きだな。




谷譲次『踊る地平線』(上下)(岩波文庫)

 がたん! 列車の振動とともに始まる大陸横断の旅。そしてBUMP! さまざまな人間を呑み込んだロンドンの街から、ドーヴァー海峡をひとっ飛び。フィンランドの湖水の静寂に浸り、夜のパリの甘い罪悪を探訪する。異才谷譲次(1900-35)が綴る昭和の初めの異世界リポート。
 熱い太陽の下、牛と人との生死を賭けた闘いに沸き立つスペインの人々。享楽と虚飾の交差点、モンテカルロの賭場にたたずむ謎のマダム。リスボンの波止場にこだまする「しっぷ・あほうい!」の叫び。秘密を載せて走るイタリアの夜汽車。雪のサン・モリッツに展開する恋愛ゲーム。旅も大詰、谷夫妻は海路日本へ。(粗筋紹介より引用)
 1928年8月~1929年7月まで「中央公論」に掲載。

 林不忘名義で丹下左膳を、牧逸馬名義で怪奇実話ものやミステリを書いた長谷川梅太郎が、谷譲次名義で書いた世界旅行記。シベリア、モスクワ、ヨーロッパなどを、ユーモアと異国情緒たっぷりに書き記す。文壇では海外旅行がブームとなっていた頃だが、庶民にとって海外はまだまだ見知らぬ異国の地であった頃。コントなどを書いていた谷名義らしい、彼独自の視点が楽しい。せっかく夫婦で旅行をしているのだから、妻からの声というものももっと載せてほしかったとは思うが、読者はこれを読んで見知らぬ異国の地を思い浮かべていたのだろう。ただ、内容が古めかしいので、今読むのはちょっとつらいのは事実。戦前ならではの、作品である。




大沢在昌『B・D・T 掟の街』(双葉ノベルス)

 不法在住外人の急増が無視できない状態となった近未来の東京。当局の外人狩りも限界となり、外国人を自国人として受け入れる「新外国人法」が制定されたが、そのため混血児の異常なベビーブームを招いた。さらに、親たちから捨てられた混血児たちは、“ホープレス・チャイルド”と呼ばれて、スラム街に屯し、暴力団の予備軍、地下駐車場に巣食う犯罪集団と化した。私立探偵ヨヨギ・ケンは失踪したホープレス出身の歌手の捜査を引き受けたことから思わぬ争いに巻き込まれた……。(粗筋紹介より引用)
 1993年7月、双葉社から発行された作品のノベルス化。

 『新宿鮫』で協会賞や吉川英治文学新人賞を受賞して、「永久初版作家」から抜け出した大沢がのっていた頃に書かれた作品。21世紀中頃、ホープレスたちが巣食うスラム街と化した東京を舞台にしている。近未来を舞台にするということは、読者がそれなりに想像しやすく、それでいて自由度のきく設定をすることができるから、作品世界を作る上で作者にとっては有利に働くだろうが、舞台そのものにリアリティを持たせなければならないため、作者の腕が問われるところだ。本作品に限って言えば、作者はそのハードルを簡単にクリアしている。簡潔な言葉で、そして物語の流れを削ぐことなく、舞台設定を明瞭に説明し、読者の意識を21世紀の東京まで引っ張っている。この舞台だからこそ映える主人公。近未来を舞台にしたからこそ成立するハードボイルド。素晴らしい出来といってよい。いつもなら大風呂敷を広げすぎて、収拾するのに苦労する結末についても、今回はうまくクリアしている。大沢ならではの傑作だろう。
 近年の大沢は、設定を広げすぎて、結末に苦労したり、収拾しきれないまま終わっているというケースが多い。それにぶっちゃけて言ってしまえば、余計なことを書きすぎてどんどん長くなっている。さすがと思わせる作品を書き続けているが、この頃の輝きを取り戻して欲しい。




中島茂信『平翠軒のうまいもの帳』(枻文庫)

 岡山県倉敷市に“食の宝箱”とさえ呼ばれる奇跡のようなお店があります。それこそ、三代続くこの古い町の旦那、森田昭一郎が自らの舌と情熱と意地で“うまいもの”を集めた平翠軒なのです。この店の棚にずらりと並ぶ商品の数々は、日本一幸せなうまいものたちです。(粗筋紹介より引用)

 倉敷市の観光名所、美観地区に並ぶ一軒の店、「平翠軒」。店の広さは29坪、扱い商品数は800店余り。商品は、いずれも当主の森田昭一郎が自分の舌と情熱で選んだもの。店内に並べられたすべての商品には、産地はもちろん、誰がどうやって作ったのかがわかる手書きの札が添えられている。なかには市井の料理人が作ったものを、プライベート・ブランドとして販売している。本書では約50品目を、当主森田自身の言葉とともに写真入りで紹介している。
 当主の森田昭一郎は、倉敷にある森田酒造の三代目である。「平翠軒」の隣には、自身の店「森田酒造」がある。しかし時間があるときには、「平翠軒」のレジに立ち、客の反応を見ている。
 店が近所にあるので、ちょくちょくのぞきに行く。本に収録されているもの以外にも、美味しそうなものが並んでいるので、長時間見ていても飽きが来ない。残念なのは値段が少々張ることだが、美味しくて安全なものは値段が高いことは当然だ。時々お菓子や酒のつまみなどを買い、その美味さに感嘆する。できれば死ぬまでに、自分が食べたいと思うもの全品を食したい。



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