大藪春彦『ザ・血闘者(ガンファイター)』(徳間文庫)

 大藪春彦が様々な雑誌で書いた短編を再編集したオリジナル短編集。特に記載はないが、1960年代に書かれたと思われる。
 市長が絡んだ埋め立て地を巡る二大勢力の対立に雇われた二人の殺し屋。「殺人請け負います」。殺し屋の強かさがよく出ている。
 パクリ屋の社長が取引で支払った8000万円を奪い取ること。社長の腹心の部下三人とともにその仕事に当たることになった流れ者のプロであったが。「破局」。仕事の裏、そして復讐劇の迫力は見事。
 銀行を襲って700万円を手に入れた三人組が、警察に追われて逃げ込んだのは人里離れた山小屋。そこには一組の男女が住んでいた。「夜明けまで」。本短編集のベスト。結末までの意外な展開が面白い。ページ数の関係か説明不足なところが多い収録作品の中で、本作品は事件背景や心理描写が過不足なく書き込まれている。
 貸しビル経営者の兄が殺された。犯人はすぐに自首したが、黒幕は別にいるはず。射撃の名手である弟は事件の真相を追求する。「手負い猪」。大藪得意の復讐もの。ページが少ないので、結末がやや呆気ない。
 右翼の大物を殺害する約束を請け負った二人。襲った車にはなぜか大物は乗っておらず、代わりに大物の娘が乗っていた。「約束は守った」。意外な展開があるものの、ページ数が短いので面白さはもう一つ。
 汚い下宿で話し込む学生三人。一人がライフル銃を買ったことから、なぜか首相たちを狙撃する話になる。「テロリストの歌」。飲み会の戯れ言みたいな発言から、どんどん後に引けなくなって暴走する三人の姿がなぜかおかしい。作者にしては異色作。
 仲間とともに金や宝石を強奪した元日本チャンピョンのボクサー。相棒の名前や金の隠し場所をしゃべらずに5年服役した府中刑務所から出所した日、待っていたのは昔の彼女であった。「墓穴」。大藪以外の作家が手がけそうなネタである。そのせいかどうかはわからないが、展開は単純。
 捜査課のデカである三村。彼は悪人の上前をはねる悪徳刑事であった。「黒革の手帳」。作者としては意外と少ない悪徳刑事物。できればこれはシリーズ化してほしかったが。
 ガソリンスタンドで働く青年二人がドライブ途中で刑事に車を変えてほしいと依頼される。捜査のためということだったが、待ち受けていたのは銃撃だった。「生け贄」。展開はわりと面白いのだが、一介の青年による復讐劇というのはちょっと無理があった。
 悪徳利権屋の娘を誘拐した“影”の男。裏にあるのはケーブルカー施設落札に絡む利権争いか。「影の影」。事件の真相は意外だが、短いページでは展開が早すぎる。
 大藪の魅力のひとつはこだわりの書き込みにあると思うので、短編では大藪の魅力が発揮されにくい。饅頭のあんこだけを食べても美味しいわけではなく、やはり皮も一緒に食べなければ饅頭のおいしさは味わえない。大藪の短編は、小さい饅頭を作ろうとせず、中のあんこだけを提供してくれる(違う作品もあるが)。この人の持ち味は、やはり長編にある。そんなことを再認識させてくれる。




大藪春彦『ザ・一匹狼(ローンウルフ)』(徳間文庫)

 大藪春彦が様々な雑誌で書いた短編を再編集したオリジナル短編集。特に記載はないが、1960年代に書かれたと思われる。
 新興暴力団に勢力を奪われそうになった千葉の金融業者は、起死回生の策としてある殺し屋を雇った。殺し屋は頼まれた仕事を次々と片付ける。「独り狼」。昔なら中編といえるボリュームだが、連載作品が途中で打ち切られたものではないだろうか。結末の付け方がやや急展開。主人公のキャラクターはありきたり。大藪らしい作品としか言い様がない。
 ボクシングの元大学チャンピョンであった主人公は、膝の神経痛が原因で、今はクラブのボーイである。客がヤクを打つところを見てしまった彼は、我慢できなくなり、客のヤクザを叩きのめし、拳銃とヤクを奪う。「俺を殺る気か」。若者の暴走ものであるが、ただの若者がここまでうまく立ち回るのかと思うとかなり疑問。
 自衛隊崩れの陸送屋は、ヤクザがヘロインを強奪する現場に偶然出くわし、まんまとヘロインを奪い取るのだが。「陸送屋家業」。短いが、起承転結がわりとしっかりしている小品。
 八百長専門キックボクサーであった星野は、稼いだ金を全てレーシングに注いでいた。メーカーのドライバーテストに不採用となった今は、しがないトラック運転手であった。アメリカからの補給物質の中から煙草のカートンを仲間とともにくすねた星野であったが、その煙草は実はマリファナだった。「怒れる獣の叫び」。輸送物資に隠された意外な真実には驚かされるが、もう少しページがあった方がよかったか。短編で終わらせるには、ややもったいない素材である。
 カモ猟の途中、近づいてきた友人の船にあったのは、猟銃で頭を吹っ飛ばされた死体であった。「濃霧」。本短編集で一番短い作品だが、辛みの効いたベスト。霧の湖という舞台と、結末の余韻が心に残る。
 パクリ屋の新田と、画家の神田は義兄弟のような猟友であった。新田が長い海外旅行から帰ってきたとき、新田の妻と神田の間に何かがあったことを感じた。「猟友」。猟のシーンはさすがと思われるが、それ以外は大藪にしては珍しい展開で面白い。
 以前の悪い仲間に脅されて、一緒に宝石店を強盗することになったが、店の中は既に荒らされた後で、しかも死体が転がっていた。さらにヤクザに脅されて、警察からの逃亡を手伝わされることになる。「自爆」。事件に巻き込まれるパターンは大藪作品に結構あるが、主人公が悲壮なままという展開は珍しい。
 学生時代は演劇部で、同人雑誌も作っていたが、愛する女と別れさせられた後はヤクザになっていた。昔の文学仲間のところで、女が死んだことを知らされる。「雨の露地で」。若者が一つのきっかけから転落する様子がじっくりと書かれている。こういうのは珍しいのではないか。やるせない自爆への道がもの悲しい。
 マリファナ乱交パーティの客たちを襲い、金や宝石を奪った二人組。彼らの目的は金だけではなかった。「野獣の街」。大藪の暴力描写は残酷なことが多いが、本作品は特に凄惨を極める。動機は全く描かれず、ひたすら犯行シーンが続く凄まじさである。ここまで暴力的な作品も珍しい。




菊田幸一『日本の刑務所』(岩波新書)

 刑務所にはいるとどんな権利が剥奪され、どんな日常生活を送るのか。面会、通信、刑務作業、累進処遇の制度、懲罰などは、実際どのように行われているか。受刑者からの聞き取りや、獄中から待遇改善を訴えた裁判例に基づいて実状を紹介し、国際的な人権規約や諸外国の例に照らして、日本の受刑者処遇の問題点を検討する。(粗筋紹介より引用)

 菊田幸一は明治大学教授犯罪学専攻。死刑廃止論者として名高く、死刑廃止論や受刑者処遇に関する数々の著書を出している。
 粗筋にあるとおり、本書は日本における刑務所の実態を紹介するとともに、批判的な視点で受刑者処遇の問題点を書き記したものである。読み物というよりも、どちらかといえば資料と言った方がいい一冊。刑務所がどのようなものかと知るには、十分勉強になる。
 どんな国にも犯罪者はいる。だから当然どこの国にも刑務所はあるだろうし、処遇も国それぞれだろう。日本なんかはまだ恵まれている方だとは思うが、至る所に不満があるのは事実である。ただ、受刑者処遇に決定版はないだろうし、被害者やその遺族から見たら余りにも恵まれている処遇には不満が生じるとも思われる。ただ、再犯者を出さないような処遇を望みたい。




山中伊知郎監修『テレビお笑いタレント史』(ソフトバンク・クリエイティブ)

 テレビ創世記から、2005年のお笑いブームまで、テレビのお笑い番組、タレントの歴史、流れ、裏話を徹底追跡した一冊。脱線トリオ・渥美清・トニー谷などによるテレビ創始期。クレイジーキャッツ・大村昆・藤山寛美などによる本格的テレビ時代、「大正テレビ寄席」・てんぷくトリオによる演芸ブームからコント55号・ドリフターズといった国民的お笑いタレントの誕生、「てなもんや三度笠」「ヤングOh!Oh!」といった関西番組、MANZAIブーム、「ひょうきん族」「笑っていいとも!」の時代、吉本王国の膨張、「ボキャ天」ブーム、「オンエアバトル」「エンタの神様」といった今のお笑いブーム、そして成長し続けるお笑い事務所を、様々な芸人・プロデューサー・関係者などの証言、インタビューを元に解明する。
 よくぞここまでまとめてくれたという思いがある。それぞれの笑いに対する歴史的評価は、人によって異なるだろう。しかし、テレビのお笑い史を体系だって紹介してくれた本はなかなかない。様々なお笑いのタイトル、テレビ番組優勝歴などをまとめた表も嬉しい。読み物としても、資料としても、お笑いファンならぜひとも手元に置いておきたい一冊である。




大藪春彦『ザ・特殊攻撃隊(コマンドー)』(徳間文庫)

 大藪春彦が様々な雑誌で書いた短編を再編集したオリジナル短編集。ゲリラや工作員を主人公としたものばかりである。
 「C・I・Aの暗殺者を消せ」「みな殺しの銃弾」「連隊旗奪還作戦」「“紅軍派”大使拉致す」は『野獣死すべし』以降書き続けられた伊達邦彦ものの短編。英国外務省情報部破壊活動班員時代の作品2編と、情報部を辞めた後の2編である。はっきり言って、このころの伊達邦彦ものは面白くない。伊達邦彦が主人公である必然性もないし、描かれているその姿も精彩を欠く。
 密輸の仕事とだまされた男たちは韓国に連れていかれ、ヘロインの密輸を手伝わされることになる。しかし本当のねらいは別のところにあった。「瀕死の38度線」。謀略ものではあるが、ページが足りないせいか作者らしい怒りの視点が少ない。
 「ジャングルの豹」は南ベトナム民族解放戦線、いわゆるヴェトコンの戦士であるホワン・ミン。ミニ短編5つをまとめたもので、構成そのものが珍しい。ヴェトコン側から描いた日本人の作品は少ないであろうから、もっと書き続けてほしかった。
 「われ、サイゴン米大使館を占領せり」はタイトル通り、解放戦線が大使館を占領する話。前の作品とともにベトコン側から描いた作品である。権力による蹂躙に怒りを覚える大藪なら、ベトナム戦争ものはもっと掘り下げることができたに違いない。



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